第29話 リアルと劇の違いは魅せる事だと思う 前編
遅くなり申し訳りませんでした。
後編も同時掲載です。
ある意味難産でした。
製塩所の視察から約一ヶ月。外に出る時はコートが欲しくなるくらいには寒さが増してきたし、執務室の暖炉に火が入っている。
その間に壁に穴を開ける見積もりが届いたりして、レールを敷く為の準備が整い、部下である貴族の一人に任せる事にしたので、届いた書類を確認している。
「やっぱりレールの値段がネックだなぁ。あの長さでこの値段とか……。さっさと工業革命とか起きねぇかな……」
蒸気機関なら楽な気もするが、まだ技術が追いついていない。平時の魔法使いとかに給水とかさせつつ、マジックアイテムに触って発熱とかすれば、高級取りになるだろうし、職員に交代で魔力供給とかさせれば燃料に制限がなくなるしな。
けど鍛冶士が物を作れるかなんだよなぁ。小さい模型的な物なら行けそうか? まず圧力鍋とか作らせて、地味に技術力の底上げが今の限界か? まずは理から教えないと、なんで作らされてるかわからないんじゃ、やる気にも関わる。
俺は大きなため息を吐き、冷めたお茶を飲みつつ次の書類に手を伸ばした。
「なんでサルビアのお家事情が入ってんだ?」
俺は名前を確認すると、サルビアの名前とスタンプが押してあり、律儀に報告してきたんだと勝手に判断した。
「こういうのって報告義務でもあんのかねー? それとも少し問題になったから、貴族としてのけじめなんだろうか?」
要約すると、アルテミシアさんを正妻にして、学校を卒業後に第二夫人をサイネリアさんに。父親は義母と離婚して賠償金と罰金刑。多分これは実家が払う可能性が高い。義弟は母親と一緒に付いていき、小さな村を多く領地としている祖父の後も継げずに、叔父さんの部下に。
関わってたのかどうかは知らないけど、貴族社会ってこういうもんだと勝手に思っておく。今後一生位は上がらず、苦労するんだろうなぁ……。
そんな事を思っているとドアがノックされ、返事をするとメイドさんが暖かい紅茶を運んできてくれたので、休憩を挟む事にする。
「休憩中に失礼する」
メイドさんが退室する前にドアがノックされ、返事をするとサルビアが現れた。
「駄目って言えない時に狙って来るなよ……。ってか誰が来ても会う事にしてるけど、一応メイドか執事を通せ」
俺はドアを開けたメイドさんの手間を減らすのに、勝手に執務机に置かれたトレーを持ってテーブルの方に行き、メイドさんにティーカップをもう一組頼んでソファを手の平で指してサルビアを座らせる。
「で。いきなりどうしたんだ? 定期報告はもう少し先だろ? あれか? サイネリアさんの件か?」
サルビアのお茶がまだ来ていないので、自分だけ飲む事はしないが、いつもの調子で一息入れそうになった。
「まぁ、そんなもんだ。報告書は来てただろ? あれに書けなかった部分の愚痴みたいなもんだ」
サルビアがため息を吐きながら首を振り、なんか疲れた様に呟いた。
「サイネリアが学校を辞めるとか言い出してな。次の春で終わるのに何言ってんだ? と。こっちと向こう、アルテミシアの家族全員で説得したり。じゃあ卒業したら、俺と同じ苦しみをするって事で、自ら厳しそうな賦役をしますとか……。頭が痛いぞ」
「思い詰めるタイプかな? なら土木部隊に入って、サルビアの部下として働いてもらった方がマシだ。魔法が使えるし、そっちの部隊のまとめ役的な。あー、そうすると一緒にいる時間も間接的に増えて、アルテミシアさんと比べて不公平か……。罰だか贖罪だか知らないけど、自分を責めすぎるってのも考え物だな……」
確かに重すぎるな。こういうのはどうしたら良いんだろうか? 少し軽い方に誘導させつつ、自分が罪を償ってる感を出せば良いのか?
「そうなんだよ。こっちは気にしてないって言ってるのに、聞かないんだよ。どうしたら良いんだ? ちょっとニワトコの考えを聞かせてくれ」
「俺に相談に乗れって言うのか? んー……。もう自分がそれで納得できるって奴を、やらせるしかないんじゃないか? それで本人が安心できるって思ってるんだからさ。何かミスをした、許すと言っているが本人が納得できないと言う。ならそうするしかないだろ」
私の事を抱いても良いので、この事は皆には言わないでください。
いやいやいや、こっちは言わないって言ってるじゃん。
それじゃ私が安心できません。ってなエッチな展開である奴。
そう思っていたらお茶が来たので一旦会話を止め、メイドさんが出て行くまでニコニコとしていた。
「多分だけど、自分を律する事で安心して納得させようとしてるんだと思うんだよ。なら護衛付きでやりたい事をやらせるか、軽めの奉仕作業って事で教会の炊き出しや、街の清掃ボランティアにでもしとけばいい。サルビアを信じられなかった事で、サイネリアさんは何らかの形で罰が欲しいんだろ? 意固地になってるから仕方ない。そう思って納得するしかない。もちろん学校を卒業してからだ」
俺はお茶に砂糖を一つ多く入れて飲み、なんとなく窓の方を見て灰色の空を眺める。本題には上手く誘導できたかも。
「そうか。そういう考えもあるんだな……。少しサイネリア抜きで話し合ってみる」
サルビアはお茶にかなり砂糖を入れて飲んだので、かなり精神的に疲れている様だ。
「そうだな。俺が言えるのはこの辺までだ。こっから先はそっちへ踏み込めないし、元一般人としての答えがこんなもんだ。悪いな」
「いや、助かる。にしても……こっちが許すって言ってるのに、納得しない奴って本当にいるんだな」
「自分に厳しいんだろ? それが自分が自分でいる為の、壁みたいなもんだ。誰にでもあるだろ? 自分自身じゃなくても、人が人であるための壁だって……な」
俺はサルビアの後ろの壁を遠い目で見て、ボロ小屋に住んでいた子供を孤児院に送った事、母親を埋葬させた事を思い出す。
一度だけ重要度の低いラックに報告書が来ていたが、孤児院で上手くやっているみたいだし、アレはアレで良かったと俺は思っている。
「そうか。盗賊や追い剥ぎみたいに、人を襲い出すとかか?」
「人の基準はその人じゃないとわからないしなぁ。犯すまで、戦争での殺しまでなら自分は人でいられる。って思ってる奴もいるだろうしな。俺は神様じゃないんだから、人の心なんかわからないさ」
俺は肩をすくめながら言い、お茶を飲んで続ける。
「最悪盗賊行為なんか、生きる為に仕方なくだろ? 他人よりまず自分ってのもある。その辺の匙加減はわからないが、稼業にしてたら人として落ちてるし、その後にお楽しみなのか口封じなのか犯して殺してたら、俺からしてみればそれはもう人じゃない。知能のある獣だ」
俺は少し睨む様にしてティーカップに口を付ける。
「確かに。どうしようもなくて人が盗賊になったのなら、国が働く場所を多く用意してないか、自立支援ができてないか。戦争が多くて税金が重すぎる地方もあるかもな」
「国政の話になってきたし、そろそろ話題を変えよう。劇の台本ができあがって、練習が終わったから近日公開されるらしい。って、適当に千切った紙にメモ書き程度の雑さで、重要度の低いラックにヘリコニア様の字で昨日入ってたんだけど、何か情報とか耳にしてる?」
このままだと政治の話になりかねないので、無理矢理話を変える事にした。仕事中なら良いけど、休憩中にまでそんな話したくないわ。
「いや、全然……」
サルビアは口元まで運んでいたティーカップを止め、首を振って言っているので当事者にも内緒だったっぽい。
「そうか……俺も昨日初めて知ったんだ。近日公開だから、公開前日か初日に招待されるんじゃないか?」
なんか真っ先に偉い人とか後援者、関係者を一般人を入れずにやるイメージがあるし。
「多分あるだろうな。特に夜の予定はないから、かなり前から予定を空けておかないといけないって事はないが、なるべく早めにぃ!?」
開封された封筒を片手にロディーが、ドアがノックもせずに開けたのでサルビアの言葉が途中で止まった。
「ニワトコ! 招待状がぁ……」
だからあれほどノックをしろと言っていたのに……。
ロディーは少しだけ固まり、特に何もなかったかの様に俺の隣に座った。
「んん゛っ……、ニワトコ。パピー劇団から招待状が届いたわ。三日後の昼に関係者を集めて公演だって」
そして何事もなかったかの様に、招待状が届いたと言い、チケットではなく手紙をテーブルに置いた。
パピーって子犬の事か? なら子猫のキティだかキトゥン劇団とか、ライバルでいる可能性が出てきたな。
「知ってる。昨日の夜に報告書が届いたし。呼んで口頭で言ってくれても良いのに、わざわざどうでもいい紙で重要度の低いラックに入れられてた」
俺はそう言い、執務机からヘリコニア義兄さんのメモ書きを持ってきてテーブルに置いた。
「……ヘリコニア様は、ニワトコに対しては相変わらずだな」
「そうね。お兄様はニワトコにはいつもそんな感じね……」
なんかペン先でグシャグシャと文字を消した場所を雑に破ったのか、その跡が見えている切り口が途中から斜めになっている紙を二人は見て言った。
ロディーの口から、お兄様って初めて聞いた気がするわ。サルビアがいるからだろうけど、なんか可愛かったのでナイスだ!
「この間はインクが垂れたのが混ざってたよ……。なんか重要そうな文が書いてあったけど、消さずにそのまま俺用のメモ用紙として使ってきた。そこは切り取って燃やしてから捨てたけど、機密保持の概念が薄いって事はないだろうから、俺に何かを臭わせてるのかわからないけど、本当に止めてほしい」
俺はため息を吐き、今後の政策やらが書き途中だったメモの事を思い出した。
「それは多分、じわじわと関わらせようとしてるな」
「そうね。正式に叙爵した後や、婿入り後の事を狙ってるわね。このままだと正式にお兄様の秘書になる可能性が……」
二人は少し真面目な顔をして呟いた。
「だよな……。あー仕事が増えるわー。前に補佐してたっていうセバスチャンさん、戻ってきてくれー」
俺は天を仰ぎながら、地元に戻って誰かの補佐をしているセバスチャンさんの名前を言いながら嘆いた。