第28話 野菜が多いって、人にとってはある意味恐怖だな 後編
前後編の後編です。まずは前編をお読みください。
製塩所のある町に着き、まずは施設の見学をしたが、風車から汲み上げた後の海水を運ぶ水路がかなり増えており、海水を蒸発させるマスが想像よりかなり増えていた。
増やしたら塩の値段は下がるけど、使用する薪代が変わらない気がする。
けど薪代が同じで、生産量が増えてるなら問題はないのか?
冬に使う薪の値段が高騰しなければ、問題はないけど。
「んー。増えたねー。なんか畑みたい」
「そうだねー。生産してるって意味では畑だねー。ってか、そろそろ冬なのに、精力的にやってんなー。初運用で浮かれたか、早めに利益を出そうとした上からの指示か……」
俺は顎に手を当て、目を細めながら風車の方を見る。アルキメデススクリューが動いていないが、赤と白の旗を持った人が立っており、顔を向けている方向を見ると塩田にも旗を持った人が立っていた。
しばらく見ていたら風車の方が赤い旗を上げ、塩田の方が白い旗を上げた。
もう少し様子を見ていたら、海水を運ぶ水路の分岐部分に人が作業していて手を振り、塩田の人が赤い旗を上げた。
そして風車側の人が中に入ってしばらくしたら、アルキメデススクリューが動き出し、海水を汲み上げていた。
「一応連携はこっちでやったんだな。お互いに赤を上げれば準備完了と……。塩田が増えすぎて、分岐が増えたからだな」
「軍部でも似たような事をしてるし、そっち方面からの転用かしら?」
「かなー? まぁ連携が取れてて、事故がなければこっちとしては問題はないよ。あ、今度は赤い旗を振り出した」
塩田にいた人が赤い旗を振ったら風車に人が入り、アルキメデススクリューが止まった。
「んー、ギアの磨耗とか気になるなー。歯車を回したままスイッチの切り替えっぽいし、力があまり強くならない様な小さい風車だけど、切り替え時の負荷が――」
「そういうのはもう全部任せてるんだから、難しい事は考えないの! 現に良い感じで稼働してるんだから、上がゴチャゴチャ口を出さない」
ロディーに軽く肘で小突かれ、言葉を遮られてしまった。
「確かに。もうその辺りはしっかりとやりやすい様に連携が取れてるから、上が急に口出しすると不満とか出そうだし、安全対策とかしっかりしているかとか、日常点検とか諸々させて、事故と怪我とかだけ気をつけさせるようにすれば良いか」
俺は軽くため息を吐き、バインダーに挟まっている紙にメモ程度の書き込みをしておいた。
「じゃ、製塩所の壁でも見に行きましょ」
「なんかノリノリだね。今日は壁をぶち壊さないぞ?」
「ちょっと、私をなんだと思ってるのよ。少し海風が冷たいから、早く室内に入りたかっただけよ」
「あーごめんごめん。そこまで気が回らなかった。流石に俺の上着はまずい――」
そこまで言ったら、控えていたメイドさんが薄手の羽織る物をロディーに渡していた。流石に準備はしてるか……。
「何? ニワトコも寒いの?」
「いや。寒くはないけど、やっぱりメイドさんにはかなわないなーって思って」
「ま、それが仕事だし? ニワトコは寒くないの?」
「素材が黒いし、太陽の熱を吸収してくれるからまだ平気。通気性も良いから、廃熱も楽かな。流石に雪が降るような季節はスーツじゃ辛いけど」
ここ数年の冬の気候を思い出し、極寒って程じゃないが、桶にたまっている水が、朝にはかなり厚い氷が張っているのを思い出した。
「さてさて。ここに穴を開けて、塩を外の乾燥させる場所にレールを引くわけだけど……。ドア付けるとレールが途切れる。ドアを付けないと夏は良いけど冬は寒いと思う。かといってドアが閉まる様に、少し地面を削るのもどうかと思うしなぁ」
製塩所の中に入り、作業している人達に軽く挨拶をし、気にしないでくれと言い壁に向かって腕を組む。
「壁に穴開けて、分厚いカーテンに縦に切れ込み入れた奴を、二重にすれば良いんじゃないかしら? そうすれば暑ければ開ける。寒ければ閉める。野営のテントの入り口とかも結構そうよ? それとも左右開きのカーテンにでもする?」
「カーテンか……。それも良いかも。ありがとうロディア、穴を開けてからどうやって気密性を上げるかしか考えてなかった。助言感謝する」
俺は人の目があるので、一応外行きの言葉使いで感謝し、メモしてきた寸法を確認し、後ろ側で塩を木の籠に入れて運び出している場所から、どこが近いかを直線で見て、外を見てから乾燥させている場所の大体の位置を確認し、どの辺りに穴を開けるかを紐で測ってから腕のダガーである程度四角に傷をつける。
「このくらいならレールが敷ける。後は大工に頼んで強度計算やらなんやらの話し合いだな。その前に必要な距離だ。では皆さん。怪我のない様気を付けて作業をお願いします」
俺は入った時の様に軽く挨拶をし、外に出てから穴を開ける場所の壁から、乾燥させる場所、倉庫前までの距離を測り、どんどんメモをしていく。
「一応倉庫は鍵とか必要だからなぁ。ローラーコンベアみたいな奴の設計図も必要だろうか?」
俗にいうコロコンって奴で、板とかを乗せてその上を押す奴だ。問題は木材でどこまで摩擦の少ない物が作れるかだけど……。
「いつも通り描いておけば良いんじゃないかしら? どうせ草案でも清書すれば、そのまま出せる細かさで書くんだし」
「生産する原価やら、耐久性とか摩耗具合とか色々俺の知らない事とかもあるし、安易に手がだせない。試作品っていうより、もう手押し車を四輪に改造して、運んだ方が早いまである。けどこれはトロッコの試験だから、全部それにする訳にはいかないのがなぁ……」
ベアリングボールなんか、この世界の技術じゃまだ無理だろうしなぁ。本当コスト的に考えるなら、四輪車の方が安いんだろうけど、案を出しちゃった物は仕方ない。どうにかするしかないんだよな。
「最悪倉庫内までの十数歩だけ、別な方法で運んでもらうのもありだな」
俺はバインダーに挟まっている紙に、その項目を付け足しておいた。
その後は現地の責任者を交えて大工との話し合いをし、大体どのくらいの費用でできるかを聞き、見積もりを送ってもらってからの計画案や、予算が下りた場合にどう動くかを伝え、話し合いは終わった。
なんか職人気質っぽい人だったから、仕事はキッチリしてくれるとは思うけど、風車の中の歯車とかも作ってそうな言いっぷりだったな。
隣でニコニコしながら、ロディーが口を一切出さずにお茶を飲んでたけど、足とかを踏まれなかったので、一応対応としては合格なんだろう。
「報告書は来ているが、体感として塩の生産量や薪代はどうだ? 一応塩田を見ればわかるが、薪代の方だけ気がかりでな」
「海水を煮詰める作業が増えましたので、前回来ていただいた時と同じです。ですが塩一袋を作る時の薪の量はかなり減っておりますので、自分は問題はないかと思っております」
「そうか。冬の薪の値段、高騰しなければ問題ない。その辺は上手くやってくれ。こちらも薪の備蓄を消費してまで、塩を作らせない様に進言はしておく。後は植林だな。これはトレニア様と相談し、何がこの辺りで最適かを聞いておく」
これである程度の話し合いが終わり、俺達は立ち上がって退出しようとしたが、トレニア義姉さんから頼まれていた土の件を思い出した。
「そうだ。これは個人的な頼みなんだが……。塩害の出ている土地の土を、塩の袋に三つほど欲しいのだ。明日朝、帰るまでに頼めるだろうか?」
「問題はありません。ですが何にお使いになるのですか?」
やっぱり気になるよなぁ。聞き返すって事は、疑問があるからだろうし。
「トレニア様に頼み、塩害の出ている土壌でも育つ植物の種を手に入れた。最初は試験用に植える程度だが、直に種を増やし、塩害土壌の有効利用ができる政策を考えている。試しにその植物を食べてみたが、塩を舐めているみたいにしょっぱい。なので乾燥させて、何かに利用できないかを考えているが……今は茹でたパスタに混ぜる程度しか思いついていない。だから使う人次第ってな感じになってはいるが、生産して出回らないとどうなるかはわからん」
俺は立ち上がったまま用件を伝え、どういう物なのかを説明し、まだ生産段階にまで達していない事を言った。
「そうでしたか。では海水に浸かった土を用意させますので、明日朝までに部下に届けさせます。今日はありがとうございました」
「あぁ、こちらこそ貴重な話が聞けて有意義だった。では今度こそ失礼する」
俺は片手を上げ、ロディーと一緒に宿屋に向かう馬車に乗り、思い切りため息を吐いた。
「どうしたの? そんなため息吐いちゃって」
「いやさ、この言葉使いにやっぱり慣れなくて。本当にこれで合ってるのかさえも怪しくなってきてね。これから愚痴をいうけどゆるしてね? 俺って春になる頃までは砦とかで、普通っていうか少し荒く喋ってた訳じゃん? 一般人としてさ。けどさ、なんか違和感しかない訳よ。もう自分の中で、変な疑念がね……」
俺は馬車の窓枠に肘を突き、おでこを押さえてもう一度大きな溜め息を吐いた。
「いや、何となく合ってるのはわかってるけど、心の中で本当に正しいの? って気持ちが強いんだよ。こんな言葉使いなんか、今まで使ってこなかったのが原因なんだろうけど、年上にあんな口調で喋るのは未だに慣れなくて」
「大丈夫大丈夫、上手くやってるわよ。それに向こうも、王族ってこんなもんだって思ってるし、その中でもニワトコは物凄く気を使っている雰囲気が出てるから」
ロディーは向かいに座っていたが、俺の隣に座り直し、腕に頭を預けて太ももを触ってきた。
「何となく、どうしようもないストレスを感じているのは察してる。けど私達もなるべくニワトコが表に出ない様にしたり、サポートもしてるから、たまにしかないのは本当に我慢して? ね?」
「んー。確かにそういう感じがしてたのはわかってた。愚痴っちゃってごめんね」
その後宿屋に着き、少しベッドでロディーの太ももを枕にして甘えつつ愚痴を言い、夕飯まで過ごした。
そして夕飯ができたみたいなので甘えるのを止め、テーブルに着くと運ばれて来たのは、寒い日が多くなってきたからか、野菜たっぷりのクラムチャウダーだった。
何気なくちらりとロディーの顔を見たら、見えているオレンジ色の物体をスプーンで突きながら嫌な顔をしていたので、俺は苦笑いをしながらバターや牛乳の香りが濃厚なスープを、笑顔で口に運んだ。
んー美味しい。とりあえず助け舟でも出しておくか。
「ほら、ジャガイモあげるから、ニンジンを俺の皿に入れなよ。甘えさせてくれた等価交換って事で。こういう時じゃないとできないからね」
俺は笑顔でスープ皿を差し出すと、ロディーは笑顔でニンジンを俺の皿に入れ、ジャガイモを持って行ったので、アニタさんを見ながら人差し指を立てて唇に当て、軽くウインクをして皆には黙っててとアイコンタクトを送っておいた。
本来は三十話三十万文字程度で終わらせる予定だったのが、気がついたら27話で超えていた……。
寄り道し過ぎたかな?