第27話 勝手に俺を舞台に上げるなよ! 後編
「接骨木だ。入るぞ」
両側に兵士が立っているドアをノックし、返事がなかったので一声かけてから入るが、サルビアはベッドに足を垂らした状態で仰向け寝転がり、腕を目元を押さえていた。
「どうした。泣いてるのか?」
「……いや。自分のした事にかなり後悔しているところだ」
話しかけ、しばらくしてから返事があったが、声質的にかなり落ち込んでいる様だ。
「あの時、俺を止めてくれてありがとう。我を忘れて、そのまま殺めるところだった……」
サルビアは目元の腕を退かし、ゆっくりと起きあがって両手を肘の上に乗せ、目の据わった状態でそう言った。
怖い顔がさらに怖くなってるわ。ドアを開けた時にこの状態だったら、驚いてビク付いたと思う。
「気にすんなよ。場の騒ぎを大きくしたくなかったついでだ。何か飲むか? ここには水しかないけど」
俺は椅子を引っ張ってきて、向かい合わない様にL字を書く様に座った。
「いや。そんな気分じゃない」
「そうか。その様子だと、殺してたら多分もっと後悔してたぞ。良かったな殺さなくて。義理の母親で、ある意味自分とは他人だとしても、義弟の方からしてみれば親だ。二人とも殺さないと一生恨まれるし、義弟が復讐しようとしていざこざが大きくなる。そうすると、国もなにかしら動かないと示しが付かなくなる。最悪爵位剥奪とかもあるんじゃないか?」
俺も膝に肘を突き、サルビアと視線を合わせないで独り言の様に言い、気まずいので何となくドアの方を見る。
「あぁ。多分そうなったら、止めるのに国が動くだろう。汚名を着せられた事を、ダラダラと喋って良かったと今は思える。さっさと殺してれば、確かに気分は晴れただろうが、お前に言われて考えさせられた。お前が止めてくれて良かったとさえ感じる。あの場所は人の目が多すぎたし、冷静になって考えてみれば、殺した事による不都合の方が今後でかくなる。俺を止めてくれてありがとう」
サルビアが片方の腕を伸ばして、にやけた感じで拳を突き出してきたので、俺もにやけて拳を突き返した。
「今後の後処理が大変だな。まずサイネリアさんの件はどうするんだ?」
「そうだな。冬が始まる前には決着をつけたい……。ってのが本音だが、難しいだろうな。なにせ表では婚約破棄、裏では親同士がアルテミシアと正式に婚約。挙げ句にもう……」
そこでサルビアが言葉を切ってうなだれた。
「ロディーに一応聞いている。既に男女の仲になっているんだろう? 嫁として取るか、婿として入るかは知らないが、問題はサイネリアさん側だな」
「あぁ。その件はある程度、父さんと手紙でやりとりをしている。サイネリアに悪いが……」
「そうか……。婚前にヤる事ヤっちゃってるもんな」
お互いが呟く様に喋っていたが、俺の一言でサルビアに軽く二の腕を殴られた。ちょっと言い過ぎたか? ってかストレートに言われると、恥ずかしいのか?
「はぁ……。お前も大変だな」
「お前よりはマシだ。迷い人なのに戦争をやってたと思ったら、王家に婿入り。そして認められる為に努力を惜しまずに、日々仕事漬けの毎日。正式に結婚したら、ザイフェ家の事も気にかけないといけないんだぞ?」
「はは……。なにも言い返せねぇわ」
ザイフェ家……。そういや名字がそんなんだったな。そうすると、名前の後ろにザイフェが入るんだろうか? ってか、俺。こっちに来てから、名字しか名乗ってねぇわ。
もう接骨木で通ってるから、変えるのも面倒だな。接骨木=ザイフェで良いわ。それともエルダーフラワーにでも改名するか?
そんなどうでもいい事を考えていたら、ドアがノックされた。兵士が止めないって事は、多分関係者だろう。
そしてサルビアを見ると、軽く頭を縦に振って返事をした。
「調子は……悪そうね」
アルテミシアさんがサルビアの顔をみて、そんな事を言った。
「男二人でなんか辛気くさいわね」
そしてロディーも一緒だ。パーティーはいいのかな?
「あぁ、自分がした事に対して嫌悪してる」
「見た目の割にサルビアは心は少し弱いから、そうだと思ったわ。で、どうするの?」
「どうするとは?」
アルテミシアさんの問いに、サルビアが少し呆けた感じで聞き返している。俺もわからないから安心しろ。本当何の事だかさっぱりだ。
「サイネリアの事よ。あのままじゃあまりにも不幸だと思わない?」
「そのことに関しては、後日ってあの時に言っていただろう」
「ある程度早めに決めておかないと、このままだと最悪あの子塞ぎ込むわよ?」
「だな。極力早めに進める様に父さんに言っておく」
「そうじゃないわよ。今後の彼女の事よ。お嫁さんにするの?」
「ん?」
一応大切な話っぽいので黙って聞いていたが、アルテミシアさんがサイネリアさんを嫁とか言いだしたので、変な声が出てしまった。
「一回婚約破棄してるから、もし彼女とも結婚するなら順位的には私が正妻になる権利はあるわね」
「良いのか? もしサイネリアを側室に迎えるとしても、まだアルテミシアと正式に結婚していないのに、決めていいのだろうか? 少し間を置いた方が良いと俺は思うんだが」
え? 別な男性を紹介するとか、そう言うのじゃないの? 正妻とかの問題になるん?
「かまわないわ。どうせなら一緒の方が招待する人も助かるでしょ。それに彼女も騙されてたんだから、早い方が嫌な噂も流れずに済むし、落ち込まない。そして向こうの家の体面も守れるわ」
それで良いの? この後ドロドロの展開になると思ってたんだけど? 貴族って凄げぇな。
「アルテミシアがそう言うなら、その方向で進めるが?」
「えぇ。問題ないわ」
アルテミシアさんが清々しく答えた。日本出身の俺からしてみたら、考えられねぇわ。なんだこれ?
「なぁ。俺が言うのも何だが、あんないざこざがあったのに本当に良いのか?」
「何が問題なんだ? 義母が出した偽の情報で向こうが正式に婚約を破棄してるから、正妻の座は降りてもらうが、別に問題はないはずだ」
「……そうっすか」
「前に言ったでしょ。王族や貴族は子を産むのも仕事だって」
なんかチベットスナギツネ的な顔で返事をしたが、俺の方がおかしいみたいな目で皆から見られている。
本当良くわからないな、王族や貴族って。
「じゃ、私達はホールに戻るから。皆には男同士の方が良いって事で、ニワトコはまだ残ってるって言っておくわね」
「あぁ。頼むよ」
ある程度話し合いも済み、ロディーとアルテミシアさんは部屋から出ていった。
「で、結局どうするんだ? だいたいさっき決めた事で進めるのか?」
「あぁ。正妻をアルテミシア。側室をサイネリア。第一子はアルテミシアじゃなければ、この件の事は認めずになかった事にする。これで向こうの体面も守れるし、こちらの懐が広い事も周りに伝わる。それでもゴネるなら、どうしようもないな」
「大変な事になったなー」
俺は椅子の背もたれに寄りかかり、頭の後ろで手を組んで窓の外を見ながら言った。もうこんな事に、他人が入っちゃいけなさそうだしな。
「他人事だと思いやがって。まぁいい。多少忙しい方がその事しか考えないで済む」
「確かにそうだ。だから俺からはなにも言えないな。だけど義母やら義弟の件もあるから、忙しすぎて体を壊すなよ? 体調が悪かったら遠慮なく言えよ? 他の貴族達に順番で仕事を回して、実績を積ませるから」
「助かる。まぁアレだ。迷惑料として、義母の実家が金を送ってくるだろうから、それで式でも挙げるかー」
サルビアはベッドに寝転がり、なんか憑き物が落ちたかの様に、先ほどとは一瞬で雰囲気が変わった。
ずいぶんとたくましい神経してるわー。
「義母の実家とか言ったけど、サイネリアさんの家の方にも金とか払うんじゃないのか? 家が傾くぞ?」
「俺の知った事じゃない。向こうが悪いんだからな」
「そりゃそうだけどさ……」
なんかそこまでやらなくても……。ってなくらい攻めるな。貴族に攻撃材料がかなりあると、こうなるぞってお手本を見せられたわ。
「で、お前は……その……。ロディア様とどのくらいの頻度で、し、してるんだ? 参考程度に聞きたくてな」
サルビアは、もの凄く恥ずかしそうに聞いてきた。こっち系の話題には本当弱いみたいだ。
「あー、迷い人が持ち込んだ知識で、子供ができやすい日とかはだいたいわかる様になってるから、そういう日は避けてて五日に一回くらいかなぁ。最近は風呂も一緒に入ってるし、寝る前にイチャついてるはほぼ毎日だな。とは言っても一緒のベッドでグダグダが多いけど」
「嘘だろ……。そんなになのか?」
サルビアはベッドから起き上がり、驚いた顔で俺の顔を見てきた。つまりそっちはかなり少ないと……。
「基本は向こうからだね。体調やら精神的な都合もあるし、俺から誘う事は滅多にない。王族や貴族は子供を作るのが仕事とか言ってるけど、こっちはかなり気を使って、負担が掛からない様にしてるし」
「よくそんな事まで喋れるな。恥ずかしくないのか?」
「別にしてる事くらい、普通だろ? そう言う事をしないと、まず俺達がいないし、人なんか増えない。俺が恥ずかしいって思うのは、どんな風にしているかってのが駄目だな。性癖って人それぞれだし」
「そうか。いや。その……なんだ? 相手に不快感を与えない様に気をつける点とか、ちょっと聞きたくてな」
サルビアは目を逸らしながら、顔をもの凄く赤くしながら聞いてきた。可愛いところもあるじゃん。
「んー。年齢が近くて、口の堅い経験のある未亡人とかに手ほどきを受けるとか、そんな教育とかがあるとかないとか聞いた事あるけど、こっちにはないのか? そう言う事を教えてくれる悪友もいなさそうだし、身分的に店に遊びに行けなさそうだしなー」
軽く手を顎に持って行き、右の方を見ながら何となく呟いたが、視線をサルビアに戻すと、ブツブツと未亡人とか言っていた。刺激が強かったか?
あと今俺が悪い事を教える、悪友になろうじゃないか。
「そうだな。まずは――」
そして俺は、肌色の多い動画とかは一切教材にならないと有名だったので、そう言うのを抜きにして、サルビアにこんな感じで~とか説明をし、始まる前や終わった後の男女の考え方の違いとかも教えた。
倒れそうなくらい顔を真っ赤にしてたけど。
「ってな感じだ。向こうは初めてだったんだろ? 身分? 的な問題で、初めてじゃないと色々と問題もあるだろうし」
砦で捕まえて、くっころ状態になりそうだったけど……。その辺は聞いてるかもしれないけど、黙っておこう。
「俺も初めてだったんだよ!」
「そうか、悪かった。俺もロディーが初めてだったけどな。まぁ、あれだ。本能的な物で、どうすればいいってのは大昔の頃から頭に刻み込まれてるから、知識がなくてもどうにかなるらしいぞ」
猿から進化したとか言っても多分信じないだろうし、ちょっとは濁しておく。
「だからさっき言った事とかを気をつけてれば、多分問題ない。多分……」
「気をつける」
「そうそう。嫁同士結託して三人でとか、サルビアが三人でしたいってなったら、相談に乗れないから、店で学ぶか父親にでも聞くんだな」
俺が笑顔で言ったら、顔を真っ赤にしたサルビアに、二の腕を思い切り殴られた。痛くないけど。
「ははははは! 二人に同じ量の愛情を注ぐ難しさで悩め。この幸せもんが! 絶対に今度落ち着いたら奢らせてやる! 子供が自分と同じ様にならない努力は惜しむなよ!」
俺は笑いながら立ち上がり、言いたい事をぶちまけながら逃げるようにして部屋から出たら、何かがドアに当たる音がした。枕って感じの音じゃないし、何を投げたんだろう? 水差しだったら割れそうだし、靴だろうか?
とりあえずさっきので、多少元気にはなっただろう。
「サルビアを元気付けてきた」
俺はホールに戻り、ロディー達の所に行き、何となく目に入った果物を口に放り込んだ。
「そう、なら良かったわ」
「顔は怖いですが、見た目に反して結構引きずる人なので」
いや、君達がさばさばしすぎな気もするけど?
「何となく知ってた。真面目な奴ほど、結構そういう事は引きずるからな。近い内にサルビアをベッドで慰めてやった方が、色々と立ち直りは早いと思うよ。男ってそんなもんだし」
最後の方は小声でアルテミシアさんに言ったが、人の目があるのに、代わりにロディーからビンタされた。
まぁ、俺が悪いのでニコニコとしておいた。
□
「あ゛~づがれだー。あんなのを六十日に一回か。三十日に一回じゃなくて本当に助かったー」
会場から帰ってきて、直ぐにお風呂に入ってからベッドに座り、そのまま倒れて魂の叫びを出す。
俺の社交界デビューは問題ありまくりで終わったけど、あの後は特になにか突っ込まれるとかはなく、落ち着いた感じで色々な人と話はできた。
有益な物は少なかったけど。
「そんな事より、サルビアとやった立ち回りが今後どうなるかよ。結構人の目があったし」
ロディーも俺の隣に、倒れ込む感じで寝転がって顔だけ俺の方を向け、二の腕をツンツンとしてきた。もちろんお風呂は一緒に入った。
「あれは仕方ない。無理矢理舞台に上がらされただけだ。あんな劇みたいな事をせず、さっさと殺してたら動けなかったよ」
「けどかっこ良かったよ。やるなとは言わない、やるなら見えないところでやれ。だっけ? 後は、復讐は冷めない内にって奴」
「実際そうだろ? 復讐の連鎖がどうのこうのって言う人もいるけど、アレって関係ない人の言い分だし。それに、犯罪もばれなきゃ犯罪じゃないって奴だ。投獄されてて人の目がない場所なら、何をやっても真実は本人の心の中や闇の中だ。最悪行方不明って奴だな」
俺は腕を横に出し、ロディーの背中の上に乗せようとしたら、掴まれて顎を乗せられて、クッション代わりにされた。
「あー怖い怖い。樽の中から、顔がそぎ落とされた、誰だかわからない裸の死体がって奴ね」
こっちの世界にも、そういうのはあるんだなー。
「本当怖いなぁー。けどさ、義母や義弟が処刑以外で死んだら、絶対サルビアが殺ったって思われるだろうね。あの雰囲気だったらやらないと思うけど」
「そうね。でさ、私達が出て行った後さ、どんな話をしたの? 言えないなら言わなくていいいけど」
「んー? 怒らないなら言うけど」
「怒らないから言ってー」
「パートナーに負荷をかけたくない。そういう知識がない。って事で、手順を教えたり、男と女の考え方の違いを納得するまで」
「……それってさ。私達の事を参考にした?」
「少しだけ」
俺は枕にされている方の指で親指を立てたら、ロディーは頭を振って俺に頭突きをしてきた。
「怒らないっていったじゃん」
「怒ってないけど、何もしないとは言ってないわ」
「はいはい。そうでしたね。まぁ、焦らない事って認識でいいよ。一方的だと女性側が辛いから。って言っておいた」
「んー。アルは思ったより痛くなかったとか、聞いてたより血が出なかったとか言ってたしなぁ。優しかったんじゃない?」
「実は激しい運動とか動きをする人って、勝手になくなるとか聞いたね。それじゃない?」
冬の唇みたいに、勝手に裂けるとかどうとか。薄い膜だし、負荷がかかればねぇ?
「……そうなの?」
「足を大きく開く動作で、って聞いた事は……。上段蹴りとか、ちょっとした小川を飛び越える時とか。アルテミシアさんって、足癖悪くなかった?」
「んー。私よりは正々堂々と戦うタイプだし。どっちかって言うと私の方が足癖悪いと思うけど?」
ロディーは何かを思い出すように唸り、自分の方が悪いと言った。
「じゃあ乗馬か? 走ったり歩いたりですり減るとも聞いたな。長時間の移動が多い軍なら、なおさらか……」
「私、初めての時ちょっと痛かったんだけど?」
ロディーは寝返りをして、俺にぴったりとくっついてきた。この雰囲気はある意味まずい流れだ。
「体が小さいから仕方ない。その分色々小さくなる。あの時はかなり気をつけていたし、最近のに比べて本番前がもの凄く長かったのは、覚えてるはずだと思うけど?」
「……確かに。そう考えるとニワトコは、かなり優しくしてくれていたのはわかるわ。やっぱり訓練とかでアレなのかな? なくなっちゃった?」
あぁ、ロディーの脚が俺の脚にからみついてきた。誘われてるわ……。
「人によって形が違うとか、厚みが違うとかもある。元の世界では、痛すぎてどうにもならないから切っちゃうってのも、選択肢の一つだったらしいなぁ。だから個人差だよ個人差」
「アルは背の高さも胸も私よりあるし、やっぱり体格差かぁ。んー、大人な女性って感じと、少女の差か……」
「それを自分で言っちゃうのか……。まっ、俺は好きになった子が、好みのタイプで良かったな。世の中にはアルテミシアさんやトレニア義姉さんみたいな、胸の大きい人が好きってのも多いから」
「むー、確かにそうね。胸ばかり見られるって言ってた気がする。私はそういうの一切ないけどね」
そう言いながら、しっかりと小さい胸を押しつけてくるんだよなぁ。
「おいおいおい、パジャマのボタンに手をかけるのは止めてくれ。会話の流れと行動が合ってないぞ」
「別にいいじゃない。半分はベッドの上の会話だったでしょ」
はい。やっぱり誘われてました。
「今度はもうちょっと、そう言う流れに持って行きながらだと、個人的には非常に嬉しいな」
俺はロディーの行動を邪魔せず、おとなしくボタンを外される事にした。
◇
翌日。執務室でお茶を飲みながら書類を確認していると、ドアがノックされ、サルビアが会いたいって事で来ていると、見習いメイドさんがやってきたので、通す様に伝えた。
そしてドアがノックされ、返事をするとサルビアが入ってきて、無言で俺の所まで来た。そして軽く笑って机越しに拳を突きだしてきたので、何となく察して俺も笑顔で拳を突きだし、拳を付き合わせた。
「お互い問題はなかった。むしろ大成功と言っても良いくらいだ」
「その話をしたら誘われた。パーティーで疲れてたのに、酷いと思わないか?」
「色々と酷いのはこっちの方だが?」
「だからベッドで慰めてやれって、あの後アルテミシアさんに言ったからな。根回しは大切だな」
俺はにやけながらソファを手の平で指し、座る様にうながしてから移動する。
「どおりで脈絡もなく、俺の寝室にパジャマで来たんだな。普段から夜中でも、俺の部屋に来る時はきっちりとした格好なのに」
サルビアはため息を吐きながら背もたれに寄りかかり、顔を上げて天井を見ている。
「心のモヤモヤは吐き出せたか?」
「あぁ。あんなに弱音を吐いたのは初めてだ。根回ししてくれて感謝する」
「そう言うのは顔を見て言ってくれ。なんで天井を見たままなんだ?」
「恥ずかしいからに決まってんだろ。察しろ」
「察してて、あえて聞いてるんだけどな。今日はまだサイネリアさんの件じゃ動かないんだろ?」
「いや、夕方にその事でアルテミシアも同席して話し合う事になっている。遅くても三日以内に、向こうの家と話し合う事になりそうだ」
サルビアがキリッとした表情で頭を戻し、真面目な雰囲気になった。
「そうか。その辺の相談には乗れないが、上手く行く事を祈ってる」
「あぁ、最悪また愚痴を言いに来る」
「アルテミシアさんに慰めてもらいながら愚痴れよ」
「言えるか馬鹿。こういうのは、男同士じゃないと無理だ」
そしてドアがノックされ、お茶が運ばれてきたので一息付く事にした。
「はぁー。けど劇になるのだけは本当に勘弁だな」
俺はお茶を一口飲み、呟く様に言った。
「なるかもしれないから諦めろ」
「絶対になるね……」
俺はソファから立ち上がり、重要度の低いラックから、書き損じた書類に書かれた紙を持ってきた。
「プロテア様から、嫌がらせじみた書類が今朝届いた。問題ないから目を通してくれ」
俺は紙を滑らせる様にして、サルビアに書類を渡した。
「……酷い内容だな」
今朝届いた書類には、面白かったからその場にいた人物を集め、事細かにどんな具合だったかを聴取し、国内でもかなり有名な作家に脚本を作らせる準備をする。って感じで書かれている。
「身内にはこんなもんだ。面白そうなら首を突っ込むから、多分義兄も一枚噛むと思う。サルビアの部屋の前にいた兵士も呼び出し、会話の内容とかも聞き出すかもしれない。もしかしたら、サイネリアさんの方も呼び出し、舞台が回って裏側も同時にって事もありえる」
舞台が九十度回って、真ん中に壁みたいなのを挟んで、横から同じ時間帯の演出の奴。
「あぁ……アレか。確かに盛り上がりそうな気もするが……。ここで話がこじれたら元も子もなさそうな気もするが?」
「そうなったら復讐劇に変えるだけだろ? 盛り上げ方には色々あるからな。そしてアルテミシアさんと結婚して、めでたしめでたしで終わりだ。ったく、国民の税金を使ってまでやる様な事か?」
「娯楽は必要だ。落とされてからの這い上がり、そして復讐からの幸せを掴むのは王道だ……。人気演目になるだろうし、最悪これが基礎となって、多少脚本を変えて似た様なのが後世まで続くな」
サルビアはニコニコとしながら言っている。現代で言う有名になって、メディアに露出ってな気分と同じなんだろうか? やっぱり考え方にズレがあるな。
「本人が良いならいいけどさ、巻き込まれた俺はどうなる? 最悪迷い人補正やら、主人公の友人って事で、サイドストーリー的な物になって、こっちも別の演目で主人公だぞ? ただでさえ前にも言われた、こっちに来てから面白い人生歩んでるのによ」
「良いじゃないか。それこそうらやましい限りだと思うぞ?」
サルビアは左の口角を上げてからお茶を飲み、なんか納得している感じで頭を縦に振っている。
「別世界から迷い込む。能力の遅咲きで、貴族の不正を見つけて砦で大活躍。お姫様に惚れられて、認められるのに国を豊かにするのに奮闘。昨日の社交界デビューでの立ち回り。そして叙勲式。最後は結婚で幸せに。おとぎ話はこれで一冊決まりだとして、大人向けに劇になるだろうなぁ。本当うらやましい」
サルビアは小指から指を立てていき、結婚の所で手を叩いた。ニヤニヤしながら。
「そう思うなら、もう少しうらやましい顔をしろよ。妬んでるようにしか見えないぞ?」
俺はジト目でサルビアを見ながらお茶に砂糖を一つ足して、頭を押さえながらスプーンでお茶をかき混ぜる。本当目立ちたくないんだって。劇になったら恥ずかしすぎるわ。
「いやいやいや。本当に羨ましいですよニワトコ様。おっと。大人向けなら、兵器開発とか夜のシーンも追加ですね。迷い人の演目は人気ですから、かなり人気になるでしょう」
「あ゛ー」
俺は両膝に肘を置き、頭を抱える様にして変な声を出した。これはサルビアの、ささやかな仕返しだと思っておこう。
「まぁいい。こんな事も言い合える仲になったって事で、今後ともよろしく頼むよ」
俺はため息を吐きながら握手をするのに腕を伸ばし、それに答える様にサルビアが俺の手を強く握った。
「あぁ。何かあったら身分とか関係なく、友人として頼らせてもらう。だからニワトコも俺を頼ってくれ」
「わかった。早速頼らせてもらう。製塩所にトロッコを引く都合上、壁に穴を開けるのに、家屋や敷地の詳細な図面が必要になる」
「え゛?」
サルビアの変な声を無視して俺は立ち上がり、棚から製塩所トロッコ敷設案の書類を出し、もう一度ソファに座った。
「製塩所のここに穴を開けて塩を外に運ぶ。だから線の入っている場所の、詳しい距離が必要になる。行って計って来てくれ。と言いたかったが、サイネリアさんの件で色々忙しくなるだろうから、今回は俺が行く。レールを一メートル引くのにかかる値段はある程度出ているから、土木部隊を派遣する人数と費用、穴を開けるのにかかる大体の見積もり、そして俺がいない時の代役。任せた」
俺は笑顔で言い、焼き菓子を食べてからお茶を飲んだ。今後視察に出る事も増えるだろうから、それの練習みたいなもんだ。
「ニワトコって、案の時点でこんな細かく書くのか?」
「あぁ。何かおかしいか? 見積金額と、終わった時の金額に差がないと気持ちいいぞ? それに上を納得させるのには、このくらい細かくして、資料とかもそろえて見やすくわかりやすい様に。を心がけている。義兄からは、このまま案を消してそのまま出せるくらいだって好評だ」
俺は軽く紙をめくりつつ、数字の部分が空いている所を指をさした。
「こことここに数字を入れてくれ。兵士は詰め所がないなら一般的な宿で一班十人分。出張費として給金は少し上げる事。壁の穴は大工に頼み、強度的な物でしっかりやる事前提で数件分。俺も現地で大工に聞いてくるから、大きなズレがなければそのまま現地で頼むだけになる」
別にそこまで複雑ではないと思うので、サイネリアさんの件で忙しくても、できると思う。
「本当は緩やかなカーブで、穴を開けずにやりたいんだけど、技術的なもので実績が足りないから仕方ないだろ? 季節が数回巡って、製塩所を誰に見せても恥ずかしくない物にする時に、間に合ってれば御の字だ」
俺は顎に手を当て、背もたれに寄りかかって続けた。
「まぁ、これくらいなら問題はなさそうだ。任された」
「頼んだ。信頼できる者を増やさないと、手が足りなくなるからな。今後他の三人の貴族でも食事に誘い、どんどん人間関係も整えていきたい。ちなみにだが、俺のいた国に相棒って言葉があった」
そして相棒の由来の説明をし、二人でもっこを担いでいた事に当てはめ、その時から俺はサルビアを、信じていた事を伝えた。
「だからもっこにこだわってたんだな……」
「あぁ。お前はこっちの世界での、数少ない友人であり、相棒だと思っている」
そして目が合ったのでお互いに軽くうなずき、お茶がなくなるまで雑談していたが、最後にアルテミシアさんにどんな慰め方されたの? と聞いたら、目を逸らされて逃げる様に席を立ったので、深く聞く事はしなかった。
接骨木の上司は、別な異世界で嫁が二人いますけどね……