第27話 勝手に俺を舞台に上げるなよ! 中編
そして夕方になり、パーティー会場になる貴族達が住んでいる区画の施設に行くが、その辺は顔パス状態で会場に入れた。
招待状とか、色々確かめる物とかないから、早いし楽っちゃ楽だ。
なんで城とかでやらないんだろうか? 映画とかで見るのは、自国の城でやってるのに。と前々から思っていたが、こういうのは防衛や窃盗的な物で城でやらないんだと今気が付いた。
大勢の人がいる中で、闇に紛れ込んで忍び込むのは簡単だろうし、見張りに割く人数も比較的少なくて済む。
城でやったら、全ての廊下に兵士を立たせ、巡回も必要だろうし。
馬車から下りて、ロディーをエスコートしながら会場に入ると、立食式なのか椅子は壁際にしかなく、多くの丸テーブルの上に事前に必要な物が並べてあり、まだ配膳はされていないみたいだ。
長く置いておくと埃とか乾燥もあるし、仕方ないか。こういう本格的なのに出た事がないし。会場に入ったら、もうある程度コップや軽食が置いてある奴しか経験がないし。後は結婚式とか?
「私達は一番奥よ」
「何となく察してる」
上座的な意味合いで。
今後起こるであろう、面倒くさい事のオンパレードを想像し、軽くため息を吐き、自然と右側に立っているロディーを気遣いながら、メイドさんが並べていたナイフを何気ない動きでかすめ取り、そのまま袖の中に入れたらロディーにつねられた。
俺の右側に立っているのによく気が付いたな。
「武器を身につけてないと心配なの? ここでは襲撃者より、毒を警戒した方がいいわよ」
ロディーのつぶやきを前を見たまま笑顔で聞きつつ、二人でウェルカムドリンクを受け取って軽く喉を潤しつつ、非常事態が起こった場合の脱出経路を目視で確認し、脳内でシミュレートする。
「目の前で、未開封のを開けて注いでくれた物じゃないと飲まないよ。って言った方が良い? それとも出された食事や飲み物には一切手を付けないとか」
「それはやりすぎ。一応王家主催でやってるんだから、多少は安心しなさい。それに、トニーもアニタも近くにいるし、シルベスターも紛れ込んでるから」
「はいはい」
やる気のない返事をしつつ、どんどん入ってくる参加者達を観察し、ウエイターなのか執事なのかわからない、使用人の格好をした人相最悪の赤髪の男が近寄ってきた。
「空いたグラスをお下げします」
「なんだ。サイモンはそっち側か。いきなり登場して、場を盛り上げてくれるのかと思った。あと笑顔が足りない」
俺は空いたグラスをサルビアに渡し、両頬を自分の人差し指で上げて、ニコニコとしながら言ってみた。
「会場にいるって程度の挨拶だ。後は事が起こるまで、裏で控えてるから安心しろ」
「主役は遅れてくるって奴だな」
見た目は悪役貴族にしか見えないけど。
ってか、トニーさんとアニタさんはどこだ? さっきから探してるのに、まったく確認ができない。だからシルベスターさんなんか、絶対に見つからないだろう。
「そう考えてみれば、確かに劇みたいな演出だな。王道は愛されてる証拠って奴だな」
「毎回同じだと飽きられるから、奇策でもいいんだぜ? 鳥の羽が沢山付いてる仮面を被って、いきなりドアを開けて入ってくるとか」
「勘弁してくれ……。じゃ、俺は引っ込むぞ」
サルビアに苦笑いされながら軽く二の腕を叩かれたので、グラスを二本受け取って、ロディーに一本渡してから俺も軽く叩き返しておいた。
「かなり仲良くなってるわね。いいじゃない。そうやってどんどん知人友人を増やして、今後に備えないとね」
「プロテア義父さんとかにも、なんか軍部のお偉いさんと親しくしてた人がいたから、こういうのは問題ないと思ってる……。今度、部下の貴族三人と労い兼親睦を深める食事をしてもいいけど、まだあいつ等硬いんだよなぁ」
俺はサルビアからもらった、リンゴの香りのする炭酸入りの果実酒を一口飲んで、首を傾げて渋い顔をしてボヤく。
そして会場のドアが閉まり、そろそろ開始かな? と思ったが、義父母や義兄姉がいない。つまり任せるって事か……。
そう思ったら頭が痛くなり、盛大にため息を吐きつつグラスに残っている飲み物を一気に飲み干した。
ドアが閉まってから少しして、ホールの角に控えていた演奏家達が音楽を奏で、会場の空気が変わり、パーティーが本格的に始まった。
「ニワトコ様、お久しぶりで――」
お久しぶりとか言っているが、見た事がない。服の装飾や色的に位は下の方だと思うが、どこかで会っているのか? 俺が思い出せないだけだろうな。
「ニワトコ様、この度は――」
この人は覚えている。製塩所を作る時に寄った町で、挨拶がしたいとか言ってた気がする。
「初めましてニワトコ様――」
服装や骨格、筋肉の付きからして軍関係の人だな。なんか街道の牧場に偽装した物資集積所、野外炊具や投擲瓶の事とかで色々お礼を言われた。
「挨拶や世間話しかねぇ……。名刺もないし、一回じゃ顔なんか覚えきれねぇ……。ってか名前が長い……」
二十人目くらいの挨拶と世間話、ロディーの婚約者だとかの話が終わり、名刺がないうえに、口頭での名乗りで無駄に長い名前とか覚えられる気もしないので、失礼だと思うけど髪の色と特徴を見て、紫ヒゲやら筋肉ピンク、爆乳イエローとかでどうにか覚えていく。後でロディーに聞いてリストでも作ろう。
ちなみに聞こえない様に呟いたが、笑顔のロディーから肘打ちを食らった。
そしてドレス姿のアルテミシアさんがやってきて、俺に軽く挨拶をしてからロディーの隣に立ち、軽く話をしている。
「お久しぶりですニワトコ様。学園では知らなかったとはいえ、大変失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」
張り付いた様な笑顔で次の人を待っていたら、会った事のある……ってか学園って言ってるんだから数人しかいない。
「いや、そんな事はない。こちらこそ身分を隠し、一般人を装っていて申し訳ない」
挨拶をしてきたのは、学園の食堂で会った青髪のサイネリアさんだ。
この子も社交界デビューだろうか? 事前に俺の特徴を知っていれば、ローブを着ててスーツが見えていなくても、食堂であんな事はしないだろうし、普段は寮にでもいるんだろうか?
後ろに見えるのは親かな? 少しだけ髪に白が混ざっているし、ニコニコとして雰囲気的に優しそうだ。
「あの時の事は気にせずに、今日は楽しんでいってくれ」
「寛大なお言葉感謝いたします。それでは他の方もお待ちしているようですし、これで私は失礼します」
サイネリアさんは軽く後ろの方を見てから礼をし、他の貴族の方々に挨拶をしにいった。
「食堂でのジャガイモの件?」
「あぁ。あの時は偽名だったし、もう会わないと思ってたから。ってかパーティーに出る程度の人物だとは思わなかった」
俺も情報不足っちゃ不足だけど、学生がこういう場に出るとは思わないじゃん? まだこの国に来て一年経ってねぇっすよ?
「肖像画を用意させたいけどかさばるのよねぇ。しかも描き手でかなり印象が変わるし。ってか依頼主が色々注文するから」
「もっとかっこよく、もっと細くとかか? どこでもそんなもんさ」
自撮り画像を加工しすぎて空間が歪んだりとか、結構あったからな。もう真実を写すってのは難しい時代だったなぁ。鏡に本物が写ってたりとかもしたけど。
そんな事を思っていたら、次が来たので特徴を覚える事に専念する。
「初めましてニワトコ様――」
数人後に来た、見た目が十五歳から十七歳くらいで、さわやかな印象のする赤髪の男性が挨拶を始めた。
そして何もしていないのに、ロディーが笑顔のまま俺の足を軽く踏んだ。サルビアの義弟の合図だ。
少し離れた所には、こちらをずっと監視する様な目つきのご婦人。あの人が義母か。第一印象では、笑顔が似合いそうな人なんだろうけど、あの目はやばいっすわ。
一つ一つの動作や受け答えをミスったら、家で説教しそうなオーラが出てるわ。教育熱心すぎて、子供が可哀想な感じのタイプ。もしくは親が出てきて、なんだかんだ言うアレなタイプ。うちの子供がそんな事するはずない。何かの間違えだ。的な?
ってか父親は来ていないんだろうか? そういうシナリオかな? ここで模範解答できない事を言ったら、楽しい事になるんだろうなぁ。
「あぁ。こちらこそよろしく頼む。そういえば義理の兄がいると聞いていたが、今日は顔を出さないのか? 風邪か何かか?」
俺は自然な笑顔で聞いてみたが、ロディーに相手から死角になっているのか足首辺りを軽く蹴られた。酷くない? 今日決行だって聞いてるし、面白くしろって言われてるんだから、少しくらい良いじゃん?
「あ、義兄は見聞を広める為に隣国へ……。ちょ、長期滞在中でございます」
そのひき吊った苦笑い、必死な感じがするな。秘密裏に鉱山に送ったから、そういう事にしているんだろうか?
「そうか、年齢的に大切な時期だからな。隣国で見聞を広めるのは良い事だ。この国との違いを知り、この国の為に頑張ってくれる事を期待しよう」
「え、えぇ。その言葉を聞いたら義兄も喜ぶと思います。次の方もいらっしゃいますので、自分はこれで失礼します」
そう言ってサルビアの義弟は苦笑いのまま去っていったが、サイネリアさんくらい挨拶が短かった。
位やら偉さに会話の長さが比例するのかわからないが、サルビアの義弟は気まずくなって去っていった感じがする。
その後も挨拶が続き、やっと終わって食事ができると思ったが、お近づきになりたいのか情報収集がしたいのかわからないが、人がまた俺達の近くに集まりだした。
「塩の値段が――」
「今度の冬は薪の値段が安く――」
「私の娘を側室に――」
「街道の治安が――」
なんで他の家族が来ないかわかったわ。凄く面倒くさい。ってか側室って何よ? 国王がいないからって、チャンスだと思って言ってない? 隣にロディーがいるんだよ?
俺はそんな内容を全て張り付いた笑顔で聞き、側室はロディーがいるからときっぱりと断りつつ、なんとなくそれらしい受け答えをしていたら、ホールのドアが蹴って開けたんじゃないかというくらい勢いよく開いた。
ホールは一気に静かになり、ドアの方を見るとプロテア義父さんと、赤髪のギリギリ三十代に見える男性、そして兵士が大勢入ってきた。
ほぼ全員がドアの方を見ている時に、俺は一応テーブルにあったナイフを数本左手に取り、右手に一本投げやすい様に軽く握ってだらりと腕を垂らしておく。
が、ロディーに右手を掴まれて靴を踏まれた。下手に動くなって意味だろう。そして左手のナイフも、アルテミシアさんに無言で取り上げられた。
俺はもしもに備えたのに酷くない? 必要ないって事はないだろう。誰かが暴れる可能性だってあるじゃん? 二名くらいだけど。
「皆の者、驚かせてすまぬ。裏が取れ、機が熟したのでな。まずはそこにいる、スカーレットセージ家のご婦人と子息を拘束しろ」
プロテア義父さんが、右手を伸ばすようにして指をさすと兵士達が動き出し、その周りにいた人達が一斉に距離を置いたら、兵士が二人を取り囲んだ。
「あなた! これはいったいどういう事なんですの!?」
「息子に聞け……」
サルビアの父親は、もの凄く冷たい目をしながら一言だけ発して婦人を見続け、義弟の方は大人しく立っているだけだ。
「私から話そう。義母は自分の子供を正式に父の地位を継がせたいと思い、正妻の子供である私に毒を盛り、無実の罪をでっち上げて鉱山送りにした事で、今こうして拘束されようとしている訳だ」
使用人達が出入りするドアが開き、サルビアは皆が着ているような正装で現れ、大声で罪状を言っている。
「うわぁ……。本当に劇みたいに出やがった。そういや否定はしてなかったな」
「ちょっとだけ黙ってなさい」
ロディーがそう言うと、足にさらに体重がかけられた。重くはないし、痛くはないけど、靴に変なしわが付きそうだ。良い靴なのに……。
「義母の策略で、私は無実の罪で鉱山に送られた。だが、そこに偶然居合わせた潜入調査中のニワトコ様と出会い、私はこうして生きている」
うわ……強制的に舞台に上がらされたわ。事前に言っておけよ。心の準備って物があるだろ。
「そこは劣悪な環境で、長期間入っていたら死ぬ様な場所だが、念の為かそこの責任者に金銭や酒を渡し、私は私刑にされて、病死扱いで処理される寸前だった。その時の縁でとある場所で今まで保護されていたが、やっと汚名を雪ぐ機会がやってきた!」
サルビアは規則正しいリズムと歩幅で歩き出し、そんな台詞を言いながら兵士に囲まれている、義母と義弟の所まで行き、懐から人を殺すには十分な長さのナイフを取り出した。
暴れそうなのが一人増えたわ。
「どの様な手段であれ、殺すと言う事は殺される覚悟があるという事。私の怒りを知れ!」
俺はナイフを出した時から嫌な予感がしていたので、ロディーの手を振り解いて果実酒を注いで回っていたメイドさんのトレーから、空の瓶を奪い取ってサルビアの右手に向かって投擲をした。
「痛っ! 誰だ!」
まぁ、投擲なんか普段からしないし、思い切り二の腕に当たったよ。ごめんごめん、本当にごめん。綺麗にナイフだけ吹き飛ばせなかったわ。
「俺をお前の用意した舞台の、役者の一人にさせたのに無視すんな。あと殺すまでの演出が長すぎだ。それに殺すならさっさと殺れ。だからこうして誰かに止められるんだよ。獲物の前で舌なめずりは三流以下だ」
どこかで聞いた事のある軍曹の台詞を言い、思い切りため息を吐いてから歩き出す。
「ここまで来たら、もう法の下で裁いてもらえ。復讐は何も生まないってのはよく言われれているし、多分本当の事だ。だけど当人からしてみたらクソみたいな第三者の言い分だし、怒りが冷めない内にさっさと復讐できるなら、しておくべきだと俺は思ってる」
俺は兵士を退かしてサルビアに歩み寄り、少し睨みつける様にして言った。
「ただ、幸いにして本人は生きてるし、親族の誰かを殺された訳でもない。お前自身の怒りは何となく察するが、ここで殺したらある意味駄目だ。お前の傷になる。そして俺が優秀な信頼できる部下を失う事になる。やるなとは言わないが、やるんだったら見えないところでやれ。それができないなら法に任せろ。だからこうして、役者としてわざわざ出しゃばってんだよ」
軽くサルビアの手を引きながら捻り、足をかけて床に倒すとそれを好機と思ったのか、サルビアの義母がナイフを拾って走ってきたので、左手の袖からナイフをスルリと落として握り、タイミング良く振って叩き落としながら足払いをして、その勢いのまま思い切り転がっていった。
「さっさと取り押さえないからこうなるんだよ! お前達兵士はある程度打ち合わせしてんだろ? 相手が貴族だからって尻込みしてんじゃねぇよ! 今は容疑者だぞ!」
俺が叫ぶと、慌てて兵士達が二人を取り押さえた。
いやー。盗ってて良かった食卓ナイフ。なかったら靴底で受けるか蹴り上げるしかなかったわ。それか腕か手首を蹴って折るか……。
どっちも危ないから、本当ナイフがあって良かったわ。けど袖に入れてた事で、何か詰問されたらどうしよう……。
「おい、いつまで俺の手を捻ってんだ。いい加減痛いぞ」
小声でサルビアに言われたので捻るのを止め、手を掴み直してから引っ張る様にして立たせたら、なぜか周りから拍手された。
完璧に見せ物になっちゃったよ。どうしようこれ……。
「ニワトコ様にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
そして立たせたのに、サルビアは膝を突いて謝罪してきた。一応仲は良いけど、公の場では……って奴か。
「あぁ、気にするな。鉱山で一緒にもっこを担いだ仲だ。これからも良き友人、仕事の相棒として近くで俺を支えてくれ。ほら。服が汚れるからもう頭を上げて立ってくれ」
俺はもう一度手を差し出すと、サルビアがしっかりと俺の手を握って立ち上がり、そのまま握手した状態で離そうとしない。
いいから離せ。そう思っていたら、さっきより大きな拍手が周りから聞こえる。
「おい。このままだと良い見せ物だぞ? それに役者みたいな台詞なんか言いやがって。俺もそれっぽく返すしかなかっただろうが」
握手をしているので、小声でサルビアにしか聞こえない声で愚痴った。
「今の内に顔を売っておけよ。こんな機会滅多にないぞ」
「親に殺されそうになる機会の方が少ねぇよ。最悪吟遊詩人が詩を書いて、美化された挙げ句に酒場で歌い、劇の演目になる。ってか狙ってやるな」
「名誉な事だな。長年に渡って名が知れ渡る」
駄目だ。なんか根本的な所の考え方が違う。これじゃプロテア義父さんの、期待通りに……。
そう思って、急いでプロテア義父さんの方を見ると、なんか滅茶苦茶ニヤニヤしていた。
あ、駄目だわコレ。なんか復讐劇の美談的な感じで、国王命令で劇化されそうだわ……。
「二人ともそろそろ良いだろう。今は華やかなパーティーの時間だ。この二人は兵士に任せ、安心して楽しみなさい」
プロテア義父さんが、めっちゃ良い笑顔でそう言いながら近づいてきて、俺の肩を叩き、パーティーを続けろという感じで、腕を内側から外側に広げながら皆に聞こえる様に言った。
「二人とも、中々面白かったぞ。さて、冬くらいにはどんな劇になってるか、楽しみだな……。さぁ! 役者ではない者が、いつまでも舞台に立っている訳にもいかぬぞ。さっさと降りないと、つまらない劇になって観客が帰ってしまう」
プロテア義父さんは小声で俺達にそう言い、振り向いて兵士達に聞こえる様に指示を出した。
「父さん……」
プロテア義父さんの隣にいた、赤髪の男が近寄って来たらサルビアが呟いた。
「すまなかった。私が領地の視察に行っていた時に、辛い思いをさせてしまった。帰って来た時には既に、アルテミシア殿経由で我が家で預かっていると、盟友から聞かされた。何度か手紙をもらったが、直接会いに行けずにもどかしい気持ちだった」
盟友ってのは、親同士仲が良いとか言ってたから、アルテミシアさんの親だよな? 俺にも少し、情報をくれても良かったんじゃない? サルビアはそっちの家でどうしてる? くらいしか聞いてない俺も俺だけど。
ってか俺は一回離れた方が良いな。事情があって、実子の罪とかの噂話で、色々と神経を使ってた後の親子の再会だしな。
「サルビア様!」
振り向かずに少しずつ後ずさりして、そろそろ振り向いても良いかなぁ? と思った時、サイネリアさんがそう叫んだ。
なんか嫌な予感しかしない……。頼むから巻き込まないでくれよ?
「まさかその様な事があったとは……。父から聞かされました。婚約者であるサルビア様が投獄されたと聞き、私は信じられずにいましたが、相談もせずに勝手に婚約破棄したと」
おいおいおい。ちょっと待て。婚約破棄とかのいざこざを、俺のこんな近くでやるな。
ってかこの内容ってのは、サイネリアさんに婚約者がいて、投獄されたってのがサルビアって話だろ? ってか王様。あんたサイネリアさんが叫んでから、足を止めてこっち見てんじゃねぇよ! ってかニヤニヤすんな! さっさと劇から下りろ!
サイネリアさんは学校にいて、そこまで見た目が幼いって感じはしない。雰囲気的に十五歳から二十歳くらいだろうか?
たしか教会で、十歳で魔力があるか調べてから学校への推奨状だろ? どう見ても十歳前後には見えない。十五歳で成人だから、それから入学して卒業まで何年かかるかわからないし、実技であんな魔法を放ってたから一年目って事はないだろう。サイネリアさんは十八歳くらいだろうか?
成人して即働きたい寒村出身の貧しい家庭なら、負担を減らすのに十歳でも可能って事にしておこう。それから成人までいられるとして、三年生から五年生くらいまであると仮定する。
で、ロディーと仲の良いアルテミシアさんは大体同い年くらいとしよう。サルビアのあの見た目で二人より年下って事はまずないから、もしかして俺と年齢が近い?
お前何歳だよ。もしかして俺より少し年上だと思ってたけど少し年下かよ……。日本人は年齢より幼く見えるっていうが、お前は見た目より老けすぎだって。
「サイネリア殿。その件については、後日正式に君の父と話し合う事になっている。この場で話す様な事ではないだろう」
サルビアの父親が辺りを見回し、人の目がある事を遠回しに言っているが、俺はあいかわらず摺り足で、ゆっくりと距離を離している。
俺はこんな空気耐えられません。だってサルビアはアルテミシアさんと、良い仲になっちゃってるんでしょ? 最悪修羅場だって。
「すまないサイネリア。私は今、親同士公認でアルテミシアとお付き合いさせていただいている。正式に婚約破棄されたので、そこは問題ないはずだ。それに――」
サルビアはちらりとアルテミシアさんの方を見て、言って良いのかわからないからか言葉を切った。
「婚約者が犯罪を犯し、投獄されたと知れば、親としては婚約破棄は当たり前だと思う。この件は少し時間がかかる。今は引いてくれ」
「ですが、こうして無実の罪を晴らし――」
「サイネリア……。今は引いてくれ」
サルビアはサイネリアさんを睨みつけながら言葉を遮り、これ以上話す事はないと言う感じで、軽く俺と目を合わせて、先ほど入ってきたドアから会場を出て行った。
サイネリアさんは口を半開きのまま片腕を伸ばしていたが、うなだれた状態になり、その場で動こうとはしなかった。
え? さっき俺を見たのは任せるって事か? 嘘だろ? どうしろってんだ? お、親。サイネリアさんの親はどこ? ってかサルビアの父親もいない!? 俺の義父もいねぇ! あのおっさん達逃げやがった!
し、紳士。この中に紳士な方はいらっしゃいますか!?
かなり精神的にパニックになったが、少し冷静になって周りを見ると、先ほど俺達を囲んでいた人達が俺を見ている。後ろを振り向くと、ロディーとアルテミシアさんがわかりやすく目を逸らした。
神は死んだ。使い方は違うが、そんな気分だ。味方はいない。良く考えなくてもアルテミシアさんは絶対無理。
ロディーもサルビアやアルテミシアさん側。そもそも王族予定者が話しかけて良い状態なのか? 俺が行くしかないの……か?
「あー。なんだ? サルビア殿もああ言っていた。こういう場合は、時間が経たないと解決しない事も多い。気持ちを落ち着かせる為に今日は帰り、無理にでも何かを食べ、睡眠を取った方が良いと思う。本人も後日話し合いの場を設けると言っていたし、少し間を開けた方が良いだろう。気分が悪いなら、メイドを呼んで別室で休んだ方が……」
何となく場の空気に負けて、俺はサイネリアさんに話しかけてしまった。
「誰が悪いかは、頭ではわかっております。ですが今はこの感情を、どうしたら良いのかわかりません……」
サイネリアさんは泣いているのか、声が少し鼻声になっていた。
ここで手を貸すのは簡単だが、立場的に不味い。ロディーもいるし、最悪親につけ込まれ側室コースまである。いや、押しつけられるって言った方が良いか? 突き放すしかないな。
「そうか。誰か! サイネリア殿を別室まで連れて行き、休ませてくれ。そこの君、頼まれてくれ」
「は、はい!」
目が合ったメイドさんをしっかりと指をさし、お願いしておく。
心肺蘇生法やら怪我人を救助している時に、自分じゃない誰かが呼んだだろうと思って、誰も救急車とかを呼ばない事もあるからな。
ってか親はどこよ?
「どうしたサイネリア! 私が夜風に当たっている間に何があった!」
いるよね。肝心な時に関係者とかがいないって……。
「実はですね――」
「なんて事だ……」
俺は先ほどの流れを軽く説明すると、サイネリアさんの父親は額を押さえて天を仰いでいる。俺がなんて事だって言いたいわー。
「すまないが、もう一人付き添ってやってくれ……」
俺はため息を吐きながら、その場で動かない二人をメイドさんに任せ、額を押さえてロディーの所に丁寧な歩き方とか関係なく、疲れた足取りで戻りつつ、途中でメイドさんが持っていたトレーから、果実酒の入った瓶を何気なく掴んだ。
「何あれ? 勝手に舞台に上がらされた挙げ句、ヒロインを置いて退散。俺にどうしろってんだ?」
俺は壁際にあった椅子を自分で取り、小声で愚痴ってからどかりと座ってネクタイを緩め、ロディーの持っていた空のグラスを借り、そこに果実酒を手酌で注ぎ一気に飲み干した。
「はぁ……。本当親子の殺し合いとかも勘弁してくれよ……。俺を変な事に巻き込むなよ……」
俺は二杯目を注いでそれも一気に飲み干し、上を向いて一息ついてからテーブルにグラスと瓶を置き、もう一度ため息を吐いてからネクタイを元に戻し、何事もなかったかの様に立ち上がる。
「醜態をさらしてしまい、申し訳ない。まだこの様な事に慣れていなくてな。少し外させてもらう。皆は私の事は気にせず、引き続き楽しんでくれ。ちょっとサルビアの所に行ってくる」
俺は笑顔で言い、小声でロディーに伝えてからサルビアの出て行った、使用人達が出入りしているドアに入り、場所を聞いてから部屋に向かった。