第26話 なんか思ってたのと違うぞ? 後編
こちらは同時投降した後編です。
「あ、どうもー。見習いさんが来たって聞いたので来たんですが」
俺は懇意にしている鍛冶屋のおっさんの所に行き、いつも通り気さくに声をかけた。
「おう、一応設計図通りだぜ。ちょっと中に来てくれ」
「うっす」
親指で工房の方を指すおっさんに従い、奥に入るとレールに乗ったトロッコの台があった。うん。良い仕上がりじゃない?
「図面通り、このレールって奴の外と外で1だ。長さは言われた通り一本が2。車輪はそれに合わせて入る様に。この取っ手はピンを抜けば簡単に外れる。問題はないか?」
おっさんの簡単な説明が終わり、俺は紐を使って一応寸法を測ってからレールを繋いでいる留め具を外して一本持ち上げ、横から覗き込む様にして真っ直ぐになっているかを確認する。
技術力とかを考え、一本を短くしたが、このくらいの長さなら真っ直ぐにできるっぽいな。槍とか刀身の長い剣があるし、このくらいなら大丈夫だろう。
「あんちゃん。すげぇ力だな」
「あー……。鍛えてるんで」
量産する事を考えていたら、おっさんに驚かれたが笑顔で誤魔化しつつ、レールを戻して軽く留め具を差し込んで、足で台を押すようにして動かしてみるが、今のところ問題はない。
むしろ問題なのは、おっさんが『流石ロディア様の婿になるだけはある』って小声で言った事だ。ロディーって国民からどう思われてるんだよ。
「ちょっとアレを借りて良いですか? 重い物を乗せて動かしたいんで」
俺は工房の隅にあった、インゴットになっている鉄を指さす。
「あぁ、問題ねぇぞ。その綺麗な服が汚れても知らんけどな」
「ここは手を貸すところなのでは?」
「王族だろうが貴族だろうが、工房の中の物を勝手にいじられるのも動き回られるのも好きじゃねぇ。しかもそっちから言い出した事だ。そこまでは責任はもてねぇな」
「確かに」
おっさんがニヤニヤしながら言ったので、俺もニヤニヤしながら返しておく。寛容できるのは、工房の中に入れるまでだったらしい。
チラッって見えたトニーさんとアニタさんが、少し複雑そうな顔をしていたけど、個人的に問題はないので、そのまま一人でトロッコの台に板を乗せ、インゴットを重ねていく。
「ふむ。袋的に二袋交互に乗せて積めば、安定はする……と思う。問題は重心の高さと荷崩れか……。こんな感じで、台座にフックって左右に六本くらい付きます?」
俺は台座の左右側の端と中央辺りを指し、おっさんに聞いてみた。
「おう。んなもん簡単すぎて、今からやれば夕方前には確実に終わるぜ」
「じゃ、お願いします。ちゃんとその分を請求に入れて、金額を出してくださいね」
俺はインゴットを戻しながらおっさんに言い、手を洗っているだろうと思われる桶で手を洗い、ハンカチで手を拭くと軽く肩を叩かれた。
「荷馬車用の在庫があるから、本当に付けるだけだ。おまけしてやるよ。こいつで結構手間がかかってるから、そんなもんの値段は誤差だよ」
「うっす! あざっす! お弟子さんに報告に来させた時にでも、代金を持って受け取りにきますので、諸々はその時で良いですか?」
笑顔で返事をしつつ、何か酒でも買ってこようかと思ったが、今の立場や護衛がいる状況じゃ無理だと思い、商品を受け取りに来た時でも良いんだし今日は諦めておく。
サービスとかには義理で返さないとな。たまに高くつく場合があるけど。
「あぁ。明日にでもまた走らせるわ。ってかあいつ遅せぇなぁ! どこでサボってんだ? 馬車で来たから抜かされたと思ってたけど、それにしちゃ遅すぎだと思わねえか?」
「んー何とも言えませんね。多少のサボりなら寛容になるのも、上に立つ者としては心得ておかないと。けど多少ですよ? ほら、小腹が空いて買い食いくらいなら良いんじゃないですか?」
そんな事を言っていると、おっさんと同じ様な鍛冶士がしている、厚手の革エプロンをした人が袋をもって入ってきたので、親指でさしながら言ってみた。
「あ、もうしわけありません。小腹が空いたので軽食を買ってました」
「ったくしゃぁねぇな。追加の依頼だ。このフックを付けるだけだから、それ食ったらお前やってみろ。そろそろ簡単な仕事から回してくからな」
「うっす!」
どうやら、本当に入ったばかりの見習いだったらしい。ってか溶接って難しいと思うんだけど?
電気の方の溶接なら、多少習えばくっつけられるだろうけど、どうやるんだろうか? まぁ、俺がいると作業の邪魔になるから帰るけど。
「じゃ、よろしくお願いします」
それだけ言い、軽く手を上げてから店の外に出て、離れから見えた黒煙の方を見ると、さらに大きな黒煙が見えている。
「まだ訓練してんのかよ……」
「たしかにまだ見えますね」
「訓練開始から、少し間が開いて見え始めてましたね」
呟く様にボソリと言うと、トニーさんとアニタさんから答えが帰ってきた。二人とも気にはなっていたらしい。
「行ってみますか?」
「えぇ……。かなり運用方法が気になります。無茶してなければ良いんですけど……」
俺は十数本に増えた黒煙を見て、目を細めながらこめかみを手のひらで叩いた。
なんて言うか……。一言で言うなら世紀末。
防壁の上から、兵士が投擲瓶を人の大きさの藁人形が密集している場所や、後少しで防壁に届きそうって感じの、火矢対策がされた板金が鎧のように張り付けられた攻城塔に投げつけており、盛大に燃えている。
そしてかけられた梯子や、隣接して、今にも突撃を想定した破城槌に、バケツで液体を撒いており、松明を投げたら燃えた。ぶっかけてたのは灯油だったわ。
そして一メートル四方に収まるくらいの、小さい投石機が何台も並んでおり、拳くらいの石をスプーンみたいなので飛ばす奴もある。
それに石の代わりに少し大きな投擲瓶を乗せ、一人が魔法文字の入った紙に触ってから直ぐに飛ばし、密集している藁人形を燃やしていた。
そして遠くの方に見える攻城塔と、なんか中途半端な大きさの樽。たとえるなら少し小さい米俵くらい。
それに火のマークにバツ印が入っているので、多分灯油が満載なんだろう。
それが防壁の上にギリギリ乗せられる大きさの投石機の紐の先に付いており、数人で紐を引っ張って遠心力で飛ばすのか、何人も紐を持っていた。
なんか変な緊張感が辺りに漂い、静かになったと思ったら上官らしき人が旗を上げ、樽に張ってあった紙を触った人が大声を出すと、直ぐに紐を引いて樽を攻城塔に向かって飛ばし、当たってバラバラになって液体が飛び散り、直ぐに火柱が上がって攻城塔が即効で燃え始め、板金の重さでかなり早く崩れて歓声が上がった。
やっぱりあの樽も灯油だったか……。ってかこいつら、火が好きすぎじゃね?
ちなみに嘘みたいだが、全部防壁の上での訓練だ。大きめの数人で紐を引くタイプの投石機なんか、微調整がしやすいように木製の車輪がついていて、左右に動かせる様になっている。
一瞬だけ小さすぎるキノコ雲化した物に、手を伸ばして親指でも立てたくなったがやめておいた。あれは一種の経験則だし。
火の高さから三十倍の距離分離れれば安全ってな具合だが、防壁の高さが十五メートルだし、今から四百五十メートルも離れてられない。
うん。まぁ。俺の想像してた物の斜め上の運用方法だ。
「防衛に特化しすぎな訓練じゃね? ってか新しいおもちゃを手に入れた子供かよ……」
訓練を防壁の外で少し離れて見ていたが、出た感想がそれだった。
「訓練は必要ですよ? 流石に対人訓練は安全上できないみたいですが、ファランクスを想定した藁人形を瞬時に燃やすのは、見ていて爽快ですね」
うん、訓練は必要だね。俺も砦時代にやってたし。けどね。樽とか瓶は水の入った物でもよくね? ってか言ってる事が物騒だよ?
「攻城塔が直ぐに燃えるのは良いですね。あの板金で中々燃えないんですよ。燃える水って便利ですね。梯子も燃えたら使えないですし、破城槌は未だ燃え続けているので近づけませんし、良いと思います」
攻城塔は二つ燃やす必要ないよね? 一個で十分じゃない? 個人で投げるので燃えるなら、樽は水で十分じゃない?
「けど火柱を上げるのはどうかと思う。やりすぎだ」
後ろに控えていたトニーさんとアニタさんが、防衛的観点からの視点で感想を言っているが、一歩使い方を間違えれば防壁の上は大惨事。灯油がこぼれてたら内側にある家屋も最悪燃えるぞ? ってか胃が痛い。主に安全面の方向で。
もう軍部に渡ってるから管轄は違うけどさ、認識不足の違いとか甘さで、味方にも大きな被害が出る可能性があるし。
あぁ。頭の中に、変な猫が指差ししてるイメージが出て来たわ……。
「皆の気分が上がっていますので、派手さは必要だと思います。目に見えて危険そうな物なら、相手も怯みますので」
「ですね。私的には矢の先に瓶を括り付けて、どの程度飛ぶかの検証もして欲しいくらいです」
駄目だ。基本的に二人は俺と考え方が違うんだな。
俺は安全とか真っ先に考えるが、二人は威力や脅威、制圧面で見ちゃってるわ。
「矢に付けて飛ばすなら、水で訓練してくださいね」
「矢に布を巻き付け、燃える水に浸してから火を付けた物を既に射らせてもらってますので、半分くらい遅いかもしれません」
「いや。まぁ。一応それも想定してたけどさ……」
いつ射ってきたの? そんな言葉が出かかったが、一応止めておいた。休日中に、前に所属してた部隊に顔を出しに行っただけかもしれないし。
□
「はぁ……。色々な意味で疲れた」
執務室に戻り、アニタさんにお茶を頼んで一人になってから、盛大にため息を吐きながら呟いた。
見なかった事にしたいわー。最悪攻める時は、樽や瓶を投石機で防壁の内側に飛ばすんだろ? 対人って言うより、家屋や食料への攻撃になるな。籠城してても心が折れるわ。ってか木製の門だったら簡単に燃えて、即攻め込めるな。
「また叙爵が決まったんだって? おめでとう!」
執務椅子に座り机に突っ伏していてら、ロディーがノックもなしにドアを開けて入ってきた。
いい加減俺だって理由で、ノックをしないで入ってくるのは止めてくれ。
あとまたって言ったよな? 今までの陞爵の件は知ってて黙ってたな? 今晩ベッドで聞き出そう……。
「ありがと」
「なんか元気ないわね。どうしたの?」
「ん? いや、今日やたらと黒煙が上がってたじゃん? 一応心配だから見に行ったんだけど、見に行かなけりゃ良かったって思ってね」
俺は体を起こして窓の方を見た。もう黒煙は上がっていない。訓練は終わったんだろうか?
「確かに黒煙は上がってたけど、そんなに酷かったの?」
「んー。軍事的には正しい判断と、即導入に踏み込めるのは良いんだけどね? 俺からしてみたら、色々と使い方が危なっかしくて」
投石機で飛ばしてた事や攻城塔の事も言い、もしかしたらがあったら怖いと愚痴った。
「別に良いんじゃない? 失敗から学ぶ事も大切だし、実際に運用しないとわからない事もあるし」
「んー。そんなもんかー。確かに専門家を集めて作った物が、いざ実戦で役に立たないって事もあるしなぁ……」
ロディーと話していたらドアがノックされ、アニタさんがお茶を持ってきてくれたが、ティーセットが二組あるので、廊下ですれ違ったか、見かけたかして持ってきてくれたんだろう。
そしてソファに座り、雑談をしながらお茶を飲みつつ何気なく窓の方を見たら、オレンジ色のキノコ的な物が見えたので、思い切りお茶を噴き出した。
今回は今まで以上に、綺麗な霧状に吹き出てたと思う。
「ちょっと大丈夫? いきなりどうしたのよ?」
俺は腕を伸ばして親指を立て、炎の大きさを何となく見たら親指より少し低いくらいだ。もちろん防壁の事も考えて角度は少し下げ気味だ。
「ここから見える火柱って……。いったいどのくらいまとめて燃やしてんだあの馬鹿どもは」
「え? 何してるの? 親指なんか立てて」
アニタさんがタオルでお茶を拭いている横で、ロディーが心配そうに聞いてきた。いいから火柱を見てくれ。
「ここまで見えるって事はかなりの高さなのは確かだけど、あそこまで大きいと熱風とかで怪我人が出てないか心配だ」
「うわ。本当だ。凄く大きな火が見える。あれって燃える水?」
俺はティーポットからお茶を注ぎ、砂糖を二杯ほど多く入れ、ため息を吐いてから一口飲んだ。
「そうだ。で、なんで親指を立ててたのかっていうのは、腕を伸ばして親指を立て、火柱が隠れれば安全。これはただの基準で、信憑性はないけどね。けど防壁の内側から見えてる時点で、十五メートル以上なのは確かだけど、あのキノコみたいなのが離れから見えてる時点で、その倍以上は確実だ」
俺は消えかけている黒煙を見ながら疲れた感じで言い、明日送られて来るかもしれない書類の内容を想像しつつ、少し頭痛がする頭を押さえた。