第26話 なんか思ってたのと違うぞ? 前編
遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
後編は同時刻に予約投稿されます。
スラムの改善案を出し、仮設住宅の設置や、立ち退きやら家屋の取り壊しが終わり、ある程度簡易宿所の骨組みができあがり、暑さも和らぎ始めた頃。俺は昨日の夕方以降に届いた報告書を確認し始めた。
「はぁ!? また国営の土木会社の方で喧嘩があった? 明日は鉱山から模範囚が来て働くんだぞ?」
三日間の謹慎くらい罰を設けた方が良いのか?
夜鷹、土方、テキ屋殺すにゃ刃物はいらぬ、三日の雨も降ればいい。って俗謡があるしな。良く現場に出てたベテランの爺さんも、梅雨の時季に言ってたし……。けどそれだとさすがに食い扶持が……。その時にまた暴れそうだな。
一日くらい頭を冷やせって事で、現場に来ても帰らせる事にして、止めに入った人は問題ないとし、当事者と加勢した人物は一日謹慎処分。酷ければ三日に延ばす事。
俺はペンを持ち、報告書の返事を書く。
国営の方は兵士じゃないし、折り合いもあるしなぁ。後々部署やら班分けで、あまり顔を合わせない環境作りも必要だな。
「ん? 塩街道沿いから逸れた所にある、村長が集めた署名?」
場所は……。あぁ……、ここの村か。領地的にギリギリ他の貴族の統治下じゃなくて、フローライトだからここに来たのか。土木部隊を動かし初めてから、なんか一気に噂が広がってこういうのが増えたなー。
元々小さな村落への道も整備するつもりなので、順番の前後はあるかもしれないが、心配はしなくても良い。
こんなところだろうか? 村長といっても有識者だろうし、常に皆をまとめてるから上手く言ってくれるだろう。
「道路整備の進行具合定期報告書? あぁ、前回の報告からもう十日か……」
ふーむ。道にへこみが少ない既存の道の整備を十として、障害物や悪路だと一日の進み具合は半分以下で、最悪三くらいに落ちるか……。馬車に乗ってる時は気にしてなかったけど、結構うねうねと走ってたんだな。
俺は報告書を見て、消耗品やら土砂の運搬費、雑費の覧に目を通す。
あぁ、馬じゃなくてロバも購入したのか。ストレスや色々な物に強いし、小回りも利くしな。あと可愛いし!
森の開墾用に、手押し車を早めに購入しておくか。露店で野菜とか売るのにあったしな。ジャガイモが山積みだったりで、確認はしてるし。
「……なんで製塩所の報告書がこっちに来てんだよ。あーはいはいはい、一応財務やら外交を通してからの俺への報告ねー」
んー。海水を乾燥させる施設の増設、煮詰める場所の拡張。そして風車を建てる前に比べて、ついに二倍になったか。
で、薪の使用量が四割以上減ったと。風車とかの初期投資分がどのくらいで回収できるんだろうか?
そして街道で塩を積んだ荷馬車が襲われる数が、ほとんどなくなった……と。国内で噂が出回っている証拠だな。本当良い事だらけだな。
しばらく書類に目を通し、重要度の低いラックに手を伸ばしつつお茶を一口飲みながら書類に目を通し、そのまま少しだけ思考が止まった。
「なんで俺の叙爵の書類がここに入ってんだよ! しかも質の悪い、どうでも良さそうな感じの荒い紙だし!」
俺はカップをソーサーに戻してもう一度ラックの場所を確認し、絶対に入れ間違える事がない、まったく別の場所にある重要度の高い方のラックを見る。
合ってるなぁ……。ってか、走り書きのメモ的な気楽さが感じられる、このどうでも良いってな感じの物はないわー。
そう思いながらも俺は呼び鈴を鳴らし、昨日書類を持ってきた使用人を呼んでもらった。
「何度もご確認しましたが、ヘリコニア様がここで良いと」
見習い執事に訳を話して一応聞いてみたが、こんな答えがキリッとした顔で返ってきた。間違っていないと自信のある顔だ。
「ニヤニヤしていたか?」
俺は確認のために、渋い顔をしながらこめかみを人差し指をトントンと叩きながら聞いた。
「えぇ。とても素晴らしい笑顔とは言えない顔でした」
「……聞きたい事はこれだけだ。ご苦労。下がって良いぞ」
「失礼いたします」
見習い執事は一礼して退室し、俺は思い切りため息を吐いた。
「いつものいたずらか……。それとも俺の叙爵なんか特に重要と思われてないか……。人によっちゃ滅茶苦茶怒るぞコレ。俺だからできるって思われてるんだろうなぁ」
独り言をつぶやきつつ冷めたお茶を一口飲んで、斜め読みした叙爵の件の書類を読み返す。
侯爵!? はぁ? いきなり? 何考えてんだあの国王は。
俺は手に持っていた書類を机の隅に置き、残っている書類の表題だけ確認し、後回しでも良い物が多かったのでもう一度呼び鈴を鳴らし、プロテア義父さんに会うのに確認を取ってきてもらった。
「入れ」
「失礼します」
何回か来た事のある、プロテア義父さんの執務室前に付き、見習いメイドさんがノックをしたらそんな返事が返ってきたので、もの凄く厚みのあるドアを開けてもらい、一応形だけは挨拶しておく。
「……なんですかコレ? しかも重要度の低いラックに入ってたんですけど?」
ドアが閉まった音がしたので、書類を指でつまんで軽くヒラヒラさせながら聞いてみた。
「陞爵の件だろ? ニワトコは、あまりそういうのは気にしないと思ったからな。実際そんなに興味ないだろ?」
プロテア義父さんは椅子の背もたれに寄りかかり、インクを乾かすのに書類を手に取って息を吹きかけてから、軽く言っていた。
「確かに興味はないですが、言いたい事が二つあります。人を見てやっているんでしょうけど、コレは一応最重要の場所に入れないとまずいでしょう。もう一つですが、なんでいきなり侯爵なんですか?」
「まぁ座れ。そして落ち着け」
プロテア義父さんがソファを指さしたので、俺は紙をテーブルに置き、とりあえず座った。いや、落ち着いてますからね?
「まずは重要度の件から話そう。確かに人を見て確信してやった。それに爵位に興味ないなら、それこそ他の仕事をやっていてもらった方がかなり助かる。ニワトコなら軽く読んで終わりかと思ってたが……」
プロテア義父さんはソファに座り、ティーコージーを外してカップにお茶を自分で注いでいた。もちろんカップがないので、俺のはないだろう。
そう思っていたがドアがノックされ、メイドさんがお茶を持ってきてくれた。
「まぁ。確かに普通の叙爵の話くらいなら問題なく、あーはいはい……。で終わらせましたよ? けど侯爵って結構偉いですよね?」
メイドさんが執務室から出て行ったので、俺は砂糖をお茶に入れながら爵位について聞いた。
「だな。確かに上から数えた方が早い。けど、今回の塩の件が大きい。で、なんで侯爵なのかと言うとな、今までの叙爵の件は伝えてなかったし叙勲もしてないからな」
プロテア義父さんがゆっくりとした動作でお茶を飲むのを見て、俺は何も言えずにうつむきながら手のひらで額を押さえた。
「色々とすっとばしすぎじゃないですかね?」
「どうせ毎回何か開いて盛大にやるより、一気にやった方が経済的にも時間的にも精神的にも、ニワトコは楽だろ? それにロディアと結婚するなら、最低でもこのくらいの爵位も必要だしな」
「事実だから反論できないのが、かなり悔しいのが腹立たしいんですが? まぁ、初めて自分の立ち位置がわかったって事だけでも、良かったとしときますよ……」
俺は頭を上げ、お茶に砂糖を一つ足してゆっくりと飲んだ。けど侯爵って、公爵の下だよな? 上から二番目なんじゃ? 高くない?
「報告書は読んだと思うが、実際に塩の生産量が二倍になって、薪の使用量が減ったしな。私は隣国との約束が守れる。財務の連中が喜ぶ。国内の薪と塩の値段が下がって国民が喜ぶ。こう言われれば、やった事が結構偉業だってわかるだろう? 次の春から別な物に、その分多く予算が回せる」
「確かにそうですけどね? なんかそれだけだと実感がわかないんですよ。何か具体的な数字とか見れます?」
「あぁ。少し待て」
そう言うとプロテア義父さんは、壁際にある棚から綴られた紙束を持ってきたのでそれを受け取った。
「……ふーむ。数字で見るとかなりの額だなー。冬に消費される薪の量と金額がこうなって……。あー、次の春に使われる予定だった、この浮いた予算が他に行くなら、ある意味納得できるけど、国に貢献したってなると、積み重なった爵位とあまり釣り合ってねぇな……」
そう呟きながら次のページに目を通すと、三十日の生産量の利益が書いてあった。
「今のところ単純に数字が二倍になっただけか。生産量が増えて、値段が下がる事とかの補正が入ってねぇし。けど他国に輸出する量が増えてるから、トントンって事か。まだどんぶり勘定だな」
軽くため息を吐き、何枚かページをめくりつつ過去三年分くらいの利益を見る。本当塩は安定してんな。去年だけ戦争があったからか下がってるけど。
「ってか、去年の塩街道の治安悪すぎ。戦争があったから仕方ないけどさ。あーはいはい。盗賊がほとんど減ってるから、その分も入って――」
何となく視線を感じたので顔を上げると、ニヤニヤしてるプロテア義父さんの顔があった。
「何ですか?」
「盗賊が極端に減った。塩の生産量二倍。その分の利益……。全部ニワトコのやった事だぞ?」
プロテア義父さんは、親指から一本一本指を立てながら言ってきた。ニヤニヤしたままの顔で!
「ですね……」
「今回の春まで、ニワトコはまだ一般人だったのにな」
「ですね……」
「いい加減叙勲の事も考えないと、色々と不味いんだよ。他の貴族達が、正当な評価がされていないんじゃないか? と思い始め、やる気にも関わるしな」
「ってか、ニヤけながら言うの止めてくださいよ。また変な事を考えてそうで嫌なんですけど?」
プロテア義父さんがニヤニヤしたままだったので、片目を細めつつお茶を飲み、軽く牽制しておく。
「いやいや、多分叙勲式は普通だぞ? ただ、周りの反応を見るのが楽しみでな。何かごちゃごちゃ言ってきたら、塩の値段を今後据え置きにしつつ、道路沿いの牧場の件をチラつかせれば、多分大人しくなるだろうしな」
「必要物資と治安を出すとか、かなりあくどいなぁ……」
「ニワトコの功績だしな。ちゃんとこうして数字も出てるし、文句を言うならソレにケチを付けるって事だろう? ならいらないって事に繋がる。間違ってはないだろ?」
プロテア義父さんは焼き菓子を一口で食べ、少し悪い顔で笑顔を作っている。王様くらいになると、このくらいの事は平気でできる様にならないと駄目なんだろうか?
俺だって笑顔のまま、『この件はなかった事に』くらいはほんの数回やった事はあるけど、お国柄の違いだろうか?
日本人はあまり表情に出さないからな。嫌な事があっても、笑顔のまま最後まで話し合いとか進めるし。
「わかりました。とりあえず叙勲式的なものがあると、頭の隅にでも思い切り投げ捨てておきます」
「あぁ、適度に作法とかの事をティカに頼んでおく。ニワトコならあまり問題はないとは思うが、仕事を理由に断ったりするなよ?」
「わかりました。無理矢理スケジュールに空きを作って、ぶち込んでくるくらいの事はしそうですし、諦めておきます。では失礼します」
俺は立ち上がり、軽く頭を下げてから退室をして、メイドさんに先導されて執務室まで戻った。
「コレで昨日の夕方以降の分は最後か」
俺は書類を手に取り、問題がないのでヘリコニア義兄さんがサインを書くだけのラックに入れて、一区切り付いたのでお茶を飲み、なんとなく外の風景でも見ようかな? と思って立ち上がり、遠くを見て見ると黒煙が上がっているのが見えたので、目をつぶって眉間を揉みながら椅子に戻った。
「本格的に訓練を始めやがった……」
俺は執務机にひじを突き、軽く頭を押さえながら呟いた。
そしてノックが鳴ったので返事をすると、見習いメイドさんが入ってきた。
「鍛冶見習いの方が先ほどいらっしゃり、ニワトコ様にトロッコができたとお伝えしていただきたいと、言伝を預かりました」
「……わかりました。工業区に行くので、馬車の準備をお願いします」
頭痛がしそうな気分を一気に変え、左手前腕のダガーを確かめ、ペンケースのインクや紙を確認してから、ティーポットに残っていたお茶を全て飲み干して、呼ばれるまで待機しておいた。




