第24話 やっぱり中にも目を向けないと駄目だなこりゃ…… 前編
翌日。朝食後に俺はつなぎに着替え、執務室に行ってバインダーに紙を多く挟み、左手前腕にダガーを仕込んで腰に小さなポーチを付けていたら、軽装備のロディーがノックをして入ってきた。
「え? 鎧とか着込まないの?」
なんでそんな格好してんの? って目が訴えている。
「威圧感を与えない為。護衛を信用しているから。かな?」
「一人だけ装備が違うと逆に目立って、顔とか覚えられたり、狙われるわよ?」
「そうなん? んー……。胸当てとかグリーヴ、左手に籠手だけで良い?」
「……どうだろう? 見方次第じゃ、位が最下級とか荷物持ちに見られるのかな? それとも部署が違うとか……」
ロディーは顎に手をあて、右下の方を見ながら少し考え込んでしまった。なので俺はそばに控えていた鎧を着たアニタさんに頼み、今言った装備と四十センチ程度の鉄製の警棒風の物を持ってきてもらうことにした。
もちろん警棒はこういう時の為に、特注で作ってもらった。といっても、握りと鍔が付いてるだけの、先の尖ってない両手刺突剣の短い物だと思ってもらえばいい。
隠す事や長くする必要性はないし、三段ロッドとかまではいらないと思ってる。
「ってな訳で装着はしたけど? どう?」
俺はつなぎの上から鉄の胸当てとグリーヴ、左手に籠手を付けて右太股の辺りに警棒を装備し、ロディーに意見を聞いてみた。
「……微妙」
「素直な意見をありがとう」
俺はため息を吐きながら言い、一応半身で左側の防御を固めてみたが駄目みたいだった。盾でも持つか?
「仕方ないわね。遅れるとまずいからそのまま行きましょう」
「まぁ、最低限の装備って事で許してもらおうか」
そして俺達は城門前に行き、既に待機していたアルテミシアさんをはじめ、軽装備の兵達の前に立つ。
ってかトニーさん。見ないと思ったけど、しっかり武装して待機してたわ……。ゲームとかで見る革鎧を着た弓兵そのまんまか……。二人とも気合い入ってんなー。
「こちらの不手際で少し遅れたが、スラムの警邏は予定通り行う!」
一応騎士団から除名されたと言っても、一応治安維持系の仕事をしているロディーが今日の予定を言っているが、兵士達の視線が俺に集まっている。知らない人間が増えている、アレが噂の接骨木様か。てとこか……。
それか装備が中途半端だからか? なら最初からつなぎだけで良かっただろうに……。
そう思っていたらロディーの挨拶が終わり、多分指揮をする隊長が指示を出して全員が幌馬車に乗り込み、スラムがある方に走り出した。
体感で十数分くらいだろうか? そのくらいでスラムが広がる場所に着き、全員が下りて整列を始めたので、俺もロディーと一緒に並ぶ事にした。
「これよりスラムの警邏を始める! 先日不届き者集団を捕らえたが、まだ残党がいるかもしれん。気を引き締めて最低でも五人一組で動くように! 以上。巡回はじめ!」
「「「了解!」」」
そして隊長が指示をすると、全員が一斉に動き出した。練度は高いみたいだ。
「さて。昨日いきなり言われたから、俺は何をしていいのかわからないんだけど?」
「浅い所なら好きに動いて良いわよ」
「そうですね。私達は比較的奥に行くなと言われていますので」
その場で動かずにいたロディーに言ったら、アルテミシアさんが補足をしてくれた。隊長と数少ない女性兵士も一緒みたいだけど、俺が何をしたいか言って良いの?
「なら少し開けた場所に案内して。スラムの区画整備をする計画準備を立てたい」
「何か考えがあるの?」
「……まず見てからかな。広場を見て決める」
少し考えてからそう言って、通路から一本奥に入っただけで雰囲気がガラっと代わり、ボロを着て地面に座り込む者や、寝たきりで動かない者がいた。
通路一本だぞ? なんだこれ……。
「想像より酷いな……」
俺はそう呟き、所々止まりながら必要なメモを取りつつ、少しだけスラムの奥に進んだ。
「ここが多少開けてる場所ね」
案内された場所に着くと、火を焚いてナニかの肉を焼いている者や、決闘でもしているのか、ギャラリーに囲まれて殴り合いをしている者さえいた。
「アレは注意しないの?」
俺は顎で殴り合いをしている二人を指し、ロディーの方を見た。
「遺恨が残るし、刃物を出さない限りは見逃してるわ」
「のわりには、賭けもしてるし、血塗れで倒れてるのがいるけど?」
「手を入れても、ほとんど意味がないのよ……。次から次へと始めちゃうし」
ロディーはため息を吐きつつ肩をすくめて言い、そっちの方を見ようともしない。
「…………そうか」
俺はため息を吐き、あきらめて広場周辺の家屋を見て回る事にした。一応候補の中から今思いついたのは簡易宿所だ。
一応は日割りアパート的な物だったと思うけど、もの凄く広い家屋の、基本素泊まりの簡易宿になると思う。
問題は人の住む場所じゃないから、ドヤって言われない様にする事を優先的にしないとな。
後は犯罪者や軽犯罪多発の巣窟にならないようにする努力。そして薄利多売の食堂とか、露店があれば問題はないか? この辺は許可制か国で動いた方が、無許可営業とかが増えなくて良いかもしれない。
そう思いながら井戸の位置を確認し、取り壊しても問題なさそうな家屋が多い事を書き、簡単な図面を引く事にした。
簡単に四角を描き、線を引いて仕切を作ってベッドや鍵のかかるチェストっぽい物を描き、ドアはなくしてカーテンにする。
そして廊下や出入り口は広めにして緊急時に脱出できる様に、所々に注意書きを加える。
一つのスペースが広いマンガ喫茶的な感じになったな……。
後は国の補助って名目で銅貨五枚以下で一泊できる様にして、スラムの治安回復の為に、どんな些細な事でも一度捕まえる事をさせないと駄目だな。警邏隊が放置するくらい多くても、確か実績があったはずだ。
シーツの洗濯とかもスラムの人達にやらせ、無理矢理なにか職を作らないと衛生面でも最悪になるし、本当にドヤ呼ばわりされるのは避けたい。
もちろん泊まる前に、汚れすぎてたら井戸の水浴びとかさせたいけど、冬はお湯を沸かすコスト的に、桶に暖かいお湯とタオルだけになるだろうな。
後は場合によっては二階建てになるかもしれない。三階以上は防火やら避難経路的な問題とかもあるだろうし、できるなら一階建てが望ましいんだけどね。
「おにいちゃん。おかねかたべものちょうだい……」
考え事をしながら書き物をしていたら、取り壊しを予定する建物の壁の隙間から、子供が半分顔を出し、怯えた声で俺に話しかけてきた。
壁越しで護衛の兵士達は、本当にいきなりだったので動けなかったみたいだ。
「……ごめんね。お兄ちゃんは今お仕事中で、どっちも持ってな……いんだ……」
俺は目線を合わせる為にしゃがみ、本当に申し訳なさそうに言い、子供の奥の方を見るとハエの集っているモノが見えた。
「ロディー、アルテミシアさん。どっちでもいい。前回と次の炊き出しの日はいつ?」
俺は立ち上がり、少しだけ真剣な顔をして炊き出しの日を聞いた。
「昨日と二日後ですね。基本三日おきですが、どうかしました?」
アルテミシアさんがそう答え、俺はバインダーを脇に挟んで右手で口を被い、右の方を見て少し考えた。
「……ここから一番近い孤児院、もしくは子供の一時的な保護施設みたいな場所は?」
「この広場から三本ほど防壁側に行った場所に孤児院がありますけど……。本当にどうしたんですか?」
「多分ですがこの子の親が亡くなってます。このままだと死の概念が理解できない子供も、親の近くに居続けて危ない。俺達が助けるのは簡単ですが、この子だけ贔屓する訳にもいかないので、孤児院に預けてください」
俺がそう言うと、兵士達がドアの方に向かったので再びしゃがみ、子供と目線を合わせる。
「あのね。今寝てるのはお母さん? お父さん?」
「おかあさん」
「そう……。お母さんは、ずっと眠っちゃう病気になっちゃったみたいなんだ、だからもう起きられない。せっかくもらってきたご飯を目の前に置いても、もう食べられないんだ。お兄さんの言ってる事はわかる?」
「うん、ずっとねたまま。ごはんたべてないし、みずものんでない」
子供が親の方を見て言ったので、俺は再び声をかける。
「今からお姉さん達がお母さんを病気を治してくれる教会か、ポーション屋さんに連れて行って、代わりに君を面倒見てくれる人の所に行こう? じゃないと君は悪い人にさらわれちゃうよ?」
「……やだ。おかあさんといっしょがいい」
子供が泣きそうになりながら首を振って言うと、兵士さんがドアを開けたのが見えたが、夏なので腐敗気味なのか顔をしかめている。
「んー。困ったなー」
このまま無理矢理引きずっていっても、母親に会いたいとか言って逃げ出すだろうな。
「寝たきりの病気になっちゃったら、箱に入れて土の下にわかるように埋めてあげないといけないんだ。そうすればいつでも寝てるお母さんに会えるし、寂しくないと思うんだけど……。どうかな? このままだと本当に君も起きられなくなっちゃうよ?」
たしか墓地は防壁の外に共同のがあったはずだし、これで駄目ならどうやって説得していいかわかんないぞ?
本当このままだとストリートチルドレンになる。そうすると大人に利用されるか売られるかだ。そして生き残れても、性格や人格に問題がある人生を歩む事になる。
「ねぇ君。お友達はいる?」
子供を説得していたらロディーが俺の隣に来て屈み、やっぱり子供に目線をあわせて話しかけた。
「……いない。そとにでるとこわいひとがいるっておかあさんがいってたから、でてない。ごはんはごめんなさいしてから、もらいにいったの」
「そっか……。その面倒を見てくれる人の所は君と一緒で、親が寝たままの病気になっちゃって、預けられたお友達が沢山いるの。だから寂しくないし、そこにいる皆は全員仲間なのよ。だからさ、ちょっとだけお姉さん達と一緒に見にいかない? それから決めようか」
ナイスフォローですロディアさん! この言葉は男の大人よりかは多少マシかもしれない。
「おかあさんは? わたしがいなくなったらどうなっちゃうの?」
子供は母親の方に走り、ぼろい布の上から抱きついて俺達が見ている壁の穴の方を見ながら言った。もういたたまれない気持ちでいっぱいだわ……。
ってか女の子か。最悪変態に売られるぞこれ……。絶対に孤児院に入れねぇと。ってかお母さんが崩れるから止めさせないと。
「お兄さん達がちゃんと箱に入れて、土の下に寝かせてあげるって約束する。そしたら絶対君に知らせる。早くしないと、もっとお母さんの病気が酷くなっちゃうよ? それでもいいの?」
俺がそう言うと子供は無言で首を横に振り、泣きそうになっていた。
「今からお兄さん達もそっちに行くけど良いかな? そしたらこのお姉さん達と一緒に、仲間の所に行こうか」
俺はなんとか笑顔で言うと、子供は顔を縦に振ったので立ち上がり、ドアのある方に行って家の中に入ると、酷い臭いが充満していた。
「じゃ、お兄さんはお母さんを寝かせる手続きをするから、君はお姉さん達と一緒に、仲間の所に試しに行ってみてよ。何か持って行く物は……。あるのかなぁ……」
俺は家の中を見回すが、本当に木製のぼろい食器くらいしか見あたらなかった。
そう思っていると、子供が母親のボロ布をめくり、服のお腹の辺りで縛ってあった紐を解くと銀貨が一枚出てきた。
多分虎の子だったんだろうな……。何かあったら、持って行きなさいくらいは言われてたかもしれない。後で孤児院に遺髪とか届けてやったほうがいいな。物心が付いてから心の支えになればいいだろう。
「これだけ」
子供はそう言うと、銀貨を手の平にのせて俺に見せてきた。多分銅貨や大銅貨しか知らないから、これがなんなのかも理解してないだろうな。
「それは大切に持ってて……。そうだな、とりあえず今はお母さんと一緒にしておこうか。後で首にぶら下げられる様にしてあげる」
俺は解いた紐を拾い、子供の服の中に銀貨を入れ、それが落ちないようにきつめに縛っておいた。
「これで大丈夫。お姉さん達の言う事を聞いて、良い子にしてるんだぞ」
俺は軽く子供を抱きしめ、背中をポンポンと叩いてからドアの前で待機してるロディーの方に、子供の背中を押してあげた。
「うん。いいこにしてる。またね」
子供はほんの少しだけ笑顔になり、手を握られてロディー達と歩いていった。
「またね。か……」
あの後ドアを蹴って外し、母親をその上に乗せて遺髪を切ってから運びだそうと男手が欲しいので隊長を呼んだら、俺が持とうとしていた方に無理矢理女性兵士も入ってきて運び出され、三人で行ったので一人は多分埋葬許可とかを出しに行ったんだろう。
よく考えなくても、俺偉かったわ……。関わった以上自分主動で最後までやるところだったわ。
「よろしかったのですか? 勝手に進めてしまって」
広場側に戻り、手を洗ってから放置されていた木箱に座って、少しほうけていたらアニタさんに話しかけられた。
「仕方ないでしょう。もしかしたら腐ってドロドロになってたかもしれませんよ? それに早く適切な処理をしなければ病気が蔓延します……。にしても……。思っていた以上に社会的弱者への配慮が足りてないし、現状維持状態で放っておいてるのも、個人的にかなり気に食わない」
俺は拳を握って人差し指の側面を噛み、先ほどの家族がいた家を睨むように見る。
これはロディーの仕事に首を突っ込んででも、改善させる必要があるな。海外に行った時の、山奥にあった貧困の酷い寒村の方がまだマシだ。
人が多ければ多いほど助け合わない、助ける余力がなくなるのは確かだけど、ご近所さんもどうかしてる。死んでて異臭を放ってんのによ……。
「あの……。血が滲んでおりますが……」
そして血が出ている事をアニタさんに指摘され、指を噛むのを止めた。
「気にしないでください。現状を知り、どう早く動いてもしばらくは改善できなさそうな状況に、かなりイライラしているだけです」
俺は立ち上がって指の血を太股辺りで拭きとり、さっきまで座っていた木箱を蹴り飛ばすと、力が強すぎたのか上半分が吹き飛んだ。
「物に当たるのはいかがなものかと……」
「たまには良いでしょう? 俺も赤い血の流れてる人間ですし、感情的にもなりますよ」
俺は微笑みながらアニタさんに言い返すと、緊張しているのか、左の口角を少しだけひくつかせていた。
そして物音が大きかった為か、先ほどまで殴り合いをしていた男達がこちらを見ていて、一人が近寄ってきた。
それを見てトニーさんとアニタさんが俺の前に出て、弓に矢をつがえたり、剣に手をかけているが、それを押さえるようにして二人の前に出る。
まぁ、多少はね? こういうのも自分自身の為にも発散場所が必要だよね。幸い向こうからやって来てくれるみたいだし。
「おい兵士さんよ。そんなにイライラしてんなら、俺達とやりあわねぇか」
俺より頭一つくらい大きく、ムキムキな男がそんな事を言ってきた。人だかりの方はどっちに賭けるとか、そんなやりとりをしている。
「お気持ちは嬉しいのですが、そんな事をしたら降格させられてしまいます。物に当たった事は申し訳ないと思いますし、驚かせてしまった事には謝りますので、どうかお引き取りください」
俺はニコニコしながら言うが、近寄ってきた一定の距離を置いて男はニヤニヤしたまま動こうとせず、俺の事を頭から足下まで値踏みするかの様に見ている。
そして一呼吸置いてからいきなり殴りかかってきたので、右足を一歩下げて顎を引き、男の拳に合わせるように頭突きをした。
そして痛がっている男の顎を、軽く裏拳で顎先をかすめる様にして脳を揺さぶって意識を刈り取り、足払いをして激しく転がし、他の奴が襲ってきてもいい様に警棒に手を伸ばした。
「おい、あのひょろいのに賭けた奴はいたか?」
「俺が賭けてた。わりぃな」
「ったく。働く気がないのか、働く場所がないのかわからないけど、昼間っから変な賭け事なんかすんなよ」
一応兵士っぽく注意はするが、警棒からは手を離さずに、一応注意は払っておく。
「あ゛? 働きたくても働けねぇんだよ! んな事言うならお前がお上に言って働く場所でも用意してくれよ! こんな軽犯罪で捕まった事のある、ならず者を雇ってくれる場所があるなら別だけどな!」
「そうだそうだ」
「ちげぇねぇ」
殴り合いをして賭けていた連中が、男の言葉に相槌を打って笑っていた。
「……そうか。なら三日後の朝に、海側の門が開く少し前に働きたい奴は全員来い。来たら日払いで給金を払ってやる。どんな仕事でも文句言うんじゃねぇぞ。荷物も飯も必要ねぇ。健康な体一つで来い。足下に転がってるこの馬鹿にも言っとけ」
俺がそう言うと全員が静かになり、お互いの顔を見合わせてなんか小声で話している。
計画は早まったけどいいか。予備の道具もまだあるし、スコップや手押し車くらい扱えるだろ。
「待ってくれ。一日いくらだ?」
やっべ……。王立で建設会社立ち上げて、一般人を雇う時の給金決めてなかったわ。
「……働き次第って言いたいが、見習い期間もある。最初期は大銅貨五枚か六枚ってところだな。働き次第では上乗せもある」
日給的に少ないかもしれないけど、鉱山の犯罪者の更正プログラムみたいなもんだしな。まぁ、いいか……。最低賃金? この世界にはいない子ですね……。
けどスラムの物価的に十分に一日は過ごせると思うし、この辺の安宿って一泊どのくらいだ?
「何をさせられるんだ? お前は兵士だからヤベぇ仕事じゃないのは確かだと思うけどよ、内容にもよるぞ?」
先ほどとは違う男が、腕を組みながら眉間に皺を寄せて聞いてきた。
「心配するな。単純な力仕事だ。杭を打ったり、スコップを持って地面を掘り返したり埋めたりだ」
俺がそう言うと、全員で顔を見合わせてボソボソと喋っているが、まだ終わりそうにない。
「まっ、三日後の朝までに話し合って決めろ。俺はやることがあるから帰るぞ」
そう言い残し、トニーさんとアニタさんを連れて隊長と合流をした。




