第22話 空席に座ったら絡まれたんだけど? 後編
そして演習場に行き、隅にある多分見学用のベンチに座って待っていると、教師らしき人がやってきて、壁から離れた場所に土壁を作り始めた。
「便利な土魔法あるじゃん……」
「ありますねぇ……」
「引き抜きはしないにしても、土魔法が得意な卒業生に求人を出すか……。戦場よりは死亡率は低いだろうし。条件が良ければ数名は来るだろうな……」
俺は膝に肘を突き、顎に手を置きながら呟き、トニーさんの方を見ると変な目でこちらを見ていた。
何か変な事でも言っただろうか?
「ちらほらと人が集まって来たなー」
そして先生を何気なく観察していたら人が来始めたので、そっちの方に目を向ける。
「ですね。さっきのサイネリアさんもいます。こっちを見てますよ?」
「睨まれてないだけマシですが、なんかさっきの男子生徒の反応を見る限り、アイドル的な方なんでしょうねぇ……。やっぱりこういう場所だと、そういう派閥は少なからずあるんですね」
「ですねぇ……。男性が多い軍とかだと、やはり綺麗な女性はモテますからね。今から声をかけたりしてるんでしょう」
一定距離を置いて、ビームでも出すんじゃないかって視線を送っている人もいるしなぁ。
「さて。今日は校外からの見学者がいるが、気にせずいつも通りにやれ。一班からだ」
「「「はい!」」」
そして先生が点呼をとり、並んでいた生徒が思い思いに魔法を放っているが、質量のない炎系の魔法では土壁は崩れていない。
「重さがないと、本当対人、対生物用って感じだなぁ……。これじゃ少なからず攻城兵器も必要なはずだろうな」
「魔法をそういう目で見ますか……」
そしてトニーさんが呆れた様に言いった。
「防衛的観点から見ちゃうとねぇ……。一回全部服を焼かれたけど、火傷とかなかったし」
「それ、ニワトコ様だけですからね? 仲間に魔法を食らった奴がいますが、皮膚とかグチャグチャになったり、炭化してましたよ?」
「え? もしかして俺って、魔法も効きにくい?」
「もしかしたら……。ですけどね」
重力的な物が軽くて、力がある様に思ってたけど、本当に合ってるか不安になってきたな。砦時代に一回食らっておけばよかったか?
俺は首を傾げつつ、土壁に当たって散っている火の玉を見ていた。
「あ、サイネリアさんが土壁に向かってますよ」
トニーさんがそう言うと、サイネリアさんが片手を前に突き出す感じで土壁に向かって、つららみたいな物を射出し、土壁を突き破って壁で砕けた。
「あのくらいなら石の方が硬いか。脅威って感じはしないな」
「人体を貫くとか思わないんですか?」
「鎧も薄い鉄でできた服みたいな感じだし、革でも簡単に貫けるとは思う。悪いとは思うけど、俺は二人目三人目で止まると思うし、防壁の上にいたら角度的に裏にいる人には多分当たらない」
俺がそう言うと、トニーさんがなんか変な目でこっちを見てきた。だからその目はなんなんだよ……。兵士の命とかの話だけど、例えばの話だからね?
「平地なら隊列を組んだ盾持ちの一人目で防げそう。あと魔法使いって単独だと簡単に対処できるでしょ?」
「まぁ、そうですね。自分なんか真っ先に狙ってましたし。けど広範囲魔法とかもあるらしいですよ。そういう方は王都防衛の為に前線に出ずに、王都や大きな街にいるみたいですけど」
「なら遭遇戦でなら脅威は少ないか。軍部に口を出すつもりは殆どないと思うし、対策はそっちで既にとってるでしょ」
「たしかにそうですけど……」
トニーさんはもう声が呆れた様な感じになっている。
□
「ま、今日は土魔法が確認できただけでも大きな収穫だな。この後はマジックアイテム科で、軽く今後のプレートの生産や野外炊具の保温について話し合えば――」
そして授業が終わり、そんな事を呟いたら数名の男子生徒がこちらにやってきた。この後のイベントが安易に想像できるなぁ。
とりあえず左袖の上から、ダガーの留め具を外しておく。
「おいお前。あの席はな、サイネリア様がいつも座っている場所で、誰も座らないであけておくのが暗黙の了解なんだよ」
「それを空いてるからって座りやがって」
「しかも一番安いCセットをモリモリと食いやがって。席が汚れるだろうが」
やっぱり……。空いていたのにはそれなりの理由があった訳か。
「あ、大丈夫です。多分あまり来ないんで」
俺は笑顔で軽く顔の横まで手を上げ、心配すんな。的なジェスチャーを送ってみる。
「サイネリア様は貴族で、お前みたいな奴が声をかけて良い方じゃないんだよ!」
「……校内で身分は関係ないのでは?」
「表向きはな。けどな、多少は察しろよ」
「貴族様が、優雅に食事を食べているのを見ているだけで満足。けど今日は野郎が入って不満ってところか。しかもCセットを二回。まぁ、この間みたいになってほしくないので、使いたくなかった手ですが、トニーさん……。お願いします」
俺は時代劇が始まってから四十五分から四十七分頃の、縮緬を売り歩いている御老公の様にトニーさんにお願いすると、懐からいつもの何が書いてあるかわからない紙を取り出し、絡んできた生徒に見せると目を見開いて固まった。
「馬車が停まっていたので噂にはなっているかと思いますが、このお方はこう見えて王族です。校内では身分は関係ないという配慮から皆に気を使い、この様な貧乏学生を装い受講していましたが」
トニーさんや……。こう見えてってのは少し酷くない? ってかまだ正式な王族じゃねぇよ……。多分半分だけだよ。
「貴族の為に空けていた場所なら、王族の方が座っても問題はないはずです。文句や言い訳があるならどうぞ」
「い、いや……」
「そのぅ……」
なんか可哀想になってきたな。助け船でも出すか。
「ってな訳です。高嶺の花に手が届かないからこそ、遠くから愛でるというのは何となく解ります。ですが、明らかにいつもいない生徒がそこにいるという違和感を思慮しないのは、すこし考えが甘いですね。まぁ、ここでは身分は関係ないので、先輩の意見として真摯に受け止め、次からは気を付けます。この事は問題にしませんので、安心して良いですよ。ビバーナムの事は知っているでしょう?」
俺はダガーの留め具を袖の上から止めて立ち上がり、生徒の肩を叩きながら出入り口に向かう。
「若い頃の青春ってのは良いもんだ。俺はやらないで当時後悔したけど、やっておけば良かったって思う事もある。駄目元で話しかけても良いと思うぞ」
俺は一度足を止め、軽く振り向いて数名の男子生徒の方を見た。
「サイネリアさんの話し方的に、丁寧に食事をしてれば問題はなさそうだし、当たって砕けても良いと思うけどな。卒業したら会えないかもしれないし、名目上校内は身分は関係ない。卒業したら機会……。可能性すらなくなるかもしれないしな」
そして少しニヤニヤしながらそう言い、今度は人生の先輩として言ってみた。
まぁ、声をかけなかったから地球に戻れなくても良いって思って、ロディーと関係を持っちゃったんだけどね。
「ま、がんばれよ。もしかしたら大半の生徒がライバルになりつつ、付き合えたらその全員から恨まれるけどな」
俺は笑いながら出入り口に向かい、マジックアイテム科の方へ向かった。
□
「お久しぶりです。今よろしいですか?」
俺はモルセラさんのいる部屋を訪ねるが、換気の為なのかドアが開いていたので、廊下から声をかけた。
「あー……。問題ないです。どうぞ」
モルセラさんは鼻をスンスンとさせ、問題がないのか入室の許可をくれたが、壁と天井が焦げていて床が濡れている。炎でも上げたか?
この人って高性能なポンコツだよなぁ……。
「で、なんでローブなんか着てるんです? この間の黒い服は? あー……。今朝の会議で、王族の方が見学とか言ってた様な?」
モルセラさんは人差し指を頬に当て、右の方を見ながら何かを思い出していた。
「その王族です。ちょっと講義を受けつつ、さっきまで実習の方を見学したんですよ」
「あー。だから最初からここに来なかったんですね。見てわかると思いますが、最初から来なくて良かったです」
そんな事をニコニコしながら言わないで欲しいな……。ってか良く見たら前髪が少し焦げてるじゃん。
「とりあえずプレートの事と、保温の件で来たので、テーブルの上をどけてもらっても?」
俺は色々な物が散乱しているテーブルを指すと、図面を置くくらいのスペースを空けてくれた。
この人は、女子力を研究に九割くらい割り振ってそうだなー。
だって食べ止しのサンドイッチが、机の上にあるし。多分食べてる時に何か閃いて、忘れないようにメモでもとって、そのまま忘れてるんだろうけどさ……。
そしてその後は、プレートの作成と、野外炊具の保温機能について話し合い、おたまみたいに鍋の縁に引っかけて使うのが、調理の時に取り外せるし、コスト面で一番安いと結論が出た。
ってかこれってさ、冬にバケツとかに突っ込んで、コンクリート用の水が凍らない様にする為のアレにそっくりだ。名前が思い出せないけど……。
□
「ってな訳で、見学してきたけど絡まれた」
夕食前に寝室でダラダラしている時に、ロディーに今日の事を簡単に言った。
「んー。名目上は身分は関係ない事になっているけど、やっぱりそういう事はまだあるのね」
「……まだって事は、ロディーの時も?」
「まぁ、あったわね。気にしないでって方が無理もあるし、卒業後に校内でのいざこざを持ち出した奴もいたわね。あの時散々馬鹿にしてくれたな。ってね」
やっぱりそういうのはあるのか。まったく身分が関係ないって事にはならないんだろうなぁ。
「で、ロディーの成績はどうだったの?」
「え? えー……。学科は普通よ、普通! ニワトコは元の世界じゃどうだったのよ!」
「え? 普通より少し上だけど? 俺は自分の事を凡才だって知ってるから、頭の良い奴の成績争いに参加する事はなかったなー。そんな事より友人関係を大切にしたり、そいつらと馬鹿みたいな遊びをしたり」
俺は椅子に寄りかかり、上の方を見ながら二十歳くらいの頃を思い出しつつお茶を飲む。
「実習中の生徒の威力とか見て、中級魔法の制御方法、魔術理論や応用の講義を受けたけど、ロディーの魔法って規模的に初級魔法の応用?」
原油が涌いている所で、黒いスライムを炙った時に見ているのでなんとなくで言ってみた。
「そうね、薪とかに火を点ける様な奴を大きくしただけね。これでも実地では上の方だったんだから」
ロディーはなんかどや顔で言っているが、何となく知ってた。どちらかと言うなら、頭を使う方が苦手なのは、普段の行動を見てれば察する事はできる。
「なんか接近して、片手に剣を持ちながら至近距離でぶっ放してそうなイメージしかないんだけど?」
そう言ったら、どや顔だったロディーの顔が真顔に戻った。本当にやってたのかよ……。
「こ、この話はやめよう。ご飯。そう! ご飯食べたんでしょ? Aセットはどうだった? 美味しかったでしょ?」
「え? Cセット食べたよ。あんなの城じゃ絶対に食べられないし、お替りもしたよ? もうガツガツ雑に食べた。いやー、美味しかったよ。なんせ久しぶりのジャガイモだけだったからね」
そう言った瞬間、ロディーの口がへの字になり、なんか変な目で俺の事を見ている。
「その絡まれた人達に見られてるのよね?」
「だな」
「トニーが王族であることを証明したのよね?」
「うん」
「それってやばいんじゃない? 王族がジャガイモだけって……」
「ばれるまでは一般人を装ってたからね。変装は完ぺきだったと思ってほしい」
「違うから。そうじゃないから……」
「うん。何となく言いたい事はわかってる。身分を隠してても、やって良い事と悪い事もあって、最低限は気にかけろって事でしょ? けどCセットの誘惑には勝てなかったんだよ……」
俺はティーカップを置き、手で額を抑えながら悲しげに言った。
「今まで粗食と言われるような物を食べてたから、本当そういうのが懐かしいんだよ。誰もいないキッチンに忍び込んで、パンにベーコンだけを挟んだ雑な物を食べようと思っても阻止され、この……なんかこう、説明できないけど、食べたいものが食べられない気持ちをわかって欲しい!」
エアろくろを駆使しつつ、とりあえずロディーになんか雑な物が食べたい衝動が最近出ていた事を言い、無理矢理納得させた。
なんか無性にジャンクフードが食べたくなる、あの衝動と同じなんだよな。もしくは夜中にラーメン。
やっべ。なんか話してたら麺類が食べたくなった。明日の夕飯はパスタにでもしてもらうかな。
それともレシピでも言って、ハンバーガーを作ってもらっても良いかな。けど食べ方を説明したら、きっとティカさんに止められるな。やっぱりパスタだな。醤油とか味噌なんかないし……。
あー。本当はラーメンが食べたい……。
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