第22話 空席に座ったら絡まれたんだけど? 前編
予定より投稿が遅れてしまい、申し訳りません。
あれから数日。俺はトニーさんをお供に魔法学校に向かっている。
魔法で土が掘れるとか貴族の答えにあったので、翌日には視察ではないが、受講目的で魔法の実習がある日に予定を入れてもらった。
なんでアニタさんがいないかって? 本を読んでると眠くなるとか言ったから、とても授業なんか聞いていられないと思ったからだ。
「学校か。懐かしいな……」
「この間視察したじゃないですか」
「あれは資料を書き写す為で、今回は受講目的だからね。元の世界……。国では義務教育と言って、子供達は産まれてから季節が一定数巡ったら九回分学校に通う。望んだ者は試験を受け、一定の教養がないと入れない学校に三回、さらにその上が四回か、専門的な学校に行く。さらに突き詰める為の学校もあったけど。俺は十六回分通って仕事をしていたんだ」
そんな説明をすると、トニーさんが眉間にしわを寄せ、右の方を見ながら口元を押さえた。
「もう学者レベルじゃないですか、それ……」
「学者はその後。さらに突き詰めないとなれないかなー。今度区画整備とかで、スラムとかの傾いた小屋に住んでいる者に、仮設住宅を用意したりして、それを撤去して開けた土地ができたら、学校とか借家でも多く建てて、一定の教養までは仕事させながら通わせたいと思っているんだよね。もちろんスラムにいた住人には、職の斡旋もするけど」
午前中は授業、午後は簡単な仕事とかさせたりすれば、問題は少ないはずだ。
「多分それ、他の貴族がごねて、予算降りないんじゃないんですか?」
トニーさんは真顔でそんな事を言ってきた。だろうね。この世界観では難しいと思う。
「衛生管理や治安回復、子供が将来的に国に貢献できる可能性を説くしかないなー。最悪教会の偉い人に寄付って名目で、読み書きと簡単な計算くらいはさせたいな。ってか集めた税を他に回すんだから、文句は言われたくないなー」
「教会が変に力を持つと、色々と面倒くさいですよ? 国としてはあまり恩は売りたくないかと……」
「だよね。そんなもんだよね。どこの世界でも一緒かー。力関係とかって面倒くせぇ……。なんか変な事しても、神の名の下にとか言って正当化するし」
教会が力を持つと、なんだかんだで面倒事があるって思ってたけど、こっちでも同じか。
「ちょっと……。今の発言は公の場で言わない方が良いですよ? 本当に面倒な事になります」
トニーさんが俺の目を見ながら、本当にヤバいぞ! 的な感じでこちらを見ていた。
「わかってますよ。寄付金で上の方が豪遊してたり、権力を使って幼い見習い修道女や修道士に手を出し――」
「わー! あー! それ以上駄目です!」
そう言ってトニーさんは、手をワチャワチャさせながら俺の言葉を遮った。
「んー。知ってても言うな。相手は岩一枚じゃないぞって事かー。まともな聖職者が一定数いる事を祈るだけだなぁ……。憶測だったけど本当なのが痛いな……」
「憶測でも言わないでくださいよ……」
トニーさんがため息を吐きながら肩を落とし、首を横に振っていた。表向きは炊き出しとかしてるし、あまり乱暴な手に出られないんだろう。
アルテミシアさんが、ボロを着て炊き出しの質を見ろ。って言ってたのには納得だ。
そんな事を思いながら外を見ていたが、数回しか見ていない街並みを見ていたら学校に着いたので、前に買った一番安いローブをスーツの上から羽織り、校長室に向かった。もちろんトニーさんも同じ格好だ。
「一応事前に連絡は行ってると思いますが、教室の隅で受講するだけです。完全に知識的な補足なので、この間みたいな事には多分ならないのでご安心を」
「は、はぁ……。わかりました……」
校長は不安そうにしているが、あれは向こうが悪かっただけで、こっちは少し耐えてたさ。結果ああなっちゃっただけで。
「おはようございます」
そして教室に移動しようと思ったら、なんか見覚えのある髪色が見えたので横について挨拶をしてみる。名前はここに来る前に、トニーさんから聞いたので大丈夫だと思う。
「はい、おはようござ――」
リカステ先生に挨拶をすると、こちらに気が付いたのか途中で挨拶が止まった。ビバーナムの件を知ってればなおさらだ。けどアレは向こうが悪いんですからね?
「あ、今日は受講目的なので、やんちゃな生徒がいなければ、問題は起きませんよ。一応馬車で王族が来てるって噂は流れると思いますが、私の事はご内密に」
俺は人差し指を立て口に持って行き、黙っていてくれとジェスチャーをしながら歩くが、さっきからどうも向かっている方向が同じで、いやな予感しかしない。
「わかりました。席は決まってないので、空いている席に座ってください」
そう言ってリカステ先生は俺が向かっていた教室に入った。
「……うっす」
リカステ先生が担当だったかー。やりづらいだろうなぁー。
「先生おはようございます」
「はい。おはようございます」
「「「せんせーおはよー」」」
「はい、おはようございます」
そして教卓についたリカステ先生は、生徒に挨拶されて、それを丁寧に返していた。雰囲気的には悪くはない。
けど俺という異物がいるので、多少教室内がざわついていて、見た事がない奴だ。とか。今頃になって魔法が開花したのか? とか聞こえるが、とりあえず無視しておく。
「今日は足りない知識を補う為に、卒業はできないが、ただ単に授業を聞きたいと言う方が来ているけど、気にせずにいつも通り授業を始めます」
そうしてリスカテ先生は、普段通りなのかわからないが授業を始め、とりあえず俺は黙って聞く事にした。
そして言っている事は良くわからないが、なんとなく理解はできる。中級魔法の制御方法、魔術理論や応用の方法を言っていた。
「この様に、基本的な詠唱の一文を変え、多少魔法に変化を与えられます」
おい。俺の調べた苦労を返せ。自爆だけどビバーナムが犠牲になってんだぞ?
授業を聞いて、多分いけると思ったら個人的に聞こうと思ったけど、この授業で目標達成だわ。どのみち詳細は聞くけど……。
「先生。応用と言いますが、詠唱はどの様に変えればよろしいのでしょうか?」
一人の生徒が挙手をし、許可をもらってから発言した。俺の聞きたい事聞いてくれた生徒、グッジョブ!
俺は心の中で親指を立て、持ってきた紙に応用のやり方と書き、リスカテ先生の言葉を待つ事にした。
「皆さん知ってのとおり基本的な物は球状で、ファイアボールが代表的だと思いますが、矢とか槍、単語単位で変えれば問題はありません。適切に魔力を流せば発動します」
そう言ってリスカテ先生は詠唱を始め、指先に小さなファイアボールを作り出した。
「この様に、魔術理論に基づきながら適切な詠唱と魔力を流せば、小さい物も発動可能です」
んー。応用力って奴だな。凝り固まった認識じゃ、無理って事か。
「ただ基本的な物が一番効率が良いので、戦闘では皆同じ感じになってきます。ですので、資料にはほぼ基本的な事しか書かれていないかと思います」
「基本が一番効率がよいって事ですね」
「はい。そう言う認識で問題ありません」
うん。最初から受講しておけば良かったわ……。
□
「おぉ。かなり広いな。ってか混んでる……」
そして授業が終わり、食事の時間になってトニーさんに無茶を言って学食に行く事にした。
「先ほどパンやサンドイッチが売っている場所の前を通りましたが、戦争での城門前のような光景でしたよね。なぜこちらはその様な事になっていないのでしょうか?」
「研究しながらとか、論文を書きながら食べたり、ゆっくり食事する暇がないとか? だから余裕があれば学食ってな感じ?」
なんか高校や大学生活を思い出すが、学校とかの近くに飲食店がないのが原因だろう。
「んー。校内に露店の出店許可とか出して、もう少し余裕を持たせてもいいかもな」
「魔法使いが攻城戦の城壁前みたいな状況を毎日経験してると思うと、それはそれでアリですけどね。どうせ軍に行くんですから」
「まぁ。そう言う考え方もアリだね」
そんな事を話しながら列に並び、実際に作って飾ってある今日のメニューを見る。食品サンプルが懐かしく感じるなぁ。
「お。この一番安いCセット。久しぶりにこういうのが食いたい」
Cセットは、茹でたジャガイモを潰し、山盛りになっている横にソーセージが数本乗っているだけの、いかにも貧乏学生救済処置的な物だった。値段が一番安いし。
「頼ませると思ってます?」
「押し通します」
俺が笑顔で言うと、トニーさんがため息を吐いて何かを諦めていた。
ちなみにAセットが、コース料理風で一番高く、Bセットが食堂メニュー的な物だった。
「圧倒的にBセットが多いなー。この辺は補助金とか関わってくるんだろうなぁ」
「この量で銅貨五枚ですからね。無難ですし。なんか足りない場合は一緒にCセットを頼んでる方もいますね」
「Cセットが銅貨一枚だし、本当に救済処置だなぁ。あ、Cセットで」
「自分はBセットで」
そして注文をしてお金を払い、並びながら待って、配膳されたCセットを受け取り、日当たりの良いなぜか空いてる席に座る。
「んー。芋うめぇ。塩は個人でかけろってか。いいねいいねぇ」
俺はフォーク一本で潰されたジャガイモを掬って口に運び、ソーセージを一本かじって口の中で塩味を追加する。
「あ゛ー。久しぶりに芋だけを食べたわー。懐かしくて涙が出そうだ。このソーセージの塩味がたまらねぇ」
そう言いながらジャガイモに少し塩を振りかけ、ジャガイモが四、ソーセージが一の割合で口に運び、適度に水を飲む。
「本当美味しそうに食べますね」
かじっていたパンを飲み込み、少し呆れた感じでトニーさんが言い、カリカリベーコンにフォークを刺した。
「まぁ、普段からあんな食事だし。逆の意味で贅沢って奴だよ」
そして最後に、半分だけ残しておいたソーセージを口に運び、少し多く噛んでから飲み込んだ。
「はー……。お代わりしてくる」
そして少し間を置いてからトレーを持ち、時間的に並んでいる人数が減った列に並び直し、もう一度Cセットを頼む。
「なんだい、またCセットかい。苦労してんだねぇ! 少し多めに盛っておくよ」
「あざっす!」
そして配膳してるおばちゃんに勘違いされ、さっきの五割増しでジャガイモを盛られた。
「こいつはヘビーだぜ……」
そしてトニーさんの向かいの席に戻り、トレーを置くと苦笑いをされた。
「食べきれるんですか?」
「無理矢理胃に突っ込むんですよ」
「隣よろしいかしら?」
ミルに手を伸ばすと、隣にAセットを持った、青い髪のもの凄く綺麗な女子生徒に話しかけられ、なんか食堂がザワつきはじめた。
けどそれを気にせずに、笑顔でこたえておいた。
なんかお決まりのイベントが起こりそうだ。服も魔法学校的な地味な物ではく、なんかレースや刺繍の多い服だ。
ってか制服なんかないし、個人的な私服なんだろうなぁ。
「えぇ。問題ないですよ。そもそも誰の席って訳でもないでしょう?」
「そうですわね。確かにそうですわ」
そう言って女子生徒が座り、上品にAセットを食べ始めたが、俺は気にせずにモリモリとジャガイモの山を減らしていく。
向こうからアクションがない限り、気にしなくて良いだろう。トニーさんも俺じゃなくて、女子生徒の方を注意して見てるし。
「失礼ですが、隣に女性がいる場合は、もう少し上品に食べた方がよろしいかと」
そして食事中は特に会話はなかったが、女子生徒が食べ終わり、ナプキンで口元を拭いて食事を終わらせると、そんな事を言ってきた。
「この最初から潰れているジャガイモを、どう食べたら上品なのか教えて欲しいですけどね。逆に上品に食べた方が、この料理……料理? に失礼だと思いますよ」
潰しただけのジャガイモを、料理と言って良いのかわからないので少し疑問形になってしまったが、こういうのは、大人数でワイワイやりながら食べたいね。
「まぁ、普段は上品に食べてるので問題ないです。それに気取った場でもメニューでもないので、テーブルマナーは気にしなくて良いんじゃないですか?」
「おい、あいつ何者だ?」
「どうやら死にたいらしいな」
「サイネリア様にあんな事言いやがって」
そしてなにやら不穏な空気が食堂に漂っている。主に男子生徒からだけど。
「……貴方、お名前は?」
「なに……。名乗るほどの者じゃないですよ。ね?」
そしてトニーさんに同意を求める様に言うと、軽く縦に頭を振った。名乗ってもいいけど、正式にお披露目的な事をしてないので、わからないと思うし。
「失礼しました。まず私から名乗るべきでしたね。私はサイネリアと言います。貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか? それと貴方、ここの生徒ではないですね」
サイネリアと名乗った女子生徒は、微笑みながらもう一度聞いてきた。
「コレはご丁寧にありがとうございます。自分は棗と言います。今日は見学で来ました。次があればお見知り置きを……。」
俺は左の口角を上げて笑い、トレーを持って返却口に返してトニーさんと食堂を出た。
「ふぃー。食い過ぎた。おばちゃんのお節介はありがたいけど、お代わりの時に大盛りは厳しいな」
「貧乏学生と思われたんじゃないんですか? ローブも一番安い物ですし」
「全然汚れてない真新しい奴をやっと買ったって思われた? けどああいう気遣いは個人的にうれしいね。そのままのジャガイモが久しぶりに沢山食べられた」
俺は笑顔で言うと、トニーさんは呆れた様にため息を吐いた。
仕方ないじゃないか。久しぶりに雑な物が食べたくなって、キッチンに忍び込んでパンにベーコンを挟んだだけの物を作ろうと思ってたけど、料理長にばれて注意されて取り上げられた事もあるし。
いつか成功させてやる。ってか昼食の時だけたまにここに来てもいいかもしれない。
「昼食後は演習場でしたっけ?」
トニーさんは俺の隣を歩きながら、こちらを見て言った。
「そうですね。こういうのは実際に見てみないとわかりませんからねー。ロディーが手から火を出してるのは見ましたけど、演習場みたいな場所なら大規模な物が見れるでしょうし」
「でしょうねぇ。けど、戦場で見られるような物なんか放って平気なのでしょうか? 火事になりません?」
「ま、見学しないと答えは出ませんよ」
「ですね。憶測だけじゃどうにもなりませんからね」
そんな会話をしながら、校舎から離れた演習場へ向かった。