第2話 まずは同棲から 前編
「これから家族会議を始めます。まずはニワトコ君。自己紹介からお願いね」
進行役をしているのは、ニコニコと笑顔が素敵な多分三十代前半のラベンダー色の、少し濃い目の色をした髪の長い女性。多分母親なんだろうと思うが、何歳で初産したんだろうか? もみあげが三つ編みだったり、八対二分けの前髪とかオシャレですね。
あとなんでフライパンを持っているんですか? ってかやっぱり家族会議になったか……。
「あ、はい。接骨木といいます。色々端折りますが、婿に来いという事で連れて来られました」
「好きな物とか、嫌いなものとかは? もう少し自己紹介とかないの?」
片手を頬に当て、首を傾げながらニコニコとしている。なんかあらあらうふふ的な?
「いえ、今目の前にしているのは、王族の方ですので、余計な事はあまり……。」
俺は辺りを見回すと、王様、王妃様? 多分兄、多分姉、ロディアが座っている。
髪の毛が紫系と黄色系で見事に別れてるから兄弟姉妹だろう。血……なんだろうか? 父と兄は黄色系、母親と姉は紫系。けどロディアは黄色だ。
それに母と姉の胸は大きいのに、ロディアは小さい。血って残酷だわー。
「えーっと。なんで家族会議が始まってるんです? どうして自分が参加しているんでしょうか?」
「プロテアだ。不服だが、これからお前が家族になるからだ。正確には予定だ。口調は無理しなくていいぞ。慣れない言葉で喋られるよりはマシだ」
プロテアと名乗った国王様は、ブスっとした表情でつまらなさそうに言い、大きなため息を吐いた。
「あなた? ニワトコ君が困っているでしょう? そうそう、なんで家族会議にいるかって質問よね? もちろんロディーのお婿さんになるからよ。あら、私ったら自己紹介もしないで、ごめんなさいね。プロテアの妻のダリアよ」
ダリアさんはニコニコと言い、足りなかったところを軽く補足してくれた。ってかもう決定なのかよ。
俺は頭を抱え、両肘をテーブルに突いて少しだけため息を吐き、頭を上げた。
「ヘリコニアだ、妹は少し我がままでね、あと父さんは親馬鹿だから。そして私は少しだけ兄馬鹿だ」
ヘリコニアと名乗った男性は兄と言った。綺麗な金髪を短くし、爽やかとは言えない、少しニタニタとした笑顔で自己紹介をしてくれた。
少し童顔な所もあり、悪ガキっぽく思える。それに鍛えているのか、少し見えてる前腕にはうっすらと筋肉があり、なんか細マッチョっぽい。
「トレニアよ。ロディーがいきなりでごめんなさいね? あの子お父さんや兄さんと一緒でやんちゃだから。それと報告書より言葉遣いが丁寧ね」
トレニアと名乗った女性は姉だろう。やはり母親の血を引いてるのか、髪はラベンダー色で、胸が大きい。それに喋り方が母親そっくりで、綺麗な髪を三つ編みにして前に垂らしているが、ボサボサで枝とか葉っぱが付いている。
それになんかポーチが沢山付いたベルトをタスキの様にかけており、パイスラッシュが素晴らしい。嫌でも目が行く。ってかポーチから草がはみ出てますよ? どこかに行って何かをさっきまで採取してました?
「まぁ、なんで家族会議なのかはわかりました。言葉使いが汚いかもしれないですが、勘弁して下さい。砦でこの様な喋り方では、あまり締まらないものですから。さて……。もう皆さんの中では既に家族の一員という認識でいいんですかね? ですが俺みたいな奴が、本当に王族へ婿入りしてもいいんですか? どこかの位の高い貴族とか、他国の王族への、嫁入りとかではないんですか? 俺の中ではそんなイメージしかないですよ」
俺は極々一般的っぽい事を言い、目の前にいる王族達に聞いてみる。だって変な血が混ざったりとか良く聞いたし。確か欧州辺りがそういうのに、いまだにうるさかった気がする。
「いや、君の事は一応調べたよ。報告書では……。迷い人で基礎的な教養はもちろん、それなりの学もある。ミニウムで貴族の税の誤魔化しを指摘し、国境付近の砦に飛ばされ、特に腐る事なくその防衛力を底上げする。そして戦争に備え、兵糧の備蓄や管理の厳格化。城内での小さい農耕。水源の確保もし、その砦だけはどうしても落とす事ができず、戦略的に重要になる場所を無視する事になった原因を作った張本人……」
ヘリコニアさんがニヤニヤ笑いながら言い、そして国王様の方を見ると、腕を組んで真剣な顔で頷いている。こっちに来てからの、俺のやってた事だ。王族って怖いな。
「砦落としには相当苦労させられたと聞いている。しかも報告が何度も何度もあり、会議を数回してその砦を無視する事を決め、仕方なく迂回する羽目になった。他にも色々と要因があるが、とりあえず娘が惚れているところだ。だからその辺のボンボン貴族や、他国の無能王族の次男坊三男坊よりはマシだと思った。そして国に煙たがられて飛ばされた使える人材なら、こっちで貰ってしまおうって事だ。迷い人なら後ろ盾もなければ、我々の国に入り込んで内側から悪さもしないだろうしな」
「つまり外交を有利に進めるより、家族にして色々な部分を底上げって事で?」
「あぁ、そうだ。ロディーも惚れてるみたいだしな。丁度いいだろ?」
王族の男性組はニコニコとしており、女性組は微笑みながら香りの良いお茶を飲んでいた。なんだかんだでしっかりと調べられてたんだな。
「ロディアさんが惚れたのが俺じゃなかったら、どうなっていたんです?」
俺もとりあえずお茶を飲みつつ、気になったので聞いてみた。
「処刑だ。散々我々の軍を苦しめた張本人だ、それくらいはする。優秀だから引き込む可能性はあったがな。まぁ私情だ。砦を落とす為に何回同じ様な会議をしたと思ってる。五回だぞ!? 五回! 助けられた事による、一時的な一目惚れだと言ったのに!」
「ちょっと、お父さん!?」
プロテアさんがそう言うと、ロディアが声を荒げていた。まぁ、国としては妥当かな? うん。生きてるって素晴らしい。
「で、自分の身の振り方としては、どうしたら良いんですか?」
「不服だがしばらくロディアと同棲だ。そしてある程度政治にかかわってもらいながら、どのくらい貢献できるかで地方を任せる積りだ。その間にロディアの熱が冷めれば良し、その時は普通にお前を雇用するだけだ」
「迷い人の俺が内政に関われと? 本気で言ってます?」
なんで今まで敵国にいた俺を、雇用するかがわからないな。なんでだろうか?
「あぁ、本気だ。ミニウムで君が書いた資料を取り寄せた。目を通したが、目を見張るものがある」
そう言って、プロテアさんが分厚い紙を取り出して俺の前に投げた。
俺が書いた字だ……。
戦争で勝ったから持って来たんだろうか? ってか色々な場所に飛ばされたりしてたのに、全部かき集めたのか? 道理で連れてかれるまでに一ヶ月かかった訳だし、こんな事を言われるわけだ……。
「ははは、そうっすか……。はぁ……。一つだけ質問いいですか? ダリアさんの年齢を……教えてもらって良いでしょうか?」
どうしても気になって聞いてしまった。なんか周りの目が冷たい気がするが仕方ない。気になるんだから。
「うふふ、季節が三十四回巡ってるわよ。それとお母さんって呼んで」
その言葉を聞いて俺は絶句した。三十四歳かよ……。
「あの、ヘリコニアさんは?」
とりあえずお母さんって言葉は、今のところ無視しておく。
「二十回だ。お兄ちゃんって呼んでくれ」
俺はその言葉を聞いて、王様を半開きの口で見た。十四才で産ませたのか? すげぇな。仕込んだ時期とかも気になる……。最悪十三才くらいで孕ませた!? ってか二人共、語尾にハートマークが付きそうな甘い声で言わないでくれ。王族が使うお茶目ってレベルじゃない。
「なんだその眼は……。私は三十五回だぞ? 十五回目で成人だから、作る時期が少し早いくらいだ。ってかお前はいくつなのだ?」
「……二十六歳……回です」
この世界では年とか歳の概念もないので、産まれてから季節が一回巡ってるかどうかで決まる。なのでこんな回とか巡ってるって表現が使われる。
「ふふふ、年上の義弟か。色々と面白くなってきたな。ってか見た目が若いなー。迷い人は皆そうなのかい?」
ヘリコニアさんは微笑み、少し聞きたくないような言葉が聞こえた。ってか日本人は少し幼く見られるからな。仕方ない。
「なーなー。なんで私には何回目か聞かないんだ?」
ロディアが、服の腕の部分を引っ張りながら聞いてきた。ってか子供が大きいのに、ダリアさんの見た目が若々し過ぎるので年齢を聞いただけだ。本当にそれだけだ。
「俺の住んでいた世界では、他の国の人より若く見えるらしかったですね。ロディアは十二回くらいだろ?」
そう冗談を言った瞬間にビンタされた。まぁ、痛くないんだけどね。
「十八回目だよ! 馬鹿!」
「いや、だって。どう見ても胸とか……。身長はそれなりにあるけど、胸が全然……。身長だけ発育のいい子かなー? と。胸ないし」
なら、トレニアさんは十九歳か? 年子かよ……。
「産まれてから十二回目の王族が戦場に行くか馬鹿! それに成人は十五回目ってお父さんが言ってただろ! それとも私は十二回並みと言いたいのか! あと胸って三回も言うな馬鹿!」
「そもそも王族が最前線に来るなよ! だから捕虜になったんだぞ! 馬鹿に二回も馬鹿って言われたくないな!」
ロディアは涙目で胸を触りながら訴え、ヘリコニアさんが声を出して笑っている。仲の良さそうな家族だな。最悪王族なんか親殺し。子供、兄弟姉妹殺しは当たり前だと思ってたわ。
「これは泣かせた責任を取って結婚かなぁ。けどさすがにどうかと思うから、やっぱり家族会議で決めた同棲から始めた方が良いと思うんだけど」
「あぁ、そうだな。では、城の敷地内にある離れをあてがうとしよう」
ってか俺の事を、なんか嫌いみたいな雰囲気出してたのに、なんで王様ノリノリなの? 今までのは全部演技か?
「ベッドはキングサイズ一つかしら?」
「俺への配慮はその程度なんですか……」
俺はため息を吐きながら、とりあえずダブルベッドを二つ注文しておいた。なんかもう覆りそうになさそうだし。落としどころなんか、最初から決まってたっぽいなこれ。
そして少し話し合った後にメイドに案内され、その離れに行くが、俺の住んでいた実家より大きい。何だこの屋敷は……落ち着かねぇ……。ってかコレ城の敷地内だよな?
「寝室がでかいな」
メイドさんが真っ先になぜか寝室を案内した。どういう気の利かせ方だ? それともこのメイドも、誰かの差し金なんだろうか?
「父さん達の寝室はもっと大きいわよ」
「そうっすか……」
俺は乾いた笑いを出しながらダブルベッドに座ると、俺の隣にロディアが座った。
「さて、今からイチャイチャしよう!」
なんでいきなり隣に座るんですかねぇ? パーソナルスペースなんか存在しないのか?
「いや……もうちょっとお互いを知ってからでいいんじゃないかな? ほら、それからでも遅くはないし? メイドさんもこっち見てるし」
「確かに! とりあえず、この屋敷の中を案内するわね。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、子供の頃からの遊び場だったの」
「あぁ、助かるよ。子供の頃から遊んでるなら、きっと詳しいだろう」
俺は頭痛が出そうな気分を一気に変え、立ち上がってメイドさんに軽く会釈をして、案内をすると言った、ロディアに付いて行く事にした。
「ここが執務室だ。昔は執事のセバスチャンが、お父さんの補佐をする為に、ここで書類をコツコツと作っていたんだ」
ドアを開けてロディアが中に入ると、正面に立派な机があり、分厚い無垢材の縁に、これでもかと装飾が彫ってあり、変に艶がある。なんか一発で高いってわかる作りで気が引ける。
「昔はわからなかったが、左右にある本棚には資料が入ってる。過去の色々な物の数字とか歴史だな。とりあえずここが今日からニワトコの仕事場だ」
「あ、はい……。で、そのセバスチャンさんは?」
ってか執事がセバスチャンか。確かアルプスにいる少女が出てくるアニメで有名になったって、餅を喉に詰まらせて亡くなった上司に聞いたな。そこから執事の名前イコールセバスチャンって感じになったらしい。
「二回前の冬に病気になっちゃってね……」
「あ、ごめん。聞きにくい事聞いちゃった?」
「故郷に戻って元気に生活しているぞ? 名前は忘れたが、そこの貴族の補佐をしている」
「あ、はい……。生きてるならいいです。なんか物凄くしんみりしてたんで、つい亡くなったのかと……」
「セバスチャンは、殴って来た奴の手首が折れるくらいムキムキなの。昔はよく、腕につかまると回ってくれたんだ。風邪で体調を崩してそのまま死ぬとかないない」
「子供時代が楽しそうで何よりです」
心配して損したが、なんか逆に見て見たくなったな。物凄く知的なのにタフって。執事服の胸囲部分とか、上腕部分とか。
多分口髭とかが顎の辺りまで伸びてるとか、顎髭がもみあげと繋がってそう……。
俺は早速両脇にある本棚に手を伸ばし、無造作に一冊本を取り、適当にページを開いて見る。
「麦、鉄、塩。繊維に酒類。奴隷まで……。前年度との比較も……」
「なに? もう尻込みかしら?」
「あぁ、ここまでやられたら手は抜けない。開いてみろ」
俺はプロテアさんに渡された、自分の資料をロディアに渡すと、ニヤニヤとしながら書類の綴りを開いた。
「なにこれ。わかりやすい様に色を使い分けてる……。それにさらに細かい……」
「顔料って高いのな。藍色っぽい普通のインク以外に、絵の具の赤とか黄色だな。色々な物が毒だからあまり使いたくないんだけどね」
確か時代背景的にそれっぽいし。どっかの劇団じゃ、緑色のドレスを無毒になった現代でも使ってないとか。カドミウムだったっけ?
「ここがダイニングルームだ」
「うわーひろーい……。おれがかりてたぶっけんよりひろーい。ぜんぶここにおさまっちゃーう……」
事実上二人しかいないのに、なんでこんな広いんですかねぇ? テーブルも長いし。本当王族の考える事良くわからないわー。
「新人の教育に使われている場所だからな。だから無駄に広い」
「つまり……。今も使われてるって事?」
ロディアの言葉が過去形じゃなかったので、少し気になって聞いてしまった。
「そうだ」
ロディアが長いテーブルの上にある呼び鈴を鳴らすと、初老と言える様な品の良いメイド服の女性が、ドアを最小限の音で開けて入ってきた。
「ティカと申します。以後お見知り置きを」
白髪なのか、髪が物凄く薄い緑色だ。年を重ねていくと、どんどん白を足していく感じなんだろうか?
「接骨木です。こちらこそよろしくお願いします」
「ニワトコ様ですね。いずれロディア様の旦那様となるお方が、使用人にその様な言葉使いをしてはいけません。極力訂正をお願いいたします」
「極力努力します」
そう言った瞬間に、ティカさんの表情が少し困った様な感じになり、正直面倒くさいってな感じで思われてそうだ。お国柄だから仕方ないじゃないか。
「それとロディア様。貴女様はもう少し女性らしくして頂かないと……。私は幼少の頃から口を酸っぱくして申し上げていたはずですが? もう遅いですし、あのような事をして、この様な素敵なお方とのご縁があったので、もう強くは申せません。なのでこれ以上女性らしさを失い、別離されぬよう助言はさせていただきます」
「は、はい……」
ロディアはなんかいつもとは違う雰囲気になった。子供の頃から王家の人間としての躾をされていたんだろう。けど血が悪いな。どう考えても父や兄に似てる。しかも胸も……。
「多分逃げられないんで、このままだと最悪別居って事になるかと。けど、嫌いにならない努力はしますよ」
「……その様な事にならぬ様、私達は努力を惜しまないつもりでございます」
「わかりました。義父母や義理の兄や姉に相談できない事は、ティカさんに相談します」
「呼び捨てで構いません。ティカとお呼び下さい」
いやー、目上の人を呼び捨てとか無理ですわ……。
「後ほど執事長もご挨拶に参りますので、できるのであれば、猥らな行為は夜中に。そして人前で乳繰り合うのは極力お控え下さい」
「それ、俺に言ってます? ロディアに言ってます?」
「ロディア様です。先ほど聞こえてしまいましたので申し上げますが、寝室で乳繰り合おうとしていらっしゃいましたね?」
「あー。あはははは……」
しっかり聞こえてたのか、注意をされたらロディアは笑って誤魔化していた。
軽い接点を持たせたかった。後悔はしていない。
スピンオフのタグを入れた方が良いのか不明なくらい、微妙な接点。