第19話 単位の違いって改めて説明するって難しいね 後編
「ここが軍部の建物ね。お偉いさんが詰めてるわ」
「思ってたより普通……」
目の前には、三階建ての建物があった。ここで色々やるのか? 会議とか。
「平時はここよ。訓練所や兵舎は別。主に人の移動とか書類仕事なんかがここ。戦争時は城の会議室とか、戦線後方のテントとか」
「へー。それもそうか。んじゃ、ちょっと聞いてくるか」
俺はそう言い、ロディーと建物に入ろうとした。
「待て。ロディア様、そちらの男とはどの様なご関係で?」
そして当たり前の様に門番に止められた。
「私の夫となる者だ。街道沿いの、牧場に偽装した詰め所の案を出した男。とも付け加えておこう」
まぁ、色々案とか出してるし、噂程度には俺の事は出回ってるから、その説明で十分か……。
「失礼しました! どうぞお通りください!」
「見張りご苦労。怪しい者は止める。当たり前の事だから気にするな」
俺は敬礼している門番を労い、止めた事は気にするなと言ったけど……。大丈夫かな? 気に病まないかな?
「ヘイタンを管理してる者ですか?」
そして受付っぽい所に行き、担当者を呼んでもらう事にした。
「あぁ、少し輜重兵の事が気になってな。どういう風になってて、改善できるところがあればしようと思い、こうして足を運んだのだが」
「……食事は各隊で雇った小間使いに任せ、少なくなったら近隣の村から運営資金で買い取る形です。ヘイタンと言う言葉は初めて聞きました。輜重兵をまとめる者ならおりますが」
「そうか……。では、今会えるだろうか?」
俺はとりあえず輜重兵をまとめる人に会う為に、いるかどうかを聞いてみる。
「えぇ、三階の一番奥の部屋です。こちらにお呼びいたしますか?」
「いや。資料を確認したい。こちらから出向こう。情報感謝する」
俺はお礼を言い、階段を上って三階の一番奥の部屋に向かい、ノックをした。
「はーい。開いてますよ」
そんな返事が帰ってきたので、とりあえず中に入るが、もの凄く綺麗に整理されていて、人が一人しかいなかった。
「良い環境ね。作業場をみれば人柄がわかるわ。にしても……全部一人でこれを管理しているの?」
「ロ、ロディア様! 失礼しました! 戦争がない時は暇ですので、部下達は他の部署で仕事中です!」
そう言って急いで立ち上がり、男は敬礼をした。
「楽にしなさい。用があるのはこっちのニワトコよ」
「いや、楽にしろってのは俺の言葉なんだけど? まぁいい。兵站維持の為の資料を少し見せてくれ」
「ヘイタン……ですか?」
「あぁ、輜重兵が運んでいる食料とかを管理する後方支援部隊の事だ。装備を運んだり、武器を開発する開発部も兵站になるんだが、ここでは食料のみを扱っていると聞いてな」
多分だけど。部隊別でここでは食糧管理をしてるから、兵站って言葉が存在しないんだろうな。
全てを管理させる役職も必要かもな。
「こちらになります」
そう言って男は、本棚から直ぐに書類を取り出してくれた。
資料には細かくどこの村や町から、どのくらい食料を買ったとかが書いてあった。
「見やすい書類だ。これは借りて良いか? 読んだり複写したら返しにくる」
「えぇ、もちろんです」
「で、だ。少し聞きたい事がある。戦争中、どの様にして食料を管理していた?」
「各部隊に幌馬車を十数台配置し、そこに保存食や小麦を積み込み、最低一人ほど水を出せる魔法使いと、食事を作るご婦人が数名付きます」
むー……。幌馬車に積める荷物なんか、たかがしれてるしなぁ。
「物資集積所とか、後方にないのか?」
「食料が濡れるので、近隣の村の倉庫や空き家に置かせてもらっている事が多いです。なので往復したりして、なるべく食料を切らさない様心がけておりました」
「村がない場合は?」
どうやって長距離を運んでいるかが気になる。雨だって降るし、濡れたらカビとか発生するし。
「蝋引きした布を何重にも張り、濡らさない様にして運んでいます」
濡らさない努力とかはしているんだな。ってかずっと運ぶのか……。
「そうか……。私が考案した、牧場に偽装してある兵士の詰め所が、戦争時は物資集積所になる。そこに一旦運び、そこから小分けで各部隊に送り出すのを考えていたのだが……。軽く説明した方が良いか?」
「よろしくお願いします」
俺は、村と村の間にある、牧場に一旦物資を運び、戦線が延びたら次の牧場に運び入れ、税として集めた小麦や食料をどんどん奥に移動させる、兵站の説明をした。
「あの牧場はそういう意図が……。つまりその兵站を管理する者と、輜重兵は別物と。で、我々の様な輜重兵は、そこから各部隊に食料を届ける役目になると」
「そうだ。最悪略奪されるなら、撤退時に腐った水をかけたり、毒を食料に混ぜるのにも使えるが、その前に全て物資を撤収させるのが望ましいんだがな」
相手に略奪されるくらいなら、それくらいの事はしたいしな。
「こりゃ大規模な、部隊再編成が必要になるな……」
「あぁ。今までと全く別物になるからな。ただ、数字上の管理や、部隊の人数で牧場から運ぶ量が予測をつけられる。それとこの絵を見てくれ」
そう言って俺は、野外炊具の絵を見せる。
「今考えてる、土木部隊の運用で使用しようと思っていたのだが、一度に百人程度のスープが作れる大型の物だ。馬やロバで引けば問題はないかと思っている」
「……そうですね。これはおもしろいですね。ご婦人の腕が太くなりそうですが」
「スコップで具材をかき混ぜたりするしな。ただ、大量に作れる利点がある」
俺はそう言いながら、豊満なおばさま達がスコップを担ぎ、笑顔で兵士達を威圧する姿を想像してしまった。
しかも持っているスコップで、襲ってきた敵兵を数人で殴打するところまで。
おばさまって色々な意味で強いしなー。
「んー。給金的に女性に任せた方が良いのか……。それとも専門の調理兵を編成させた方が良いのか……。部隊に女性はいた方が志気は上がると思うが、ご婦人の年齢にもよるか?」
「季節が四十回くらい巡った女性を募集しております。もし若い女性がいたら、最悪軍規に関わりますので。後は好みの問題でしょう。年上が好き、同年代が好き。色々ありますが、母親と重ねる若い兵もおりました。そういう兵は、ご婦人の余計なお節介が励ましになる場合がありますので」
「そうか。そういうのもあるか……。若い兵士や新兵には、若い女性にはない、そういう心の支えも必要だったりするからな。その辺は任せる。試作品ができたら一台こちらに回し、使い勝手や改善点を報告してくれ。実際に使った者にしかできない事だ。忙しい中、面会の約束も取らずに急に来てすまなかった」
一応社交辞令もね? めちゃくちゃ暇そうだったけど。
「いえ、問題ありません。わざわざこちらまで足を運んでいただき、ありがとうございました」
「問題ない。では失礼する」
俺はそう言って立ち上がると、ロディーも立ち上がり、一緒に退室した。
「なんかさ。今までの物とは根本から違うのに、かなり前向きだったね」
「そうだね。少し頑固なのを想像してたけど、現場で臨機応変ってのが得意そうな感じで好感が持てるな」
食料を管理してるから、本当はお堅くないと駄目なんだと思うけど。
「んー。一応戦場に出てたけどさー、今まで食料の事なんか気にした事がなかったんだよね」
ロディーは、風呂上がりで少しだけ湿っている髪の毛先を、指先で遊ばせながらそんな事を言ってきた。
「まぁ、戦いに専念してればそうなるかもね。けどそういう人もいないと、戦争は絶対にできないよ」
「ニワトコはどうだったの?」
「んー? 砦の中に畑作って、ジャガイモ植えたり、食糧管理は厳格化してたよ。常に一定量の備蓄は確保してた。おかげで飢えずに済んだけど」
俺はベッドに寝転がりながら、ロディーの質問に答え、砦時代の事を思い出した。今思えば、大豆も植えて、植物性タンパク質の確保とかもして良かったかもしれない。
「ふーん。防衛しか考えてないのね」
「死にたくないからね。そこでできる最善の事はやっておかないと」
「今できる最善の事は?」
ロディーはそう言いながら、俺のお腹に覆い被さる様に乗っかってきた。
「髪の毛を乾かす事かな? このままだと変な癖が付きそう」
そう言って手の届く場所の髪を触り、軽く手櫛で梳く様にして指を滑らせる。
「せっかくの綺麗な髪なんだから、もうちょっと乾かさないと。かゆみとかフケが出ちゃうよ?」
そう言って俺は手を伸ばして、乾いたタオルをロディーの頭にかぶせて起きあがる様に言い、軽く頭皮のマッサージをする。
「あー。それ気持ちー。もっとしてー」
「声だけ聞くとエッチだなー。夜の寝室だし。この間のだって聞こえてたし、少しどうにかならない?」
「本当に気持ちいいんだからしかたないー。あ、そこ。そこ気持ちいい」
「はいはい。この辺でしょうかお姫様」
「うむ。その辺を重点的に頼む」
そんな勘違いされそうな会話をしながら、髪の根本側が乾くまで、髪が傷まない様に俺はロディーの頭皮マッサージを続け、ついでに肩と肩胛骨辺りも揉みほぐしておいた。
けど肩を揉んでる時に、可愛い声で少しオッサンっぽい発言は止めてほしかったなぁ……。
あ゛~そこそこ。そこをもっと。とか言われても、どこから声出してんの? ってなったし。