第19話 単位の違いって改めて説明するって難しいね 前編
区切りが良い所で分けると、前編がかなり長くなってしまいますが、お許しください。
注意:漢数字とアラビア数字が混じっています。これはある程度見やすく(読みやすく)する為です。
「じゃ、今日は護衛兼、手伝いをお願いします」
「はい。わかりました」
俺はつなぎを着て、それぞれの紐を持ち、少し大きくて薄い板や、ネジで止められる薄い鉄の板をトニーさんに持ってもらい、城壁の上の通路に上った。
そして一番角に着いて紐を押さえてもらい、どんどん長さを測っていき、角に着いたら自由スコヤという、薄い鉄板を二枚重ねた道具で角度を測るが、四つ角に見張り塔があるので、内側の角度で代用する。
コレは事前に、アルキメデススクリューを作ってもらった鍛冶屋のおっさんに頼んだ。
それを木の板に置き、出した角度を写し、同じ作業を繰り返す。
そして紐を城壁から垂らし、堀りの水に着いたら持ち上げ、その長さも測る。
「城壁は一辺三百五十メートル、厚さが三メートルで、高さが十五メートルでほぼ四角か……。見張り塔が角の四つねー。弓の射程を考えると、中央の門まではお互いカバーできるんですかね?」
「えぇ、塔からなら届きますよ?」
「なら緊急時でも平気か。五人くらい詰めてたし。じゃ、今度は防壁かな」
何かあれば即出てくるし、どんどん上ってくるだろうからな。
「では、馬車に乗ってください」
「はいはい」
そして俺は馬車に乗り込み、城から街の外に出た。
「正面の門を見て、左手側の角から奥に行きますか」
俺は少し霞んでいる、角の方を指しながら、御者をしているトニーさんに指示を出した。
「了解しました」
そして防壁の角に出て、早速自由スコヤで角度を図り、木の板に書き写してから距離を測る。
「百が三十五回と十数メートル。約三.五キロか……。結構でかいな……」
俺は紙に一番から二番までは三.五キロと書き、角度を測って木の板にまた書き写す。
それを残り三辺分を済ませ、最初の角まで戻ってきた。
「一辺が約三.五キロ。面積は約十二.二五平方キロメートルか。人口は何人か後で聞くとして……。そして中央に門と約百メートル置きに見張り塔……と。後は防壁の厚さと高さか。上りますかー」
俺達は十二キロ歩き、角度や長さを測り、馬車に乗って正面の門で商人が荷物検査を受けている横を抜け、内側から防壁の上に上る。
「厚さ二メートル。高さ十五メートル。城壁と高さは同じか。ただ四角だと攻められた時に不安が残るな。後で防衛案でも出すか……」
「あの。コレは何をしているのでしょうか?」
トニーさんは、不思議そうに聞いてきた。ある程度事前に話しをしていたが、やっぱり気になるみたいだ。
「ん? ある程度正確な地図の作製準備かな。それと俺に付く部下の教育教材。道路や街の中の詳しい奴は作っちゃダメとか言われたからやらないけどね。本当なら一軒一軒家を描いて、道路とかも描きたい。そして個人的に防衛強化案も出す。四角で距離が長いから、防衛時どうしても兵を均等に配置する事になるからね。敵がなるべく集まる作りにして、投擲瓶とかでなるべく被害を出させる作りかな」
「……ここも、ニワトコ様がいた砦の様にするのですか?」
トニーさんが眉間に皺を寄せて、首を傾げて聞いてきた。
「土木部隊にやらせるにはちょうど良いし。防衛時には強固な守りの方が良いでしょう? 王都が落とされるとか勘弁だね」
俺は木の板を脇に挟み、軽く両手を広げて肩をすくめる。
「それはそうですが……。そう簡単にできるのですか?」
「んー。防壁から少し離して堀を掘って、柵を立てればそれだけで梯子をかけるのに苦労する。多分この辺はどこでもやってるね。けど、一ヶ所だけ柵を壊れてるように見せかけたら? 自然とそこに人が集まるから、弓が下手でもそこだけ狙ってれば誰かには当たる。安上がりに仕上げたいならこんなところかなー。予算が下りればもう少し本格的な案を出すけどね」
俺は防壁の階段を下りながら、後ろにいるトニーさんに聞こえる様に言い、馬車のドアを自分で開けて勝手に乗り込んだ。
「城の離れに戻ってください」
そして御者台に座ったトニーさんに言って、俺達は城の離れに戻った。
「あの、この点はなんでしょうか? 何か意味があるのですか?」
そして書いた物を確認していると、トニーさんが不思議そうに聞いてきた。
「あー。小数点以下の概念がなかったんだ……。忘れてた」
俺はそう言いながら片目を細め、頭に片手を置く。
「えーっとですね、ちょっとわかりやすく説明しますね。銅貨百枚って大銅貨十枚じゃないですか?」
「えぇ。そうですね」
「銀貨だと一枚ですよね?」
「まぁ……そうですね」
「なら、大銀貨一枚だと?」
「え? ちょっと何を言ってるんですか?」
トニーさんは少し困惑しながら、何を言ってるのかわからないという表情になった。
「文字で書くとゼロが増えて面倒じゃないですか? なので単位を合わせる必要があるんですけど、その単位だと1より小さくなる事があります。そう言う時に使うのが、この点なんです。これが10個集まれば1になるんですよ。銅貨100枚は大銀貨0.1枚ってな感じで」
「はぁ……」
「たとえば、距離もお金みたいに単位があります。この1の紐ですが、俺のいた世界では、1メートルという単位でした。これが千個あつまると1キロメートルになります。キロメートルって単位に換算すると、0.001キロメートルになります。これが1000個集まれば1キロメートルに戻るんです。んー、改めて説明すると面倒くさいな。理屈を知らずにこうなんだって教育されちゃったからなぁ……。どう説明すれば理解できるだろうか……」
俺は腕を組みながら、頭をひねる。百センチとか十ミリとか、ゼロを取ったりとかの説明をどうすれば良いかを考える。
「ゼロが多くても仕方がないと仮定し、混乱のない様に統一してみては?」
トニーさんはなんか清々しい笑顔で、スッパリと言い切った。理解を放棄したか、機転を利かせたのかは不明だけど……。
「んーその方が確かに混乱は少ないかも……。ならこの3.5キロは3500メートルになりますね。もういいか。土木はしばらくメートルで統一するか。単位がでかくなったら考えよう」
トニーさんが機転? を利かせてくれた。とりあえずメートルで統一し、それ以下は半分とか、それより小さいと誤差という風に仮にしておく。
3500かける3500で12,250,000平方メートル。滅茶苦茶面倒くさい……。ってか早速単位がでかい……。
「城の周りを一周するだけで、かなり運動になるな。鎧を着たまま走らせれば、かなり体力が付きそうだ」
遅めの昼食を食べ、執務机に座って久し振りに距離を歩いたので、靴を脱いで楽にした状態で独り言を呟く。
後で運動とか言いながら走り込んでも良いかもしれない。城壁内部を十周でもいいか。防衛上というか、護衛上の理由だけど。
「さてさて……」
俺はそう呟き、少し大きめの紙に一万分の一と隅に書き、どんどん線を引いて、自由スコヤで角度を出して線を引く。
「うん。城壁も防壁も微妙に歪んでる……。綺麗な四角にはならないか」
そしてコンパスを使い、小さな丸を描き足し、見張り塔の場所も地図に落としていく。
「教材にはなるな。あと数枚作るか」
そう呟き、俺は王都の一万分の一の地図を複製した。もちろんキロを全て取ってメートルになっている。そして縮尺も変えた物も数枚作った。
「あれ? 単純に一万倍にしたら、三十五キロになるから、一万分の一って使えねぇか……」
そして俺は慌てて一万分の一という文字を、二重線で消しておいた。
「まずはヘリコニア兄さんか。ロディーか……。防衛とか治安維持だからロディーだな」
そう呟き、一番良い物を残し、作成した地図を全て丸めて、使った道具や取った角度を写した板を持って呼び鈴を鳴らすと、見習いメイドさんが入ってきたので、いつもの手順でロディーの執務室に向かった。
ついでに自衛隊なんかで使われている、野外炊具っぽい、馬で引ける大人数用の調理器具も簡単な絵を描いておいたのでそれも胸ポケットに突っ込んでおく。
「お茶を持ってきてちょうだい。貴女は離れに戻って自分の仕事に戻りなさい」
「かしこまりました」
ロディーはメイドさんに指示を出し、お茶を持ってきてもらう様に言いながら、ソファーに座った。
「で、この丸まった紙はなに?」
「デデデデ~ン。ちーずー」
なんかかなり有名なゲームの宝箱とかを開けた音を口から出し、俺は紙を広げる。
「……コレって、どこまで正確なの?」
そしてロディーが睨むようにして聞いてきた。
「この前見た地図より、かなりの精度で。コレをそのまま大きくすれば、そっくりそのまま王都になる」
「どうやって作ったの?」
「コレと紐と足で」
そう言いながら自由スコヤを出し、板もテーブルに載せる。
「ここの角度がここ、コレがここ」
そう言いながら自由スコヤで角度を取って、地図に乗せる。
「で、百の紐で三十五回だから、約三千五百歩。そしてこの一の定規でぴったり描いた」
そして一メートル定規を見せる。
「細かい線が多いわね……」
「百本入ってる。だから、三十五本目で止めればぴったりだ」
そう言ったら、ロディーがおでこに手を当て、空を仰いでいる。
「正確すぎ。本当こんなのが他国に渡ったら恐ろしいわね……」
そして盛大にため息を吐き、手で口元を隠しながらずっと地図を見ている。
「この矢印は何?」
ロディーは方位記号を指し、不思議そうにこっちを見てきた。
「矢印の右が太陽の昇る方向で、左が沈む方向。俺のいた世界ではー……説明すると長くなるから端折るけど、鉄を引き寄せる石、磁石ってのがあって、それで擦った針を水に浮かべると、絶対にどこでも同じ方向を指す。で、不思議と右から太陽が昇る」
「つまり、そのジシャクってので擦った針を水に浮かべたら、この矢印の先端を向くと」
「多分だけどね。だってこっちから太陽が昇るから、あっちが針が指す方向。その道具があれば、地図さえあれば迷う事もないんだけどね。説明はこっちが太陽の昇る方向。で良いと思うよ」
俺は方位記号の東側を指し、指でトントンとやりながらロディーの方を見る。
「これ、好きに使って良いよ。線を引いて大通りを描いて、おすすめのお店とかの場所を描きこんだりね。この辺はスラムだから、犯罪率が多いから、赤で色を塗ろう。ここは貴族が多く住んでるから犯罪率は低い、だから白いままにしよう。とかね」
「……はぁ。もの凄く書き込まなかった事を感謝すべきなのかしら……。もう少し雑な感じだと思ってたけど、ここまでするとは……」
「前に言ってたでしょ? 詳しすぎるとまずいって。コレでも防壁と城壁、見張り塔だけだよ?」
「数がわかっちゃうでしょ? せめて見張り塔は避けて欲しかったわ。まぁ。街の中を歩けば直ぐにわかっちゃうけど」
「あー。うん。ごめん。道具あるし、ここで描き直すよ」
俺はそう言い、何回も描いたので手際よく地図を新しく描いた。
「手慣れてるわね」
「まぁね。とりあえず執務室のも破棄して、描き直しておくよ」
「破棄は今すぐよ」
ロディーが、俺が地図を描いている時に、メイドさんが持ってきてくれたお茶を飲みながら答え、ティーカップを置いた。
「どのみち地図はお兄ちゃんにも見せる必要があるし、軍部の偉い人にも見せないと。もしかしたらお父さんにも」
「じゃ、一回移動しよう。執務室には絵の具もあるし、一回見本を見せるのには丁度良いね」
俺はお茶を一口だけ飲み、立ち上がって移動した。
「この辺がスラムだっけ?」
「そうね」
俺は新しく描いた地図とは別に、ロディーの執務室で描いた地図を指し、赤い絵の具で赤く塗る。そしてオレンジを作って薄く塗り、縁を黄色で塗る。
「こんな風に色で塗っておけばわかりやすい。他に犯罪率が多い場所とかある?」
「んー。この辺がちょっとかしら?」
「なら黄色で」
俺はロディーが指した場所を黄色で塗り、右下に落とした点の脇に犯罪率の高い低いを書き、上に犯罪率多発地帯と書く。
「人が多い場所とかも色分けできるけど、盗まれて火とか付けられたら大変だからね。そっちは止めておくよ。んじゃ新しく描いたこれは教材にでもするか」
そう言って二枚に折り、引き出しに閉まった。
「じゃ、お兄ちゃんの所に行きましょう。予定もないし、執務室にいるでしょ」
そう言ってロディーは、俺の執務机の上にある呼び鈴を鳴らし、メイドさんを呼んでいた。
「さてさて……。お兄ちゃんの言い分だと、コレをある程度そのまま大きくすれば、ぴったり王都の防壁や城壁になるって言ってるけど……。本当はもっと描き込みたかったんじゃない?」
「まぁねぇ。道とか家とかきっちり描かないと地図じゃないし。けど仕方ないね、盗まれた事を考えないと、最悪国防に関わるって言うんだから。異世界的な違いと思っておくよ。向こうの世界でも黒塗りや白塗りのやつもあったし」
軍事基地の衛星写真とか。
「で、防壁一枚は三千五百歩みたいだけど、お兄ちゃんの感想を聞きたいね」
「はっきりと言うと異常かな。元の世界の、同じ様な文化だったら、端から端まで五百歩の楕円型でも大きいって言われてたし。港なんかは人と荷物が集まり、商人が来て、宿屋ができて、娼館が立って、便利だからと人がさらに来る。こうしてどんどん広がって、五千歩とか一万歩の半円。内陸で三千五百歩の四角は本当に大きい。戦争に備えてるのか、過去に戦争があって作らせたかのどっちかだと思ってる」
俺がそう言うと、ヘリコニア兄さんは口元を手で押さえた。
「まぁ、過去に大きな戦争があって、ちょっと無理して作らせたってのは自分も聞いてるけど、迷い人はそういう考えになっちゃうのかな?」
「まぁ、多少はそう思うよね。壁はどうしても必要だし。もっと凄いのは国境にもの凄く長い壁を作った国もあるよ? 人や馬が越えられなければいいって事で、低い場所では俺の身長二つ分。長さは六百二十万歩」
俺はから笑いしながらお茶を飲み、万里の長城の事を簡単に説明した。
「ま。脅威に備えるのは良いとして、戦争時の対策がされてないのが気になる。かもしれないを想定して、もの凄く低予算でできる防衛力を上げる案とかあるけど、口出しして良い?」
「……言うだけなら」
ヘリコニア兄さんが口元を押さえたままそう言ったので、俺はトニーさんに言った事をそのまま言ってみた。
「それだけか?」
「それだけ。これは土木部隊の基礎訓練と言う事で地道にやらせ、ある程度になったら道の整備。中途半端な場所は、攻城戦の訓練の為って言っておけば問題はないと思う。ってな訳で、貴族様に作った問題集」
そう言って、この間作った問題集を開き、山を切り拓いて法面を作る場所の図を見せる。
キャドなんかないから、定規を使った手書きだけど。
「真っ直ぐ下に掘っちゃうと崩れやすいし、防壁からの死角になるから、こうして角度を付けて、頑丈な柵だけでも足止めは可能。二重三重にすれば、乗り越えてる間に弓で射殺せる。欲を言うなら水を張りたいくらい。柵までは五歩から十歩にしておけば、かける梯子も急になって、上りにくい。ね。これだけなら土木部隊の給料で済む」
俺は地図を指し、問題集の図面を見せて軽くヘリコニア兄さんを見る。銃とか砲撃があるなら、直角の塹壕でもいいんだけどね。
まぁ、軍部にはあまり口出ししたくないけど、個人的な安心の為には、防衛にだったら少しは口出ししたいし。
「兵士が訓練して、もう少し堀を手前とか奥とか言ってくれれば、第二陣から修正は可能だし、水を引き入れれば草が生えて土が崩れにくくなる。この街の飲み水の大半が井戸だから、疎水を引く必要があるけどね。ま、季節がどれくらい巡れば水を引き込めるかわからないけど」
俺はため息を吐きながら、ソファーの背もたれに寄りかかりお茶を飲んだ。
「これは……。お兄ちゃんが防衛してた砦にも使っていたのか?」
「まぁね。人が溜まりやすい様に、所々堀をなくして、そこに人が押し寄せるから、弓での対処とか、梯子とかの防衛はしやすかったね」
おかげでお湯とか油、血とかでぬかるんでて盛大に転んだけど。
「あぁ、あれね! 確かに堀が途切れてたけど、それにはそんな理由があったのね」
「まぁ……。そうだね」
ロディーが思い出したかの様に言い、どう考えても狙いやすい所に兵を集中させる指揮をしたのか、鼓舞だけでそういうのは止めないのかわからないが、どっちにしろそういう考えがないのは厳しいな。
どこかで騎馬対策をした敵陣に、十回以上突っ込んだ戦いがあったとか聞いたけど、騎馬突撃絶対的な信頼おいてる様な感じ? 馬での突撃は凄いらしいからな。時速四十キロの軽トラみたいな感じだし。
けど攻めやすそうって事で、そこに集中させるのはやばいな。まぁ、訓練内容に口出しはしないけど、頼まれたら助言するか。
最悪守り特化の土塁を堀の外に作って、やばくなったら撤退させれば、防衛としては上々か? それか土嚢でも積むか?
「で、この地図はどうすればいいかな? 破棄しろって言うならするけど?」
「いや、ここまで正確な物だけど、ほぼ何も描かれていないなら多少は問題ない。これ以上描き込まなければな」
「けどこれは良いの? 色分けとか」
ロディーが、犯罪率が多い場所の階級区分図を指した。まぁ、スラムだから赤いんだけどね。
「まぁ、人が多い場所とかじゃなければ良い」
「お兄ちゃんも私と同じ考えね」
盗まれたらまずい物はもう作るなって事でいいか。
「ちょっと聞きたいんだけど、この王都って、人ってどのくらいいるの?」
「わからん」「知らない」
「あ、はい……。まぁ、この時代背景でこの規模のだと五から六万人くらいかな? 多分この辺りの下級区とかスラムは、三階くらいの安い借家や宿が密集してるから火事が怖いな……」
んー。大きな都市って川とかの周りに作ってから防壁だけど、ここはソレじゃないんだよな……。
「普通は城壁内の真ん中辺りに川を通すものだけど、水害対策なのか、大きな川が近くにないし。井戸の数が気になるなぁ」
「あぁ、あちこちにあるぞ。水の都ではないが、大抵王都の周辺はどこを掘っても地下水が出るから、そういう事はしなかった。確かに大雨や水攻めを警戒していたらしい」
「なら岩盤が少しへこんでて、そこに溜まってるのか。枯れる事はなさそうかな?」
なら城壁の風車は、地下水汲み上げの為か。井戸の場所とか調べて地図に落としたいけど、毒とか警戒して無理だろうな。
「堀に水も張りたいけど、水たまりとかあまりできないし、風車で汲み上げても染みこむだろうなぁ。近くの穀倉地帯に疎水でも引いてから、常に流し込む案でもロディーと一緒に軍部とすり合わせか、必要か不要かの会議かな」
そう言いながらメモ帳にどんどん箇条書きしていく。一応ね?
「ねぇ。地面とかぬかるんだりしないの?」
「んー。もちろんそう考えるよね。鉤状に四ヶ所。こんな感じで防壁から離して作るのを考えてた。そうすれば四つある門の近くの道ははぬかるんだりしないし、防壁の下の土が水を吸って崩れる事はないかな。もしくは全部囲って橋にして、最悪の場合は橋を落とせば攻城塔はそこで止まるし、敵兵の下半身はずぶぬれ」
俺は地図にペンで防壁の周りに二重線を引き、斜線を引いて水っぽい感じでどんどん書き足していく。
「確かこっち方面が穀倉地帯だから、こっちからこう引き入れる感じで、こっちからこう逃がす。下流にも水を逃がす疎水ができるから、この辺一帯に何か野菜でも育てるよう指示して、水車でなにか作業できる工業地帯の作成でもいいね。木材を縦に切る木工所でも、脱穀専用でも、上下に動く単純な奴でも。その辺は専門家に任せればいい」
俺はお茶を飲み、描き足した地図を見ながら今後の王都周辺の開発計画っぽく言う。
「まっ。まずは疎水を引くのが前提だけど。これをこのまま見せて、破棄するか決めてよ」
「……わかった。父さんに言って、お偉いさんも呼んで会議でもしよう。そしてそのまま防衛の為に堀を作るかどうかも」
「ありがとう。とりあえず執務室の地図は最初の状態だから破棄はしないよ。あー。なにか聞きたい事ある? 防壁周辺とか穀倉地帯のくだりなんかその場の思いつきで言っちゃったけど、無視しても良いから。あ、後これね。向こうの世界でもあった奴なんだけど」
そう言って俺は、胸ポケットから一枚の紙を取り出した。
「馬で引ける、大型の野外調理器具。一個で五十人とかのスープとかが作れる寸胴が二個。四つに増やせば百人にスープを作って、お湯も沸かせるからお茶が飲める。こっちは鉄製の竈。数回に分ければ全員分のパンが焼ける。馬が重くて引けないなら減らして数を増やせばいい」
そう言いながら、野外炊具の絵を見せる。
「これ良いわね。騎士団にも欲しいわ」
「たしかに。各自火をおこして、鍋で調理だからな。輜重兵に調理班を作って配備すれば、暖かい食事や焼きたてのパンが食べられる」
「そう言えばロディー、兵站ってどうなってるの? 俺がこっちの国に来る前は、余剰分の物資を置いて前線に向かってたけど」
俺は気になったので、とりあえず兵站の事を聞いてみた。
「わからないわ。勝手に食事ができてたし」
「あ、はい……。じゃ、これは後日で、軍部と話し合いで……。何個も作れば、便利だし、最悪下級区の炊き出しにも使えるし。そしたら技術部で生産か。じゃ、ロディー。ちょっと兵站について執務室で軍部に出す資料作りでもしようか」
「二人の時間を邪魔しちゃ悪いからな。お兄ちゃんが口出しするなら、改善案も出るだろう。地図はこっちで預かっておく」
ヘリコニア兄さんがそう言ったので、俺達は退室してロディーの執務室に向かった。
「麦の生産量やら税やらは多少把握してるけど、騎士団にも多少顔を出してるって事は、軍部にも顔は利くよね?」
「そうね」
「なら、その資料は手に入る?」
ロディーは治安維持系なので、多分ここにはない事くらいは知っている。なので歩きながらちょっとだけ聞いてみた。
「もちろん。なんなら本部のある建物に行ってみる?」
「直ぐに連絡もなしに行って良いなら」
軍部のある建物に行くとは思わなかったけど、まぁ、問題はないか。
「平気よ。城壁を出てちょっと歩いた所にあるから、このまま護衛なしでも問題はないわ」
「なら案内お願いできるかな?」
「もちろん」
ロディーは笑顔で言ったので、俺は付いて行く事にした。
「で、ヘイタンって何?」
そして俺は盛大にため息を吐いた。
「知らなかったのかよ……。兵站ってのは、後方任務全般を指す事かな」