第16話 とりあえずデカいのを基準にすれば問題ないと思う 前編
区切りが悪いので、前編の方が少し長いです。
翌日。昨日できなかった土木部隊の草案を書き始める。
プロテア義父さんが用意してくれる人材を隊長として、部下を何名つけるかが問題だな。現場監督と仮定して、部隊長を色々な役職にして、兵士を社員にすればいいか。
地盤作りに簡単な測量、そして地図は一般図でいいな。ロディアの為にフローライトの階級区分図でも作るか。
等高線はいいか? この場所が海抜どのくらいかわからないしなぁ。けど谷とか尾根は川があったりするし、どこが急勾配とか把握はしたいな。地図記号も余白に描いてから、文字を書けばある程度わかるだろうけど、王都の詳しい地図とか盗まれたら確実にまずいだろうな。
王都内の地図は階級区分図用だけでい良いか。人口密集地や犯罪率の多い場所で役に立つだろう。
まずは清書が終わってから、『1』で『10』と『100』を作るか。
普通の部隊と違うから何ともいえないけど、部隊長に二十人の部下を付けて、とりあえず五組で百人程度。そこの運用に使い勝手の良い貴族の子供に任せよう。何人いるか知らないけど。
そして卓上ベルを鳴らして誰かを呼ぶと、アニタさんがやってきた。
「明日以降に土木部隊に入れる模範囚を見に行きたいので、拘置所の視察の予定を入れておいてください」
「いきなりで平気でしょうか?」
「どうせ杜撰でしょうし、更生する気のある、ついカッとなってやった、今は反省している。的な人を選別して引き取る話し合いなので。ってか殺したら鉱山行きか。留置所だと酒飲んで暴れて、三日くらい反省してろ! コースだしなぁ。そういえばアルテミシアさんの私兵が、一時的に管理してたけど、どうなったんだろう?」
俺はあの時の事を思い出しながら、机をトントンと指で叩いて少し考える。
「ちょっとロディーの執務室に行くので、今行っても良いか聞いてきてもらっていいです?」
「わかりました。少々お待ちください」
そう言ってアニタさんは、執務室から出て行った。なんだかんだでいつも向こうから来るから、行った事ないんだよなぁ……。
「はい」
アニタさんの誘導で、離れから城内に行き、ロディーの執務室と思われるドアをノックすると、短い返事だけが返ってきたので、特に何の心境の変化もなく入る。
「珍しいわね。ニワトコからこっちに来るなんて」
机から顔を上げ、何か書き物をしていたロディアの声は、外でよく聞くキリッとした物だった。あんな風な態度は、どうも離れと俺の執務室だけらしい。
しかもきっちりと資料類は整っており、見せる為に作った一室的な印象はしない。
「鉱山の責任者の件で、ちょっと聞きたいことがあってね。一時的に――」
「まぁ、座って話しましょ。離れと勝手が違うと思うけど、お茶を持ってきてくれないかしら?」
「承りました」
話していたら座る様に促され、アニタさんにお茶を頼んでいた。しかも二人ともちゃんとしているし。人の目があるって色々な意味で怖いわ。
「で、続きだけど、一時的にアルテミシアさんの私兵が管理してたよね? あれからどうなったと思って」
「少し待ってて」
そう言ってロディーが立ち上がり、壁の本棚にあった資料を持ってきて、俺の前で開いてくれた。
「騎士団の教官が、歳で色々教えるのも辛くなってきたって事で、退役か異動を申し出てて、ちょうど良いって事で理由を話して打診したら、喜んで引き受けてくれたわ」
どうもこれは人事移動の書類らしい。ってかロディーは絶対に眼鏡とか似合うな。ちょっとお堅いできる女。的な? ちっちゃいけど。
「……その後の報告とかは入ってる?」
「腐りきった兵士どもを叩き直してやるって事で、問題が多すぎる奴は異動してるけど、普通以下の兵士を指導してて、勤務態度や囚人への暴力はなくなり、健康状態は改善してるわね」
「有能だな……。伊達に引退するまで生き残ってないか。老兵ってやっぱり凄いな」
「あの人は良くも悪くも真面目で堅いのよ。騎士や兵士は民を守り、模範であるべきだって人なのよね」
ロディーは眉に皺を寄せながら、こめかみの辺りをトントンと叩いていた。
「何かあったの?」
「真面目すぎて融通が利かないのよ。規則は規則って事だから、お似合いの場所だけど、見張りの兵士を現地で鍛えまくって、すでに別物になってるの。空腹で暴動が起きたら大変だって事で、ニワトコの出した、囚人の食事改善案とかきっちりやってるし。起床や休息時間、就寝。休日もそっくりそのままよ。兵士の休暇は向こうでやってたけど」
「ガチガチに堅い人で、俺のいた国の刑務所みたいになってるのか。いいね。いきなり行こうと思ったけど、きっちり形式通りに行った方が良さそうだ」
そんな事を話していたら、アニタさんがお茶を持ってきたので、やっぱり先方に確認を取ってから行く事を伝えた。
「で、もう少し話があるけどいいかな?」
「えぇ、別に急ぎの仕事じゃないから良いわ」
「なら……。とりあえずこれが草案。詳しい地図じゃないけど、階級区分図ってやつはそっちで使いそうだと思ってね」
そう言って図説入りの草案をロディーに渡すと、顎に手を持って行き、真剣に読んでいる。
「つまり、上に書く文字と色で、色々わかるって事でいいのね?」
「そう。たとえば犯罪率が多い場所と治安が悪い場所の地図を作って重ねれば、上級区のこの辺で多いとか一目でわかる。季節が一回巡ったのと確認すれば、どのくらい増えたか減ったかは誰が見てもわかりやすい。そうすればそっちでも対策は取りやすいと思う」
「良いわね。防衛上どうしても詳細な地図は作れないのよ。これなら防壁の形と、大体の区分だけで済むし。とりあえず私のサインを入れておけば良いかしら? 兄が判断しやすい様に」
兄か……。本当に他の目があるかもしれない場合は、気を付けてるんだな。
「そうだね。お願い」
「で、こっちのは? あぁ、普通の地図とか部隊編成表ね……。地図は厳しいかもしれないけど、他は平気じゃないかしら?」
「ま、草案だし。通らないなら通らないでいいんだ。もう少し別な案を練るし。地図はあると困るなら作らなければいいんだし」
「そうねぇ。どこにスパイがいるかわからないし、ない方が良いかもね。あっつ!」
そう言ってロディーは綺麗な動きでお茶を飲むが、やっぱりボロが出た。
「ちょっと、何笑ってるのよ。ってアニタも!」
アニタさんも笑っていたらしい。ってか無理してるからこうなるんだよ。普段通りで良かったのに。
「いや、無理してたんだなーって思って」
「もー。初めてニワトコが執務室に来たから、ちょーっと格好付けようと思ったのに、このお茶で台無しね。はぁ……。もういいか。固すぎるのって苦手なのよ」
そう言って少し姿勢を崩し、いつもみたいにお茶を飲み始めた。
「そんなことするなら、別に普通でいいじゃん」
「ま、ある意味矜持みたいなものよ。気にしないで」
「気にしないでって……。だって普通にトレニアお姉ちゃんの執務室で、お姉ちゃん言ってたし。兄って時点で違和感しかなかったわー」
「気にしないでって言ったでしょ。もー」
そう言ってロディーは、焼き菓子のかけらを手のひらに乗せて、デコピンで飛ばしてきたので軽く避けておいた。メイドさん、お掃除の時に出るゴミが一個増えましたよ。
「んじゃ、視察と階級区分図は決定かな。ありがとう」
「どういたしまして。じゃ、これから倉庫に行って、紐をもらってくると」
少しだけロディーと雑談し、お茶を軽く飲んでから立ち上がる。
「そうそう。とりあえず基準は必要だし。さて、お掃除するメイドさんに怒られないように外でやるか。麻紐って細かい繊維が落ちるんだよね」
そう言いながら部屋から出て、アニタさんの誘導で倉庫に向かう。場所を聞こうと思ったら、何のための専属なのよ? とかロディーに言われちゃったし。
「自分が持って参ります!」
倉庫に着き、見張りの兵士に訳を話すと綺麗な敬礼と共に、持ってくるとか言われた。
「いや、自分の理想の物を探す。君は案内でいい」
「了解しました! 縄や紐の場所まで案内いたします!」
はぁ……。未だに慣れないわー。仲の良い同僚と話してる様な態度でいいんだけどなぁ。無理だろうけど。
そして、その他色々な物を入れておきます。的な倉庫の中を案内されるが、綺麗に整頓されてるし、少し練り歩けばわかりそうな気もするが、最短距離で案内された。あとでじっくり観察したいな。
「んー太い。なんか違う。強度不足。お、いーじゃんいーじゃん。これが良いな。じゃ、持ち出し書類に――」
「お召し物が汚れますので、私がお持ちいたします」
輪になって丸まっている紐を肩に掛けようと思ったら、アニタさんに結構強引に奪われた。
「あぁ、助かる。つい癖でな。一応メイド服も作業着だったな」
そう言ってアニタさんに紐を渡し、出入り口にある小さな机で、持ち出した物品の種類と数を書き、サインを書いて倉庫を出て離れの中庭に行った。
さて、こいつをまず基準に合わせて『1』に切って、それを使って『10』と『100』を作る。もう面倒だから自分で作ったよ。もちろんスーツで!
そして着替えるのが面倒だから、外で軽く繊維を払ってそのまま執務机に座り、箱の一ヶ所が上下に開閉して、内側の長さが『1』になる様にして欲しいと簡単な図面と、もう一本作った物を添えて、城を修復している大工に後で頼みに行く。
そして資料用として、離れの寸法を測りに行く。
「アニタさん、ここの角に紐を合わせてください」
それだけを言い、紐を延ばしながら歩き、角に来たら軽く爪で印を付けて、『1』の紐で残りを計算し、他の三面も似た様にして数字を出す。
「おいおいおい、正面が五十センチ長いじゃねぇか。大きく見せたいのか。角が狂ってるかだなこりゃ」
そう言いながら、側面の石の幅を測り、分厚さの確認を数個済ませる。横から見れば一個の石の厚みとかわかるし。ってか目地材とかで誤魔化せよなー。
「まぁ、人力だし……。ある程度の大きさは誤差かな?」
「あの。角が狂っているとどうなるのでしょうか?」
独り言をつ呟きながら、薄い木の板を使って寸法を書いていると、アニタさんが疑問に思ったのか、そんな事を聞いてきた。
「んー。たとえばで行きましょう。この石は軽く磨かれてて平らに見えます、けど微妙に違うと、ぴったりくっつけてもズレが出ます。そうすると、長ければ長いほど……」
そう言って紙に定規っぽい物で線を引き、直角っぽく線をもう一本描く。そして少しずらしてもう一本。
「長くなればなるほどこの様に誤差が出ます。普通の家一軒分なら木材が短いので気のせいで済みますけど、離れの様に石で大きいと、こんな感じで狂いが大きくなります。多分この一番長い紐の、半分の半分ずつ裏手側が短い事になりますね。まぁ、内装は木材だから、誤魔化しは利きますけどね」
「この様な事をして、どの様な事になるのでしょうか?」
「土木部隊の教育用の資料の為ですかねぇ。道路っていうのはどこまでも長い物ですし? 長ければ長いほど狂いが出るなら、馬車で太陽が一個傾くくらい移動したら、どれだけズレが出るか。その場合の修正をどうするか。極力真っ直ぐにさせる努力をしろって事を徹底させる為かな。気が付いたら横に何百歩もずれていたら、その分移動に負荷がかかるし」
「重い装備を付けての移動では、確かに負荷がかかりますね。悪路や山道は本当に大変でした」
「なのでなるべく真っ直ぐ。なるべく平らに。これを徹底させて、移動を楽にしたいなーと。馬や馬車なら緩く曲がるだけでいいんですが、軍隊だと隊列を組んでたら、曲がるのも大変でしょうし」
ローマ軍なんか真っ直ぐ進軍するのに、山を削ったり、どうにかして直線の場所を選んだりして、道を造ってたとか聞くし。
「それを聞くと、確かに軍にとっても良い事でしょうが……」
「相手にも使われるんですよねぇ……。防衛圏内だけ整えてもいいんですが、せめて国内の寒村へ続く道くらいは造ってやりたいかな。馬車一台分くらいは整備された道が欲しいし」
俺はアニタさんが懸念してた事を言い、馬車を留めてある場所に行き、馬車の幅も測る。
「んー日本の車より少し広いな。国産車でもトラックとかじゃない限り二メートル程度だったし、こいつは二人掛けの四人乗り……馬の幅分か? 商人の荷馬車とか幌馬車も気になるな……。今から視察って可能ですか?」
俺はアニタさんの方を見て、確認をとってみる。
「はい。直ぐに準備します。大店でよろしいでしょうか?」
「大きい幌馬車があればどこでもいいですよ」
「直ぐに準備させます」
アニタさんはそう言って、近くにいた男に声をかけていた。