第15話 誰もが口に出すのをためらうって…… 前編
腰痛で遅れて申し訳りません。
ご感想でご指摘をいただき、14話前編で、使い込んだ税金とかを還元する様な事を付け足しました。
見習いの執事やメイドに、基準用の鉄に油を塗って、布で拭いておいてと軽く言い、一人で打ち合わせに行く。
向かう途中の宿屋で、事前に専門家に描いてもらった図面の確認をしつつ、極力護衛に負担をかけない様に心がける。
ってか護衛用の飯が食いたい。あの雑な奴。けど困らせる事になるから言わない。
本当久しぶりに食いたいわー。無理矢理作ってもらうかな。けど城で働いているコックに、場末の酒場料理を頼んだら、へそを曲げそうだしなぁ……。本当色々な意味でつらい。今ならあのお殿様が、城を抜け出す気持ちが良くわかる。
そして特にする事がないので、前腕のダガーや、足首のナイフの手入れをしたりして時間を潰す。
ちなみにサルビアを誘おうと思ったけど、急だと色々と悪いし、護衛が増えるからとりあえず我慢した。
そして話し合いは、驚くくらい速攻で終わった。
この辺にこんな感じで、こんな風にこう! みたいな流れで終わった。
図面があるから楽勝だぜ! とか言っていたがかなり不安だ。移動だけで数日使うし、最初から最後まで監督としているわけにもいかず、完成したらまた視察に行くしかないってのが本当に怖い。手抜き工事的な意味で。
ってか図面に数字が入ってないから、ある程度職人は勘とかなんだよなぁ……。
本当、写真を撮ってデータを送るとか、めちゃくちゃ便利だったってのが良くわかるわ。施工中に写真とかの証拠も残せないしなぁ……。
ってか風車が完成したら、スクリューを作った鍛冶屋を連れて行きたい。折角頼んだんだから、最後まで関わらせたいし。
試作品を持って行って、コレをここに。とかは義理的な物で俺がしたくない。
風車の高さも任せてあるし、海までの距離も建ってからじゃないとわからない。縦と横がわかってれば、計算で斜めの長さが出せるけど、それすらもできないから費用計算もできない。
本当土木部隊だけには浸透させたい。
だって今まで関わった税収は、麦とか塩みたいな粒系は袋単位だぜ? 多く入ってたり少なく入ってたりで、微妙にバランスはとれてたけどな……。
けどミニウムじゃ意図的に少なかったのか、妙に数字が少なかった事もあるし。まぁ、そのおかげで俺が今ここにいるんだけどね。
「ニワトコ様。お疲れ様でした」
「あぁ、ご苦労様。しっかり体を休めてくれ」
城の離れ前に付き、馬車から降りて護衛をしてくれた兵士に労いの言葉をかけ、ネクタイを緩めながら歩いてそのまま執務室に向かう。
「あ゛ー疲れたー。風呂入りてぇー」
資料を執務机に置き、愚痴を言いながらソファーに座り、天井を見てため息を吐く。
「用意させますか?」
そしたらアニタさんが、そんな事を言ってきた。
「全員同じ状況だったのに、俺だけ特別って訳にも行かないし。いや、特別なんだろうけどさ。その辺はある程度弁えてるつもりかな。お茶でいいよー」
「護衛に当たっていた兵士は、我々が離れに入った時点で休暇になり、酒場に繰り出しましたが?」
トニーさんも会話に入り、裏事情的な事を話してくれた。ってか昼間から飲むのか。まぁ、護衛中は多分禁酒とかになってるんだろう。酔ってて怪我させました、襲われました。とかだとまずいだろうし。夜中まで存分に楽しんでくれ。
「へー。そうなんだ。トニーさんとアニタさんは? 専属だからそんな訳にもいかないでしょ? だからただの魂の叫び」
「私は明日、トニーは二日後が丸一日休みとなりますので、別な者が担当します。実は今までもそうだったんですよ?」
アニタさんはニコニコとしながら言うが、気が付かなかったわ。
「あちゃー。気が付かなかったな。上に立つものとして少しまずいか?」
「その様な事はないと思いますが?」
「個人的な心情かな。専属なのに結構知らない事とか多いし。まぁ気を使ってくれているんだと思うけど。けどそう言ってくれるならいいか。あ、お茶は三人分で。二人が少しだけサボれる様にね」
「おかえり!」
そんな事を話していたら、ロディーがノックもなしにいきなり執務室に入ってきた。
「四人分ですね」
アニタさんが笑顔で言い、お茶を淹れる為に執務室から出て行った。
「ん? 何の話?」
「専属執事とメイドの休暇の話。長距離移動で疲れてるだろうから、ここでサボっていけって言ったの」
「あー……。ま、その辺は大変よねー。ティカもシルベスターも、もう歳だから最近は長距離移動が厳しいって事で、アニタとトニーに任せっきりだし」
そう言いながらロディーは俺の隣に座り、二の腕に頭を預けてきた。そして鼻をスンスンとやっている。
「臭う? 一応体を拭いてたりはしたんだけど」
「気にならない程度かな? 視察だし、その辺は仕方ないでしょ」
そして俺が視察に行っている間に、ロディーの方も見回り強化や、国の裏仕事専門の部隊と足並みを揃えて情報収集するとか、相手の動向を探るとかの話をしていたみたいだ。
「お茶をお持ちしました」
そして区切りの良いところで、アニタさんが四人分のお茶を持って来てくれたから、全員でお茶の時間にする。
「そう言えば、二人が座ってお茶を飲んでいるのを見るのは初めてだな。やっぱり執事とかメイドって先入観なのかな?」
「仕事柄……ですかね? どうしても主人を立てないといけないので」
トニーさんは砂糖三つとミルクを入れ、かなり甘くして飲んでいる。疲れているのだろうか?
「騎士は立っているのも仕事でしたので、私は楽ですけどね」
アニタさんは砂糖を一つ入れて飲んでいるので、ただの好みの問題っぽい。意外にトニーさんは甘党なのかもしれない。
「あ、そうそう。ビバーナムのオークションだけど、出品者として一応ニワトコの名前で出てるから」
何かを思い出すようにロディーが言い、ビバーナムは母親に見捨てられたようだ。
「ふーん。いいんじゃない?」
「で、偶然にも明日がオークションだから。参加はしなくて良いけど立ち会ってね」
その言葉に、口に運ぼうとしていたティーカップが途中で止まった。
「え……。俺って、出る必要……あるの?」
眉に皺を寄せたままロディーの方を見て、ティーカップをソーサーの上に戻して、こめかみの辺りを指で押す。
「いなかったら代理人が出る必要があるけど、いるなら本人がいないと、ちょっとまずいかなー? 高級オークションだし。あ、けど本人が値を吊り上げるのは禁止されてるよ」
ロディーが特に表情を変えずにお茶を飲み、当たり前の様に言っている。
「別にそんな事はしないけど……。ある意味耐えられるかな? 一応人身売買にもなるんだろ? なんか場の空気に当てられそうなんだけど」
「敗戦して国に売られた人が、ソレを言っちゃうんだー」
「いやいや、今回は高級オークションだろ? もうビバーナム狙いの、欲望渦巻く狂気の場に近いだろ! 絶対空気とかやばいって。俺は国同士の話し合いで、右から左へだったよ? そうなって欲しいなーって言ったけど、その場の空気を楽しみたいとは言ってないぞ?」
「大半は普通の物品だから平気平気」
俺はため息を吐きながら、お茶に砂糖を一つ足して飲む事にした。なんか一気に疲れた。
□
翌日。長時間の移動からくる疲れからか、少しだけ気だるい目覚めだが、まぁまぁ良い眠りだった。夜は断っちゃったけどね。そのかわり抱き枕になったけど。
「気だるさは少しあるけど、気分がかなり乗らない。今日のオークションのせいだな」
「仕方ないわよ、もう諦めて行くしかないわね。優良物件があれば、買おうかな? って気分で行けばいいのよ」
ロディーは朝からめっちゃ良い笑顔で、親指を立てて言ってきた。
「俺好みの、めっちゃくちゃ可愛い女の子の奴隷とかでもいいの?」
そう言った瞬間に二の腕に肘を食らった。一緒のベッドで寝て、上半身だけ起こしてるんだから、叩くより簡単だしな。
「冗談だよ。優良な人材なんかいるかねぇ……。そういう人は上手く立ち回って、そうなる前に逃げるから、奴隷にならないでしょ?」
「んーそれもそうね。あ、けど政争とかで貶められて、もう不要になった人とか」
「俺なら真っ先に殺して、身の安全を確保するな。辱める目的でも、リスクは避けたい。買われた先で殺される保証も、逃げ出さない保証もないだろ?」
「んー。そうね。確かにそうかもしれないわね」
俺は軽くノビをして、ベッドから下りて水を飲む。どこかのゲームやアニメみたいに、奴隷を魔法で確実に逆らえない様にさせられるなら別だけど。
そしてしばらくベッドに座って、製塩所や治安維持の話をしていたら、ティカさんがやってきて、着替えて朝食を食べに行く。
そして軽く執務をしてから、オークション会場かなーと思っていたら、朝食後直ぐに移動になった。どうも時間的には九時くらいから入場で、十時には開始らしい。
「三十日に一度しか開催されないから、結構人が来るのよね。ってかその仮面怖いわね」
コンサート会場の様な場所に入り、イスに座って待っていると、少し装飾が派手な仮面を付けた、ロディーがそんな事を呟いた。
「へー。なんかその言い草だと、日常的にあるみたいじゃん。コレは結構気に入ってる仮面? お面の柄だからいいの」
俺も昨日のうちに、用意されていた白い仮面に派手に落書きをした。鋸みたいな感じの名前の映画に出てくる、人形風のマスクで、赤い目とくるくるほっぺが広い意味でチャーミングだと思うけどなぁ。もちろん口が開くのかな? って感じで黒い線も引いてある。
まぁ、周りもかぶっているので、ちゃんと秘匿性はあるっぽい。けど珍しい黒髪じゃバレバレだけどね。
「下級区の犯罪奴隷市場なんて、毎日夕方にはオークションやってるわよ?」
「そうだった。この国って奴隷産業もあるんだったわ……」
ため息を吐きながら言い、始まるまでの時間、なんか異様な空気の中で待機する。
「今日の目玉商品は、子爵の息子らしいじゃない」
「みたいですなぁ。なんでも、知らなかったとはいえ王族に喧嘩を売って、親にも見捨てられたとか」
「本当酷いわよねぇ」
「その情報は少し違いますね。父親は財産没収で地下牢。息子はまだ公にはなっていないけど、ロディア様の婚約者様のお召し物を焼き払ったとか……。それさえなければここに来る事はなかったとか言われてます」
すると近くに座っていた素敵そうなマダム、腹の出ている五十歳くらいの男性と奥様、二十前半くらいの若者が話し合っている。まぁ、声質や格好での判断だけど。
そしてロディーにも聞こえていたのか、肘でツンツンとやられた。
「まぁ、今日は様子見。最悪買ってもいいかなー程度で」
「はいはい。そう言う事にしておきましょう」
とりあえず身バレが怖いので、気をつけて発言をする。
「にしても母親も薄情ですねぇ。子を助けないなんて」
「あの方は浪費家ですし。子を助ける金も惜しいんでしょうな」
「値段はいくらなのかしら? 噂を聞きつけた豪商や金を持ってる資産家が、貴族の血が欲しくて来るとか聞いてるわよ?」
なんか奥さんは浪費家で有名らしい。そして噂って怖い。俺が製塩所の話し合いに行っている間に、どんだけ広まってんだ?




