第1話 異世界の姫騎士ってなんで最前線に出たがるの? 後編
それから十日。奪われた姫様を救出する為か、攻撃が一時的に激しくなったが、その勢いはどんどん減ってきており、増援が来て食料も余剰分や余計な分を置いて最前線に向かい、今では守りも堅牢になり、まず落とされる事はない感じだ。
姫様? 翌日には野菜の皮むきを手伝わされていたよ。娼婦のお姉さんから世間話を聞きつつ、悪い影響を受けそうな話題になったら引きはがしたし、夜は女性用の区画で幽閉ってな流れだ。
「ってな感じでここは落ちそうにはないし。報告書を書いたから王都に送り、今後政治的な取引材料になるだろう。ほら、荷物だ」
俺は今の状況を説明しつつ、捕らえた時に着ていた鎧と武器を目の前に置き、そのまま物資を運んできた馬車で、二人が王都に連れて行かれるのを見ていた。
◇
それから数ヶ月、補給も切れないし、この砦に割く人員はないと言わんばかりに、無視して迂回していく敵さん。城の外にいる兵士が追ったりしているが、逃げ切られたりして国の奥に侵略されていく。そして少なくなってきた補給と共に書類が届いた。
「ここは無事だけど、他が駄目だったかー」
ため息を吐きながら、今入ってきた情報を目で追う。
書類には他の戦地が激戦化し、停戦条約を結ぶ事が書いてあり、なぜか俺が呼ばれる事になったので、王都に向かう事にする。
「君。砦でロディア様を捕らえて、捕虜にした張本人だね?」
なんか豪華な部屋に案内され、しばらくしたら小さな会議室っぽい所に連れられ、なんか偉そうな奴から質問をされる。
「えぇ。確かに捕らえましたね」
あの姫様はロディアと言うのか。そういや自己紹介もしてなかったな。
ちなみにニワトコと言われてるが、俺は接骨木っていう。日本で初めて会った奴にはよく『せっこつぎ』とか言われるが、ちゃんとした花の名前だし、白っぽい小さな花が咲くんだぜ?
自分の名字くらい多少は調べるさ。
「停戦条約の条件の一つに、君が入っていてね。こちらとしては人員の一人で多少優位に進むのなら、差し出すつもりでいる。君、何かやったのか?」
「いえ? 捕らえて牢屋にぶち込んだら、お決まりの強姦コース直前だったので、男のケツを蹴り上げてから、女性が住んでいる区画に隔離しましたが?」
「ふむ……。なら一騎打ちの事だろうか? きっちり報告は届いている。けど安心したまえ。怨恨の類ではないらしい。そしてこれが手紙だ」
俺は手紙を受け取り、封蝋を取って読んでから直ぐに手紙を投げた。
「読んでください。そして胃薬と頭痛薬を下さい」
「惚れたから婿に来い。か……。悪いが薬は諦めてくれ、こういうのに効くのはないからな。胃に優しい食事をとる事だ」
本当に私怨の類いじゃなくてよかったわ。呼んでおいて処刑とかだったら泣くけどな。
「異世界……。俺のいた国では、こういうのを逆玉の輿っていうんですよ。身分が低い男が、高貴な身分の女性と結婚するのを」
「なら女性は玉の輿か。王族や貴族に惚れられるメイドがソレだな。ただ、君は向こうの知識を持っている。渡すのは惜しい」
「さっき俺一人で済むならって言ってましたよね? 何でです?」
「さっきとは状況が違う。王族の婿になるんじゃ多少考えるさ。ただの知識利用だと思ったが結婚だ。国としても考えたくもなる」
「ならもう少し、条件を上乗せしては?」
一応折衷案を出してみてはどうか? と、提案をしてみるが、偉い奴はなんか渋い顔をしている。
「実はね、君がいた砦は落ちなかったが、色々含めて四対六くらいでこっちが負けたんだよ。お互い疲弊というか、兵の消費が激しかったからね。むしろこの条件も含めて、ある程度従うしかないんだ」
偉い奴は盛大にため息を吐き、頭に手を置いている。まぁ、俺は国に半分捨てられてたからどうでも良いけどね。むしろザマァか?
「で、今後の俺の扱いはどうなるんです?」
「捕虜の引き渡しと同じさ。君がお金を持って行きつつそのまま帰ってこない」
「これが本当じゃなかったら面白い冗談だ」
「惚れられてるんだ。向こうで熱烈なラブコールだろうね」
「面倒くさいの一言ですね。クソくらえだ」
俺は落ち着いた声で文句を言い、机を人差し指で軽く叩く。
「残念だが決定事項だ」
「諦めるしかないかぁ……。日程が決まったら言ってください。なんかここに滞在しろみたいな事も書かれてますし、個人的に豪華過ぎる部屋も用意されてますので、多少は我慢しますよ」
「あぁ、暇をしててくれ。多分数日中には色々決まり、なるべく早めに引き渡しになる。お偉いさんの息子とかが、向こうの捕虜になっててね。早く助けないと上がうるさいんだ」
あぁ、もうこれ完全に物扱いだわ……。
「あぁ、よくある事ですね。で、俺一人で何人分になったんですか?」
「結構な額さ、けど君にその分を渡す事はできなくなった。フローライトの王族の婿という地位で我慢してくれ」
「お前達は俺をかなり前に捨てた。それを向こうが拾ってくれた。こう思うように色々と頑張ってきますよ。んじゃ失礼します」
その言葉を聞いて、俺はため息を吐きながら皮肉を言って立ち上がり、退室して先程の部屋に連れていかれるが、まぁ半ば監禁だ。だって交渉の為の物にされてるんだからな。
◇
あれから一ヶ月経つが、正直運動不足で太りそうだ。
食事は部屋、トイレは部屋の隅にある壺、できる事と言ったら読書か、腹筋腕立て背筋やスクワット程度。しかも王族の指名だから、女性をあてがわれる事はないので自分での処理。もうこんなもん夜中に勝手に出ないようにする為の事務的な作業だよ。ってか消臭したい。
食事を運んで来るメイドさんは、ヴィクトリアン朝のロングスカートで、地味でいかにもメイドらしい感じなのは個人的に嬉しいが、こういう時は少し肌の露出が多い方がだな?
何回スカートを捲ってもらおうと頼んだことか……。娯楽も少ないし、オカズもないしな。本当最悪な一ヶ月だった。
ちなみに十日目で一回抜け出したが、城の中の兵士が総動員され、各所に盛大に迷惑をかけ、夜中の警備が三倍に増えたので止めた。未だに警備が減る事はないけど。
そして話し合いが終わったのか、戦時中に見かけた鎧の奴等が部屋に入って来て、なんかものすごく丁寧に扱われ、豪華な馬車に乗せられた。
「では、しばらく馬車での移動となりますが、何かございましたらお申し付けください」
「えぇ、わかりました」
やっと引き渡される事になり、道中は豪華な宿や、やけに大きなテントとかで寝泊まりを繰り返して、この間まで争っていた国の王都に着き、そのまま城まで運ばれた。
なんか子牛になって出荷されてる気分だったわ。
「では、謁見の前に身だしなみを整えますので、私の後に付いて来て下さい」
「はい」
差し障りのない返事をして案内役の後についていくが、なんか色々な奴からジロジロ見られる。しばらくは雀がうるさいんだろうなー。
「まず湯あみですね」
部屋に入ったら数人のメイドが、物凄い笑顔で待機しており、部屋の奥の風呂場に押し込まれて、洗濯されている気分だった。
問題は俺だけが全裸ってな事だった。ってか全裸で髭を剃られるって経験がないから、正直反応に困る。
そして髪も綺麗に切られ、なんか香油みたいなもので固められた。ヘアワックスなんかあまり使った事がないから、結構不快に感じる。若い頃に、もう少し髪でもいじってればよかった気がする。
そして物凄く小さな鏡を見せられるが、目付きの悪いオールバックの男が目の前にいる。そして用意されていた服を、おもちゃの着せ替え人形みたいな扱いで着せられ、気が付いたら王様の前に俺は座っていた。
なんで王様かわかったかって? 頭に王冠載っけてるし、兵士が部屋の中にわんさかだし、洗濯されてる時にメイドさんが言ってたからな。
ってか謁見っていうより、個人面談だな。部屋が狭いし、会議室みたいな場所なんだろうか?
「さて……。なぜ貴様が呼ばれたか、わかっているか?」
王様はやっぱり、ロディアって奴と親子なのか、似たような髪色だが歳なのか少しくすんでいる。カーキーに近い。それになんかムキムキだ。
「頂いた手紙には一目惚れとありましたが、詳しくはわかりません」
ってか睨まないでくれ。王様の後ろには武装した兵士が沢山いるし、多分俺の後ろにもたくさんいるんだろう? 俺は何もできねぇよ。
「娘の話では、強姦されそうになっていたところを助けられたと聞いているが……。そうなる切っ掛けを作ったのは貴様だろう! それと向こうの報告書によれば、決闘したらしいではないか」
「えぇ、ロディア様の提案でしたからね。自分は断りましたが、その話に乗るまで引き下がらなそうだったので。なのでこちらとしては嫌々一騎打ちです」
「おい、気安く娘の名を呼ぶな。娘が汚れる。むしろなぜ一騎打ちに応じた」
「いえ、引き下がらなそ――」
「さっき聞いたわ!」
親バカかな? 向こうが望んでるのに来てみれば、この態度……。いや、まぁ。王族の娘が、どこの誰だかわからない奴と結婚したいとか言ったら。多分こうなるよな。
「……申し訳ございません。ではどうすればよろしいのでしょうか?」
「一騎打ちに応じて負ければよかったのだ」
「はぁ……。つまり自分に死ねと」
「そうだ。そうすれば娘がだな、貴様のような奴に惚れる事はなかったのだ……」
王様は俺を睨みながら歯を食いしばり、とても悔しそうにしている。多分親バカだなコレ。
そしてしばらくその光景を眺めていたら、勢いよくドアが開く音がし、振り返れないので大人しく座っていたら、横から衝撃を食らい吹っ飛んで側頭部を軽く打った。
「ニワトコ! よく来てくれた! さぁ! 式を挙げようじゃないか!」
あ、この子実はバカだわ……。ってか上に乗られて密着してるのに胸の感触がどこにもないんだよなぁ……。
王様の咳払いが聞こえ、少し首を捻って見ると汚物を見るような目になっていた。
いやー、これ一方的に好かれてるだけですし? 貴方の娘さんが押し倒して来ただけですよ? なんでそんな目付きになるんですかね?
「悪いけど、ちょっとどいて欲しいんだけど。ほら、色々な方の目もあるしね?」
「あ、すまない。はしたないまねをした」
ロディアは立ち上がり、俺も起き上がってイスに座り直す。
そして俺の隣にイスを引き、座って王様と対面している。こっち側に座らないで欲しい。だって王様泣きそうな顔になってるし……。
ってか俺はこれからどうなるの!?
「いや、あのね? 向こうに座らない? 君の御父上が泣きそうに――」
「貴様に父上と呼ばれたくもないわ!」
「お父さん! 私が好きになった人に何て事いうのよ!」
「そもそもロディアが、やんちゃな事をしてなければ、こんな男と出会う事もなかったんだよ?」
あ、これ親バカ決定ですわ。周りの兵士も俺と似たような表情してるし。
「あの、帰っていいですか?」
「だめ!」「一応協定で決めたから無理」
「なんで意見を通したんすか……」
盛大にため息を吐き、肩を落として両手を顔に当てる。戦争、ダメ絶対。
「娘に懇願されたからだ。だがこうなるとは聞いておらんかった……」
「そうですか……。折衷案を出しませんか?」
「一応私は王様、貴様は一般人。言いたい事はわかるな? 私だって悩んでるんだよ……」
これ、どうしようもねぇわ……。頭が痛いし胃も痛くなってきたわ。