第10話 塩作りって結構大変だよな 後編
「っんー。終わったよー」
宿屋に戻り、ロディアに小言を言われながら、簡単な図面を描いた二案の書類を書き終え、軽く伸びをしながら言い、振り向くと軽く頬を膨らませながらこちらを睨んでいた。
アルキメデス式ポンプの値段や、修理費とか諸々を見積もりつつ、どっちが安いかで決めるのは、ヘリコニア兄さんだけどな。
「ごめんごめん。こういうのは早く終わらせたいからね。予定では二日の滞在だけど……。観光するのには色々と店とかは少ない」
そして泳ぐ文化がないから、水着がないし海水浴も二人でできない。だから水着姿が見れない。裸を見てるけど、ソレはソレ、コレはコレだよ!
「大きな町に戻って、兵士達を慰労させるか。王都に戻って休暇を与えるかだな」
「なら王都ね。どうせ何もなければ酒場になるし、私達の警護もいらないから気が楽になるし」
「なら予定を切り上げて、早く帰って休暇か。それで行こうか」
「決まったね。じゃーさー、一緒にねよー」
ロディアが甘えモードになり、イスに座っていた俺の太股に向かい合うように座って、首に手を回して笑顔で言ってきた。
「普通に寝るだけの雰囲気じゃないんだけど?」
「声とか出さなければ、隣の警護には聞こえないってばー」
「アルテミシアさんと初めて視察に行った時、普通に喋ってた声も聞こえてたから、このやりとりも多分聞こえてるよ。若い男をモンモンとさせるのも悪い。帰るまで我慢だね」
「むー。もう少し壁が厚ければなー」
「厚くてもだーめ。ほらほら、下りてベッドに行ってくれ。いつもと違う環境や、聞かれたり覗かれたりして、燃える様な趣味はお互いにないはずだぞ」
俺は首にかかっていた手を軽く払い、腰を浮かせようとすると、すねた感じで唇をとがらせたので、とりあえずキスをして機嫌を少しだけ回復させた。
◇
数日後。王都に戻り、その足でヘリコニア兄さんに書類を渡しに行った。
「……鉱山の湧き水も汲み出せるのはいいな。小分けにすれば、段階を踏んで外まで水が排水できる。手押し式ポンプは、移動や再設置には不便だからな。後はメンテナンスか、泥水とか吸い上げると、どうしても弁が傷むらしいし。ちなみに懇意にしている鍛冶屋は、宝飾とかもやってて変にプライドが高いから、こういうのはやらないと思う。ニワトコが出向いて職人を探してほしい」
ヘリコニア兄さんにとりあえず報告し、アルキメデス式ポンプの試作品を、作ってくれそうな小さな鍛冶屋に行き、絵図面を見せて交渉も始める。もちろんツナギに着替えてる。
「あんちゃん。ちょいと面白そうな仕事を持ってきてくれたじゃねぇか。五日後に来てくれ。それまでにやっておくわ」
三軒目でそんな事を言われたのは、職人が一人しかいない、鍋とかを直してる場所だった。
やっぱり下町工場的な場所の方が融通は利くな。こういう場所が技術を発展させるんだよ。最初の二軒? 断られたよ。
「では、五日後の夕方に来ますね」
「おう。期待しないで待ってろ」
試作品だから細くて一メートルくらいだけど、期待しないでって言われるとは、思わなかったわ。
「んーなになにー。燃える水の運用方法並びに、保存場所の選定について。ねぇ……」
俺は執務室に戻り、机の上に置かれていた書類をツナギのままイスに座って読む事にした。
樽等に入れ投石機で飛ばし、容器が砕け液体が飛び散ったら、火矢を放って引火させる。
うん。まんま火炎瓶のでかい奴だコレ。火柱事件で、樽に火をつけて投げるって発想にならなかったのはいいね。
水に浮く性質を利用し、堀に撒いて火を付けて防衛に使う。
コレは酸素不足で倒れる奴だな。
『火は大量の空気を使うので、息を吸っても苦しいままになり、倒れる可能性が高いので、堀とは別に少し外側にもう一つ掘って、そこで運用すべし』
他には、攻城兵器に瓶詰め灯油をスリングで飛ばし、火矢で燃やすとか、完璧に火と隔離しての運用をしている物が多かった。
もしかして火柱事件って、灯油満載の樽に火をつけたとかじゃねぇだろうな?
保存方法は、樽に炎にバツ印を入れた焼き印を押した物に入れ、他の建物から十歩以上離れた地上に、専用の倉庫を建てて保存。
『十歩では近すぎる。最低三十はないと、燃え広がって危険。倉庫の出入り口にも、火気厳禁の文字と、文字の読めない者にもわかる絵を描く事。保存上限も少な目にする事。遠征時には見張りを厳重にし、馬車での移動時は最後尾から、さらに離して二倍の護衛付きで運搬させる事。機密保持の方法は任せる』
とりあえず読んでみたけど、こんなもんかー。危険物取り扱い免許的なのは持ってなかったしな。本当この辺わかんねぇ……
『乾いた砂を大量に、別の屋内に保存させる事』
これも追加しておかないと不味いよな。この間は最初期で、他に灯油がなかったから良かったけど……。
◇
五日後の夕方、俺は頼みに行った鍛冶屋に行くと、カウンターの奥に銅の雨どいとドリル、手回し用のクランクが転がっていた。
「あんちゃんか、面白い仕事をさせてもらった。んじゃ代金は最初に言った金額で良いぜ」
「えぇ、それはいいんですが、確認のためにちょっと運用させてもらって良いですか?」
「あぁ、かまわねぇぜ。俺も何回かやってるから、問題はねぇけどな」
そう言われたので外に出て、お供に付いてきていたトニーさんに、軸を持ってもらってバケツに入れて傾け、俺がクランクを何回か回すと水が出てきた。本当上手く作ってくれた。
「では、こちらは代金になります。今度似た様な仕事を頼むかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
「おう、そんときゃまた来いや」
俺は笑顔で首を縦に振り、胸ポケットから見積もりと同じ額の入った袋を取り出して、鍛冶屋に渡した。
「確かに。んじゃ俺は戻るぞ」
そう言って鍛冶屋は戻っていった。けど、本当作ってくれるとは思わなかった。ちょっと不格好だけど。
「本当にこんなので水が汲み上げられるのですね」
「うん。そうなんだよね。コレを考えた人は本当天才だ。とりあえず持って帰って、ヘリコニアさんに見せて、炭坑とか鉱山に使えないか確認しつつ、長くして製塩所での運用の計画書かな」
「報告は明日でもよろしいのでは? 帰ったら夕食時になりますので、ご迷惑になるかと」
「確かに。まーだ報告先が王族って認識が薄くて」
「何を言っているんですか。ニワトコ様も、既にほぼ王族ですよ」
「えー。まだ結婚してないのに?」
「ロディア様と定期的に、夜の方はしているんですよね? もうほぼ決まりと言われてますよ?」
トニーさんはもの凄くニコニコと、ロディアと肉体関係を持っちゃった事で、皆はある意味将来は安泰っぽいとか思っているんだろうか? 週刊誌に写真付きで、お泊まりデートか!? 的なノリで。
「……ですよね。やっべ、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「そのくらいで恥ずかしがってはいられませんよ? ロディア様がご懐妊されたら、国を挙げての祝福ですので」
「変な噂も出回るんだろうなー。迷い人が姫をたぶらかして、上手く王家入りしたとか」
「確かにあるかもしれませんが、今までの目に見えない努力がじわじわと知れ渡るかもしれませんよ? 王都の乗り合い馬車の広場の地面を黒い石で覆ったじゃないですか。大きな屋根と露店商の商業スペースも作った事で、かなりにぎわっております。雨に濡れないし、道でも泥が跳ねないと凄く評判です」
「んー。まぁ、地味でも好評なら問題はないか」
「そう言う物は、じわりじわりと国民に効いてくる物です。どんどん積み重ねていきましょう」
トニーさんは笑顔で馬車のドアを開けてくれたので、軽く頭を下げてから乗り込み、一人しかいないので草案を書き始めた。
けど、御者台から覗いていたトニーさんと目が合い、苦笑いされた。
「ねーねー。明日でいーじゃん。ちょっとイチャイチャしよーよー」
夕食や入浴が終わり、寝室に草案を持ち込み、読み返す程度の確認をしていたら、ロディアに背中から抱きつかれ耳元で囁かれた。
「んー。後半分で終わるから待ってー」
そう言って少しだけ時間をもらい、軽く修正を入れてからサイドテーブルに草案を置いた。
「ちょーっとだけ膝枕してー」
「へ? あ、う、うん。いいよ」
割座しているロディアに確認を取り、ロディアの膝辺りに後頭部を乗せ、軽く目を瞑った。
「あー、落ち着くわー。なーちょっとだけ弱音吐いて良い?」
「んー? いーよ。どーしたの?」
「俺って迷い人じゃん? とりあえず国に対してできる事をがんばってやってるけどさ、評価されてんのかな? 結構目に見えない地味な事をしてるけど、結果が出るのってもう少し先だし、そういう功績って評価され難いでしょ? このままロディアと結婚したら、国民から上手く取り入ったとか、姫をたぶらかしたとか言われるんじゃないかって言われそうでさ、ちょっと不安なんだよね」
「気にしなければいいのよ。どこぞの貴族とメイドが結婚しようと、一時的に話題になるだけで、国民は今の生活より辛くならなければ文句は言わないわ。お兄ちゃんと結婚する人の方が、多分話題になるわよ?」
確かに。表では真面目にやってる、裏では悪ガキみたいな人だし。しかも取り入ろうとしても、かわしてるらしいし。どんな人が好みなんだろうか?
「トニーさんにも乗り合い馬車広場の件で言われたけど、評価はされてるが、誰がやったかまでは気にしてないし」
「今回の塩、街道の治安維持、戦場になった土地の再生、道の整備。確かに名前が出ない程度の地味な事かもしれないし、結果が出るまで季節が一巡するかもしれない。けど国のお金を使わないって事は、その分他の事に手が回せるって事でしょ? 国を影から支えてる重要な人なんだから、自信を持って。誰も評価しなくても、私はニワトコの事を評価する。少なくとも、私より国に尽くしている事は確かよ。私なんか剣を振り回す事しかできないんだから」
ロディアは俺の両頬に手を当て、真っ直ぐ目を見ながら恥ずかし気もなく、励ましてくれた。
「私達家族や、お金を管理する役人の評価だけでも凄いんだから、もうちょっと自信を持って。じゃないと、私が惚れたニワトコじゃなくなっちゃうぞ?」
ロディアは微笑み、そのまま頬を摘んでグニグニとやって、無理矢理笑顔を作られた。
「ありがとう。弱気になってた」
「どういたしまして。お礼は、そろそろロディーって呼んでくれると嬉しいんだけれど? 親しくなった人じゃないと、愛称で呼ばせないんだから。それと――」
「兄さんみたいに、公の場では普通に呼ぶ……。だろ?」
「わかってるじゃない。さて、このままだと足が痺れちゃうから、起きて欲しいな」
「ならベッドに腰掛けてくれ、そしたら俺が横になって太股に頭を乗せる」
「んー。仕方ないわねー」
「本当だったらこのまま、イチャイチャしたいって思ってるんじゃないのか?」
「それはニワトコがじゃないの?」
「ロディーよりはがっついてないと思うぞ?」
そう言うとロディーはニヤリと笑い、俺が体を起こしたら、背中から飛びかかられて抱きつかれた。
「甘えさせてあげたかったけど、気が変わっちゃったなー。太股は貸してあげられないかも」
「ほら、ロディーの方ががっついてるじゃないか」
「たまに弱さを見せるニワトコが悪いのよ。大人な慰め方に変更してあげる」
ロディーが耳元でそう言うと、そのまま甘噛みされた。
「体は子供っぽいのによく言う……。なら俺より年下のロディーに、大人な慰め方でもしてもらおうかな」
俺はしばらくの間ロディーの好きな様にさせておいたが、やっぱり普通だった。やっぱり雰囲気だけでもセクシーなアダルトレディーにはなれなかったみたいだ。
連続十話更新はこれで終わりです。
次話は、のんびりと書くので、適度にお待ちください。