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第8話 重油って湧くんだな 後編

「ほら、早く乗ってー」

「慌てても良いことないよ。そこまで時間なんか変わらないでしょ」

 二日後。重油か原油かわからない、ピッチ湖みたいな場所の視察に出る事になった。

「本当に俺達もいいのか?」


「家の中で本を読んでるだけなら、暇つぶしで一緒に出かけた方が良いだろ」

 俺はアルテミシア家にお世話になっているサルビアに声をかけてもらい、一緒に行こうと言ったら二人(・・)で付いてきた。本当に脈ありっぽいなこりゃ。

「急ですまない。ロディーに誘われてな」

「男二人に女が一人よりは良いだろうね。間違いは起こらないと思うけど」

 俺とサルビア、ロディアとアルテミシアが向かい合うように座り、仲の良い二人が隣同士って感じだ。見方によってはダブルデートかな?


「ロディーから誘いを受けた時に報告書を借りて読んだが、燃える水があんな感じに化けるとは思わなかった。もちろん燃える空気の事も聞いたが……。保存できたらどうなるんだ?」

「空気みたいなものだから、逃げる時間を作れる細工をして、火を付ければ、ボン。もしくは火にくべて逃げる。そうしたら容器が割れて大爆発」

 未使用のガスの缶とかね……。使い切ったガスの缶でも凄い爆発なのに……。

「まぁその辺の板金鎧(プレートアーマー)より、もの凄く分厚い鋼鉄が必要だけどね。槍やクロスボウでも貫けないくらい頑丈で分厚い物ね……」


 映画とかで良く爆発してるアレ。実は拳銃弾なんかじゃ穴が開かないし、ライフル弾で撃っても、ガスが濃過ぎて火が付かないらしい。

 撃って穴を開けて、しばらくして空気と混ざってから撃って、火花で引火が正しいっぽい。科学番組で見た。

 けど携行缶とかドラム缶の事は言わない。絶対に戦闘に使われる。時間の問題だけど。



 数日の移動で、アルテミシアさんとサルビアの仲が良いと何となく雰囲気で察したとはいえ、流石に宿の部屋は男女別だった。

 まぁ、気楽っちゃ気楽なんだけどね。けど、産まれながらにしての貴族と、婿入りで教養はあるけど一般人の差っていうのは埋められないな。細かいところで結構差が出る。まぁ、まだ人前に出ないからいいけど。

 ちなみに護衛はちゃんとついている。なんか騎兵とか、馬車の前後に一台、お世話するメイドさん用とか。


「ニワトコ、それ便利そうだな。洗練された感じもあるから、公式の場以外ではそっちの方が楽そうだ」

 サルビアがハンガーに吊ってあるスーツを触り、よく観察してから言った。

「あぁ、俺は迷い人だろ? 向こうで主だって着られていた、作業服の一種だ」


「ほう。俺も作るか……。家の中でもあんなごちゃごちゃした物を着ていたら落ち着けないしな。んー、結構ゆとりがあるな」

 確かに、こっちのはズボンなんかスラっとしてて可動範囲は狭いし、上着はごちゃごちゃしてるよな。背もたれに紐とか引っかかりそうで嫌なんだよ。しゃがんだら、絶対尻か太ももの部分が御開帳する。コメディーみたいに!


「見事なものだ。そんな布がそうなるんだからな」

 朝にそんな会話をしながら、俺はハンガーから上着を取り、慣れた手つきでネクタイを結ぶと、サルビアがそんな事を言った。

「慣れだね。毎日やってれば暗闇でもできる」

 そう言ってイスにかけた上着を持ち、用意された朝食を宿屋の別室で食べてから、今回の目標である、たぶん重油の泉に向かう。



「うわ。黒い……。死の泉って言われてるだけあるわね」

 やっぱりロディアは真っ先に突っ込んで行き、腰に両手を当てて泉を見ている。

「一人だと抜け出せなくて死ぬぞー。俺の世界じゃ、人間を縦に五十人並べた深さがあるって言われてたし」

「恐ろしい深さね……」


「これじゃ、燃える水はあまり期待できないか? 原油が蒸発乾燥して、本当に重油化してるし」

 けど近くの地下に、原油が埋蔵されてるのは確かだな。色々な物が蒸発して、地表に原油が湧いて重油ができてるんだし。後世の為にメモとかは残しておくべきか?


「で、コレをどうするんだ?」

「これ自体に水をはじく効果と粘性があるから、細かい石と混ぜて地面に敷く。後は屋根に塗って雨漏り防止、船みたいな木材に塗って防腐剤にする事が出来る」

 俺はその辺の太めの木の棒を持ち、少し柔らかい部分に突き刺して持ち上げると、ネズミ捕りみたいにベダーって感じで持ち上がる。


 そしてそれを少し大きめの石の上に載せ、手で握れる大きさの石を、どう考えても転がり落ちる場所と接地面で雑に置く。

「うん、転がり落ちないな」

 そして細い枝で乗せた石の上に天然の重油を付け、もう一個乗せてみるが崩れない。


「この粘性なら平気だろう」

 そして馬車から持ってきた木の板に細かい砂利を乗せて、少し緩い天然の重油を少な目に置いて枝で混ぜる。

「うん。それっぽい」

「おい、何がソレっぽいんだよ。教えてくれ」


「コレは暖めると軟らかくなる。だからこの辺の硬い物を王都に持ってきて、細かい石と混ぜて地面に敷き、冷えたら完成。俺の世界にもあった、大抵の道に使われていた物だ。そうだな……。研究じゃ、季節が五千回巡るくらい昔から、各地で利用されている事がわかってる」

「「五千回……」」

 アルテミシアさんとサルビアが呟いた。

「だからこの国じゃないどこかでも、既に利用されてるかもしれないな」

 古代の人が使っていたんだ、この時代にあってもおかしくはない。


「おーいニワトコー。こっちに燃える水があるぞー」

「マジで!? どこだよ!」

 三人で少しだけ可能性っぽい話をしていたら、ロディアがなんか湖に少し入った場所で叫んでいたので、かなり大げさに反応してしまった。

 そして馬車から、捨て値で売られていた木のカップと瓶を持ち、木の枝で足下をつつきながら、できる限り早めにロディアの所に向かった。


「本当だ、まだ蒸発しきってないのか……」

 木の枝でつつくと、薄い膜の下に液状の物がある。

「埋蔵量がわかんねぇな……。どのくらいだ? とりあえず縁に戻ろうか。ある事がわかっただけでも収穫だ」

 俺はロディアの頭に手を置こうと思ったが、人がいるし、石とか持ったので止めておいた。

 そして木のカップで原油っぽい物を掬い、瓶に注いでコルクの蓋を閉めてから、歩いてきた足跡を辿って戻る事にした。

 ってかロディアは小さくて軽いから、そこまで気にしないでいけたのか。俺なんか怖くて無理だわ。


「燃える水も確認できたし、一応視察は終わりにしたいけど……。外周を回ってどのくらいか確認してもいい?」

 一応確認だけはしておきたいから、言ってみた。

「見てみろ。遠くまで木がないぞ? いったいどのくらいかかるかわからん。後日兵士を派遣し、調べてもらった方が良いだろう」

 サルビアがそう言いながら指をさし、辺りに生えている杉っぽい木の先端すら見えない。かなり遠くまであるな。

「だな。ある事が確認できただけいいか」

 さっき雑に積んだ石を見て、まだ崩れていないのを確認してから返事をした。


「なんだアレ?」

 そして俺は、黒いつぶれた泡みたいな物が、ポヨンポヨンと跳ねているのを、視界の外で見かけたので指をさす。

「スライムの亜種じゃないかしら? 湿地に出るし、ここにいてもおかしくはないわよ?」

「スライムとか初めて見たわー。湿地に行く事なんかなかったからな。ってかここも湿地になるのか……」


「黒いから核が見えないわね。アル、ちょっとサポートお願い」

「了解」

 そしてロディアとアルテミシアさんが剣を構え、黒いスライムに突撃して行った。護衛の兵士が駆け付ける前に……。

 足下は天然アスファルトではないので、足を取られて転ぶ心配はないが、スライムは核を傷つけないと倒せない的な資料は読んだな……。大丈夫だろうか?

 ってか真っ先に突っ込まないでくれ……。


「はぁ!」

 ここまで聞こえる声を出しながら、ロディアは黒いスライムを横に切りつけ、アルテミシアさんが縦に切りつけて四分の一にした。

 そして動き出した一個をロディアが串刺しにすると、それも動かなくなった。核が見えないのによくやるわー。

「俺、結婚できたら、アルテミシアを怒らせない事を目標にする」

 サルビアがそんな事を呟いた。どうやら武芸は嗜んでいないらしい。

「がんばってくれ。俺は二人に勝てるから問題はないが、怒らせない努力はするつもりだ」

 俺はサルビアの呟きに、返事をする様にボソリと言った。


「残骸持ってきたけど、なんか普通のと質が違うわね」

 ロディアが、棒にスライムの残骸を刺して持ってきた。虫を捕まえた悪ガキみたいな感じで。

「へー。どれどれ」

 俺はそのスライムを指先で触ってみると、なんかオリーブオイル的なヌメリがある。普通のスライムは、皮膚とか肉が溶けるらしいが、少しなら平気という資料を信じたが、思いの外平気だった。

「コレ油じゃね? ロディアって魔法が使えたよね? ちょっと炙ってみて?」

 俺はスライムが刺さった棒を受け取り、ロディアの前に出す。

「えぇ、わかったわ。【火よ。我が手の上で燃えろ】!」

 ロディアが、途中から声質を変えて、少し詠唱的な物を唱えると、手の平の上から十センチくらい離れた場所で火が発生し、ずっと燃え続けている。魔法って不思議だ……。

 そしてマシュマロを焼くみたいに、スライムを炙り続けると発火した。


「これ、原油から産まれてるか、体内で原油を精製してないか? 油みたいに炙り続けると燃えるし。燃やすのに余熱が必要なところもそっくりだぞ?」

「えーどうだろう? けどこの残骸を利用すれば、篝火の燃料になるのは確かね」

「まぁ殺しちゃったし、その辺に多くいる訳じゃないから、後日研究者とかに任せよう」


 俺はスライムを地面に置き、水筒の水をかけた。すると、火のついた天ぷら油に水をかける、消防署の実験動画みたいに激しく燃えた。

「うぉ! ロディア、平気……か」

 俺は慌ててロディアの方を見ると、既に数歩ほど下がって、安全な場所にいた。行動が速くていいね……。

「性質的にまんま油っすね……」

 そして誤魔化すように言い、足下の土をかけて消火しておいた。


「で。ここをどうするの?」

「んー? 国でここを持ってる貴族から買いとって、国営の事業立ち上げかな? 兵士の土木部隊の設立でもいいかも」

「工兵じゃダメなの?」「工兵みたいな感じですか?」

 ロディアとアルテミシアさんの声がかぶった。一応所属してたから、気にはなるんだろう。


「進軍する道路を作ったり、防衛用の堀とか作ったり専用かな? 何もない平時の時こそやっておくべき事だね。道路が綺麗で真っ直ぐだと歩く距離と疲労が減るし、馬車の振動も少ない。道なんて、人の通りが多い所が踏み固められて、草が生えなくなって自然とそうなるけど、でもソレだと歩き辛いでしょ?」

「まぁ、そうだな。道は自然とそうやってできた所の拡張だしな」


「だからソレの管理。宿に帰ったら資料を作らないと。今は道路沿いに、牧場に偽装した兵士の詰め所の着手に入るみたいだし、丁度良い機会だね。あとは黒いスライムの研究のお願いかな」

 そう言ったら、ロディアがおでこを押さえ、アルテミシアさんが呆れた顔になり、サルビアが盛大にため息を吐いた。


「どうしてそんな反応が返って来るのかが、不思議で仕方ないんだけど」

「働き過ぎ」「少しは肩の力をだな?」「休め」

 三人からつっこみを頂いた。

「この間の視察の時も、ずっと部屋に籠もってそうやって書いてたんでしょ? 今回はサルビアがいるんだから、友好を深めるとかしたら?」

「そうですよ。多少味方を作っておかないと、何かあった時に色々と大変ですよ?」

「多少の余裕を見せるのも、上に立つ者としては必要だぞ?」

「……あ、はい。わかりました」

 馬車内で三人にそんな事を言われたら、そう答えるしかないじゃないか……。

 ってか宿屋や馬車で作業するなって事なんだろうなぁ……。

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