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第6話 比較的簡単な緑化もあるらしい 前編

 あれから一ヶ月、ロディアと視察したり、与えられた執務室で仕事をしていたら、なんかすごく装飾がされた箱を、アニタさんが運んできた。

「何ですかこれ?」

「ヘリコニア様から、ニワトコ様に届けろとの事です」

 あれから何回も会う機会があったが、家族内だけだと俺のことをお兄ちゃんと呼んでくるが、他の人がいると名前呼びしてくるので、一応体裁は気にしているらしい。

「なんだろう? 何か贈られる様な事でもしたか?」

 アニタさんがテーブルに箱を置いたので、手を止めて箱の中を確認しに行く。ってか執務机の上に置いてくれても良かったのに……。


「あぁ、スーツか」

 箱を開けたら見覚えのある服があった。何ヶ月ぶりに見るだろう。あぁ、肌触りは違うけど、ソレっぽい質感かつ、何となく高いって感じがする。消耗品って事で吊り物を着てたからなぁ。こういうのは着せられてる感が出そうだ。

 ボタンも何かの角か鱗だなこりゃ。プラスチック製っぽいが、この世界にはないし、妙な光沢がある。

「スーツ……。ですか?」

 アニタさんは、こっちの世界では見ない形の服なので、驚いているみたいだ。

「俺がこっちに迷い込んだ時に着ていた物かな。着替えるので席を外してもらっても?」

「お召し物の扱いを知るのにも、私がいた方がよろしいかと。それにお手伝いする事を考えるならなおさらです」

「恥ずかしいので外して下さい。って言った方が良いですかねぇ?」

 アニタさんには、まだ着替えとか全裸を見られていないので、俺は笑顔で出ていってくれと頼んだ。

「申し訳ありません。それはできかねます」

 そう言ったらアニタさんは、キリッとした表情で言ってきた。メイドの矜持なんだろうか? まぁ別に恥ずかしくないんだけどね。全裸にされて洗われた時にそういうのは捨ててるし。


 とりあえず箱から一式全てを出して並べるが、靴まで入っていた。確かに今の靴ではスーツには合わない。

 俺はパンツと肌着になり、ワイシャツを着てズボンを穿いてベルトを通し、ネクタイを締めて上着を着る。懐かしい。

 アニタさんが腕のダガーを見た時に、少し眉間に皺を寄せたが気にしなかった。

「うわ、良い革使ってるな。何の革か知らないけど」

 靴を手にとってよく見てみると、もちろん合皮じゃないことは確かだが、柔らか過ぎず硬過ぎず。細部にまで職人のこだわりが行き渡っている。

「うん。良い靴だ。地面と体の間にある物には金をかけろって、誰かが言ってたな」

 独り言を言い、アニタさんの方を見るとトレーの様な鏡を持っていてくれたので、ネクタイのズレや細かいところを直す。


「どうです?」

 髪型は変な油で固められてないので、こっちに来る前とさほど変わらないが、専属の理容師っぽい人が切ってくれているので、雑さはほとんどない。ってか目つきが相変わらず気怠そうな半目というかジト目だ。

 ってか庭先で半裸になって自分で髪をナイフで切ってたら、ティカさんに叫ばれたし。それからもの凄く怒られたからな。

「とてもお似合いですよ」

 アニタさんは微笑みながら言ってくれたが、その言葉は服屋の店員っぽい。

「あ、これは作業着っぽい物で毎日着てて、変えるのは肌着とかで、洗い替えに何着か替えが。形が崩れるので、なんかこんな形のハンガーって奴に引っかけて吊すんだけど」

 俺は指で三角を描く様に動かし、上着を脱いで、執務室にあった棒状の物を肩につっこんで壁に持って行く。

「わかりました。ハンガーはございますので、ご心配なさらないで下さい」

 アニタさんはニコニコとしながら言い、なんか笑うのを堪えている感じだ。今までこっちで見たことがなかったから、必死で説明した俺が馬鹿みたいじゃないか。


「どんな物か見に来た」

 上着を着たらドアがノックされたので、返事をしたらアニタさんが開ける前に、勢いよくヘリコニア兄さんが入ってきた。

「ほうほう。コートを短くした感じで着るんだな。確かにこういうのを着ていたなら今まで着ていた物は煩わしいだろう。公の場では異色に映るかもしれんが、人によっては地味と見るか余計な物を極力削ぎ落としたと見るか……。それとも目立つ意志のない婿と思われるか……。その辺は気にするな、ニワトコはこっちに来てから十二分に働いている。どこぞの放蕩貴族の息子よりよほどな」

「ありがとうございます。褒められたついでにおねだりしても良いですか? 洗い替えにもう一着同じ物を、別な(・・)仕立屋にお願いしてもらいたいんですが」

「ほう。なぜ別な仕立屋に?」

 ヘリコニア兄さんは、疑問に思った事は、どんどん聞き返してくるので慣れている。その辺はある意味上に立つ者としては、正しいのかもしれない。


「質の違いや値段はそれぞれ違うと思いますので、ソレの違いを見るためです。こういうシンプルな物はごまかしが利きませんので、そういう所に差が出ます」

「純粋に腕を見るんだな。いいだろう。お抱えではない所に依頼し、そういう違いを見るのも一興だ。値段も五着でこの服と同じくらいだったからな、二着目も問題はない。それぞれ別な場所であと四着(・・)用意させる。洗い替えで二着だと王族としても問題だ」

「それと、このシャツは肌着の部類に入るので最低あと四着、このネクタイというのは数少ないお洒落ポイントなので、後日高くはない仕立屋に行きたいので、型紙をお願いします」

 そう言って服を軽く摘み、ついでに高くなさそうなワイシャツを頼むと、ヘリコニア兄さんが口角を上げた笑みのまま執務室から出て行った。

「最後の顔だけ少し怖かったな……」

 んー。まぁあれだ。このスーツが高過ぎるのか、向こうが高過ぎるのかわからないが、和服とかを考えるなら、数百万の物もあるし、向こうが高過ぎると思っておこう。

 あと給料って事にしておくか……。



「なになに、お兄ちゃんが来てたんだっ……。服が黒い! 黒髪だから似合うよ」

「ありがとう。視察でも着れたら着るから、見慣れておいて」

 ロディアがいきなり執務室に入ってきて、服を褒めてくれた。けど後から入ってきたティカさんにノックをしなかった事を注意されていた。

「そうそう、お姉ちゃんが相談したい事があるから、執務室に来て欲しいって」

「……わかった」

「なんでそんな複雑な顔をしてるの?」

 どうもかなり顔に出ていたらしい。何回も見てるけど、いつも土埃で汚れてたり草まみれだったりだからなぁ。

「いや、ちょっと今までの姿を見てるから、執務室のイメージがね?」

「あー。確かにお姉ちゃんは実験場にいる事が多いから」

 なにソレ、初耳なんだけど。フィールドワーク型なの?



「失礼します」

 筆記用具を持ち、ロディアに案内されながらトレニアさんの執務室に向かい、ノックをして返事を待ってから入室した。

 第一印象は汚いだった。なんか机に資料とか土や草がガラス瓶に入って乗りまくり、壁に掛かってる板にメモがピンでかなり打ち付けてあるし、トレニアさんは頭しか見えていない。

「ちょっと区切りの良いところまでやっちゃうから、座って待っててー」

「あ、はい……」

 俺の使わせてもらってる執務室みたいに出入り口側にソファーとテーブルがあるが、そこは綺麗だった。

 ってか執務室の半分から向こう側は、もう私の好きにさせてもらうわよ感が凄い。


「お姉ちゃん。もう少し綺麗にしようよー」

「どこに何があるかわかってるから良いの。それに区切りがついたら全部資料室に綺麗に戻すから問題はないわよー」

 わからなくなるから、終わるまでは全部出しておくタイプか。そしてこの手前側は、メイドさんが勝ち取った空間と……。

 何か話しかけようと思ったが、とりあえず集中力の持続的な問題で止めて置いた。

 ヘリコニア兄さんは国王補佐的な感じで、トレニア姉さんは研究系。ロディアはなにか仕事っぽい事をやっているんだろうか? まぁ、後で聞けばいいか。今聞く事じゃないし。



「失礼します」

 そんな声と共に、メイドさんがサービスワゴンでお茶を運んできた。

 お茶が先に来ちゃったか……。

「もうちょっとなの。先に飲んでてー」

「はい……」「わかったー」

 ロディアは姉妹だから良いけど、俺はなんか気を使う。まだそこまで関わってないし。


 お茶の湯気が薄くなった頃、トレニアさんが伸びをしてから立ち上がり、向かい側に座ってお茶に口を付けたので、俺も飲ませてもらうことにした。うん、熱過ぎず温過ぎず。

「呼んだ用件なんだけど。ちょっと知恵を貸して欲しいのよ」

 そう言って纏まった紙と瓶に入った土を俺の前に出して来た。表紙には、戦場で踏み固められた地面に草を生やす実験方法。と書かれている。緑化、環境改善とか保全系か……。どうりで会う度に、高確率で草や土塗れなはずだ。

 そして土は、なんか腐葉土って言うより、砂や土、小石が混ざっていて、とても農作業には向かなそうと一目でわかった。


「じゃ、目を通しますね」

 俺は纏まった紙を手前に引き寄せ、上から丁寧に一枚一枚裏返して横に重ねていく。

 要約すると、過去に戦場となって踏み固められ不毛になった土地を、どうにかしてフワフワの状態にして畑を作れるようにし、村を増やして麦の収穫量や収益を増やしたいって内容だった。

 そして後半は今までした実験と、痩せた土地でも育つ種を植えたり、軽く耕してみたりと細かく書いてあるが、どれも成果は今一つみたいだ。

 黒土を持ってきて、人を使って耕して混ぜる方法の給料なんかも書かれている。確かに値段的には国家プロジェクトだなこりゃ。


「知っている事や小さな助言でもいいから、教えて欲しいの」

 ニコニコとしながら、少し間延びしたフワフワした感じの声で言われ、なんか場の空気に緊張感が出せない。

「……予算と期限は決まってる?」

「なるべく安く、そして早くね。あとはヘリコニアお兄ちゃんと、財務関係の人次第かなー」

 トレニア姉さんは糖分補給なのか、一緒に運ばれてきた焼き菓子をリスのようにポリポリと食べている。少しだけ可愛いと思ってしまった。

「んー、予算はあまりないものとして言うけど、贅沢で厳しい条件だね……。評価が出るまで、変人とか言われても良いかな?」

「内容にもよるわねー。一応王族だから、そこまでは言われないと思うけれど、裏では絶対に話題になるわね。貴族達の間とかで」

「んー。なら案を言うだけで……。それか最悪評価が出るまで、自分がやってる事にすれば良いんだし」

「んー。ニワトコお兄ちゃんが可哀想だわ。あ、私のところにお婿に来る候補が、減るってのもあるわね」

 トレニアさんは頬に手を当て、右上の方を見ながら首を傾げている。

 笑えない冗談だ。一国の王女様だ、そんな噂が流れたら……。いや、もう流れてそう……。


「俺はその為の、一般人からの婿なんじゃ?」

「私のお婿さんじゃないからねー。後、そこの場所まで遠いのよね。どこか良い実験場とかないかしら?」

「なら防壁外の訓練場の一角に、杭を打って紐を張る? 近いし常に使ってるから、踏み固まってるよ」

 ロディアがそんな提案をするが、勝手に使って良いのだろうか?

「あら、いいの?」

「私達の護衛をしてる騎士団達だし、多少は口くらい出せると思うよー。私もそこで訓練してるし」

「マジかよ……」

 敵陣に突っ込んで来る姫騎士は、王族に何も言えない護衛のせいか……。ってかロディアは当時の騎士団で第一って所にいて、しかもほぼ上位だから口も出せるか……。


「ならそこを仮の実験場としましょうか。小規模でも成果が出れば、大規模な場所でも平気ですし」

 そして話を進める事にする。

「いきなりだけど二人は、砂漠って知ってる?」

 一応知ってるかどうかだけを聞いてみる。

「えぇ、どの様な環境なのかくらいは」「うん。砂ばっかりの熱い場所」

「知ってるなら少し端折るか。砂漠にも種類があってね。自分が言ったのは栄養のない土と岩ばかりの場所。そこに低予算で緑を、って研究計画(プロジェクト)をしてた方がいてね。最初は現地の人に馬鹿にされてたけど、高等教育を受けている学者様がやってる事に間違いはなかったらしく、百八十日で草や作物が育つようになった」

 そう言った瞬間、トレニア姉さんは少し腰を浮かしたが、座り直して何も言わずに次の俺の言葉を待っている。


「方法はこう。何でも良いからゴミを捨てるだけ。詳しい理由は今は省くけど、栄養豊富な土を混ぜても雨風で流れ出るから植物が根付き辛い。ならソレを防げば良いわけで、木材や家庭の生ゴミを捨てる」

「それだけなんですか?」

 トレニアさんは身を乗り出し、嘘じゃないのかと疑っている。

「重い木材が土やゴミの流出を防ぎ、腐って穴が開くと虫達が住み始め、生ゴミが土に還る」

「えぇ、それはわかっているわ」

「大きな木材は鳥達から虫を守り、硬い土の中に巣を作り始めて性質を変え、生ゴミに入っていた食べ物や、鳥の糞にある種が発芽し、根を張れる。深く根を張らない麦なんかはコレで十分ですよね。そして植物が育つ力を保つために、そのうち家畜を放牧して草や生ゴミを食べさせ糞をさせる。これだけでこの様な地面の上に、フワフワの土ができ上がる訳」

 俺はトレニア姉さんが、メモを取り終わるまで待ち、一口お茶を飲む。

「しばらくやってれば、深く掘り返さない限りは良い畑になります。家畜は生ゴミを食べる豚がいいんですかね? 野鳥も来るので鳥糞も期待できる。けどカラスやハエが多く集まるのが問題かな。あ、調理した料理の残りは塩が入ってるから駄目だけど」

 東京にあった人工島のアレ的な。


 日本人が海外の緑化プロジェクトでこれをやっていると知り、個人的に記事を読み漁ったりしたから、自分自身の実績がなくてもある程度成果は出ると思う。

 トレニアさんも専門家っぽいし、ある程度の軌道修正やそれに合った種も選ぶだろう。

「早速やりましょう! ロディー、ちょっと話を通すのに付き合って。貴女の方が早いわ! ニワトコお兄ちゃんもお願い」

「あ、はい……」「うん! わかったよお姉ちゃん」

 トレニアさんは焼き菓子を口に放り込み、お茶を一気に飲み干して立ち上がった。姉妹だなぁ。ある意味ロディアと似てるわー。

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