第5話 王族なのに緩いわー 前編
ご感想で、使用人に対する言葉使いのご指摘をいただきましたので、第三話の前編冒頭に「そして言葉使いだが、こちらが折れてなるべく普通に喋る事にはした。けど目上の人にいきなり呼び捨てはは無理です……。なので敬称を付けるのはもぎ取った。」を足しました。なのでそれ以降の使用人に対する喋り方は多少砕けた物になります。
あの翌日、みっちり町周辺の視察をして、どの辺りをどの程度の規模で開拓し、村か兵士の詰め所の予定地や、川がないので井戸を掘って馬車の休憩所や、伝達用の馬を置いておく、なんていう名前かわからないが、馬で全速力で走りつつ、どんどん取り替えて報告に行くアレ。
アレの施設というか、牧場に偽装して置いておく予定地も書いておく。一応そういう細々したのも必要だと思うんだよね。
そして二番目の町に着いて、清書をしつつ次の盗賊のでる場所に翌日に向かうが、ちょっとした崖で、谷底に道がある感じだった。
「上から見放題だな。こりゃ賊も出るわー」
「微妙に町からも遠いし、前の町と同じで警備の範囲外ですね。ここにも詰め所ですか?」
アルテミシアさんがそう言ってきたので、この辺りの地図を見てみる。一本の線の左右に二個の三角が描いてあるので、コレが谷って事か。
因みに地図には街道の所々に、ペンを二本箸のようにして持って、紙を回して何個も円が書き込んである。兵士の見回りできる範囲だ。コレで詰め所が何個必要かはわかる。縮尺わかんないし、正確性皆無だけど。
「地形が利用できそうですので、関所ですかね?」
「関所ですか? アレは結構国民や商人からの反発が強いのですが……」
アルテミシアさんは心配そうに言ってきた。確かにわからなくもない。通るのに税金とかお金がかかるイメージしかないし。
「崖の上に見張り台、別な場所に猟師小屋に偽装した見張り小屋も欲しいな。そしてここに門っと。とはいっても国境も近くにないので極々小規模です。犯罪をして、物を外に出す為には多少危険度があるぞって防犯的な意味だけで、何事もなければ素通りできる感じに。迂回するには金銭面や日数的、水や食料を積み込む量も増えて、犯罪をする気を削ぐ目的の方が強いです」
「盗賊はどうするの? また捕らえる?」
「崖の上に上るか、出てきてもらうまで待つかの二択かな? この辺で襲われるってなだけで、とりあえず対策案を出してるけ――」
俺は話をやめて、二人を馬車の陰に突き飛ばし、後ろに飛んで降って来た矢をかわし、盗賊を指さして睨みつけておく。一応牽制だ。サイコパス診断とかで似たのがあったな。
「いきなりですまん。はぁ、今から追うのには苦労しそうだ……。トニーさん、町まで戻って下さい」
まず先に、ロディアに手を出してから起き上がらせ、次にアルテミシアさんに手を出す。一応婚約者優先の方がいいよね?
盗賊が出た事を草案用のメモに書き、盗賊は見えないが二人を馬車に押し込んで、町まで戻る事にした。
こんな事なら、前回の町で切り上げておけばよかった……。
「なんで追わないのよ!」
「崖の上までどのくらいかかると思ってるんだ? 追いつく前に、予備の隠れ家に逃げられるぞ? 外に出た俺が迂闊で、悪いって事で許してくれ。トニーさんとアニタさんは御者台の雨よけで気がつけなかっただけだし」
御者用の雨よけとかあるし、女は使うから俺を狙った感じなんだな。
とりあえず王族を狙ったって事で、王都に戻ったら町の兵士に命令書を出して、無理にでも動いてもらう事で納得してもらった。
まぁ、二人も毎回御者台から下りて、警戒してれば問題なかったんだけどね。何回も止めてたら、多少気も緩むさ。
「捕まえたら、私の前に引きずり出す事も付け加えておいて。誰に弓を引いたか後悔させてから処刑よ」
「はいはい。近隣の町の兵士とかの処遇も怖いけど、その辺は任せるしかないなー。職務怠慢で王族貴族の命が狙われた訳だし」
「そういうのはお兄ちゃんかしら? なんだかんだで法関係や、士気に関わる事とか、民の深層心理とかも考慮するし」
支持率とかの事だろうか? ヘリコニアさんは万能だな。
「「申し訳ありませんでした!」」
谷から逃げて、馬を休ませる場所で、トニーさんとアニタさんの二人が謝罪してきた。たぶんさっきの事だろう。
「いえ。何度も馬車を止めて、短い観察を繰り返していた俺も俺ですので。次からは俺も気をつけますから、頭を上げてください」
「同じ事の繰り返しで、感覚が麻痺してた頃に襲撃です。ましてや少数での視察ですので仕方のない事です。同じ間違えを二回しなければ良いだけなので」
「気疲れは絶対あるし、仕方ないわよ。次からは気をつけてね」
一応有能で元騎士団だけど、最近メイドと執事になった訳だし、色々と気疲れもあるだろうしな。
その後は女性二人の会話を音楽代わりに、馬車の中で草案をまとめてたら質問が飛んできたので、それに答えたりする。つまりそういうのは、宿屋でやれって事だな。
「ニワトコは子供の頃どんな感じだったの?」
「普通……って答えたいところだけど、世界が違うからなぁ……」
そして幼稚園から大学までを話し、社会人になってどんな事をしていたかを語った。
「ってな訳で道を作ったり、小さな橋を作ったりするのに、色々現地で下調べをして上に報告する下っ端かなぁ。だからこう言うのは書き慣れてるし、地図も読めるし計算もそれなりにできる。その学校って奴で、過去にあった戦争の事を勉強した。そして娯楽の思考遊戯で、敵から陣地を守ってたから砦もあんな感じにできたし、治安の悪い国にも行ってるし、それなりの度胸もある」
テーブルトークアールピージーとか、タワーディフェンス系のゲームとか。
「会話に女性が出ていませんでしたが、意図的に消してます? それとも本当にいなかったんですか? そのガクセイジダイと言う頃には、知り合いにお付き合いしてる方が多かった様ですが?」
アルテミシアさんが、なんか鋭い突っ込みを入れてきた。
「こんな性格だ。良い人で終わってるよ」
「そうですか。一歩踏み込む勇気がないだけに思えますが、初めてお付き合いする女性らしい女性は、ロディーが初めてで?」
「ですねー。今はちょっと歳の離れた、懐かれてる親戚の子の買い物に、付き合わされてる感覚に近いです。もう少し一緒に過ごしてれば、意識させられる事も多いかと……」
そんな事を言ったらロディアが、アルテミシアさんの隣にいたのに、俺の隣に座り直してきた。
「もっと意識してよー」
「……まぁ、ギリギリで落第点かな」
二の腕に胸を押しつける様にして抱きついてきたが、そもそも胸が小さいので効果は薄い。
そして頬を膨らませて二の腕を軽く叩かれた。こういうのは可愛いと思う。
「この町の、一番階級の高い士官を呼べ!」
町に着くなりロディアが吠えた。馬車の中ではニコニコと良い雰囲気だったのに、馬車から下りたらコレだ。
そして数分後には呼ばれた奴がやって来た。もう身分が割れてるから上も必死だな。
「街道を進んだ先に谷があるのは知っているな! そこで賊に襲われた! 王家や貴族に弓を引いた馬鹿者を、今すぐ私の前に連れてこい! 警邏範囲外だからといって、盗賊が多発してる地域の、見張りを疎かにする奴がどこにいる! 手前の首が大切なら、最低限の防衛戦力だけを残してさっさと出立しろ!」
王族らしい台詞をありがとう。だから俺は一人で視察したかったんだよ……。ってか胃が痛い。本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。
むしろ王族だから、そういう教育を受けているのかもしれない。
そして宿屋に戻り窓を開けて外を見ると、兵士が百人以上整列しているのが見え、既に騎馬兵は遠くの方を走っていた。
「あーあ、なんか気が重い」
「お気になさらない方がよろしいかと。ロディア様の言っている事は本当の事ですし、職務怠慢でしたので、多少の刺激は必要かと。ニワトコ様だから言いますが、元騎士から言わせてもらうなら、少数でお忍びで来るな。ですけどね」
「そうなんですよ。本当ソレです。最初は俺一人の予定だったんですけどねー。なんでこうなっちゃったかなー」
「ですが、ニワトコ様も既に婿入りは決まっていますので、下から見れば一緒です」
俺がため息を吐いたら、トニーさんに突っ込まれた。
「あ、はい。今後気をつけます」
「あ、いえ。その様なつもりで言ったのでは……」
「けど、まだ正式じゃないので、結構油断してました。言われてみればそうですよね。大人数だと、金銭面での負荷とかも考えてしまいまして。まだ自覚が足りませんね、今後はお忍びの最低限の人数を用意してもらいます。気苦労をおかけして申し訳ありません」
俺は頭を下げ、トニーさんに謝罪をしたらもの凄く慌てていた。普通に謝罪もできないのか……。なんか特別手当とかで、金銭を渡した方がいいのだろうか?
「まぁ、こうなった以上視察も無理ですので、自分の事は気にせず自室で休んでて下さい。ロディアが何か言うのであれば、俺に言って下さい。最大限の配慮はしますし、即座に解雇って事はさせませんので」
「わかりました。失礼します」
トニーさんはそう言って頭を下げると、静かに部屋から出ていった。
俺は何となく、トニーさんの雰囲気とかが気に入ってるので、そんな事はさせたくない。多分親しくなれば、さっきみたいにもう少し砕けてくれると思うし。
そしてイスにドカリと座り、両膝に肘を置いて両目を押さえて大きなため息を吐いた。
「コレはコレで面倒くせぇ! 王族クソ面倒くせぇ!」
そして吠えた。
□
その三日後の朝。俺は朝食を三人で済ませ、計画書を書いていたら、なんか町の広場が騒がしかったので、窓を開けてみると縛られてる男が三十人くらいに、出て行った百人以上の兵士達。
その兵士達は、疲労がココからでもわかるくらい、かなり疲弊していた。
「休憩は最小限、夜通しってところかな。人前に出るときの服は……っと」
「ニワトコ様。責任者が先ほど来まして――」
トニーさんがノックをしてから入ってきて、そこまで言うと言葉を止めた。
「今から盗賊団への刑罰の宣告と、兵士達の労いってところかな?」
なので続きを言ってみた。
「いえ、身分の問題で叱責はしても、労いまでは必要ありません。準備はできているようですので、ロディア様とアルテミシア様の準備が整うまで、ロビーでお待ち下さい」
「え……。士気的に労いは必要じゃないの?」
「この町の、兵士の怠慢が原因ですので……」
トニーさんはなんとも言えない、微妙で複雑な表情で言ってきた。この人も元騎士団だったし。アニタさんは確定だけど。
「諸君。確かに盗賊を放置した怠慢はあるが、お忍びで少数の視察を考えたのは私だ。本当に申し訳ない。隣にいるロディアに惚れられて、ザイフェ家に婿入りしたばかりの、成り上がりの迷い人という無知な輩だ」
そんな事を言ったら、兵士達がざわつき始めた。まずったか?
「王族になるはずなのに、その自覚が足りずに申し訳なかった。徴収された税金から、色々な政策を行った後の出涸らしで、生活をさせてもらっている身。なので個人で自由にできる金はない。本来なら疲労困憊の諸君等に、酒の一瓶でも奢りたいところだが、今は労いの言葉だけで勘弁して欲しい」
ロディアが盗賊に対しての罰を言い、兵士達を叱責したが、俺は謝罪をした。一応一般人出身って事で、そっち目線でのテコ入れも考えているからだ。
だが、さらに町人がザワつき始めた。本格的に不味いか?
「王族関係者が国民に謝罪する事は異例だと思うが、私は王になれないし、なるつもりもない。なので気軽にこんな事を言える。それに今まで君達の目線で物事を見ていたので、今回の苦労は良くわかる。もう一度言う。本当に申し訳ない。以上だ」
「王族って、毎日良い食事食ってるイメージだけど――」
「貴族とか頻繁にパーティーとかやってない?」
俺の謝罪が終わると、そんな声が聞こえ始めた。
「良い食事を食べるのは、作法を常に学ぶためであり、他国との会合で失礼がない様にだ。私個人の意見だが、粗食を雑に食べたい。貴族がパーティーを開くのは、社交界に出て、情報収集とかがあるからだ。ただ、毎日の様にバカ騒ぎしているミニウムの奴を調べ、突っついたら最前線送りになった。あの頃は何の後ろ盾もない、ただの迷い人だった。だから粗食の方が食べ慣れている。その辺を走りながら、昨日焼いて堅くなったパンを、口に放り込んでいたからな」
そう言うと、その辺から少しだけ笑いが漏れる。うん、空気が変わった。いいね。
「以上と言ったが、口を出してしまい申し訳なかった。私は民あっての国と王という考えなのでな。豪華な食事とパーティーにはそれなりの意味があるんだ、理解して欲しい」
笑顔で言ったら拍手が飛び、盗賊への刑が執行され、かなり盛り上がった。俺の謝罪と演説台なしじゃん……。




