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七話

 バルバラの話を受け、テオドールらしき気配を追って北上した二人は、数日をかけてようやく次の村にたどり着いた。

「風が冷たいですね」

 かぶったフードの隙間から北風が入り込み、テクラの頬や首を冷やしていく。

「シェスコ山脈があるからだろう。あそこから吹き下ろす風は特に冷たいようだ」

 この国には四季はなく、一年を通して秋のような涼しい気温が続くが、北の地域だけは例外で、年の二、三ヶ月は冬の気候に変わる。現在はその始まりの時期に当たり、山脈からの風もこれからますます冷たくなっていく。曇天の日などは雪がちらちらと舞い始めたりもするが、青空の見える今はそんな心配はなさそうだった。

「人が、まばらですね」

 広い道の左右に立ち並ぶ建物を歩き眺めながらテクラは言った。石を積み上げて作った民家は重厚で見事だが、そこに住む住人達の姿は数えるほどしか見当たらなかった。

「ブランディスのように、ここも訪れる人間が少ないのだろう。住民も外へ出る用事がないのかもしれない」

 並ぶ建物を見ても、商店らしきものはどこにもない。住人達は自給自足をしているのだろう。民家の側には畑も見えるが、テルノーナ村で見かけるものより規模は大分狭い。北風の吹き付ける地域では、作物を育てるのも大変そうだ。

「……あそこにいる人に聞いてみますか?」

 とりあえず目に付いた女性を示し、テクラは聞いた。

「そうだな。こう数が少ないと、聞き込みもすぐに終わりそうだ」

 二人が歩く女性に近付こうとした時だった。建物の陰から不意に現れた若い男性は、二人よりも先にその女性に話しかけた。

「ちょっといいか。あるやつを捜してるんだけど」

 愛想のない口調で突然聞かれた女性は、警戒の眼差しを向けている。どうやら若い男性はこの村の人間ではないらしい。

「十八歳の男で、背はこのくらい、髪は明るい茶色で、真っ赤な目をしたやつを見てないか」

「真っ赤な目……? 見てるわけないじゃない、そんな人」

 女性はいぶかしむ表情で、そそくさとその場を立ち去っていった。若い男性は苛立たしげに頭をかきむしりながらそれを見送る。

「くそ、ここにもいないのか?」

 そう独り言をつぶやき、視線を上げた男性の目に、自分を眺めている二人の人影が映った。だがフードをかぶった黒い外套姿は、明らかにこの村の住人とは思えず、男性は諦めた表情で二人に声をかけた。

「あんた達は、ここの人じゃないよな」

「ああ。違う」

 スタリーは答えた。

「どっかで、十八歳の赤い目の男を見たことないか?」

「赤い目の人間など、いるのか?」

 すると男性は、やや胸を張りながら言った。

「人間じゃない。俺が捜してるのは、人間だった吸血鬼だ」

 スタリーとテクラは、互いの顔を見合った。

「……もしかして、君が噂の『狩人』か?」

「へえ、俺って噂になってるのか……何か、嬉しいな」

 男性は照れた仕草で鼻をかいた。そんな相手をスタリーはじっと見つめる。

「どういう人間かと想像したが……バルバラの言った通り、確かに素人のようだな」

 頭からつま先までを眺め、スタリーは呟いた。赤毛の短髪に精悍な顔立ちは一端の戦士のようでもあるが、そこにはまだ若干の幼さも感じた。年齢はテクラよりもやや上に見え、大人になったばかりという印象がある。体付きもさほど大きくはなく、手足もまだ細い。そこから筋肉が付くほどの経験も鍛錬もしていないことがうかがえた。それ以上に素人と感じさせたのは、身に付けている装備だった。防具は鉄の胸当てただ一つで、しかも使い込まれたものなのか、表面には無数の傷と茶色のサビが付いていた。武器は腰に提げた剣のようだったが、見るからに本人には大きすぎる剣だ。少し傾ければ鞘の先端が地面に付いてしまいそうなほど長い。これでは剣を抜く時に手間取る様子が目に見える。こんな装備で吸血鬼に対抗しようとしていると思うと、スタリーは笑うよりも呆れ果て、かつての手強い狩人達に同情したくなった。

「……何か言ったか?」

「いや、何も」

 微笑するスタリーを男性は気味悪そうに見つめた。

「……とにかく、俺はそういう吸血鬼を捜しててね。見たり聞いたりしたら知らせてほしいんだ。頼むよ」

 そう言うと男性は踵を返して建物の向こうへ消えていった。その姿が見えなくなってからテクラはスタリーの顔を見上げた。

「スタリー様、十八歳の赤い目の吸血鬼って……」

「ああ。どうやらあの狩人は、テオドールを捜しているようだね」

 男性が挙げていた特徴は、すべてテオドールのものに当てはまっており、彼がテオドールを捜していることは間違いなさそうだった。

「しかし、なぜ年齢を特定しているのか……誰かが見かけたとしても、十八歳と言い切るのは難しいと思うが」

「兄のことを知ってるということでしょうか?」

 スタリーは遠くを見つめ、考え込んだが、すぐに口を開いた。

「……ここで立ち止まるよりは、彼に聞いたほうが早いか」

「き、聞くんですか? 狩人ですけど……」

 怖がるテクラに、スタリーは安心させるように言った。

「大丈夫。彼は名ばかりの狩人のようだからね。怖いなら私の後ろに隠れていてもいい」

 テクラの肩をぽんと叩くと、スタリーは去った狩人の姿を追った。テクラはその背中を見つめ、恐る恐る後に続いていった。

「――で、背はこのくらいで、赤い目の……」

 民家の並ぶ路地に入ると、男性は新たな村人を捕まえて聞き込んでいる最中だった。だがその村人は不審な眼差しを向けながら小走りで立ち去ってしまった。

「ったく、聞くぐらいしてくれたって――」

 次の村人を捜すため、ぐるりと顔を振り向かせた男性は、そこに再び外套姿の二人を見つけると、怪訝な表情を見せながら歩み寄ってきた。

「俺のこと、追ってきたわけじゃないよな。それとも何か思い出したとか?」

 怪しみの混じる口調に、スタリーは素直に答えた。

「君のことを追ってきたんだ」

 男性の目にわずかな警戒の色が浮かんだ。

「何でだ」

「先ほどの君の話を、詳しく聞かせてもらいたくてね」

 微笑するスタリーをさらに警戒しながら男性は凝視した。

「……あんた、まさか同業者じゃないだろうな」

「残念ながら私に吸血鬼を狩る意思はないよ」

「じゃあ何で詳しく話なんか聞きたいんだよ」

「君の捜す吸血鬼が、もしかしたら知り合いかもしれないんでね」

 これに男性の片眉がぴくりと上がった。

「知り合い? あんたブランディスの人か?」

「ああ、そうだ。彼女共々ね」

 一歩下がった位置のテクラを示し、スタリーは笑む。

「実を言うと、私達も彼を捜していてね。君が彼を追う理由が気になったというわけだ」

 男性は疑う目でスタリーをじっと見据えた。

「本当に、同業者じゃないんだろうな。嘘で油断させておいて、仕事の横取りとかたくらんでるんじゃ……」

「言ったように、私に吸血鬼を狩る意思はない。安心してくれ」

 そう言うも、男性に安心する様子はなく、その目には変わらず警戒の色が見えていた。

「……知り合いを追ってどうするんだ? やつは吸血鬼に変わってるぞ」

「承知の上だ。ところで君は、彼の名前を知っているか?」

「当たり前だ。テオドール・ランドフスカ、それがやつの名だ」

「やっぱり、兄さん……!」

 兄だと確定すると、テクラは狩人への恐怖も忘れ、前に出て男性に聞いた。

「あの、あなたは兄のことを知ってるんですか? それとも誰かに聞いたとかですか?」

「俺が知ってるわけないだろ。そういう依頼があったんだよ。……って、兄って言ったか? 今」

「テオドールは彼女の兄妹なんだ」

 すかさずスタリーが説明すると、男性は驚いたようにテクラを見つめた。

「やつの妹……確かに、貰った話じゃやつの妹が行方不明だって言ってたけど……」

 スタリーの元へ助けを求めに行った以降、テルノーナ村へ戻っていないテクラは、そういう扱いになっているらしかった。

「村を出たのは、こうして兄を捜すためです。それで、依頼というのは一体誰から――」

 すると男性は手を突き出し、テクラの言葉を止めた。

「駄目だ。それは仕事上の秘密だ。関係ないやつに教えるわけにはいかない」

「私は妹です。関係なくはありません」

「そうだとしたら、もっと教えられない。自分の兄貴を狩るよう頼んだ人を知ったら、妹のあんたはどんな行動をするかわかんないからな」

「私が、危害を加えるとでも言うんですか? そんなことするわけ――」

「では、私には教えてくれるのか?」

 スタリーの落ち着いた声が割って聞いた。

「だから、仕事上の秘密なんだよ。他人になんか教えられるか」

「なるほど。でもまあ、君に聞かなくとも、依頼者は何となく予想できるがね。……ずばり、テルノーナ村のランゲ、ではないか?」

 スタリーの視線とかち合うと、男性は咄嗟にそっぽを向いた。

「さ、さあね、どうかな……」

 白を切ろうしても、反応はその通りと答えているようなものだった。嘘のつけない男性に、スタリーはふっと笑いをこぼした。

「わかりやすくて助かるよ。現在のところ、テオドールによる犠牲者はノア・ランゲ一人のようだからね。その親族が依頼したことは容易に想像できる」

「被害者の名前まで……何で知ってるんだよ。調べたのか?」

「知り合いだと言っただろう。テオドールがしたことくらいは知っている」

「……本当に、知り合いらしいな」

 疑いを弱めた男性に、スタリーは一歩近付いて言った。

「ただ、なぜ彼がそんなことをしてしまったのか、理由まではわからないでいる」

「吸血鬼なんだから、血を吸いたかったんだろ」

「だとすると、犠牲者が一人だけというのは少なすぎる。血の欲求に支配されていたなら、血を求めてもっと犠牲者が出ていなければおかしい」

 これにテクラの脳裏には、恐ろしくも忘れられない光景がよみがえっていた。自分がまさに血の欲求に身をゆだね、両親の首筋に噛み付いたあの時――母の血だけでは足りず、外にいた父の血まで吸い、テクラは正気に戻った。二人分の血を吸い尽くしてやっと食欲を満たしたのだ。テオドールがそんな状態だったとするなら、スタリーの言う通り、一人分の血では満たされないのではとテクラも感じていた。友人のノアの血を吸った後、何かがあってその場を離れたとしても、別の場所で別の人間の血を吸っていてもいいものだが、これまでそういった話は聞いていない。となると、逆にノアの血だけを吸ったことが不思議に思えてくる。吸血鬼に変わり、体も精神も不安定なテオドールが、まともな思考を持っていたかは怪しい。何せ妹の首に噛み付いたのだ。偶然という言葉だけで片付けることもできたが、それで納得するにはテオドールの行動は吸血鬼として不自然なものが多い気がした。本当に血の欲求からノアの命を奪ったのか、そこには小さな疑問が残っている。

「君は依頼者から、ノアが襲われた時の様子などは聞いているのか?」

「もちろん聞いて……だ、駄目だ。これも教えられない」

「すでに依頼者は知れている。もう隠す理由もないと思うが」

「駄目と言ったら駄目だ。他人にべらべらしゃべったら、俺の信用に係わるだろ」

 素人狩人ながら、そういったところはきっちりと守りたいようだ。スタリーはやれやれというふうに小さな息を吐いてから言った。

「では仕方ない。君には本当のことを明かそう」

「な、何だよ。やっぱり嘘ついてたのかよ」

 男性の険しい眼差しに睨まれながら、スタリーは微笑を見せて言った。

「私はテオドールとは、まったくの無関係とは言えなくてね」

「知り合いなんだろ? その程度じゃ無関係の範ちゅうだ」

「そうでもない。……私達がブランディスの者だというのは先ほど言ったが、そこで私は領主を任されているんだ」

「はあ? 何言ってるんだあんた。ブランディスの領主って言ったら、人間じゃなくて吸血鬼が……」

 そこまで言った男性は、ふと眉をしかめると、目の前に立つスタリーの顔をまじまじと見つめ始めた。

「……待て。まさか、本当にあんた……」

 険しかった男性の表情は、次第に驚きに変わっていった。その様子をスタリーは呆れた目で眺めた。

「こちらから明かさなければ気付かないとは……君は狩人として使い物になるのか?」

「き、吸血鬼、なのか、あんた……初めて見た……」

「……初めて?」

 最後にぼそりと言った言葉にスタリーが反応すると、男性は慌てた素振りを見せながら言った。

「いやっ、じゃなくて、初めてっていうのは、吸血鬼とこんなに話したのはってことで……お、俺は吸血鬼を見かけたら、間髪入れずにぶった切ってるから……」

「私のことはぶった切らないのか?」

 からかう口調で聞いたスタリーに、男性は尚も落ち着きなく答えた。

「あ、あんたは、話が通じる吸血鬼みたいだから、いきなり切るっていうのも、さ……」

 言いながら男性は上目遣いでちらちらとスタリーを見る。その目は敵に追い詰められた小動物のように怯えていた。狩人が吸血鬼に怯えるなど、この男性は根本から狩人としては不適格のように思えた。その癖、自分が狩人という意識を強く持っているから、なかなか面倒な相手でもあった。

「そう思ってくれるのはありがたい。私も領主の任をおいて狩られるわけにはいかないんでね。領民の起こした事件を解決するには些細な情報でも必要なんだ。だから当時の様子を――」

「だ、駄目だ。領主って言っても、あんたは吸血鬼なんだ。教えてほしけりゃ依頼者の許可を取って来い」

 狩人としての態度を崩そうとしない男性を、スタリーは辟易した目で見つめた。

「依頼者の許可を取るなら、直接彼らから話を聞いたほうが早いだろうね」

「じゃあ、今すぐ自分の領地へ帰ったらどうだ。俺は、そのほうが助かる……」

「こちらはそうできない。新たな犠牲者が出る前に、急いでテオドールを見つけなければならないからね」

「それは俺の仕事だ。余計な手出しはするなよ。……やっぱり横取りする気なんだろ、あんた」

 再び疑いを向けてくる男性に、スタリーは深い溜息を吐くと、腰に手を置き、男性に詰め寄った。

「なっ、何だよ……」

 近付いてきた吸血鬼に、男性はわかりやすくおどおどする。

「名は何と言うんだ?」

「吸血鬼になんか、教えるかよ」

 怯えた目をしながらも、男性は精一杯強がっているようだった。

「では勝手に呼ばせてもらうよ。……名無し君」

「名無しって……」

 男性から滲む不満は無視し、スタリーは聞いた。

「これまで、吸血鬼を狩った、または対峙した経験は?」

 男性はごくりと唾を飲み込んでから答えた。

「……もちろん、あるに決まってるだろ」

 強がることをやめない男性にスタリーは質問を続けた。

「では、どういう方法で狩ったんだ?」

「吸血鬼のあんたに教えるかよ。対策でも立てられたら厄介だ」

「実は、知らないんじゃないのか?」

「しっ、知ってる! 俺には先祖が残してくれたとっておきの方法があるんだ」

 向きになってがなる男性を、スタリーは冷静に見つめた。

「ほお、名無し君のご先祖は狩人だったのか」

「そうだ。最強の狩人だったんだ。残してくれたぼろぼろの日記に、吸血鬼を狩るための方法がいくつか書かれてたんだ。それさえあれば、あんただってあっという間に狩れる」

 誇らしげな笑みを見せて男性は言った。

「ご先祖の存在があって、君も狩人になったというわけか。それで、そのご先祖の名は?」

「ピオトルだ」

 スタリーはしばし記憶をたどった。

「……聞いたことのない名だ」

「百年くらい昔の時代だ。あんたが知らなくたって当然だよ」

 これにスタリーは思わず首をかしげそうになった。吸血鬼は何百年間も生きられるということは、世間では常識のはずなのだが、男性はそんなことすら知らない可能性が出てきた。それを確かめるため、スタリーはさらに質問をしてみた。

「名無し君、私の年齢を当てられるか?」

「わかるわけないだろ、そんなの」

「大体でいい。予想してみてほしい」

 渋々の表情で男性はスタリーの顔を眺めた。

「……七十、か、八十くらいか?」

 見た目通りの年齢でないことはわかっているようだったが、それでも大きく外れた答えに、スタリーは静かに首を横に振った。

「私の年齢は、四百五十七歳だ」

「よ……」

 想定外だっただろう答えに、男性は丸くした目でスタリーを見つめた。その姿は誰が見ても驚いているようにしか見えない。彼が素人であることはわかっていたが、吸血鬼の基本情報すら頭に入っていないずぶの素人であることは、逆にスタリーを驚かせた。丸腰同然の装備と知識でどうやって吸血鬼を狩ろうとしていたのか、そんなことに変な興味が湧きそうだった。

「……だ、ろうな。ちょっとふざけて言ってみたけど、まあ、そんなところだろうとは思ったんだ……ほ、本当だぞ。四百以上だと、お、思って……」

 下手な言い繕いをする男性に、スタリーとテクラの視線が容赦なく突き刺さっていた。さすがに強がり切れなくなったのか、一転してその視線を跳ね返すように睨み付けると、男性は開き直って言った。

「吸血鬼の歳が当てられなかったからって、それの何がおかしいんだ! 四百歳なんか、普通わかるわけないだろ」

「君が狩人と名乗るなら、それくらいは当てるべきだった。昔の狩人達は、吸血鬼の見た目だけでその年齢がわかっていたんだ。若いのか、老いているのか――それはつまり、相手に経験があるのかないのかの判断になる。それによって狩人は戦い方を選び、変えていたんだ。これは命を懸けた仕事で、生半可な覚悟と準備では、我々吸血鬼に触れることもできないだろうね」

「な、何で吸血鬼が狩人を指導してるんだよ」

 本来敵である狩人に吸血鬼が助言するという、確かにおかしな光景ではあったが、男性のあまりの素人さ加減に、スタリーは言わずにいられなかった。

「手を引きなさい。仮に名無し君がテオドールを見つけたとしても、そんな状態では一瞬であの世行きだ。命が惜しいなら謝ってでも依頼は断ったほうがいい。そもそもこれは私達の問題でもあるしね」

 これに男性は目を吊り上げて言い返した。

「何勝手なこと言ってんだよ。断るわけないだろ! もう前金は貰ってんだ。こっちの生活だってかかってるんだ。金は横取りさせないからな!」

 目先のことしか考えていない男性に、スタリーは困惑の表情を浮かべた。

「金の問題ではないんだがな……。私は、君のことを心配しているつもりなんだが」

「そういうふりだろ。騙されるか。依頼と金を横取りして、ついでに俺の血も吸う気だろ」

「一領主がそんなことをすると思うのか?」

「領主でもあんたは吸血鬼だ。領民を家畜として見てるやつなら何をするかわからない」

「失礼なこと言わないでください! ブランディスに住んだこともない人が、スタリー様の何を知ってるんですか」

 今まで黙って見ていたテクラが急に大声を上げたことに男性は一瞬驚くも、すぐに言った。

「あんたもかわいそうだな。吸血鬼には逆らえないんだろ? 依頼してくれれば俺が切ってやってもいいけど?」

「なっ、何言って――」

 軽い態度の男性にテクラは怒鳴ろうとしたが、その声はスタリーの手で制された。

「いいだろう。わかった」

 見下ろすスタリーの漆黒の目が、男性を見据える。

「なん、何だよ……ここで、やるのか……」

 不穏なものを感じた男性は、腰を引かせながらも見下ろす黒い目を懸命に睨み返した。無表情のスタリーはそんな怯える男性を見つめ、口を開いた。

「依頼を断る気がないというなら、私達と共に行動してはどうだ」

「……へ?」

 スタリーの視線に気圧されそうになっていた男性は、意外な提案に拍子抜けした声を漏らした。

「ス、スタリー様、一緒になんて、そんなこと……」

 とんでもないと言わんばかりのテクラに、スタリーは笑みを見せて言った。

「大丈夫だ。彼は私達の害にはならない。だが、このまま一人でテオドールを捜させれば、彼の命は確実に危なくなる。そうわかっているのに、テクラは放っておけるか?」

 聞かれたテクラは思わず言葉に詰まった。吸血鬼の敵である狩人という肩書よりも、スタリーはその身の安全を優先したのだ。そう考えたのはこの狩人がど素人であり、自分達に無害な存在だとわかったからだろうが、それにしてもスタリーの提案は突飛すぎて、テクラは素直にうなずけなかった。

「この人はスタリー様に敵意を見せてます。死なせないためとは言え、優しすぎませんか?」

「ここで無視したことで死なれては、後々気分が悪くなる」

「おいっ、勝手に死ぬこと前提で話すな」

 男性の声にスタリーは視線を向けた。

「共に行くのは名無し君にとっても悪い話じゃないはずだ。吸血鬼の知識不足は私がいれば補えるし、襲われても守ってやることができる。そうすれば依頼もすみやかに果たせるだろう」

「吸血鬼と一緒に吸血鬼を狩るなんて、そんな馬鹿げたことあるかよ」

「馬鹿げていても、現実の君を考えれば、最善な方法だとも思うが?」

 言われて男性は、うっと表情をしかめた。狩人としての能力が足りないことは、自分でも少しは自覚しているらしい。

「……まあ、悪い提案じゃない。でもあんたらがいつ裏切って依頼を横取りするかわからないからな。そんな素振りを見せたら、俺はすぐにこの剣を抜くぞ。本当だぞ。いいな」

 色濃い疑念と警戒を見せながら男性は強く言った。

「ああ構わないよ。こちらにそんなつもりは毛頭ないからね。では決まりだ。よろしく頼むよ、名無し君」

 握手を求め、右手を差し出したスタリーだったが、その手をぱしっと弾き返した男性は、むっとした顔付きで言った。

「俺の名前はレネ・ワレサだ。名無しじゃない」

「ほお、吸血鬼の私に教えてくれるのか?」

「今回は特別だ。しばらく一緒にいるんじゃ不便な時もあるだろうし……だからってあんまり慣れ慣れしく呼ぶなよな」

「ではこちらの名も教えておかなければね。私はスタリー、そして彼女はテクラだ」

 名前を教えてもレネは無愛想な顔で鼻を鳴らすだけだった。

「そんなに呼ぶ機会もないと思うけど……一緒にいる間は覚えといてやる」

 そう言って踵を返したレネは、一人で先に路地の奥へと歩いて行ってしまった。

「……あの態度、何なんですか」

 ふてぶてしいレネに、さすがにテクラも眉を曇らせた。しかしスタリーは笑みを浮かべながら小さな背中を眺めていた。

「狩人としての自尊心の守り方なんだろう。裏を返せば、まだ自信がないということだ。共にテオドールを見つければ、自分の力不足や、いかに危険な仕事に手を付けたかを身をもって知るだろう」

「もしかして、スタリー様はそれをわからせるために一緒に行こうと言ったんですか?」

 聞いたテクラにスタリーは口の端を上げて言った。

「ああいううぬぼれた人間は、一度自分の目で見ないと何も理解することはない。彼が危険だと感じ、狩人などやめてくれればいいんだが……そう素直になってくれるかどうか」

 溜息を吐いたスタリーからは、それが難しいことを感じさせた。兄を捜すだけでも大変だというのに、口だけは一人前ぶる自称狩人が加わり、テクラは先行きにやや不安を覚えつつも、スタリーと共にレネの後を追うのだった。

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