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六話

「占い師、ですか?」

 緑に囲まれた道を歩きながら、テクラは驚いた目で隣のスタリーを見上げた。

「……何か言いたそうだね」

「いえ、そういうわけじゃ……。ただ、スタリー様はそういうものを信じる方なんだと思って……」

「君は信じない?」

「わかりません。占ってもらったことがありませんから」

「私もないよ」

「ないのに、信じるんですか?」

 スタリーは笑みを浮かべて言った。

「君はやはり現実的なんだね。私が占い師を訪ねるのは、何も占いをしてもらうためじゃない。彼女とは古くからの知り合いでね」

「お知り合いの方なんですか?」

「ああ。知り合いで、仲間だ」

 スタリーの言う仲間の意味を知るテクラは、目を丸くして聞き返した。

「……スタリー様の他にも、吸血鬼がいるんですか?」

「数は少ないがいるよ。その大半は人間として生活しているから、誰も吸血鬼とは知らないが。彼女はこちらでは占い師としてやっているんだ」

 吸血鬼はスタリーだけだとばかり思っていたテクラは、実は他にもいると教えられて少々驚きつつも、さらに質問した。

「吸血鬼も、占いができるんですか?」

 何とも素朴な疑問に、スタリーは笑いをこぼして答えた。

「さてね。言ったように私は占ってもらったことはないんだ。彼女の占いの実力は知らないが、彼女自身の能力は高いと間違いなく言える」

「能力って、どういう能力なんですか?」

「一言で言えば、気配を感じる能力だ。我々吸血鬼には、一定の範囲にいる仲間の気配を感じる能力が備わっているんだが、彼女の場合はその範囲がかなり広くてね。おまけにその気配から人物の性別や年齢まで読み取ってしまうんだ。そんなことは私の知る限り、彼女にしかできない芸当だよ」

「そんなに珍しい能力なんですか?」

 あまりぴんと来ていないテクラに、スタリーは深くうなずいて見せた。

「かなり珍しい。そうだな……人間でも、たまに不思議な能力を発揮する者がいるだろう。予言や予知、死んだ者が見えるとか。そういったことと同じ感覚だ」

 わかりやすいたとえに、テクラはなるほどと納得した。

「じゃあ占い師さんには、そのすごい能力で兄を捜してもらうんですね」

「そういうことだ。仲間に頼るのは私の性に合わないが、何も手掛かりがない今は頼らざるを得ない。どういう状態かわからないテオドールを思えば、悠長にはしていられないからね」

 テルノーナ村で、すでに友人のノアを殺しているテオドールが、他の場所でも同じ行動を起こしていることは大いに考えられた。新たな犠牲者を出さないため、そしてテオドールがさらなる罪を重ねないためにも、早くその居所を見つける必要があった。スタリーが手掛かりを得られそうなのは、もはや古くからの知り合いの吸血鬼しかおらず、彼女を頼り、二人はサロフス領の北の外れにある、ビトビスキー村へひた歩いていった。

 休憩もそこそこに丸一日かけて村に到着したのは夜中のことだった。澄んだ夜空には満天の星がまたたき、今にも降り注いできそうなほど美しい光を暗闇に溢れさせていた。その景色はテルノーナ村で見るものと変わらず、また目の前に広がる村の雰囲気も似ており、田舎というのはどこも似ているものだとテクラは思っていた。

「さあ行こう」

 スタリーの声と共に、テクラは静まり返った村の中へ足を踏み入れた。

「こんな寝てる時間に訪ねたら、迷惑になりませんか?」

 これにスタリーは小さく笑った。

「忘れてしまったのか? 我々も彼女も吸血鬼だ」

「あ……そうでした……」

 テクラは苦笑いを浮かべた。やはり自分の中の人間の感覚は根強いようだった。

 戸締りがされた真っ暗な民家の間を通り、スタリーは木が立ち並ぶ小道を進んでいく。星明かりだけの暗い中に、鈴を転がすような虫の音と、頭上から聞こえる梟の低い声が重なって響いていた。

「まだ、奥へ行くんですか……?」

 村の中心部から隣接する森の奥へ入ってきたが、いつまでも歩き進むスタリーにテクラは不安になって思わず聞いた。

「もう見えてくるはずだ。……怖がっているのか?」

「森の奥には狼や熊が出たりしますから……ちょっと……」

 怯えた表情のテクラに、スタリーは再び笑った。

「動物を怖がる吸血鬼など、彼女が知ったらどう言うかな。……ほら、明かりだ」

 言ってスタリーは前方を指差した。木々の向こうに、ぼんやりと灯る明かりが確かにあった。それを見たテクラは大きく息を吐き、緊張の糸を緩めた。

「古そうな家ですね……ここに、占い師さんが?」

 家の前までやってきたテクラは、色あせた壁や剥がれそうな屋根を見上げながら聞いた。

「ああ。以前見た家とは大分変わってしまっているが、間違いない」

「お客さん、ちゃんと来てるんでしょうか」

 余計な心配をするテクラに、スタリーは笑って言った。

「それは、彼女に聞いてみたらどうだ?」

 そう言ってスタリーが玄関の扉を叩くものと思ったが、その手は動かず、なぜか視線を扉に向けるだけだった。

「……あの、来たことを知らせないと――」

 テクラが言いかけた時だった。カチャと小さな音が鳴ったと思うと、扉は中からゆっくりと開けられていた。白い手がのぞき、続いて現れたのは、黒いレース地のドレスに身を包んだ美しい女性だった。

「いらっしゃい。久しぶりね」

 妖艶な笑みで出迎えた女性は、二人の訪問に驚く様子もなく、和やかに言った。

「数十年ぶりかな」

「そうね。あなたと知った時はちょっと驚いたわ」

 化粧をした切れ長の目を細め、女性は長い黒髪を肩にかけた。

「もう一つの気配は、あなただったのね……初めまして」

 テクラに顔を寄せると、女性は微笑んで握手を求めた。

「私はバルバラ・レムよ」

「テクラ・ランドフスカ、です」

 二人は握手を交わす。するとバルバラは顔をのぞき込んで言った。

「心配してもらわなくても大丈夫よ。お客はちゃんといるから」

 一瞬、きょとんとしたテクラだったが、自分の声を聞かれていたのだとすぐに気付くと、何も言えず、視線を泳がせるばかりだった。

「彼女は地獄耳でもあってね」

 スタリーは苦笑いを浮かべながら言った。

「失礼ね。少し聴力がいいだけよ。……ちょっとからかってみただけなの。気にしないでね」

 優しく言うバルバラだったが、それに返したテクラの笑顔は完全に引きつっていた。

「初対面の相手を脅かすな」

「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけど……さあ、とにかく入ってちょうだい」

 バルバラに招き入れられ、二人はランプの灯る明るい中へ入った。

 平屋建ての内装は、外観とは違ってかなり綺麗に施されているようだった。どこを見ても汚れ一つ見当たらない。全体的に落ち着いた色使いで、飾られている絵や花も、それに合わせた暗い色のものが多かった。そこに黒い髪、黒いドレスでいるバルバラは部屋によく馴染んでいた。

「これだけ徹底して飾るなら、外観にも気を遣ったらどうだ?」

 部屋を眺め回しながらスタリーが言った。

「外見はあれでいいのよ。綺麗すぎたら目立つでしょう?」

「客商売は目立ったほうがいいんじゃないのか?」

 これにバルバラは緩く首を横に振った。

「わかっていないわね。普通の商売ならそうでしょうけど、私は占い師だから、神秘性を感じさせる必要があるのよ。街の片隅にいる占い師とは明らかに違うと思わせないと」

「だが、こんな森の奥では客も見つけづらいだろう」

「それでいいのよ。大多数の人間に知られるような占い師なんて、神秘性もなければ価値も下がるわ。それより私は一定数に信頼される占い師を理想としているの。遊び半分のお客より、評判や噂を聞いて真剣に頼みに来るお客を相手にしているの。おかげで今じゃ、街のお金持ちとか国の中枢人物なんかがお忍びで来るようになったわ」

「ほお、ではさぞかし儲かっているんだろうね」

「占いをするのはお金目的じゃないわ。ただ人間社会に興味があるだけよ。だから料金も相場と変わらないわ。吸血鬼に人間のお金なんて、さほど必要ないものだし」

「観察者は、気楽でいいものだな」

「あなたは好きで人間の中に混じっているんでしょう?」

「どうなんだろうな。気付いたらここにい続けていた気もする」

「今日はそんな悩みを話しにきたわけじゃないんでしょう? こっちへどうぞ」

 いくつか見える扉の中から、バルバラは一番奥の部屋へと二人を案内した。

「座って」

 かすかに香水の匂いが漂う部屋には、小さな机と長椅子、そして壁際には鏡台とクローゼットが置いてあった。

「仕事部屋以外で椅子があるのはここだけで……ごめんなさいね」

「構わないよ。こちらにいる吸血鬼に知り合いなど、滅多に現れないだろうからね」

 スタリーが長椅子に座るのを見て、テクラもその隣に並んで腰を下ろした。バルバラは暗い窓に寄りかかり、二人を見やる。

「それで? 一体何のご用かしら」

 スタリーはテクラをいちべつしてから口を開いた。

「テクラを見て、もうすでに異変は感じていると思うが――」

「ああ、やっぱり。その彼女はあなたの眷族で元人間なのね。どうりで吸血鬼っぽくないと思ったわ」

 人間だったテクラにはわからないが、純粋な吸血鬼にはその違いが見ただけでわかるらしい。

「あなたが眷族を作るなんて、気の迷いかしら。それとも欲求に負けたの?」

 どこか見下げた口調に、スタリーは軽く息を吐いてから言った。

「話せば長くなるが、断じてそういう理由じゃない」

「スタリー様は、私を助けてくださったんです。血の欲求からじゃありません」

 横から付け足したテクラをバルバラは薄い笑みを浮かべて見つめた。

「ふうん、あなたは人間を助けるのが本当に好きなのね」

「彼女は私の領民だ」

「領民を眷族に変えるのは、助ける方法としてはどうなのかしら」

「彼女の理性を保たせるためには、それしか方法がなかったんだ。……君に聞きたいのは私の行動の成否じゃない」

「じゃあ何かしら」

 首をかしげて見つめるバルバラに、スタリーは真剣な眼差しを向けた。

「ここ最近、私達以外に吸血鬼の気配を感じなかったか」

「もしかして、もう一人眷族がいるの?」

 何も答えないスタリーを見て、何となく事情を察したバルバラは、顎に手をやり、部屋の隅を見つめながら言った。

「数日前、かなり遠かったけど、一つ気配を感じた時があったわ」

 これに二人は目を見開く。

「男性のものだったか?」

「ええ。若い男性に感じたわ」

「距離や場所はわかるか?」

「正確には言えないけど、あれだけ遠いと多分、ジュマスの街近辺だと思うけど……」

「スタリー様……!」

 前日までいた街の名前に、テクラは思わずスタリーを見た。

「ああ。私の読みは外れていなかったようだ」

 バルバラの感じた気配がテオドールのものだとすれば、彼はやはりサロフス領に入っていることになる。ジュマスに立ち寄っていない事実から考えると、テオドールは人間が多くいる場所を無視できるくらいには理性が保たれている可能性もあり、二人にはわずかな光明となる情報だった。

「気配はその後、どこへ消えた?」

「そのまま北上していったわ。でもこの辺りには来ていない。何だか蛇行しているみたいで、西へ行くかと思えば東へ行ったり、行く方向がふらふらと定まっていないように感じたわ」

「何か、あったんでしょうか」

 不自然な行動を聞いてテクラは心配を見せるが、まだ理由のわからないスタリーは険しい表情を浮かべるしかなかった。

「北上したなら、その先には何がある?」

「そうね……いくつかの村と、シェスコ山脈くらいかしら。でも雪の積もった山にわざわざ吸血鬼が行くとは考えにくいから、北上を続けたとしても、その手前まででしょうね」

 サロフス領の最北には、万年雪を頂くシェスコ山脈が東西を貫くように横たわっている。その極寒の山は身体能力の優れた吸血鬼でも登るのは困難で、まして人間では足を踏み入れるだけでも危険な山だった。人間の姿がない山に吸血鬼がおもむく理由はなく、テオドールがそこへ入った可能性は限りなく低いだろう。さらなる手掛かりを得るなら、シェスコ山脈へ至るまでの村々で聞き込むしかなさそうだった。

「わかった。ありがとう」

 そう言うとスタリーは長椅子から立ち上がった。それを見てテクラも慌てて立ち上がる。

「お役に立てたかしら?」

「とてもね。君を訪ねてよかったよ。……行こうか」

 テクラを促し、スタリーは部屋の入り口へ向かった。

「もう行くの?」

「悠長にしていられることじゃないんでね」

 肩をすくめて苦笑したスタリーに、バルバラは同じような笑みを返した。

「そんな感じね。どんなへまをしたか知らないけど、問題が解決することを祈っているわ。もし行き詰まったらまた来てちょうだい。私でよければいくらだって協力してあげるから。仕事が忙しくなければだけど」

 ふっとスタリーは笑う。

「恩に着るよ。ではな」

 二人が部屋を出ようとした時だった。

「あっ――」

 急にバルバラが声を上げて、二人は揃って振り返った。

「忘れてたわ。あなたに教えておくことがあったのよ」

 そう言ってバルバラはスタリーに歩み寄った。

「何を教えたいんだ?」

「実は数年前から、若い仲間がこちらに来ているようなの」

 仲間――つまり吸血鬼が人間世界に来ているということに、スタリーは表情を変えた。

「ほお……どこにいるんだ?」

「気配で探っただけだけど、決まった場所はないみたい。でも主に山のふもとを根城にしているようで、そこでは頻繁に気配を感じたわ」

「山のふもとか……不安な偶然だな」

 これから向かう場所と重なったことに、スタリーは表情を曇らせた。

「さらに不安にさせることを言うようだけど、どうも悪さをしているらしいの」

「悪さか……まったく……」

 額に手を当て、頭痛を耐えるかのようにスタリーは頭を振った。

「お客から聞いた話だと、すでに数人の行方不明者が出ているそうよ。幸い人間は、それが吸血鬼の仕業とは見ていないらしいけど……どう思う?」

 大きな溜息を吐いてスタリーは答えた。

「間違いなく、そいつの仕業だろうね」

「やっぱりそうよね……。山の近くへ行ったら、気配を気にしてみて。出会うことがあればこちらでのやり方を教え込んであげてちょうだい」

 バルバラは迷惑と言わんばかりに眉をしかめた。

「素直な仲間ならいいが……まあ、見つけたら注意はしておくよ。それじゃあ――」

「待って。もう一つあるの」

「……次はどんな不安だ?」

「これは今の話と比べると大したことじゃないわ。つい先日、この村に『狩人』と名乗る人間が現れたの。遠目から見た感じだと、経験の少ない素人に見えたけど、余計な面倒に巻き込まれないとも限らないから、念のために教えておくわ」

 これにスタリーは意外そうな表情を見せた。

「狩人か。久しく聞いていない言葉だな」

「この村を出た後、北へ向かったようだから、途中で見かけるかもしれないわ。頭の隅で憶えておいても無駄ではないでしょう?」

「ああ。一応気を付けておこう。では行くよ」

「またいつか、ね」

 美しい微笑みをたたえ、バルバラは二人を見送った。

 家から出てその扉が閉まったところで、テクラは早速質問した。

「スタリー様、あの、狩人というのは、一般的な狩人とは違うんですか?」

 森の入り口を目指しながら、スタリーは隣のテクラを見やった。

「気になったか?」

「面倒に巻き込まれるとか、気を付けるとか言っていたので……危険な存在なんですか?」

「我々が言う狩人というのは、吸血鬼を専門に狩る人間のことだ」

「えっ、吸血鬼を? そんな人がいるんですか……」

 驚きに目をしばたたかせるテクラに、スタリーは口の端で笑った。

「私も驚いたよ。未だにそんなことをしている人間がいるとはね」

「昔は大勢いたんですか?」

「まあね。人間が我々を今より目の敵にしていた時代には、各街に何十人と待ち構えていたよ。だが、こちらに我々が干渉しなくなると、狩人の仕事は当然減るわけで、その数は次第に減り、やがて狩人という職業そのものも消えてしまった。いや、今も名乗っている人間がいるなら、完全には消えていないか。それでも風前の灯の状態だとは思うが」

「じゃあ、私達が吸血鬼だとばれたら危ないことに……」

 危機感を見せるテクラに、スタリーは優しい笑顔を向けた。

「ではばれないようにすればいい。バルバラの話では、その狩人はまだ素人のようだったらしいし、それほど脅威に感じる必要はないと思うが」

「で、でも、兄を見つける前に捕まるわけにはいきませんから。もっとフードを深くかぶっておいたほうがいいかもしれません……」

 そう言ってテクラはフードをつかみ、頭に押し付けるようにぎゅうぎゅうとかぶり直した。

「そこまで心配することはない。いざとなったら、私が君を守るよ」

「そ、そんな申し訳ないこと……させられません。自分の身は自分で――」

「君は新米吸血鬼なんだ。対応できないことは私に頼ればいい」

「スタリー様にばかり甘えるわけにはいきませんから」

「危険な状況では私のほうが上手く対処できると思うが」

「そうかもしれませんけど、でもそうする努力もしないと――」

 星明かりがわずかに差し込む薄闇の中、互いに思い遣るも譲らない会話は、森を出るまでしばらく続けられたのだった。

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