2★.あなたを信じているから
白髪少女のひんやりとした肢体が、かえって岬の官能に火をつけた。
肌を見せることに過剰の警戒を示していた清雅な美少女が、今や色っぽい下着一枚の姿となっており、恥じらいつつも淫らにかつての変態淑女に愛欲を示そうというのである。
シュミーズから伸びた太ももに、和佐は自らの脚を絡めた。白玉の艶と弾力を思わせるしなやかな美脚に、岬の心臓はさらに荒ぶり、舌交じりのキスでとろけかかった理性を必死に奮い立たせ、拘束から逃れようと全身をくねらせる。
「んくっ……ふぅ……や、こんなのやだあっ……!」
本来の岬であれば、そのシチュエーションを妄想するだけでもご飯三杯はいけただろうが、もはやそれも過去の話だ。身体の中をあぶるように熱くさた悦びは、思い描いた理想像に反し、本能と理性のせめぎ合いに、可憐な顔に浮かび上がる苦悶は根深かった。
「ぷは……ッ」
ようやく和佐が唇を離す。
同時にかんばせを引っ込め、息を荒くしながら岬を見すえた。酸素の欠乏を押してまで長く激しいキスをおこなったツケが回ったらしく、こちらもまた苦悶の表情である。白髪少女が美しいのは今さらのことであるが、苦しげな表情もまた岬をそそらせるものだった。
(そんな顔をしないでよ……っ)
岬は視覚から白髪少女の色香をシャットアウトした。そして興を削ぐような岬の態度は彼女の肢体をむさぼっていた少女の反感をあおった。
「そうまでして私を見たくないのね。ならばその望みを叶えてやるわ」
目ん玉潰すわよと言わんばかりの凄みであるが、むろん実現されたのは別の事態である。
岬の身体をうつ伏せにひっくり返し、同じ姿勢でのしかかる。伸ばした右手は黒の長髪よりも下方を辿り、シュミーズの素地に包まれた小尻に届いた。空気の抜けかかったゴムまりにも似た弾力と柔らかさを手のひらで包み、かすかな衣擦れの音とともにさすり上げる。岬はそれこそゴムまりのように全身を弾ませ、その痙攣が和佐の剝き出しの腹部にも伝わった。
「ふぅン……んはふ、っ……」
小尻に広がる愛撫の触感に、岬は快楽のあえぎをシーツにこぼした。
だが、その声はふいに途切れることとなる。
白髪少女も思い切ったことをするものだ。空いている左手を岬の顔の前に持っていき、そのまま口の中へ指を突っ込んだのだから。
「あぐ⁉ ぐぁ……あぅ……!」
岬の口腔は指でかき回された。
和佐は器用にも、左手で岬の口内を汚しながら右手で痴漢行為を継続させていた。指を噛みつかれるリスクは当然あったが、腹を殴ったことに対する岬の負い目を信じるなら、実現される可能性は低いだろう。岬の中で理性が弾けたらその限りではないが。
岬に休息を与えるために、和佐は両手を引っ込めて上体を浮かせた。
おぞましいほどの快感に沈められた少女は、うつ伏せのまま起き上がることができずにいる。盛大にむせ返り、それから肩を上下させながら体内の空気の循環をおこなっている。
よろよろと腕を伸ばし、岬が掴んだのは彼女の顔より二回りほど大きい上質の枕だった。
「……っ⁉ 駄目、岬っ!」
和佐の危機反応が早かったおかげで、岬の暴走は最小限に食い止められた。
少女は枕を引き寄せると、すぐさまそこに自分の顔をうずめたのである。
窒息する勢い、というのも道理で、彼女は今まさに窒息しようとしていたのだ。
自ら首を絞めて意識を絶とうと試みたルームメイトの姿が和佐の脳裏をかすめたのは当然と言えた。絶望の光景を繰り返させるわけにはいかなかった。
死力を込めて、和佐はルームメイトの顔から枕を引き剥がした。引き剥がされたルームメイトは咆哮を一鳴り上げながら身体をひっくり返し、和佐の拘束から逃れた。
岬の動きに合わせて白髪少女も起き上がり、憎悪にまみれた岬の顔を見返した。
和佐の方に怒りはなかった。恐怖も微少なもので済んだ。ただ、岬を一時的に解放できた安堵は彼女のかんばせには微塵もなかった。
いつまでも抗おうとする岬に無力感が募るばかりで、白髪少女はうなだれ、シーツを掴む指の力を強めた。
「……これだけやってもだめなの?」
声から絶望の深さを感じ取り、岬はあぶれていた獰猛さが引っ込められて和佐の反応を見つめた。
白髪少女の反応もしだいに正常らしからぬものになっていた。
一秒ごとに嗚咽の音が濃くなると思うと、次の瞬間、顔を上げると同時に針が飛んだ。物理的な痛みの存在しない銀色の視線の針だ。すでに涙は頬に多くの小川を作っており、美しいかんばせは幼き少女が浮かべるようなむずかりで彩られた。
「もう何もわからないわ! 私の本来の岬の姿に戻したいだけなのに、あなたは何をしても自分の良さを認めようとしない! 私は一体どうすればいいの⁉ どうすればあなたの心の闇を払えるか教えてよおっ‼」
和佐は泣き叫んだ。
かんばせから白髪、肢体、そして下着にいたるまですべて大人びた美しさを秘めた少女が膝をついて、天を仰ぎながら子供のように泣きじゃくっていた。岬はまだ知らなかったが、このときの和佐の号泣は、五年前に黎明から一方的に接触を拒否されて一人さみしく涙していたそれと酷似していた。
美少女の破れかぶれの懇願は無意味ではなかった。困惑のていに見舞われた岬だが、その顔には憑き物めいた毒気はほぼ薄れていて、和佐を眺めるプルーン色の視線にも害意はなかった。
恐る恐る近づいて、その際、心からの疑問を吐露する。
「一条さん、どうしてそこまで……? あたしなんかのために……」
問われた和佐は手の甲で涙をぬぐった。
「言ったじゃない……。私はあなたの才能を評価しているって。元のあなたに戻ってくれるなら、多少の痴女っぷりくらい目をつむるわよ」
「そんな……」
岬の当惑は深まるばかりだ。今まではこちらの変態ぶりに辟易していたというのに、どうしてここに来てそれを翻すようなことを言うのだろう。
ようやく正しい道を歩めると思ったというのに、それが自分にとっても周りにとっても喜ばれる道だと信じていたのに。
和佐はどうにか泣き止むと、改めて編入生の少女に視線を合わせた。中で暴れていた獰猛さは去り、この状況ではあるが、美しいかんばせには春風のような爽やかさがあった。
「私は気づいたの。人には変わるべきものと、変わらなくていいものが存在するって。あなたに会う前の私は、間違いなく変わるべきものだったわ。熊谷瑠乃亜の現状もそうでしょう。まぎれもなく『悪しき事態』と呼べるからね。けれど、あなたの内面はどう? 今のあなたは自分の悪い面ばかり見ているけれど、果たしてそれだけで変わるべきと断言していいのかしら」
途中でかんばせに切なさがよぎったのは、自分の論説の稚拙さを自覚したからであった。果たしてこれで岬を納得させられるのかという自信の喪失の表れであったが、この真摯さだけでも伝わることを願って、たどたどしく言葉を紡いでいく。
「私……信じているから。私を救ってくれたあなたが必ず帰ってきてくれると、信じているから。私だけじゃない。円珠や黎明だって、皆あなたが戻ってくるのを待っている……」
彼女は泣き笑いの表情をつくった。始業式のときに円珠に向けた際は自然に笑みを浮かべられたのに、このときはなぜか不器用な表情筋の躍動にしかならなかった。
だが、それがかえって純心の表明につながり、岬の頑なだった心をついに貫いた。身体中に高ぶりが淡く広がり、目頭が熱しきると同時に編入生の少女は飛びかかった。
「う、ううっ……うわあぁぁあああッ‼」
よろめくほどの勢いの抱擁を、和佐はしっかりと受け止めた。岬の口から、今まで押し殺していた本心がとめどなくあふれ出る。
「あたし……こわかったの! ずっとずっと、こわかった‼ 一条さんも先輩のようになってしまうと思うと、受け入れるなんて、どうしてもできなかった……。でもほんとは、ずっと、一条さんの想いが、とっても嬉しかった‼」
しゃくり上げる岬の黒髪を撫でる和佐の手もまた、震えていた。唇も引き結ばれたまま小刻みに揺れており、今になってもらい泣きの表情を必死になってこらえている。
弱さをひた隠すために、白髪少女は固い決意の口調で岬に告げた。
「私はもう落ちぶれたりはしない。皆がいる限り、情けない姿は見せるわけにはいかないもの」
岬はゆっくり顔を持ち上げた。瞳はすでに真っ赤に腫れていたが、表情にはぎこちないながらも笑みが戻っていた。
「はい……今なら、あたしもあなたを……和佐のことを信じられそう……」
このとき初めて、岬は白髪少女を名前で呼んだ。決意から実行に移すまで、実のところかなりの勇気を要したが、ここは何らかの形で心を開いた証を彼女に示したかったのである。
ルームメイトから名前を呼ばれて和佐は灰色の瞳を見開かせたが、すぐに岬と同じ笑顔をとった。
それこそが合図だった。打ち合わせなどなかったが、お互いが何を求めているか、このとき二人は完全に理解していた。
同時に顔を近づけて口づけを交わし、その際、岬が恍惚の声を漏らした。
「ああっ……かずさ……うれしいよお、しあわせだよお……!」
岬の『幸せ』は白髪少女によってさらに増幅された。泥のようなキスを繰り広げた後、彼女は自分からシーツの上に横たわった。この時のために用意されたシュミーズは結局脱がされることはなかったが、肩紐は完全に引き下ろされ、短い裾はへそが見える位置までまくり上げられた。剥き出しとなった上下の下着は、すべて脱がされた。
腹巻同然と化したシュミーズ一枚というあられもない格好にさせられた岬は、白髪少女の熱い責めを喜んで受け入れた。月明かりに受けた柔肌を薄汗でてからせながら、みずみずしい肢体を甘く激しくくねらせる。
「ああッ、和佐のそれ気持ちいい! 先輩のよりずっといいよお……っ!」
岬のあえぎは和佐の優越感を強く刺激した。今まで熊谷瑠乃亜に対して好感を抱けなかったのは、無意識に彼女を恋敵として認識していたせいかもしれない。
昔の女よりもまさっているというお墨付きは、和佐の指の蠢動を強める結果となった。岬の身体の中で、最も繊細で、やわらかいところをさらにかき回す。
「ようやくあなたも自覚が戻ったようね! あなたはどこまでも上野岬なの。無理して他の人間に成り代わろうなんてできるはずがないのよ! さあ、あなたの本性を私の目の前でもっと晒してみせなさい‼」
夕霧火影を襲った黎明の気持ちを、和佐は初めて理解できたような気がした。
むろん耳を喰いちぎるなどは論外であるが、意中の相手を快楽の果てまで導きたいという気持ちはとてもよくわかる。
岬は苦悶と悦楽を混濁させた悲鳴を繰り返し、責めの最中でありながら、黒髪を振り乱しつつ懇願した。
「はぁ……和佐おねがい! あたしをえぐって……奥までえぐって! 頭の中が吹き飛ぶくらいにぃ……ッ‼」
「望まなくてもそうしてやるわよ。さあ、派手にいきなさい‼」
岬は背中が折り畳まれる勢いでのけぞった。カクカクと全身をひくつかせてなお、和佐に笑顔を向け続けている。和佐は自分と岬の望みを果たした。プルーン色の瞳に浮かぶハートが溶けてもなお、白髪少女は責めをやめなかった。
絶頂を迎えると、岬は陸に打ち上げられたくらげのごとくシーツの上で干からびた。快楽の余韻が引きつけとなって汗だくの体躯から発症し、同じく汗まみれになっていた和佐は、先ほどとは打って変わって慎重な動きで、相手の平べったい姿を見下ろした。
白髪少女の接近に呼応して、岬はきしむような動きで起き上がる。あれだけ激しい責めを受けたのに大したものだ。可憐な表情には本来の彼女の気質が戻っているが、プルーン色の瞳は執念と妄想でぎらついていた。
「えへへ……次はあたしが和佐を気持ちよくする番です。何もせずにへばるなんて、変態淑女として断じて許せませんから……!」
和佐の全身に新たな冷や汗が浮かんだ。自分がおこなった行為の激しさを考えると、その応酬は並大抵のものでは済まされまい。恥辱に耐えられるか到底自信がなかったが、せっかく岬が本来の姿を取り戻したのに拒絶するのは野暮の極みと言えよう。
ごくりと唾を飲み込みながら、和佐は変態淑女の道連れを受け入れた。




