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 季節は梅雨から初夏に移り変わり、僕は帰りたそうにこちらをチラチラ見てくる彼女に気づかないふりをして手元の参考書を解いていた。期末試験まで後2週間もない。彼女を煽った手前、悪い点を取るわけにはいかなかった。



「ねぇ、あとどれくらいで終わるー?」

「……勉強に終わりはないんだよ。人生常に勉強」

「そういう哲学的なこと聞いてるんじゃなくってさー」



 大げさに足をばたつかせる彼女に構うより、僕には物理の応用問題を解く方が大事だった。

 放課後の誰もいない教室に、彼女の気だるそうな声と、参考書の上を躍るシャーペンの鋭利な音が走る。



「ねぇ、進路どこにするの?」

「帝工大を受ける予定」



 ドップラー効果の発展問題を解きながら、片耳だけ彼女のために使っていた僕は、彼女の驚愕の声で集中力を奪われた。



「えっ! 帝工大って、あの!?」

「……他にどこがあるんだよ」

「……そんなに頭良かったっけ」

「失礼だな。そんなに頭良くないからこうして勉強してるの」

「なるほど」



 そこは合点するんじゃない。僕はややむすっとしながら、今度は彼女に聞き返す。



「君は?」

「うーん、考え中!」

「考え中って、もう3年生の7月だよ。早く決めた方がいいんじゃないの」

「いいの、いざという時は盗んだバイクで走り出すから」

「……残念だけど、2年オーバーしてるよ、諦めて」

「うー!」



 彼女のボケに適当なツッコミを入れていると、教室のドアがガラリと開いた。教室の見回りに来た学年主任だった。先生は僕の姿を見とめると、笑みの奥に何かを隠したような複雑な表情を浮かべた。



「放課後に教室で勉強か。偉いな」

「期末試験も近いですし、この間の模試の結果が散々だったんで」



 小さく苦笑いをする。帝工大を第一志望に設定した前回の模試はC判定、このままでは受かりませんよと注意喚起を示すイエローライトが点滅していた。彼女はその後ろで漫画を読みながら「落ち込んでいるねぇ青少年。大志を抱きなよ」などと質量のない言葉を口にしていたっけ。



「そうか。頑張りなさい」

「はい」

「先生またねー!」



 彼女の場違いな声が誰もいない教室に響く。

 僕は、数式の羅列に目を落としながら、教室を去る先生の姿を視界の端で見送っていた。



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