09 人間がやってきた
「あわわ……やばい、どうしよう、まさかこんな場所で人間と出会うなんて……この世界には人間がいない場所はないの!?」
アイリスは教会に逃げ込み、扉を閉め、結界で防御。ドラゴンの体当たりでも開かないくらいガチガチに固める。それから「どうしよう、どうしよう」と呟く。
「ぷにー」
「普通に話をすればいいって……? む、無理よ。買い物とかは出来るようになったけど……知らない人と世間話なんて……あれでしょ。知らない人って、知らない話をしてくるのよ、きっと! いやぁぁ怖いぃぃぃ!」
アイリスは恐怖のあまり、教会の中をドタバタと走り回る。
そんなことをしていると、扉がトントントンとノックされた。
「そこにいるのでしょう? 開けてください。私は別に怪しいものではありません。ただ、あなたとお話をしたいだけです!」
外から女性の声が聞こえてくる。
さっき湖の対岸からアイリスを見ていた少女に違いない。
「私とお話を……話なんてしたくないわ!」
「な、なぜです!? 私、何か気に障ることをしましたか!?」
そうではない。
単純にアイリスは、知らない人と会話したくないだけだ。
だが、そんなことを白状するのは、流石に恥ずかしい。
何とかして、このままお引き取り願えないものだろうか。
(そうだわ……私が人間を怖がっているように、人間にも私を怖がってもらえばいいのよ! そうしたら、誰もこの土地に近づかないでしょ!)
名案を思いついたアイリスは、早速、実行することにした。
まずは威厳を出すため、プニガミの上に仁王立ちする。
そして浮かび上がり、虹色の魔力をこれでもかと光らせ、神々しさなどを演出してみる。
(ふふふ……廃教会で光り輝く少女……我ながら格好いいシチュエーションだわ。見たら絶対、誰でもビビる!)
「ぷにー?」
アイリスが不敵な笑みを浮かべていると、プニガミが不思議そうな声を出した。
スライムにはこの威厳が分からないのかもしれない。
「人間の少女よ。ならば立ち入ることを許そう。扉を開けるがよい」
可能な限り低い声で語りかけ、扉にかけた結界を解除する。
すると、さっきの少女が中に入ってきた。
年齢は十八歳くらい。
金色の髪を肩の辺りで切りそろえている。
容姿は端麗。
スタイルもいい。
肌や服が泥で汚れているが、間違いなく美少女だった。
そんな美少女は、宙に浮かぶアイリスを見て、口をぽかんと開けた。
「と、飛んで……え、魔術!? うそ、こんな小さな子が飛行魔術なんて高度な技を……」
飛行魔術は高度らしい。
アイリスは今知った。
「我が名はアイリス・クライシス。この地を守護する者なり。我が虹色の魔力で、荒野だったこの土地は緑溢れる場所となった。人間の手で汚すことは許さぬ。立ち去るがよい」
などと、口から出任せを言ってみる。
しかし、全くの嘘ではない。
アイリスの魔力で湖が生まれ、植物が育ったのは確かなのだ。ならば守護者を名乗ってもいいだろう。
それにしても、会話は難しいが、こうして一方的に演説する分には何とかなる。
かなり緊張するが、やってやれないことはない。
「あ、あなたの魔力で荒野がこんな植物に覆われた……そんな、いえ、でも他に説明できませんね……あなたは一体……まさか、女神様!?」
美少女はアイリスを見つめ、目を輝かせながら叫んだ。
「そう、私は女神……って、え? 女神?」
突然の女神呼ばわりに、アイリスは演技するのを忘れ、素っ頓狂な声を上げてしまう。
なにせ、実際は大魔王の娘なのだ。
それが女神など、まるで真逆だ。
「そうに違いありません! ここはシルバーライト男爵領。そしてあなた様は銀色の髪……偶然とは思えません。きっと、かつてこの教会で信仰されていた守り神なのですね!? 私、全然知りませんでした! ああ、この不敬をお許しください。二百年の間に、我がシルバーライト家は女神様のことを忘却してしまったのです」
美少女は涙を流して跪き、アイリスに向かって祈り始めた。
教会で祈るという行為そのものは普通なのだが、祈る対象がアイリスでよいのだろうか。よいわけがない。
「ちょ、ちょっと……ちょっと待って! ちょま! どうして私が女神なのよ!」
「え、だって、アイリス様が地下水脈を復活させたのですよね?」
「そうだけど……」
「そしてアイリス様の魔力のおかげで草原が広がり、木々が生い茂り森となったのですよね?」
「うん……」
「そして教会で私を待ち構えていました!」
「待ち構えていたというか、籠城していたというか……」
「ああ、こんなにも美しく、神々しい虹色の魔力を放ち……とても人とは思えません!」
「まあ、人間ではないわね……」
「つまり女神様!」
「いや、違うし! かなり違うから!」
「では何だというのですか!」
美少女は金髪を振り乱し、問いかけてくる。
ならば答えてあげようではないか。
「よく聞きなさい! 私は……大魔王の娘なのよ! あなたたち人間を絶滅させるためにやってきたんだから! 怖いんだからね! だから早くここから立ち去りなさい! じゃないと……食べちゃうわよ!」
アイリスは一生懸命、恐ろしさを醸し出そうとし、両腕を広げて「食べちゃうぞー」のポーズを取ってみた。
が、金髪の美少女はまるで怖がってくれない。
それどころか笑みを浮かべてしまう。
「またまたー。アイリス様ったらオチャメなんですねー」
「オチャメじゃなーい! うがー!」
アイリスは諦めず、美少女を追い出そうとした。
しかし、どうしたわけか、頑張れば頑張るほど気に入られてしまった。
アイリスにとって人生最大のピンチであった。