78 いつものシルバーライト男爵領
「おお、アイリス、イクリプス。本当に人間の村に住んでいるのだな」
大魔王はアイリスたちの前にゆっくりと降り立つ。
するとイクリプスが嬉しそうに抱きつく。
「お父様だー。久しぶりー。お菓子ちょうだーい」
「……イクリプス。お前は相変わらず甘いものが好きなのだな。ほら、砂糖の塊だ」
「わーい。もぐもぐ……あまーい! 甘すぎるよー。チョコのほうがいいー!」
「チョコだと……? そんな高級品、我も食べたことがないぞ! お前はいつからそんな贅沢な子になったんだ!?」
大魔王は目を丸くしてのけぞった。
「だってー。ここにいたら毎日チョコ食べられるよー? 沢山あるよー?」
「なっ! なんと裕福な村なんだ……」
驚く大魔王に、シェリルは遠慮がちに声をかける。
「あの……確かに水も土も豊かで快適すけど……特別裕福ではありませんよ……?」
「そ、そうなのか!? くそ、人間め羨ましい……やはり早く滅ぼして、この土地を魔族のものにしなければ……」
大魔王はブツブツ呟きはじめる。
「お父様。やっぱり人間を滅ぼしに来たの? だったら私、この村を守るために戦うわよ?」
「あ、いや、待て。早とちりをするな。今日、我がわざわざここまで来たのは……お前とイクリプスを連れ戻すためだ! 頼む! 一時的でいいからクリフォト大陸に帰ってきてくれ!」
大魔王は両手を合わせ、拝むように頼んできた。
「え? クリフォト大陸に帰る……? まあ、一時的なら帰ってもいいけど……どうして?」
恒久的に連れ戻すというなら話は分かる。
なにせ魔族は人間を滅ぼそうとしているのだ。
なのに魔族の中で最も力を持っているアイリスとイクリプスが人間の味方をしていては、いつまで経っても滅ぼせない。
だが大魔王は、一時的な帰郷でいいと言う。
「実は……人間を滅ぼしてもらおうと思って、魔神を復活させたんだ……」
「魔神?」
アイリスは聞き覚えのない単語に、首を傾げる。
「お前が知らなくても無理はない。魔族の古い文献にわずかな記述が残っているだけだからな。魔神というのは魔族の神だ。魔王よりも更に力を持った、破壊と殺戮の化身だ!」
「……聞く限り、かなりヤバそうな奴ね」
「そうなんだ。メチャクチャ強いんだぞ! それでな、お前らが全然仕事してくれないから、魔神に人間を滅ぼしてもらおうと思ってな。クリフォト大陸の地下に封印されてるらしいから、頑張って封印を解いたんだ。そしたら……破壊と殺戮の化身だけあって、人間だけでなく魔族も滅ぼして、全てを無に帰すとか言い出したんだ!」
「大変じゃない!」
「そう、大変なんだ! 今は魔族の皆が頑張って魔神の動きを封じているが、何時間も保たん。アイリス、イクリプス、頼む! 魔神をやっつけてくれ!」
「やっつけないと人間も滅ぼされちゃうなら……戦うしかないわね」
「魔神、悪いやつなんだねー。私がやっつけちゃうよー」
「ぷっにー!」
「プニガミはお留守番だよー」
「ぷにぃ……」
イクリプスにそう言われ、プニガミは残念そうにする。
しかし大魔王が泣きついてくるほど強い相手がいるところにプニガミを連れていくわけにはいかない。
いくらスライム相撲で優勝したといっても、それはスライムの中で一番強くなっただけなのだから。
「済まない、アイリス、イクリプス。我よりも圧倒的に強いお前たち二人が戦ってくれるなら、魔神にも勝てるだろう……しかし、すでにクリフォト大陸はボロボロ。戦いが終わったあと、我々はどうやって生活していけばいいのか……」
「あのぅ……アイリス様とイクリプスちゃんのお父様なんですよね? だったらこの村に引っ越してきて、一緒に暮らしたらいかがです?」
シェリルがそんな提案をした。
「この村に引っ越すだと!? 我は魔族だぞ! 大魔王だぞ!」
「はあ。それはいいんじゃないですかね? すでに二人いますし」
「言われてみれば……」
大魔王は自分の娘たちを見て、納得したように頷いた。
「いや、しかしだぞ。我一人ならいいかもしれんが、魔族は二千人くらいいるのだぞ。他にモンスターをいれたら凄いことになるぞ! ドラゴンとかも来ちゃうぞ!」
「モンスターですか……でも昔はこの辺りにスライムが沢山いたらしいですし。今でもプニガミ様がいますし」
「ぷにぷに」
「スライム一匹とクリフォト大陸のモンスター全てでは規模が違うだろう! ドラゴンとかベヒモスとか、大型モンスターだけでも百匹とかいるぞ。オーガやゴブリンみたいな細かいのをいれたら、一万は超える!」
「一万ですか……うーん……でも土地は余っているので。大人しくしてくれるのでしたら、その辺に住んでもいいですよ。ここから見える範囲は私の土地なので」
そう言ってシェリルはぐるりと見回す。
丘の周りにはひたすら草原が広がり、たまに小さな森が見える程度だ。
見える範囲全てを使えるなら、二千人の魔族と一万のモンスターが引っ越してきても、何とかなるかもしれない。
「だが……お前ら、ドラゴンを見たことあるのか? 強さは魔族のほうが上だが、見た目の威圧感は凄いぞ。村の連中が腰を抜かしたりしないか?」
「あ。それは見慣れてるので大丈夫です」
シェリルが澄まし顔で言うと、マリオンとジェシカが「ぎゃおーん」と咆哮を上げて、ドラゴン形態に変身した。
「なんと! 人間っぽくない気配の二人だと思っていたら、ドラゴンだったのか!」
驚いて見上げる大魔王に、ジェシカはうやうやしく頭を下げた。
「お初にお目にかかります。レッドドラゴンのジェシカです。こちらは娘のマリオンです。アイリスちゃんとイクリプスちゃんにはいつもお世話になっていますわ」
「あ、どうも……マリオンです。アイリスとイクリプスの友達です……」
マリオンは緊張した声を出しながらペコペコする。
「おお、これは丁寧に。こちらこそ、娘たちがいつも世話になっている。二匹ともかなり強そうだ。魔神を倒すのに協力してくれるか?」
「怪我しそうになったら逃げるけますけど、それでもいいならお手伝いしますわ」
とジェシカ。
「ちゃかりしたドラゴンだな……よし、それでいいだろう」
「これってつまり、アイリスのお父さんに招待されてアイリスの実家に行くってこと……? ど、どうしよう……」
マリオンが妙なことを連想してしまったらしく、真っ赤になっていた。いや、レッドドラゴンだから元から赤いのか。
とにかく照れくさそうにしている。
見ていたらアイリスも恥ずかしくなってきた。
「ん? アイリス、お前、もじもじしてどうしたのだ?」
「べ、別に!」
「あのねー。アイリスお姉ちゃんとマリオンは、けっこ――もがもが」
イクリプスが言ってはいけないことを口走りそうになっていたので、アイリスは慌ててその口を塞いだ。
「お父様。こんな話をしている場合じゃないでしょ! 早く魔神を倒さないと!」
「そ、そうだった! それにしても……我ら魔族は人間を滅ぼすべき敵としか思っていなかったのに……まさかこんなに温かい対応をしてもらえるなんて……アイリス、イクリプス。お前たちは人間のいいところを見抜いていたのか?」
「も、もちろんよ!」
実際は、ただ面倒くさくて引きこもっていたら、いつの間にか今の状況になっていただけなのだが。
とはいえ、何人か人間の友達もできたし、滅ぼすつもりがないのは本当だ。
「のじゃ! 妾をのけ者にするでない! 妾も魔神とやらと戦うのじゃ!」
「む? その気配……もしやこの土地の守護神か? なぜ守護神が魔族のために戦う?」
「魔族のためではないのじゃ。魔神を放っておけば、人間の世界も大変なことになりそうじゃから戦うのじゃ。というわけでシェリル。妾も行くから、しばらく村を頼んだのじゃ」
「はい、分かりました。夕飯の時間までには帰ってきてくださいね」
「お任せなのじゃ! ミュリエルは強いから大丈夫なのじゃ!」
ミュリエルは澄まし顔で胸を張った。
実際、力を取り戻したらミュリエルは結構強い。そこにアイリスとイクリプス、おまけにマリオンとジェシカもいるのだから、きっと夕飯には間に合うだろう。
「夕飯までって……いや、そのくらいの気持ちでいてくれたほうが頼もしい!」
「じゃあ皆、マリオンとジェシカさんに便乗して。私とイクリプスの魔力で加速させるから!」
アイリスの合図で、出発組は二匹のドラゴンの背中に乗る。
そしてシェリルとプニガミに見送られ、クリフォト大陸へと旅立った。
サクッと魔神をやっつけて、本当に夕飯に間に合わせたのは言うまでもない。
ここでいったん完結とさせて頂きます。
気が向いたらまた書くかもしれません。
今まで読んでくださりありがとうございました!
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