75 皆と一緒
スライム祭りの三日目だ。
最も人気のあるスライム相撲は終わってしまったが、シンディーいわく、他にもまだまだ楽しいイベントが沢山あるらしい。
たとえば、スライムマラソン。
これはスラスラーンの町の外周を、どのスライムが一番早く一周するか競う。
大勢のスライムが一生懸命プニプニと走る姿はとても愛らしいのだとか。
スライム卵落とし。
高いところからスライムの体にニワトリの卵を落とし、割れなかったら成功だ。
スライムの柔らかさが問われる。
なお最高記録は十八メートルだという。
割れてしまった卵の中身はかき集められ、卵焼きにしてあとでスタッフが美味しくいただくとか。
スライムクイズは、スライム使いの戦いだ。
古今東西のスライムに関するクイズが出題され、お互いの知識を競い合う。
これに優勝したスライム使いは、スライム博士として尊敬されるとか。
この他にも、スライム水泳。スライム綱引き。スライムベストドレッサーコンテスト。スライムバンジージャンプ。など、様々なイベントが町のあちこちで開催される。
全てを見て回るのは不可能だ。
「とりあえず、スライムマラソンは一見の価値ありですよ! なんなら、プニョバロンとプニガミさんで出場し、勝負しましょうか!?」
朝からホテルのロビーで、シンディーが気合いの入った声を上げる。
「ぷににー」
「プニガミは昨日の戦いで疲れたから、今日はのんびりするって」
「ま、そうですよね。では、のんびり出発しましょう!」
シンディーの案内で、スライムマラソンのオススメ観戦スポットに向かう。
「沢山のスライムが走る姿は、カラフルで綺麗に違いないのじゃー」
「私も一緒に走りたいなー」
「……イクリプスはスライムになりたい願望でもあるのか?」
「うーん……あるかもー」
「のじゃぁ……イクリプスの将来が不安なのじゃぁ」
横で聞いていたアイリスも不安になった。
しかし、どんなにイクリプスが望んでもスライムにはなれない。
将来を誤る心配はないだろう。
「ぷにぷに」
「ぷにょぷにょ」
プニガミとプニョバロンは仲良く並んで歩いている。
スライム相撲が終わって緊張が取れ、心置きなく交流を深めているのだろう。
「うふふ。プニガミちゃんにスライムの友達ができてよかったわね~~」
「確かに、私たちといくら仲良くしても、やっぱり同じ種族の仲間は必要よね」
ジェシカとマリオンがプニガミを見つめながら語る。
「言われてみれば、今までプニガミ様だけが、ひとりぼっちだったんですね……」
シェリルの言葉に、アイリスは深々と頷く。
アイリスには妹のイクリプスがいる。
ミュリエルも隣町に神様仲間のロシュがいる。
マリオンとジェシカはドラゴン親子。
シェリルは人間なので、そこら中に同種がいる。
だがプニガミだけは、同じ種族の仲間がいなかった。
このスライム祭りがプニガミに与えたものは、たんにスライム相撲の優勝という称号だけではない。
むしろ、そっちはオマケで、同じスライムたちと一緒に過ごせることのほうが、プニガミにとっては嬉しいのだろう。
「ところでアイリスさん。改めてお礼を言わせてください。昨日、アイリスさんとプニガミさんに負けたエミィは、久しぶりに楽しそうでした。目に光がありました。私の力ではエミィに光を取り戻させることはできませんでしたが……本当にありがとうございます」
「え、そんな改まって言われるほどのことじゃ……」
「ほどのことです! お二人がいなかったら、エミィはずっとあのままだったかもしれないんですから!」
そう力説するシンディーの後ろから、別の少女の声がした。
「誰がずっとあのままだって?」
「エミィ!?」
シンディーが驚いて振り返る。
アイリスもギョッとして飛び退いて、更にマリオンの背中まで走って逃げる。
「……え、なんでそんな逃げるの? ショックなんだけど」
エミィは戸惑った声で呟く。
「いや。別にエミィが特別怖いとかじゃなくて……私は誰が相手でもこんな感じだから。気にしないで」
昨日までのエミィのほうが、むしろ威圧感を放っていた。
不思議なことに、そのほうがまだ話しやすかった。
おそらく、強そうに見えたからだ。
そもそもアイリスが人間を苦手としているのは、人間が弱いのが原因だ。
いきなり話しかけてくるとか、何を考えているのか分からないとか、数が多いとか、色々と理由はある。
しかし一番の理由は、うっかり傷つけてしまうかもしれないから。
アイリスは以前、プニガミと二人で町に買い物に出かけたとき、チンピラ二人に絡まれたことがある。
反撃して、つい怪我をさせてしまった。
相手はかなり筋肉質で、人間の中では強いほうだったはず。
そしてアイリスは、本当に軽く反撃しただけなのに。
怪我をさせてしまったのだ。
だからアイリスは人間が怖い。
しかし昨日までのエミィはとても強そうに見えたので、それほど緊張せずに済んだ。
今のエミィは、どこにでもいる少女という感じだ。
なのでマリオンの後ろに隠れるしかない。
「……まあ、いいけど。それよりもシンディー。あなたに言いたいことがあって来たのよ」
「私に……? 何ですか?」
「その……ありがとう……って言いたくて」
エミィは頬を赤らめ、照れくさそうに言う。
それを聞いたシンディーは目をパチパチさせ、何のことだろうという顔になる。
「えっと、私、お礼を言われるようなことをしましたっけ?」
「アイリスとプニガミをこの町に連れてきたのはシンディーなんでしょ? お陰で私は、また目標を持てた。これで二度目よ。スライム相撲の面白さを最初に教えてくれたのもシンディーだった」
「そんなの、わざわざお礼を言われるほどのことじゃありませんって。私たち、友達じゃないですか!」
熱血少女のシンディーは、少しの迷いもなく、熱血なセリフを吐いた。
そばで聞いていて恥ずかしくなるくらい熱血だった。
「……それでも。助けてもらったら礼を言うのが当然よ」
「そうですか。では、ありがたく言われておきます! どういたしまして!」
シンディーは、ばばーんと効果音が聞こえてきそうなほど元気に言う。
「ふぅ、スッキリした。これからもよろしくね、シンディー」
「こちらこそ! 末永くよろしくお願いします!」
エミィとシンディーは固い握手を交わした。
素晴らしい友情だ。
そしてすぐそばで、三匹のスライムも楽しげにぷにぷにと語り合っている。
「ぷににー」
「ぷにょー」
「ぷいーん」
どうやらお互いのプニプニ度を称え合っているようだ。
スライムとはたんに柔らかければいいというものではなく、ほどよい弾力に、芯の強さを兼ね備えたスライムこそ立派なスライム。
立派なスライムを目指して切磋琢磨していこう、と三匹は誓い合った。
「ところでエミィ。私たち、これからスライムマラソンを観戦して、それからのんびり見て回るつもりですが。エミィも一緒にどうですか?」
「……私がついていってもいいの?」
エミィはアイリスやマリオンといった、町の外から来た面子を見回す。
確かに、アイリスとは試合中に言葉を交わしたが、他の者たちとは初対面だ。
シンディーが勝手に「一緒にどう」と誘っても、アイリスたちが頷かないと駄目だ――と、そんな風に気を遣ったらしい。
だが、シルバーライト男爵領の住民は、脳天気な者ばかりだ。
特に領主が凄い。
「ウェルカム! ウェルカム! エミィさんも一緒に行きましょう! スライム相撲のトップ3とご一緒できるなんて光栄です!」
案の定、シェリルが真っ先に声を上げ、それどころか、なれなれしくエミィの手を握ってブンブンと上下に振った。
「あなたたちがいいって言ってくれるなら嬉しいけど……っていうか、あなたキャラがシンディーと被ってない?」
「そうですか!? まさか、私とシンディーさんは生き別れの姉妹では!」
「衝撃の事実ですね! お姉様!」
「妹!」
などと言い合いながら、シェリルとシンディーはガシッと抱き合った。
姉妹かどうかはともかく、どちらも馬鹿である。
そんな馬鹿二人を放置して、エミィはアイリスのそばにやってきて、苦笑いしながら、
「ああいうのと一緒にいると、疲れるでしょ」
と、ささやく。
「分かる分かる。疲れるわ。……でも、それ以上に元気をもらえるから」
アイリスはシェリルを見つめながら答える。
廃教会の周りに村を作ってくれたのは、シェリルだ。
もしシェリルが来なかったら、アイリスはいまだにプニガミと二人っきりだったかもしれない。
毎日毎日、ゴロゴロと寝てばかりだったかもしれない。
それはそれで穏やかな日々だろう。
しかし、成長は何もない。
こうして知らない土地で、知らない人と会話するのはとても緊張する。
教会に引きこもっているのが一番楽だ。
けれど、楽なのと楽しいのは、イコールではない。
アイリスは今、とても楽しい。
「元気……そうね。私もシンディーから沢山元気をもらってる。アイリス、あなたからもね」
エミィは最強のスライム使いだった。
アイリスも最強の生物兵器として作られた。
だが、どんなに最強でも、一人ではつまらない。
「さてさて。シェリルさんと義姉妹の契りを交わしたところで、スライムマラソンを見に行きましょう。そろそろスタートのはずです」
「はいはい。では妹よ。案内をお願いします」
「かしこまりました、お姉様!」
「楽しみなのじゃ。妾の応援で、スライムたちを加速させてやるのじゃ」
「ちょっとミュリエル。そんなことしてスライムたちが疲れたらどうするのよ」
「ふふ。私もスライム使いになって、来年は何かの競技に出場してみようかしら~~」
「ねーねーアイリスお姉ちゃん。出発だよー」
皆が歩いて行く。
アイリスはそれを追いかける。
「ぷにぷに」
そして後ろからプニガミがやってきて、アイリスと並んで歩き出した。
「プニガミ。来年も来ようね」
「ぷにー!」
アイリスは引きこもりだ。
けれど、たまには外出したくなることがある。
一年先の予定が埋まることだってある。
なにせ、皆と一緒なのだから――。
またしばらく休載します。
しばしお待ちを。




