73 決着の時
ついに決勝戦である。
今年のチャンピオンが決まる瞬間を見たいのだろう。
観客がどんどん増えてくる。
一回戦に比べると、倍はいるかもしれない。
「なぁなぁ。プニクイーンは分かるけど、あのプニガミってスライムは知らないぞ」
「今年初出場らしい」
「へえ、トーナメントの組み合わせがよかったのか?」
「いや、一回戦で四天王のプニジェネラルを倒したんだぜ。実力は確かだ」
「そりゃすげぇ。運だけじゃないってことか」
「ああ。けれど……ここまでだろうな」
「だろうな。プニクイーンは格が違う。今年の優勝も決まっているようなものさ」
客席から、そんな声が聞こえてくる。
誰もプニガミが勝つとは思っていない。
当然だろう。
もしアイリスが事情を知らない観客だったら、同じように考える。
しかし、アイリスとプニガミは、勝つためにここにいるのだ。
「アイリス! プニガミ! 頑張るのよ!」
「アイリスお姉ちゃん、プニガミ、ふぁいとだよー」
「負けたら承知しないのじゃ!」
「ふれーふれー、アイリス様! がんばれがんばれ、プニガミ様!」
「私たちがついてるわよー」
そして、騒がしくも頼もしい声援が。
「プニガミ。これで勇気百倍ね」
「ぷに、ぷにっ!」
「さあ、行きなさい。プニクイーンを倒すのよ」
「ぷににん!」
プニガミがリングの中央でプニプニ揺れ動いて戦意をアピールする。
「ふん。やる気だけは十分ね。けれど、今まで私たちに挑んでいたスライムだって、同じくらい気合いが入っていたわ。気持ちだけじゃどうにもならないって教えてあげる。プニクイーン、返り討ちにしてあげなさい」
「ぷいんっ!」
プニクイーンもまた黒い体をプニプニさせ、赤い瞳を光らせた。
恐るべき迫力だ。
しかしプニガミは少しも臆した様子がない。
「スライム相撲、決勝戦ッ! レディィィィィゴォォオォオッ!」
審判が叫ぶ。
と同時に、プニガミは正面から突っ込んだ。
虹色の魔力を噴射して、砲弾のような体当たり。
プニクイーンをリングの端まで押し込んだ。
が、そこで止まってしまう。
「ふぅん。言うだけあって、なかなかのパワーね。でも、プニクイーンには遠く及ばないわ」
「ぷいんぷいん!」
「ぷにに!?」
プニガミの体がじわじわとリングの中央まで戻されていく。
プニクイーンは特別勢いをつけて追いしているわけではない。
リングの端で停止した状態から、一歩一歩、ゆっくり散歩するように、悠然とプニガミを押している。
そんな静かな動作なのに、プニガミは押し返せなかった。
リングの中央を越え、今度はプニガミが端まで追い込まれつつある。
「プニガミ逃げて! スピードで攪乱するのよ!」
「ぷに!」
今まで馬鹿正直に力のぶつかり合いをしていたプニガミだが、アイリスの指示で真横に飛んでプニクイーンから逃れる。
そしてリングの中をぷにぷにと跳ねながら縦横無尽に移動。
「ぷいんっ」
今度はプニクイーンからタックルしてきた。
だがプニガミの素早い動きを捉えきれず、外してしまう。
「どうよ! プニガミは速いんだからね!」
昨日もアイリスはプニガミを抱きしめて眠った。
そのアイリスにはマリオンが抱きついてきたので、暑苦しくて寝汗を沢山かいてしまった。
アイリスの大量の汗を吸ったプニガミは、昨日までとはひと味違う。
「……昨日のスライム転がしよりも速くなってる……? どうやったか知らないけど、大したものね。でも、無駄よ」
エミィは指を鳴らす。
するとプニクイーンがコマのように回転を始める。
そう。
昨日、スライム転がしで大勢のスライムを空高く舞い上げた、あの竜巻を発生させたのだ。
リングの中は狭い。
こんな至近距離で竜巻に巻き込まれたら、プニガミは吹き飛ばされ、問答無用で負けてしまう。
けれど、それはこの技を知らなかった場合の話だ。
「その竜巻は、対策済みよ! プニガミ・アンカー!」
「ぷにーん!」
プニガミは体の一部を変形させ、杭のように地面に突き刺した。
本来であれば、客席まで飛ばされていたのだろう。
しかしプニガミは完全に固定され、竜巻にビクともしない。
やがてプニクイーンは竜巻が効かないと悟ったのか、回転をやめてしまう。
「へぇ……初めてだわ、こんな方法で防がれたの。面白いじゃない。ええ、面白いわ!」
エミィが、笑った。
それは冷笑とか嘲笑とか、そういった負の笑いではなく。
本当に楽しそうに。
一瞬ではあるが、その顔に笑みを浮かべたのだ。
「プニクイーン。いいものを見せてもらったお礼に、見せてあげなさい。体を変形させるのは、あなたの方が得意だってところを!」
「ぷいーん!」
プニクイーンの体から、細いヒモのようなものが伸びていった。
その先端が膨らみ、角度を変えてまた伸びる。
ヒモは腕。そこから生えるのは剣。
「なっ! スライムなのに剣士になった!?」
「どう? あなたのプニガミにこんな複雑な変形ができるかしら? 言っておくけど、見かけだけじゃないわ。プニクイーンは剣術が上手いんだから!」
「ぷいん!」
「気をつけてプニガミ!」
「ぷ、ぷにー!」
プニクイーンは目にもとまらぬ速さで剣状になった体を振る。
プニガミは後ろに下がってギリギリで回避。
が、プニクイーンの攻撃は止まらない。
息もつかせぬ突きを繰り出してきた。
プニガミはそれらの攻撃を何とか避け続ける。
しかしリング際まで追い詰められた。
これ以上は下がれない。
「よく、ここまで回避し続けたわね。見上げた反射神経だわ。けれど、お終い。ちょっとだけ楽しめたわよ」
エミィはそう言って、髪をかき上げる。
勝利を確信したのだろう。
そしてアイリスも、そのときは負けたと思ってしまった。
こうなれば逆転の手はない。
「とどめよプニクイーン。プニガミを押し出しなさい」
「ぷいーん!」
プニクイーンの剣の切っ先が、プニガミに迫る。
当たれば押し出される。
回避すれば自らリングの外に出てしまう。
ところが。
プニガミは諦めていなかった。
「ぷににぃぃ!」
剣が当たる瞬間。プニガミは体をCの形に変形させた。
剣は開いた穴に入っていく。
その瞬間、プニガミは体を元の形に戻した。
結果、プニクイーンの剣が、プニガミの体内に取り込まれた。
「ぷいん!?」
「うそ!? プニクイーン以外にもここまでの変形ができるスライムがいたなんて!」
プニクイーンとエミィは驚きの声を上げる。
だが、アイリスはその光景を見て納得した。
なにせプニガミは毎日、アイリスとイクリプスの抱き枕にされ、ムギュッと変形している。
どのスライムもそのくらい変形すると今まで思っていたのだが。
どうやら高度な技だったらしい。
「ぷいん! ぷいん!」
プニクイーンは剣を抜こうとしている。
しかしプニガミによって完全に固定されており、抜ける気配はなかった。
「くっ……プニクイーン、抜けないなら、そのまま押し込みなさい!」
「ぷいーん!」
プニクイーンの瞳が赤く輝く。
体をゴムのようにしならせ、地面を蹴って押し込もうとする。
が、プニガミは再び体の一部を杭に変形させ、地面に突き刺していた。
そして更に――。
「ぷっにぃぃぃ!」
虹色の魔力を輝かせて、杭を軸に、力一杯回転。
プニクイーンはリングの外へと引きずられていく。
これが人間の剣士なら、剣を放せばいいだけだ。
しかしプニクイーンの剣は、体の一部なのだ。手放すことはできない。
おまけにプニガミは、自分を押し出そうとするプニクイーンの力を受け流し、回転力に加えている。
結果、プニクイーンの体はリングの外へ放り出された。
瞬間、プニガミは剣の固定を解除した。
プニクイーンはゴロゴロと客席まで転がっていく。
「勝者、プニガミィィィ!」
審判の宣言が響き渡る。
「やったぁぁぁぁ! プニガミ、凄い! 本当に優勝しちゃった!」
「ぷににん、ぷににーん!」
アイリスはリングまで入っていき、プニガミを抱きしめる。
プニガミも「やった、やった!」と喜び、アイリスの腕の中でぷにぷに動く。
「そんな……私のプニクイーンが……負けた……そう、負けたのね。私たちよりも強い奴がいたのね……」
エミィは空を仰ぎ、淡々と呟く。
そこに込められた感情は、どんなものだろうか。
「ぷいん……」
客席に突っ込んだプニクイーンが、エミィのところまで戻ってきた。
まるで叱られるのを待っている子供のような声を出す。
しかしプニクイーンを見るエミィの表情に、怒りはない。
「プニクイーン。あなたは強かった。全力を出した。当然よ。だって、あなたは私が育てたスライムだもの。けれど、プニガミのほうが強かった。それはあなたの責任じゃない。ねえ、プニクイーン。来年は必ず優勝させてあげるから。だから、また私と一緒に頑張ってくれる?」
「ぷいんっ!」
プニクイーンは大きく跳びはねた。
「ありがとう、プニクイーン……そして、アイリス! プニガミ! あなたたち、来年も出場しなさいよ! あなたたちを倒すことを目標にするんだから!」
そう言ってエミィはアイリスたちを指さした。
その声は活気に満ちていた。
あの無気力だったチャンピオンが嘘のようだ。
いや。
おそらく、こちらが本当のエミィなのだ。
挑むべき目標さえ見つけられれば、彼女はこうやって燃え上がる。
「……分かったわ。来年もプニガミと一緒に出場する!」
「ぷにー!」
プニガミは「受けて立つ!」なんて格好いいことを言っている。
それにしても、優勝するつもりで挑んだのは確かだが……本当に優勝してしまうとは。
プニガミにこんな底力があるとは知らなかった。
土壇場での爆発力。
間近で見ていたアイリスは、胸がドキドキした。
これがスライム相撲の醍醐味なのだろうか。
「プッニガミ! プッニガミ! プッニガミ!」
客席からプニガミコールが聞こえてくる。
優勝したスライムだ。当然だろう。
「アイリス! アイリス! アイリス!」
「えっ、私も!?」
急に名前を呼ばれたアイリスは飛び上がるほど驚いた。
「そりゃ、優勝スライムのマスターだもの。当然でしょう?」
エミィが呆れた声を出す。
「あわわわ……全員が私を見てる……恥ずかしい……ひぇぇぇ!」
「ちょっと、どこに行くの!? このあと表彰式があるんだけど!」
エミィが止めるのを無視して、アイリスはプニガミを抱いたまま大ジャンプ。
客席を飛び越え、公園の外まで逃げてしまった。




