72 準決勝
プニガミ。プニョバロン。プニクイーン。
この三匹は他のスライムから頭一つ抜けた強さを見せつけ、優勝候補だと注目を集めた。
「プニョバロンとプニクイーンは知ってるけど、プニガミって知らないな」
「マスターの女の子、可愛いな。今まで見たことなかったけど、どこから来たんだろう」
会場のあちこちからそんな話し声が聞こえてくる。
アイリスは恥ずかしいので、自分の試合がないときはマリオンの後ろにずっと隠れていた。
やがて準決勝。
六十人近くいた参加者は、四人まで絞られた。
アイリスとプニガミの相手は、特筆すべきものがない普通の相手だ。
今までの試合を見ていても、凡庸なスライムだと分かる。
そしてシンディーとプニョバロンの対戦相手は当然、エミィとプニクイーン。
アイリスは、プニクイーンを倒してくれと頼まれた。
しかしシンディーが自分の手でそれを成すのが一番いいに決まっている。
「エミィ。あなたとぶつかることができて、嬉しいです!」
「そう。私は何も感じないけど」
「……でしょうね。あなたをたぎらせることができるスライムは、この町にいませんでした。こうして年に一回、世界中のスライムが集まっても、あなたのプニクイーンはなお最強です。けれど、私とプニョバロンはこの一年、頑張ってきました! 何も感じないなどと、言わせません! この戦いで、私の想いを、届けます!」
客席で聞いているだけで胸が震えるほど、シンディーの言葉は熱かった。
だというのに、エミィの表情は冷めたまま。
氷が溶けない。
その温度差で、リングの上の空気が歪んでいるかのようだ。
「スライム相撲、準決勝! レィィィィィゴォォォォォッ!」
審判の熱い合図と共に試合が始まる。
普通なら、ここで二匹のスライムがガッチリと正面からぶつかり合う。
そのあとにどんな展開になろうとも、スライム相撲の開幕そういうものだと皆が思っていた。
しかしプニョバロンは動かない。
理由は単純。
プニクイーンに正面からぶつかって、勝てるわけがないのだ。
そしてプニクイーンもまた、絶対王者だと自覚しているゆえ、自分からは仕掛けない。
挑戦者に先手を与え、返り討ちにする。
プニクイーンは一回戦からずっとそんな戦い方をしてきた。
「どうしたのよ、シンディー。私に何かを伝えてくれるんでしょう? いくら待っても、私のプニクイーンに隙なんて生まれないわよ」
「……ですね。ええ、分かっています。プニクイーンがどれほど強いのか、分かっています。けれど!」
そのとき。
シンディーの背後にある雲の切れ間から、太陽の光が刺した。
突然の強烈な光線に、エミィは目を細める。
いや。
太陽の光にしても、それは強すぎた。
「まさか!」
「遅いですよ!」
エミィがその正体に気づいたとき、すでに攻撃は始まっていた。
雲の切れ間から太陽が現われたのは間違いない。
そしてプニョバロンは、それにタイミングを合わせて、頭上に火の玉を作り出したのだ。
その火の玉を太陽のまぶしさと誤認したエミィとプニクイーンは、反応が遅れてしまう。
直撃し、爆炎が広がる。
その熱はリングを越えて広がり、客席まで迫る――。
「ただいまの攻撃がリングの外に被害をもたらすと判断し、防御結界を張らせていただきました。どうか、安心して観戦を続けてください」
審判の人の声がとどろく。
流石は毎年行われている大会だ。
こういった事態も想定して、魔術師を待機させていたらしい。
あやうくマリオンが防御結界を張って、目立ってしまうところだった。
「……なるほど。確かに今のは不意を突かれたわ。プニクイーンに隙はないと言ったのは訂正しなきゃね。けれど」
爆発が収まり、リングが客席からも見えるようになる。
そこには、さっきと同じ光景が広がっていた。
プニョバロンとプニクイーンが睨み合い、シンディとエミィが立っている。
そう。何も変わらない。
火の玉の直撃でも、プニクイーンにダメージを与えることは不可能だったのだ。
「くっ……まさか、無傷だなんて……」
「そうね。無傷よ。確かに、プニョバロンは去年よりも強くなった。今の戦法だって大したものよ。あなたたちが、この上なく努力したのは伝わるわ。熱い想い、届いたわよ。でも、それでもプニクイーンは無傷なのよ。分かる? 私とプニクイーンはまるで努力なんてしていないのに。私がまだこうやってスライム相撲を続けているのは、私がチャンピオンで居続ければ実家の宣伝になるから。食堂に客が来て、お父さんとお母さんが喜ぶから。それだけよ。ありがとう、シンディー。あなたは大切な友達よ。けれど、私の心は埋まらない。もう、私のために無駄な努力、しなくていいから」
エミィの言葉は、決して勝ち誇ってなどいなかった。
勝利の喜びはない。
敗者への侮蔑もない。
ただただ空虚。
空っぽの瞳と声が、シンディーに注がれる。
シンディーの想いは届いている。その上で心が埋まらない。
そう言われてしまったのだ。
これは、無視されるよりも、なお辛い。
「ふ、ふざけないでください! 無駄な努力なんて、この世にありません! 諦めなければ、いつかきっと、何かの形で実るはずです! それが最初の目標とは違っていても、努力は無駄にはなりません! プニョバロン、体当たりです!」
「ぷにょーんっ!」
プニョバロンは無謀にも、真正面からプニクイーンに向かっていく。
不意打ちの火の玉が通じなかった以上、敗北は確定。
渾身の体当たりによって奇跡が起きるということもなく、プニョバロンは当然のように跳ね返され、リングの外へ。
「勝者、プニクイーン!」
審判の宣言。
シンディーとプニョバロンの戦いは終わった。
なのに、シンディーの瞳には炎があった。
その瞳でまっすぐ見つめられたエミィは、初めてわずかな動揺を見せる。
「……どういうつもりの顔よ、それ」
「私たちは負けました。けれど、私たちの本気は伝わったでしょう。あなたに。そしてアイリスさんとプニガミさんにも。私たちの想いは、きっと二人が引き継いでくれます。私たちの一年間の努力は無駄にはならないはずです!」
「意味が分からないわ。いえ、あなたの頑張りに免じて、こう言ってあげましょう。あなたが想いを託した決勝戦、楽しみにしてあげる」
エミィはプニクイーンを連れてリングを去る。
そのとき、彼女は一瞬だけアイリスを見た。
期待のこもった瞳――ではない。
楽しみにしてあげる、なんて言いながら。微塵もそういう感情がこもっていない。
「……プニガミ。今のあいつの目を見た?」
「ぷに!」
「……かわいそうね。ここまで友達にしてもらっても、信じることができないなんて。そして、腹が立つわ。プニガミのことを侮っている! 絶対に勝つわよ、プニガミ!」
「ぷににーん!」
アイリスとプニガミは、改めて気合いを入れ直した。
横にいたミュリエルが、「いつからそんな熱血キャラになったのじゃぁ?」と不思議そうにしている。
いつからって、今からだ!
シンディーの想いを、引き継いだのだ!




