71 スライム相撲、開幕!
そしてスライム祭り二日目。
いよいよスライム相撲が行われる日だ。
「ぷににーん!」
昨日と同じくアイリスは、布団の上で跳びはねるプニガミに起こされる。
「はいはい。今日は流石に起きるわよ。というわけでマリオン。着替えさせて」
「そう言うと思ったわよ、もう」
そして一階のロビーに集合し、皆でスライム相撲の会場に向かう。
シンディーも出場するのだから一緒に行こうと誘ったのだが、「私が出場すると言うことは、つまりライバルということ! 馴れ合うわけにはいきません! もしトーナメントで当たったら、全力で戦いましょう!」と言われてしまった。
なのでアイリスたちは一足先にホテルを出る。
会場は、町の中にある大きな公園だった。
公園の真ん中にリングが四つある。
以前シンディーがシルバーライト男爵領に来たときに魔法で作ったリングと同じ大きさだ。
参加人数が多いので、四試合を並行してやるのだろう。
「出場するスライムのマスターは、こちらで受付してくださーい」
そんな声が聞こえてきた。
「うげぇ……また受付かぁ……」
「仕方ないでしょ。ほら、頑張りなさい」
「ふぇぇ……せめてプニガミは一緒に来て……」
「ぷーに」
プニガミが「おっけー」と言ってくれたので、アイリスは早速、その上に座る。
そして、ぷにぷにと受付まで向かっていく。
受付には同じようにスライムを連れた人たちが並んでいた。
また話しかけられやしないかと、アイリスはそわそわする。
が、どうも昨日までとは雰囲気が違う。
どのスライム使いもピリピリしていた。
お祭りなのに、お祭り気分じゃない。
スライム相撲だけは遊びではなく、真剣勝負。
きっと、そういうことなのだろう。
「はい、次の人。マスターの名前と、スライムの名前をどうぞ」
「え、えっと、えっと……私の名前は……アイリス! この子は、ぷ、ぷ、プ、ニガミです!」
「プププ・ニガミ?」
受付のお姉さんがちょっと格好いい間違え方をした。
「いえ、プニガミです!」
「はい、アイリスさんに、プニガミさん……っと。はい、オッケーです」
受付をすませたアイリスは、大急ぎでマリオンたちのところに戻る。
「はぁ……はぁ……緊張で吐きそうだわ……」
「ぷにー!?」
僕の上に吐くなよ、とプニガミは必死な声で言う。
「そんな緊張したのに、ちゃんと受付できて偉いのじゃ」
「うん。アイリスお姉ちゃん、いい子いい子」
二人が頭を撫でてきた。
ミュリエルはともかく、妹であるイクリプスに撫でられるのはいかがなものだろうか。
アイリスは複雑な気分になる。
△
やがて、スライム相撲のトーナメント表が発表された。
プニガミの最初の対戦相手は、プニジェネラルというスライムだ。
一回戦からプニョバロンと潰し合うことは避けられた。
そのプニョバロンとシンディーが、アイリスのそばにやってきた。
「……気をつけてください。プニジェネラルはスライム四天王の一人。そして、そのマスターは私とエミィの師匠です」
「え、四天王? 師匠? そんな強敵と一回戦から当たるなんて……運がないわ」
「そうですね。しかし、プニジェネラルはここ三年間は連続で準優勝。つまり、それに勝てないようではプニクイーンには絶対に勝てないということです」
「なるほどね。優勝を目指しているんだから、誰と当たろうと怯んでちゃダメね」
「はい。勝ち進めば、私のプニョバロンはプニガミさんよりも早くプニクイーンと戦うことになります。もちろん全力で戦います。でも……」
「分かってるわ。あなたたちが負けたら任せて。負けたらね」
「ええ、はい! 私たちが負けると決まったわけではありませんからね!」
「ぷにょにょ!」
シンディとプニョバロンは気合いのこもった声を出す。
△
そして、いよいよプニガミの試合だ。
「プニガミ頑張れ!」
リング脇でアイリスは応援する。
少し離れた客席で、マリオンたちも見守っている。
「ぷーにに!」
プニガミは「一瞬で決めてやる」と格好いいことを言いながら、リングの中央に向かう。
相手の黄色のスライムも同じように出てきた。
リングの向かい側には、そのマスターが立っている。
髪も髭も真っ白な、おじいさん。
かなりの年齢だが、しかし腰はまっすぐで、それどころか結構な筋肉がある。
「ほう。初めて見るが、かなりいい艶のスライムだ。まさかこんなスライムと出会うとは思わなかった。プニガミと言ったかのう?」
おじいさんは自分の髭を触りながら言う。
「ぷにっぷにー!」
「威勢のいいスライムだ。いい試合ができそうだ。ワシはブライアン。こやつの名はプニジェネラル。スライム四天王の一人だ。いざ尋常に参ろう」
とても丁寧に名乗られてしまった。
こうなるとアイリスも名乗り返さないと失礼だ。
「わ、わ、私はアイリス……いざ、いざー、じんじょうにゅ……」
大勢の人が見ている前で噛みまくった。
これは恥ずかしい。
いますぐプニガミに顔を埋めて隠れたい。
「はは。四天王が相手だからと緊張する必要はない。実際に戦うのはスライムなのだ。マスターはどっしり構えておれ」
そう言われても、アイリスは別に四天王が相手だから緊張しているのではない。
初対面の人間は、例外なく怖いのだ。
「スライム相撲……レディィィゴォゥッ!」
審判の合図で、プニガミとプニジェネラルが激突。
互いに反動でぷにんと跳ね返った。
「ほう……ワシのプニジェネラルと互角の体当たりとは……こんな猛者と一回戦で当たってしまうとは、今年はくじ運がないのぅ。エミィと当たるまでは負けられないというのに」
「……リベンジ?」
「ふむ。それもある。ワシはエミィの師匠だ。師匠が弟子にやられっぱなしでは格好がつかん。一人のスライム使いとして、勝ちたいという思いもある。だが、それ以上に! 弟子が孤独にさいなまれているなら、手を差し伸べるのが当然!」
ブライアンは今までの落ち着いた口調とは打って変わり、燃えるような感情を露わにした。
「エミィが感じている孤独、ワシにはよく分かる。何せワシはエミィに破れるまで、五年連続でチャンピオンだった。挑むべき相手がいなかった。ワシに挑んでくる者もいなかった。あれは本当に虚しかった……もうスライム相撲をやめてしまおうとすら思った。しかし、シンディーとエミィに出会い、若者を育てる楽しみを知った。あの二人のおかげでワシはまだスライム相撲を続けている。そしてエミィがワシを超えるほどに成長し、悔しくも、嬉しくもあった。もう一度、ワシは挑戦者として挑めるのだ。こんなに嬉しいことがあるか。ゆえにワシはエミィを倒し、奴に敗北を教える! エミィに挑戦者としての喜びを思い出させてやる! それが師匠としての最後の務めよ! のう、プニジェネラルよ!」
「ぷるー!」
プニジェネルラルの体から、雷がほとばしる。
それが地面を焼き、リングの外にいるアイリスにもビリビリとした軽い痛みを与えた。 当然、客席からも悲鳴があがる。
しかし、プニガミは平然としていた。
虹色の魔力を身に纏い、雷を完全に防いでいる。
「……やはり耐えるか! ならば!」
四方に散っていた雷のエネルギーが一点に集まり、プニガミへと伸びていく。
今までとは比べものにならない威力。
並のスライムが食らったら、死んでしまうだろう。
だからこそプニジェネラルは手加減し、雷を拡散させていた。
その気遣いは、プニガミには無用。
「プニガミ、突撃よ!」
「ぷっにー!」
アイリスの合図とともに、プニガミは雷を避けることなく、むしろ向かっていく。
そのままプニジェネルラルへ強烈な体当たり。
「ぷるるー!?」
まさか雷を貫いて向かってくるとは思っていなかったのだろう。
プニジェネルラルは反応できず、リングの外まで転がっていく。
「……なんと。エミィを倒すと意気込んで来たワシらが、まさか初戦で敗退するとは……これもまたスライム相撲か」
ブライアンはプニジェネルラルを撫でながら呟く。
「……ブライアンさん。私とプニガミは優勝するわ。エミィとプニクイーンを倒す。あなたの想いは、私たちが伝えるわ!」
「ぷにっ!」
「そうか……ありがとう。エミィにシンディー。そしてアイリス。次々と強き若者が現われる。くく、挑みがいのある時代が来たものだ。来年、また会おう」
かつての五年連続でチャンピオンだった男は、一回戦でトーナメントから消えた。
だが、その後ろ姿に哀愁はない。
彼はまだまだ、勝負の世界から降りるつもりはないのだろう。
そんなブライアンの想いをアイリスたちは託された。
絶対に勝ち上がり、エミィに届けるのだ。
△
一方、シンディーとプニョバロンも順調に一回戦を突破した。
そしてエミィとプニクイーンは、四天王の一人との対戦。
同じ四天王でありながらも、圧倒的な強さを見せつけ、数秒で試合を終わらせた。
一回戦から四天王が二人も消えるという大波乱。
今年のスライム相撲は、かつてない幕開けとなったのである。




