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65 スラスラーンの町

 チラシいわく。

 スライム祭りは百年の歴史を誇る、由緒正しい祭りである。

 スラスラーンの町で三日間に渡り開催され、毎年、二千人以上のスライム使いがやってくる。


 他にもゴブリン祭りやゾンビ祭り、モンゴリアンデスワーム祭りなど、様々なモンスター使いの祭りが世界各地で開かれているが、スライム祭りはその中でも最大の規模を誇っている。


 なお、これは余談だが、最も規模が小さいのはドラゴン祭りだ。

 五十年ほど前に一度だけ開催されたが、三人しかドラゴン使いが集まらず、第二回は開かれていない。


「は? 誇り高いドラゴンが、人間と仲良くするわけ……ないこともないか」


 チラシを読んだマリオンは不満を口にしかけたが、途中で我が身を振り返ったのかトーンダウンした。


「どうしてドラゴン使いの祭りは参加者が少ないのじゃ?」


「それはきっと、ドラゴンを使役するのが大変だからでしょうねー。ドラゴンは基本的に、自分より弱い相手には従わないからー」


 ジェシカの説明に、ミュリエルは「なるほどのぅ」と頷く。

 そういえば、とアイリスは思い出す。

 マリオンとジェシカがこの村にいるのは、アイリスに負けたからだ。

 すっかり仲良くなってしまったので、かつて争っていたのを忘れていた。


「スラスラーンの町は歩いて行くと、一週間くらいかかっちゃいますね。しかし、この村にはドラゴンがいます! マリオンさん、ジェシカさん、お願いしますね!」


「はぁ……すっかり乗り物扱いね……」


「ふふ。シェリルちゃんはドラゴン使いになれそうね」


 というわけで、スライム祭りの前日の朝。

 ドラゴン形態になったマリオンとジェシカの背中に乗り、アイリスたちはスラスラーンの町に向かった。


 夕方頃、町から少し離れた場所に降りて、そこから徒歩で行く。

 マリオンとジェシカがドラゴン形態のまま町に接近したら、大騒ぎになるからだ。

 同じモンスターでも、スライムが町中をウロウロしているのと、ドラゴンがウロウロしているのでは、人々の反応はまるで違う。


 ドラゴン祭りが第一回で終わってしまったのは、参加人数が少ないこと以上に、開催する場所がないというのもあったかもしれない。

 周囲に気を遣ってドラゴンを人間形態で連れ回すという手もあるが、それでは到底ドラゴン祭りとは呼べないだろうし。


「凄いのじゃ。お祭りムードなのじゃ!」


「見て見てー。スライムが沢山いるよー。すごーい」


 ミュリエルとイクリプスが言うとおり、町に入ると、いきなりスライムが視界に入ってきた。

 緑色や黄色、白色に黒色。スイカくらいの大きさのから、プニガミより大きいのまで様々。

 どのスライムも人間と一緒に行動しており、誰もそのことを不思議に思っている様子がない。

 むしろ「おたくのスライム、いい艶してますねぇ」なんてスライム談義を始めているくらいだ。


「ヤ、ヤバイ……私も話しかけられちゃう……どうしよう!」


 アイリスはプニガミの表面をムニョムニョつまみながら、うろたえる。

 プニガミに「つまむなよ」と文句を言われたが、つまむと少し落ち着くので仕方がないのだ。


「どうしようって……プニガミの話をしておけばいいじゃないの」


 マリオンはさも当然のように言う。


「プニガミの話って……だって私、スライム使いが普段どんな話してるかしらないし!」


「そんなの適当に合わせておけばいいじゃない」


「て、適当って例えば!?」


「えっと……色艶がいいって褒められたら、相手のスライムの色艶を褒めるとか」


「わ、私にそんな高度なことができるかしら!?」


「別に高度じゃないと思うけど……うーん、アイリスにできるかなぁ」


「ひぇぇ……おうち帰りたい」


「だ、大丈夫! きっとできるから!」


「本当? 不安だから練習しなきゃ……イクリプス。ちょっとスライム使いのつもりになって私に話しかけてみて」


「わかったー。じゃあミュリエルがスライム役ねー」


「妾がスライム!? 難しい役を任されてしまったのじゃ」


 イクリプスは軽やかなステップでアイリスとプニガミの前に立つ。

 その後ろでミュリエルが「ぷにぷに」とプニガミの声まねをしている。が、似ているとは言いがたかった。


「いい色艶のスライムですねー」


「あ、ありがとう。あなたのスライムもいい感じですね……」


「でしょー。ノジャプニって言うんだよー。ほら、ノジャプニ。ご挨拶してー」


「ぷ、ぷにぃ……なのじゃ」


「こ、これはご丁寧に……私のスライムはプニガミと言います……」


 相手が妹だというのに、アイリスは妙に緊張し、むやみに丁寧な口調で返してしまう。


「プニガミですかー。美味しそうですね。ちょっとペロリと舐めてみてもいいですか?」


「は、はい? イクリプス、何を言ってるの?」


「ちょっとだけなので。ではペロリ」


「ぷ、ぷにぃ!」


 イクリプスに舐められたプニガミは「くすぐったいぞ!」と暴れる。


「のじゃぁ! イクリプス、そんなことをしては駄目なのじゃ! 変態になってしまうのじゃ!」


「えー? だってスライム使いになりきるんでしょ? シンディーはプニガミのことペロペロしてたよー? だから私も真似しただけなのにー」


「確かにシンディーはそういうことをしていたが……そこまでなりきることはないのじゃ!」


 ミュリエルはイクリプスを羽交い締めにし、プニガミから引き剥がした。

 イクリプスは「えー」と不服そうだ。


「イクリプスちゃん。ほら、見てご覧なさい。スライム使いが沢山いるけど、誰もスライムを舐めたりしてないでしょ?」


 ジェシカに言われ、イクリプスは町の様子をキョロキョロ見渡す。


「ほんとだー。ペロペロしてなーい」


「ね。普通のスライム使いはペロペロしないの。きっとシンディーちゃんが特別変態だったのよ。イクリプスちゃんは変態になりたいくないでしょう?」


「なりたくなーい。もうペロペロしないよー」


「うふふ。いい子いい子」


 ジェシカはイクリプスの頭をなでる。

 これでイクリプスが変態になってしまう心配がなくなった。

 それにしてもシンディーは何て教育に悪い奴なんだろう、とアイリスは憤慨する。

 この町で出会っても、イクリプスの教育のため、できるだけ会話しないようにしよう。

 なんて思った矢先に――。


「アイリスさんにプニガミさん! それからお供の皆さん! ようこそスラスラーンの町へ!」


「ぷにょーん」


 シンディーとプニョバロンがこちらに走ってきた。

 気さくなシェリルはそれを見て、「町に入っていきなり出会えるとは奇遇ですね」などと言いながら手を振る。

 イクリプスも一緒に手を振ろうとしていたが、アイリスは全力で止めた。


「なんでー? なんで手を振っちゃいけないの?」


「手だけじゃなく。可能な限りシンディーとは絡まないようにして。変態が移るから!」


「変態って移るものなのー? 風邪じゃないんだからー」


「移ったでしょ! イクリプス、プニガミのことペロペロしたじゃない!」


「もうしないから大丈夫だよー。信じてー」


「うっ……そんな純粋な瞳で言われたら、信じるしかないじゃない……」


「わーい、信じてもらえたー」


 イクリプスは嬉しそうにぴょんと跳ねたあと、シンディーに向かってパタパタと駆け寄っていく。


「ちょっと、アイリス。いいの? シンディーは悪い奴じゃないと思うけど……変態なのは間違いないのよ!?」


 マリオンは心配そうに呟く。


「だって……イクリプスが大丈夫って言ってるし……」


「あんた、本当に押しに弱いのね。まあ、シンディーの変態がイクリプスに移ったとしても、プニガミが大変な目にあうだけだから、いいと言えばいいんだけど」


「ぷにぃっ!?」


 プニガミが「やだぁっ!」と声を上げる。


「大丈夫よ、プニガミ。あなた虹色の魔力を使えるようになったでしょ。もしイクリプスがペロリストになっても、それで戦えばいいのよ」


「ぷに? ぷにー!」


 そうか、その手があったか、とプニガミははしゃぐ。

 どうやら『イクリプスには、相手の魔力を無力化するスキルがある』ことを忘れているらしい。

 普段は冷静なプニガミなのだが。ペロペロとか魔力覚醒とかお祭りとか、色々なことが一度に起きすぎて、ちょっと混乱しているようだ。


「ねーねー。シンディーがホテルを紹介してくれるって。よかったねー」


 イクリプスが小走りで戻ってきた。


「ちゃんと予約しておきましたよ! この時期、スラスラーンの町の宿泊施設は、ほぼ全て埋まっちゃいますからね。町の外でテントを張って過ごすスライム使いもいるくらいです。まあ、テント生活も楽しいんですが……私が自信を持ってオススメするホテルです! さあ、こちらへ!」


「ぷにょにょ!」


 シンディーがアイリスたちに手招きする。

 プニョバロンはスライムなので手などないのだが、体の一部を変形させ、手招きっぽい動きをしていた。なかなか芸が細かい。


「気が利くのじゃ。ただの変態ではなかったのじゃ」


「皆でキャンプって憧れますが、道具を持ってきてませんからね~~。ホテルは助かります! ペロリスト変態なのに偉い!」


 ミュリエルとシェリルは、褒めているのか変態とけなしているのか微妙なことを言う。

 しかしシンディーは変態の部分が聞こえなかったのか、ふふんっ、と誇らしげな顔だ。


「お言葉に甘えて案内されちゃうわ。それにしてもシンディーちゃん、よく私たちを見つけられたわね」


「いつ来るのだろうと思い、何度も町の入り口を見に来ていました! いちいち引き返すのが面倒になり、そこの喫茶店に居座って、窓からずっと見張っていたんです! そしたら皆さんの姿が! いやぁ、偶然って凄いですね!」


「あ、あら、そうなの……」


 シンディーの言葉に、ジェシカですら微妙な笑みを浮かべた。

 ずっと見張っていたなら、それは偶然ではなく必然なのでは。というツッコミを入れたいところだが、本人が偶然だと信じているようなので、放っておこう。


「ねーねー、アイリスお姉ちゃん。ずっと見張ってたなら、それって――」


「イクリプス。シンディーはきっと偶然だって信じたいのよ。だから黙っていてあげて」


「そうなんだー。よくわかんないけど、黙ってるー」


 そんな話をしていると、やがてホテルの前にたどり着いた。

 四階建ての立派な建物だった。

書籍版2巻、そろそろ並び始める書店が出てくると思います。

よろしくお願いします!

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