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62 その名はプニョバロン

「へ、変態じゃありません! 私はスライム使いのシンディー! この村に素晴らしい色艶のスライムがいると噂を聞いてやってきたのです!」


 少女はシンディーと名乗り、この村に来た経緯を説明してくれた。

 見た目通り普通そうだ。変態というのは誤解だったかもしれない。


「それで、そちらの水色のスライムさんがあまりにも素晴らしすぎて、つい抱きついてなで回して、更になめ回してしまったんです!」


「やっぱり変態だぁ!」


「ぷにー!」


 アイリスとプニガミは、布団の中から叫ぶ。


「変態じゃありませんってば! スライムが大好きなだけです!」


「シンディー、変態さんだって自覚ないのー? ダメだよー」


「そうじゃ。変態なのは個人の自由じゃが、それを自覚し、周りに迷惑をかけないようにするのじゃ。初対面のスライムをなめ回してはいけないのじゃー」


「うっ……確かになめ回したことは謝ります……ですが、変態とは違います! 誰だって一度くらい、スライムをなめ回したことあるでしょう!?」


 シンディーは真剣な顔で訴える。

 しかし誰も頷かなかった。

 むしろ何を言われたのか分からないという顔で、ポカンとするしかない。


「うーん……うーん……よく分からないけど、がんばってね。きっと誰か分かってくれる人が世界のどこかにいるよー」


 イクリプスが何やらシンディーを励ましている。

 優しい子だ。

 きっと変態の孤独を感じ取ったのだろう。


「ど、どうして私は励まされているんですか!? 私と同じ考えの人は沢山いますよ! むしろスライム使いは皆そうです!」


 シンディーは叫ぶ。


「そのスライム使いとは何なのじゃー?」


「よくぞ聞いてくれました! スライム使いとは、スライムと心を通わせ、友達になり、共に生活する者のことです。ねっ、プニョバロン!」


「ぷにょ!」


 シンディーの後ろにいたピンクのスライムが、ぷにょんと跳びはねた。

 確かに心を通わせているらしい。


「のじゃー。そのピンクのはプニョバロンというのかー。しかしスライムと心を通わせるということなら、そこにいるアイリスもスライム使いなのじゃー」


「ええ! スライムと一緒に布団に潜るなんて、仲のいい証拠! きっと毎晩ペロペロなめ回しているに違いありません!」


「そんなことしてないわよ!」


 ついアイリスは布団から顔を出しツッコミを入れてしまった。

 するとシンディーと目が合った。


「ひゃぁっ、知らない人間怖い!」


 ツッコミを入れた勢いそのままに会話できればいいのだが、アイリスの勢いはそこまで続かなかった。

 特に今回、相手は変態だ。いつも以上に怖い。


「アイリスの人見知りも相変わらずなのじゃ」


「アイリスお姉ちゃん。大丈夫だよ。変態さんは私とミュリエルで村の外に連れて行くからー」


「お任せなのじゃ!」


 イクリプスとミュリエルはシンディーの腕を引っ張り、連行しようとする。


「え、ちょっと。腕を引っ張らないでください……私は水色のスライムに用事があって……ああ、プニョバロン、助けて!」


「ぷにょ!」


 プニョバロンという名前のピンクスライムは、イクリプスとミュリエルに体当たりする。

 しかし、しょせんはスライムだ。

 どんなに勢いよく体当たりしても、柔らかすぎてダメージを与えられない。


「あはは、くすぐったーい」


「プニガミとそっくりなのじゃー」


「くっ、流石のプニョバロンも人間は倒せませんか……!」


 シンディーは苦悶の表情を浮かべる。

 そしてイクリプスとミュリエルは、プニョバロンの体当たりを食らいながらも、シンディーをずるずる引きずって行く。


 と、そのとき。

 領主であるシェリルと、ドラゴン少女のマリオンが教会にやってきた。


「アイリス様。ここにピンクのスライムを連れた人が……あ、いました」


「どうしてイクリプスとミュリエルが体当たりされてるのよ……」


 二人はシンディーとプニョバロンを見ても、さほど驚いた様子がない。

 それどころか最初から知っていたようなことを言っている。


「のじゃ? もしかして二人は、この変態と知り合いなのか?」


「へ、変態と知り合いなわけないでしょ!」


 と、マリオンは真っ赤になって叫ぶ。


「変態じゃないです!」


 シンディーも真っ赤になった。


「まぁまぁ。この村は変な人が多いですから。シンディーさんがどんな変態か知りませんが、仲良くしましょうよ。皆、仲間です」


 シェリルはのほほんとした口調で言う。

 アイリスは、スライムをなめ回すような変態と仲間扱いされたくなかったが、ここでツッコむと話が進まないので、ぐっと我慢することにした。


「……その様子だと、シェリルとマリオンは、シンディーを知っている感じね」


 アイリスは鼻から上だけを布団から出し、できるだけシンディーを見ないようにしてシェリルとマリオンに話しかける。


「ええ、まあ。さっき丘の下でウロウロしているのを見つけまして。この村の人ではありまあせんし、おまけにスライムを引き連れていたので、どうしたのかなぁと思って話しかけたんです。で、そこにお散歩中のマリオンさんも偶然、やってきて」


「べ、別に暇だからアイリスのところに遊びに行こうとしてたんじゃないからね!」


 マリオンは必死な感じで呟く。


「それでシンディーさんに事情を聞いたら、色艶のいいスライムを探してわざわざシルバーライト男爵領まで来たって言うじゃないですか。いやぁ、プニガミ様の噂は遠くまで届いているんですねぇ。私、嬉しくなって。そのスライムなら教会にいますよ、と教えてあげたら、シンディーさん、凄い早さで丘を登り始めて。どんな様子かなと思って、追いかけてきたわけです」


「何だっけ。スライム使い、だっけ? アイリスと気が合いそうじゃない。まあ、アイリスは初対面の人間は例外なく怖いんでしょうけど。話しているうちにスライム談義で仲良くなれるでしょ」


 マリオンは腰に手を当て、説教くさい口調で語った。

 早く人見知りを何とかしろ、と言いたいのかもしれない。

 だが、このシンディーという変態は、アイリスでなくともドン引きするような大変な人なのだ。


「仲良くなれないわよ! だってシンディーったら、プニガミをいきなりペロペロしたのよ! ほら、プニガミがこんなに怯えて……」


「ぷにぃ……」


「え……いきなりペロペロ……!? 変態じゃないの!」


 マリオンは青ざめる。


「……そうですか? 私、アイリス様のこと、いきなりペロペロしましたけど」


 シェリルは顎に手を当て考え込む。

 そう言えば、アイリスは以前、シェリルにペロペロされたことがあった。


「なっ! シェリル、あなたそんな羨ましいこと……じゃなかった、変なことをアイリスにしてたの!?」


「いやぁ、魔が差しちゃって。マリオンさんもペロペロしたいなら、したらいいじゃないですか。アイリス様は嫌がりますけど、何だかんだで許してくれますから!」


「そ、そうかしら……?」


 マリオンは頬を赤くしながらアイリスに目を向ける。


「いや、許さないわよ! マリオン、悩まないで!」


「はっ! シェリルの口車に乗るところだった!」


「そんなのはどうでもいいのじゃ。シンディーはプニガミをペロペロして満足したなら、もう帰るのじゃ。まさか、もっとペロペロしたいのかぁ? プニガミが嫌がってるからダメじゃぞ」


「いえっ、ペロペロはしたいですが……用件は別です! 私は、その水色のスライムに、スライム相撲で勝負を挑みに来たのです!」


「スライム相撲……なんじゃあ、それ?」


 ミュリエルは首をかしげる。

 この前まで王都で暮らしていたシェリルも、ドラゴンでありマリオンも知らないらしく、一緒に不思議そうな顔をした。

 もちろん、アイリスとイクリプスだって知らない。


「ぷにーん?」


 スライム相撲というからにはスライムが何かするのだろうが、、プニガミも「何それ」と言っている。


「スライム相撲を知らないのですか!? そんなにスライムと仲がいいのに! スライムバトルの基本じゃないですか!」


「いや、そう言われても……まずスライムバトルって何よ」


 アイリスは対人恐怖症よりも好奇心が勝り、シンディーに質問した。


「スライムバトルとは……スライム使いが、お互いのスライムを競わせるスポーツです! 知恵と勇気。努力と根性。そしてスライムとの信頼関係など、様々なスキルを求められる高度なスポーツです! 種目は色々ありますが、スライム相撲はその基本にして最高峰! スライム相撲で強いスライムを育てたスライム使いは、全てのスライム使いから尊敬を集めるのです!」


「へえ……スライム使いってそんな沢山いるんだ……」


「それはもう! スライム使いの文化は世界中に広まっています!」


 シンディーはそう言って誇らしげに胸を張る。

 するとシェリルが「そう言えば」と呟いて手のひらをポンと叩く。


「確かに、スライムを引き連れた人を王都で何度か見ました。スライムに限らず、モンスターを使役するモンスター使いは結構いるらしいですね。スライム以外のモンスターがうろうろしていたら大騒ぎになるので、町には入ってこないみたいですが」


「あれー? 逆にどうしてスライムは大丈夫なのー?」


 イクリプスが疑問を口にした。


「それは……弱いからですね」


「そっかー」


 シェリルとイクリプスの会話を聞いて、プニガミが布団から飛び出した。


「ぷに! ぷにー!」


 弱いとは何事か、と怒っている。


「ぷにょん! ぷにょん!」


 プニョバロンも「そうだ、そうだ」と言っている。

 どうやらスライムは弱いと言われたくないらしい。

 弱いのに。


「スライムを弱いと言ってはいけません! スライムは無害なだけです! 決して弱くはありません! その体に優しさが詰まっているので柔らかいだけです!」


「ぷに!」


「ぷにょん!」


「はわわ……ごめんなさい……スライムは弱くないです。スライムは偉大です……」


 一人のスライム使いと二匹のスライムに詰め寄られ、シェリルは青ざめる。


「分かればよろしいです。さあ、スライム相撲をしましょう!」


「めんどい……やらなきゃダメ?」


「ぷにに!」


「え、プニガミは乗り気なんだ……うーん、仕方ないなぁ……」


 お昼までベッドの上でゴロゴロするつもりだったが、予定を変更して起き上がる。


「わーい。アイリスお姉ちゃんが起きたー。まだ朝なのにー。すごーい」


「奇跡なのじゃ!」


「アイリス様! 素晴らしいです! アイリス様はやればできる子だと信じていましたよ! ひゃっほい!」


「アイリス、大丈夫? 無理してない? 朝に起きるなんて、そんな……あんたの限界を超えているわ!」


 ただアイリスはベッドから降りただけなのに、皆が駆け寄ってきて、大げさに騒ぎ出した。

 特にマリオンなど酷い。朝に起きただけで、どうしてここまで心配されねばならないのか。


「私だって朝に起きることくらいあるわよ! ミュリエルが初めて実体化したときだって朝から活動してたでしょ!」


「あれはもう例外中の例外ですからね」


 シェリルは真顔で辛辣なことを言った。

 アイリスは頬を膨らませる。

 しかし誰も「アイリスに酷いことを言ってはいけない」と声を上げなかった。

 スライムは保護されたのに。

 アイリスの名誉はスライムよりも軽視されている。

 世知辛い世の中である。


「私が朝から活動できるってことを証明してあげるわ! で、そのスライム相撲ってどうやるの!?」


「やる気になってくれてありがとうございます! まずは外に出ましょう!」


 シンディーはプニョバロンを連れて教会の外に出た。


「プニガミ、行くわよ!」


「ぷにぃ!」

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