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61 大変な変態

 教会の屋根から、雪解け水がポタポタと落ちている。

 アイリスには冬が遠ざかっていく足音に聞こえた。


 もうすぐ春がやってくるのだろう。

 生まれてからまだ一年経っていないアイリスは、まだ春を経験したことがない。

 しかし、少しずつ温かくなっていく毎日に、心をときめかせていた。


「やっぱり温かいほうが、ぐっすり眠れるわ。ああ、いい二度寝日より……」


 目をうっすらと開け、ステンドグラスから朝日が差し込んでいるのを見たアイリスは、幸せな気持ちで再びまぶたを閉じる。


「アイリスお姉ちゃん。寝てないで外で遊ぼうよー。雪、ちょっとしか残ってないよー。最後の雪合戦しよー?」


「ラストチャンスなのじゃ! 元気に外で遊ぶのじゃ!」


「ぷにー」


 イクリプスとミュリエルが布団を引っ張り、アイリスの二度寝を邪魔しようと頑張っている。

 その後ろでプニガミがぷにぷにと動いていた。


「うーん……もうちょっと寝ていたい気分……」


「もうちょっとってどのくらいー?」


「……お昼くらいまで、かな」


「のじゃぁ? 本当にお昼になったら起きるのかぁ?」


「……うん」


 アイリスはあまり自信がなかったが、イクリプスとミュリエルを納得させるため力強く頷いて見せた。


「わーい。プニガミも聞いたー? アイリスお姉ちゃん、お昼に起きるってー。起きなかったら皆でイタズラしようねー」


「ぷーに!」


「どんなイタズラをするか、今から考えるのじゃー」


 三人は何やら楽しそうに語っている。

 これは大変な約束をしてしまったぞ、とアイリスは後悔する。

 しかし、ようは昼に起きればいいのだ。

 別に睡眠不足というわけではない。その気になれば、今から起き上がることだってできる。

 たんに、もうちょっと布団にくるまっていたい気分なだけだ。

 だから、昼にイクリプスたちが起こしに来れば、素直に起きることができるはずだ。多分。


「じゃあ、お昼まで外で遊んでるね。ちゃんと起きてねー?」


「はーい」


「プニガミ、ミュリエル、村に行こー」


「ぷににー」


「今シーズン最後の剛速球雪玉を見せてやるのじゃー」


 イクリプス、プニガミ、ミュリエルは教会の外に行く。

 それを薄目で見送ってから、アイリスは布団を頭まで被る。

 温かい布団にくるまってダラダラする。こんなに幸せなことはない。


 それにしても、この冬はシルバーライト男爵領で色々なことが起きた。


 この教会の本来の神様だったミュリエルの復活。

 異端審問官ケイティの訪問。

 隣町の守護神ロシュとの出会い。

 ワカガ村のうどん。

 そしてミュリエルの力を封じていた黒幕との戦い。


 ずっと引きこもっていたいアイリスにとって、忙しすぎる冬だった。

 疲れを癒やすために、これから訪れる春はジッとしていよう。

 冬眠の代わりに春眠だ。


 そう決意したアイリスは早速、眠ることにする。

 が、ついさっき出て行ったばかりのイクリプスたちが、慌てた様子で帰ってきた。


「ぷにー、ぷににー!」


 プニガミが一番慌てた様子だ。

 ぷにににに、と素早く教会に入ってきたかと思うと、ベッドに飛び乗り、アイリスにくっついてきた。


「ぷにぃぃ!」


「え、なになに? 何がどうなったの?」


 訳が分からないままアイリスはプニガミを抱きしめ、イクリプスとミュリエルに視線を向けた。


「あのねー、あのねー! 大変なの!」


「変態なのじゃ! 変態なのじゃ!」


 イクリプスは「大変」と言い、ミュリエルは「変態」と言う。

 大変と変態は言葉の響きは似ているが、意味は全く関係ない。

 まるで状況が掴めず、アイリスは首をかしげるばかりだ。


「ぷに! ぷにに! ぷーにぷに!」


「んん? 大変な変態が村にやってきて、その変態に大変なことをされた……?」


「ぷにぷーにっ!」


「そいつは目を輝かせ、ヨダレを流しながら体を触ってきた!? 更にぺろぺろ舐めてきたって! それは確かに大変な変態だわ! イクリプスとミュリエルは大丈夫だったの!?」


「私たちは大丈夫だったよー」


「触られたのはプニガミだけじゃー」


「ええっ!? プニガミだけを狙う変態……それって変態なの?」


 アイリスはてっきり、女の子を手当たり次第触りまくるヤバイ奴が村にやってきたのだと思ってしまった。

 しかし女の子には目もくれず、スライムであるプニガミだけを触ったという。

 プニガミには気の毒だが、村の女の子たちに危険がなさそうで一安心だ。


「ぷに!」


「あ、ごめん。プニガミは大変だったのよね。それにしてもその変態……プニガミを触ってどうしようというのかしら」


「どうするというより、プニガミに触ることそのものが目的という感じじゃったぞ。急に走ってきたかと思ったら、恍惚とした顔でプニガミをなで回し、更にぺろぺろし出したのじゃ。じゃから突き飛ばして逃げてきたのじゃー。プニガミの危機を救ったのじゃー」


「私、びっくりして固まっちゃったのー。ミュリエルがいなかったら、まだプニガミ触られてたかもー。ミュリエルえらーい」


「ぷにーん」


 プニガミはミュリエルに大変感謝している。

 そのくらい変態は大変だったようだ。


「で。その変態はまだ村にいるのね?」


「多分いるのじゃ。プニガミをこうして無事に保護したから、今度は成敗しに行くのじゃ!」


「プニガミをいじめた人には、メッ、だよ!」


「そう。じゃあ私はここでプニガミを守ってるから、変態をよろしくね」


 アイリスはプニガミを布団の中に引きずり込み、抱き枕にしようとした。

 そのとき、教会の扉がバーンと開かれた。

 入ってきたのは、見知らぬ少女だった。

 黒い髪を三つ編みおさげにした、真面目そうな少女。

 年齢は十五歳くらい。

 彼女自身には特に目立った特徴はない。だが、その後ろにはスライムがいた。

 プニガミと同じくらいの大きさの、しかし色はピンクのスライムだ。


「ぷ、ぷにぃっ!」


 三つ編みの少女を見た途端、プニガミは怯えた声を上げ、自ら布団に潜ってしまった。

 アイリスも一緒に潜る。

 なにせ知らない人間がいるのだ。隠れるに決まっている。


「あ、あやつが変態じゃ!」


「またプニガミをいじめに来たのー? 酷いことしちゃダメだよー」


 なんと。

 普通そうに見えたが、これが大変な変態の正体だったとは。

 プニガミのために変態を追い出さないといけない。

 だが――。


「知らない人間怖いよぅ……」


「ぷににぃ……」


 いつもは「情けないぞ」と言ってくるプニガミだが、今ばかりは一緒に「怖いよー」とブルブル震える。

3月15日、書籍版の2巻が発売されます。よろしくお願いします!

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