55 たのもー、たのもー
カニングハム子爵の館は、流石に立派だった。
レンガ造りの二階建てで、鉄門から見える庭には池があった。
もちろん門は兵士が守っていたが、守護神であるロシュが「シルバーライト男爵がカニングハム子爵を尋ねてきた」と言うと、すぐに通してくれた。
「それでアイリス。ミュリエルに流れ込む魔力の発生源は、本当にここなのか?」
ロシュが庭を歩きながら言う。
「間違いないわ。この館からビンビンに感じるわ」
「どうして子爵の館から妾に魔力が流れてくるのじゃ? 子爵は魔術師なのか?」
「いいや、ただ世襲で貴族になっただけの、凡庸な男だ。魔術が仕えそうな気配もない。それにしても……あたしはここまで来ても、ミュリエルに魔力が流れていくのを感じないんだけど」
「妾自身もサッパリじゃー」
ロシュとミュリエルが、不思議そうな顔で館を見上げた。
「えー。私はちゃんと感じるよー?」
イクリプスは逆に『どうして分からないの?』という口調で言う。
しかし、分かっているのはアイリスとイクリプスだけなのだ。
シェリルやプニガミは元より、魔術の心得があるジェシカ、マリオン、ケイティですら、さっぱり分からないようだ。
「ぷにぷに」
「早く突撃しろって? いや、相手は子爵だから。男爵より偉いから。ちゃんと礼儀正しくしましょ」
「そうじゃな。ここはちゃんと礼儀正しく玄関をノックじゃ……たのもー、たのもー!」
大声を出しながら、ミュリエルは玄関を叩きまくった。
ケンカを売りに来たようにしか見えない。
本物の神様だけあって、礼儀がかなりずれている。
「誰だ、無礼者め!」
館から、白髪のおじさんが現れた。五十歳くらいだろうか。立派な髭が生えている。
とても偉そうな雰囲気だ。少なくともシェリルよりは貴族っぽい。
なので、きっとこのおじさんが子爵なのだろうと想像しながら、アイリスはプニガミの後ろに隠れた。
「子爵。久しぶりだな。客人を連れてきたぜ」
「お、おお……これはロシュ様。なんとロシュ様のお客様でしたか。それならそうと言ってくだされば……」
初めは高圧的だった子爵だが、守護神ロシュがいると知り、大人しくなる。
「急な話だったからな。で、この金髪の少女はシルバーライト男爵。こっちは守護神のミュリエルだ」
「始めまして子爵殿。シェリル・シルバーライトです」
「妾がミュリエルじゃぞー。ロシュより昔からいる守護神じゃぞー」
「これはこれは。シルバーライト男爵領の開拓が再び始まったのは知っていましたが……まさかこんなに美しいご婦人が領主だったとは。それとミュリエル様は二百年前にお隠れになったと聞いていましたが?」
「近頃、復活したのじゃー」
「復活ですか。よく分かりませんが、めでたいですな」
「うむ。めでたいのじゃ。じゃが、それはそれとして……妾を封印した犯人がこの町にいる。それを調査しているのじゃ」
「ほう、犯人」
子爵の頬がピクリと動いた。
たまたまか。それとも犯人という単語に反応したのか。
「それは穏やかではありませんな。一体、どういうわけで私の領地に犯人がいると?」
「うむ、それはな。異端審問官の推理じゃ」
「異端審問官ですと! 神意大教団のですか!?」
アイリスはいまいちピンとこないが、普通の人間にとって神意大教団というのは、やはり恐るべき組織のようだ。
その名を聞いただけで、子爵ともあろう者がうろたえている。
「そうじゃ。このメガネっ娘のケイティが、その異端審問官じゃ。最初は、妾がいない間に守護神になっていたアイリスが邪神ではないかと疑って調べに来たのじゃが……色々あって、妾が力を失った理由を調べてくれたのじゃ。な、ケイティ」
「は、はい! ボクは本部の資料室で調べました。それで、このカニングハム子爵領が、シルバーライト男爵領のリンゴに押され、経済的に苦しくなった時期があることを知りました。しかし、不思議なことに突然、ミュリエル様の力が失われシルバーライト男爵領が無人になり、カニングハム子爵領のリンゴは再び売れるようになりました」
「なるほど。確かにそういう歴史があります。無論のこと、私は当時、産まれてもいませんでしたが、きっとご先祖様はホッとしたのでしょうな。それで? それだけですか? 私のご先祖様がミュリエル様が消えたことを喜んだかもしれませんが、それが罪だと?」
子爵はニタリと笑いながら、ケイティに顔を近づけた。
異端審問官の追及が思ったよりもヌルかったので、強気になったのだろう。
「い、いえ……その、はい。ボクが知ることができたのは、そこまでです。それを元に、ボクはカニングハム子爵領が怪しいとは思いましたが、証拠は何もありません」
「ほほう、そうでしたか。証拠もないのに、わざわざ私の館まで来たのですか?」
「いいや、どうやらそうではないらしいぜ、子爵」
話にロシュが割って入る。
「ほら、近頃、シルバーライト男爵領のことが噂になっていただろ。いきなり草原と森が広がって、湖までできたって。それを成した女神が、このアイリスさ。アイリスとその妹のイクリプスが、ミュリエルの体に怪しげな魔力が流れ込んでいるのを探知魔術で見つけたんだ。その魔力の発生源が、この館だってことだぜ?」
「ロシュ様……まさか私を疑っているのですか……?」
「疑いたくはないさ。でもアイリスは荒野を森と草原と湖に変えてしまうほどの力を持った神だ。はっきり言って、あたしなんかとは比べものにならない力の持ち主だ。そんな神の言うことを無視するのは流石にね。ま、やましいことがないのなら、ちょっと調べさせてくれないか? それで子爵の潔白が証明されるってものだぜ?」
「そんな……ロシュ様。あなたは守護神ですが、しかし人間にそんなことを強制する権利はないはずです!」
「ないさ。だから、これはお願いだ」
「お断りします!」
子爵はそう叫び、扉を閉めてしまった。
「……これって、私は怪しいですって主張しているようなものよねぇ」
ジェシカは頬に手を当て、呆れた声を出した。
「どうするの? この館が発生源なのは確かなんでしょう?」
と、マリオン。
「確かだよー」
「でも、私とイクリプスがそう感じ取ったから、ってのは証拠にならないし」
「あとちょっとなのじゃー。何とかしたいのじゃー」
「いっそ、力ずくで突入しませんか!?」
ケイティがメガネを光らせながら物騒なことを言い出す。
「あたしは構わないぜ?」
ロシュまで脳筋な意見に傾いた。
「いやぁ、守護神のロシュ様がよくても、男爵の私が子爵の館に突撃したら、それは貴族同士の戦いになっちゃいますから。やっぱり向こうから出てきて白状して欲しいですねぇ」
シェリルはシェリルのくせに、たまに真っ当なことを言い出すが、今回もそのパターンだった。
領主という責任ある立場なので、本当に重要な話のときは、一時的に脳細胞が活性化するのかもしれない。
そんなシェリルの言葉を聞き、皆はうーんと考え込む。
「ぷにーん」
プニガミまで悩み始めたので、アイリスも一緒に悩んだ。
そして閃く。
「ちょっと強引な方法だけど、突撃よりはマシだわ。ちょっと耳を貸して……」
ヒソヒソ。
「えー。結局は力押しじゃない。そもそもヒソヒソ話す意味あったの?」
マリオンが嫌そうな声を上げる。
「あらー、いいじゃない。私は嫌いじゃないわよ、その作戦」
「お母さんって何でも楽しむのね……でも、いいわ。こんなところで立ち往生しているのはもっと嫌だし」
「あたしも賛成だぜ。あの子爵、あまり教会に顔を出さないからな。ちょっと懲らしめておきたいと思っていたんだ」
ロシュも楽しそうだ。
「アイリスお姉ちゃん、冴えてる-」
「それでこそ私の領地の守護神様です!」
「上手くいくかどうかは分からぬが、ものは試しじゃ。早速やってみるのじゃ」
「ぷーに」
プニガミも「ま、いいんじゃないの」とお墨付きをくれた。
というわけで作戦開始だ。
まあ、作戦といえるほど知性的なことはしないのだが。




