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54 再びのカニングハム子爵領

 ミュリエルの力を封印している結界があった。

 その結界にはカニングハム子爵領の方角から魔力が流れてきている。

 これは確実だった。


 しかし結界も魔力も、目に見えるものではない。

 アイリスとイクリプスが感じ取れるだけだ。

 何の証拠にもならない。


 よって、物的証拠なり、犯人の自白なりを得る必要がある。


 というわけで、アイリスたちは再びカニングハム子爵領に行くことになった。

 今度は雪だるまを作るわけではないから、雪玉を転がさなくてもよい。

 皆でドラゴンの背中に乗っていけばそれで済む。


「「さーいしょーはぐー。じゃーんけーんぽん!」」


 ドラゴン親子のジャンケンの結果、マリオンがカニングハム子爵領までの乗り物になることが決定した。


「むぅ……お母さんの背中のほうが広くていいと思うんだけどなぁ」


 マリオンはぶつぶつ呟く。


「いいじゃない。私がギガ・インフェルノ・フレイムをかけてあげるから。雪が降ってても暖かいでしょ」


 アイリスはマリオンをなだめる。


「まあ、そうだけど……」


 そうだけど、と言いつつ不満そうだ。

 何がそんなに嫌なのだろうか。


「ふふ。マリオンは人間形態のまま、アイリスちゃんと遊びたかったのかしらー?」


「そ、そういうわけじゃないけど……!」


「そうなのぉ? まあ、ジャンケンで決まったことだから仕方がないわ。帰りはお母さんが代ってあげるから、行きは頑張ってー」


「分かったわ……」


 マリオンは村の外でドラゴン形態になる。

 シルバーライト男爵領の住人たちは、もはやドラゴン程度のことでは見物にもこなくなってしまった。

 慣れというのは恐ろしい。

 唯一人、目をまん丸にして驚いている者がいた。

 異端審問官のケイティである。


「ドラゴン! マリオンはドラゴンだったのですか!?」


「あれ? ケイティの前でこの姿になったことなかったっけ?」


 マリオンは大きな口で言う。


「ありませんよ! どおりでツノや尻尾があるわけですね。飾りかと思っていました」


「ふっふっふ。飾りじゃないのよ。ぎゃおーん!」


 マリオンは空に向かって炎を吐いた。


「おお、格好いい!」


 ケイティは大喜び。

 異端審問官よりドラゴンマニアのほうが向いているかもしれない。

 ドラゴンマニアが職業になるのかは不明だが。


「遊んでないで、早く乗るのじゃー。妾の力を封じた者が本当にカニングハム子爵領にいるのか、確かめるのじゃー!」


 ミュリエルはマリオンの後ろに回り込み、尻尾からよじ登ろうとした。

 しかし、いくらウロコがあって掴みやすいとはいえ、ドラゴンの体は大きいし、生き物だから不安定だ。


「の、のじゃぁ! マリオンよ、微動だにするでない!」


「いや、無理言わないでよ」


 マリオンは言い返した。


 仕方ないなぁとアイリスは空を飛び、尻尾の真ん中くらいで立ち往生してしまったミュリエルの首根っこを掴んでマリオンの背中まで運んだ。

 そしてシェリルはプニガミに、ケイティはイクリプスに運ばれて登ってくる。

 なお、マリオンと同じくドラゴンであるジェシカは、人間形態でも身体能力が高いので、スキップするような軽やかさで娘の体を登ってきた。


「さあ、出発なのじゃ!」


「はいはい」


 ミュリエルの号令で、マリオンは雪原をのしのし歩き始めた。

 ドラゴンの歩幅でもカニングハム子爵領まで一時間以上はかかるだろう。

 だが飛んで行ったら町の人に襲撃かと思われてしまうので、やはり歩いて近づき、適当なところで人間形態になるのが無難だ。


 なのでアイリスたちは暇つぶしに、マリオンの背中でトランプで遊ぶことにした。


「まずはトランプの基本。ポーカーをやりましょう」


 と、シェリルが提案した。


「あ、私、ポーカーのルール知らないわ」


「私も知らないよー」


 アイリスとイクリプスは口をそろえる。


「そうですか……では簡単なババ抜きで!」


「それも知らない……」


「私もー」


「ええ……じゃあ何だったら分かります?」


「……実はトランプで遊ぶのは初めてだったりして」


「うん、見るのも初めてだよー」


「ありゃま。そうでしたか。ではルールの説明からですね」


 何せアイリスもイクリプスも、生まれてから一年も経っていない。

 ついこの前、カプセルの中で製造されたばかりの生物兵器なのだ。

 日常生活を送れるくらいの常識を教わってから送り出されたが、トランプのルールまでは流石に知らない。


 まずは神経衰弱というルールで遊ぶことになった。

 並べたトランプを二枚めくり、同じ数字がそろえばよいというシンプルなルールだったので、アイリスとイクリプスもすぐに理解できた。


「神経衰弱に限らず、トランプで透視魔術は禁止なのじゃー」


「そーなんだー」


 確かに透視などしたら、ゲームとして成り立たなくなってしまう。

 なので記憶力だけを頼りにトランプをめくることにした。

 神経衰弱を制したのは、意外にもケイティだった。


「ふふふ。ボク、記憶力には自信があるんですよ」


「次々と数字をそろえてしまい凄かったのじゃ。次はもっと運がからむルールにするのじゃ。ババ抜きなら、アイリスとイクリプスでもできるじゃろう」


「あら、ババ抜きなんて、私に対する当てつけかしら?」


 ジェシカが「うふふ」と笑いながらミュリエルを見つめる。


「のじゃ!? そういうつもりはないのじゃ! そもそも妾だって三百年前に生まれたのじゃ。ジェシカと同年代じゃ」


「言われてみればそうだったわね。周りに若い子ばかりだったから、ちょっと神経質になっていたみたい。ミュリエルちゃん、仲良くしましょうね」


「仲良しこよしじゃー」


 ジェシカとミュリエルは肩を寄せ合う。

 言われてみれば、二人は同年代だった。

 ミュリエルがあまりにも子供っぽ過ぎて、アイリスは今まで気づけなかった。


「うぅ……いいなぁ……私の背中で皆、楽しそうだなぁ……」


 マリオンの恨めしそうな声が聞こえてくる。

 可哀想だ。

 可哀想だが、アイリスたちにはどうすることもできない。

 頑張れ頑張れと心の中でエールを送りながら、ババ抜きするしかなかった。


「シェリル、すぐ表情に出るから分かりやすーい」


 イクリプスはシェリルの手札から一枚引きながら指摘する。


「そ、そんなに分かりやすいですかぁ……?」


「うん! 透視魔術よりもかんたーん」


「そんなぁ……」


 シェリルは肩を落とす。


「なんか、百回やったら百回ともシェリルが最下位になりそうね」


「アイリス様まで……じゃあ、次はババ抜き以外のルールでやりましょう……」


「ならば、七並べじゃー」


 そうやって遊び、マリオンの恨めし声を聞いているうちに、カニングハム子爵領の城壁が見えてきた。


「マリオン。そろそろ人間形態になって。じゃないとドラゴンが襲撃に来たって騒ぎになっちゃうわ」


「分かった。じゃあ皆、背中から退いて」


 登ったときと同じようにして、アイリスたちは雪原に降りる。

 そして人間形態になったマリオンと一緒に、歩いてカニングハム子爵領の城門まで向かう。


「のじゃのじゃ。隣のシルバーライト男爵領から来たのじゃ。通して欲しいのじゃー」


 門番たちはミュリエルの顔を覚えていたので、顔パスで通ることができた。

 これで町の中を捜査することができる。

 とはいえ、カニングハム子爵領は村ではなく町。

 二千人くらいは住んでいそうだ。

 調べるといっても、手当たり次第にやっていてはいつまでかかるか分からない。

 かといって手がかりもないので、ひとまずは教会に行くことにした。


 この土地の守護神であるロシュに事情を話せば、協力してくれるかもしれない。

 というわけで話してみた。


「――なるほど。ミュリエルには封印が施されていて、その術式にこの町から魔力が流れ込んでいるってわけか」


「そうなのじゃー」


「でも、あたしは心当たりないぜ?」


「別にロシュを疑っているわけではないのじゃ。しかし神の力を封印するとなれば、並大抵の魔術師には無理なのじゃ。だから、並ではない魔術師を探すのじゃー」


「……その、魔力の発生源がこの町だってのは確かなのか?」


「私の探知魔術によればそうよ。まあ、この町というか、この町がある方角からというのが正確なんだけど……この辺には他に何もないし」


 ロシュの質問にアイリスが答える。


「荒野を緑に変えてしまうほどの守護神の探知魔術は無視できないな……」


 ロシュは顎に手を当てて考え込む。

 なにせロシュとミュリエルは友人同士。

 友人の力を封じた犯人が自分の町いるなど、考えたくはないだろう。

 しかしアイリスは嘘をついていない。つく理由もない。


「ボクの推理でもこの町が怪しいです!」


 とケイティが自信たっぷりに言う。

 するとロシュは彼女をジロリと睨んだ。


「へえ……異端審問官に疑われるとは、この町も有名になったもんだな。あたしは邪神認定されるのか?」


「い、いえ……決してそのようなことは……ただボクはリンゴが、二百年前のリンゴの件がぁぁ!」


 シルバーライト男爵領の守護神は三人とも呑気だが、ロシュは違う。

 ちゃんと守護してそうな守護神だ。

 そんなロシュに睨まれたケイティは、ガクガク震えながら、意味不明なことを叫ぶ。


「リンゴ?」


 ロシュは眉をピクリと動かした。


「は、はい! 二百年前、シルバーライト男爵領が無人になったおかげで、このカニングハム子爵領のリンゴが人気を取り戻したので、犯人がいるとすればここかなぁ、なんて推理を……」


 こんな根拠の薄い推理を守護神に向かって言うとは、かなり度胸が必要な行いだ。

 もっともケイティは度胸が据わっているのではなく、たんにパニックになっているだけだろう。

 しかしロシュは気分を害する様子もなく、むしろ真剣な顔で考え込んでしまった。


「二百年前のリンゴ……いや、あたしも実は変だと思っていたんだが……でもそうすると犯人は……」


 ロシュは一人でブツブツ呟き始める。

 アイリスたちは訳が分からず、ポカンとするしかない。

 ただケイティだけは、自分がよっぽどロシュの機嫌を損ねたのかと焦り、あたふたと手を動かす。


「えっと、あの、その。やっぱりボクの推理、変ですよね。だって二百年前に封印されたのに、今も魔力が流れてきているなんて……人間の寿命も能力も超えています。そんなことができるのは、それこそ神様くらいしか……」


 と、そこまで語り、ケイティはさっきよりも失礼なことを言っていると気がついて自分の口を塞いだ。


「ケイティさん。早く謝ったほうがいいですよ……そうすれば、ロシュ様も命まで取ろうとはしないはずです……」


 シェリルが小さな声でケイティに耳打ちしていた。


「命だけはお助けくださぁい……」


 ケイティは半泣きで床で土下座を始めた。

 よくこれで異端審問官が務まるなぁとアイリスは呆れたが、務まっていないから誰もチームを組んでくれず一人で行動しているのかもしれない。


「ケイティだったっけ? あんたが言っているとおり、二百年間も神の力を封じるなんて、それこそ神にしかできないことさ。そして、神意大教団のあんたなら知ってるだろ? 二百年前、この土地の守護神はあたしじゃなかった。あたしの父親、ガーシュさ」


「そ、そうです……そうでした。先代の守護神ガーシュ様は、この地上で生まれた神でありながら、天上世界の神へと出世したのです。とても珍しい出来事なので、教団でも有名な話です!」


「そう、地上の神が天上世界に行くのはとても珍しい。ガーシュはそれだけ強い守護神へと成長したってことさ。あたしはそんな父親の後を継ぐことが誇らしかった。でも、あたしはオヤジがどうやってそんな強い神へと成長したのかまでは知らないんだ。考えてみれば不思議な話だよ。天上世界に行く直前までは、今のあたしとそんなに変わらない力だったはずなんだけど……」


 ロシュは低い声で、ゆっくりと語った。

 部屋に沈黙が流れる。

 別にロシュの父親がミュリエルを封印したという話ではない。

 たんに、どうやって強くなったのか分からないというだけのことだ。


 しかし、それでも。

 まさか、と思ってしまった。


「考えていたって始まらないわよぉ? やっぱりこういうのは、地道な調査が大切だと思うのよー」


 ジェシカがいつものように、のほほんとした声で沈黙を破った。


「お母さん。地道な調査と言っても、手がかりもないのに、どこを調査するのよ?」


「あらー。手がかりならあるじゃなーい」


 そう言ってジェシカはミュリエルを指差す。


「のじゃぁ?」


「私たちは、ミュリエルちゃんに流れ込む魔力を追いかけてここまで来たのよ。発生源に近づいたんだから、探知魔術をもう一度やれば、前よりも細かいことが分かるんじゃないのかしら? 魔力の流れを断ち切れば、犯人が分からなくても、少なくてもミュリエルちゃんの力は元に戻るかもしれないしー」


「うーむ、なるほど。ものは試しじゃ。アイリス、もう一度、探知魔術をやるのじゃ」


「分かったわ」


 もしかしたら、この町のどこが魔力の発生源なのか、具体的に分かるかもしれない。

 そこに行けば、少なくとも手がかりくらいはあるだろう。

 希望的観測だが、希望がある以上はやってみる価値がある。


「……えっと、あっち」


 再びミュリエルの背中に手を当てて探知魔術を使ったアイリスは、感じ取った方角を指差す。

 するとロシュが呟いた。


「領主の館がある方角だぜ」

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