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53 ミュリエルの封印

「で? リンゴがどうしたんだって?」


「ええっと。その話をする前に……ミュリエル様はどこにいったんですか?」


「ミュリエルは村で雪合戦やってると思うよー」


「うーん……この話はミュリエル様に一番関係のあることなので、ミュリエル様にも聞いてもらいたいのですが」


 ケイティが困り顔になっていると、丁度いいタイミングでミュリエルが帰ってきた。


「のじゃー。マリオンが泣きながら丘を下ってきたのじゃ。お主ら、いじめたのかー?」


「いじめてないよー? 尻尾をぺろぺろしたら、くすぐったいって逃げていったのー」


「そういうことじゃったか。意外と敏感なんじゃなぁ……む? お主は確か、異端審問官のケイティじゃったか?」


「はい。お久しぶりですミュリエル様。実はミュリエル様が力を失ってしまった理由が分かるかもしれないのです。それを詳しく調べるため、シルバーライト男爵領の皆さんの力を貸して欲しいのですが……」


「のじゃ!? それは本当か! お主、優秀じゃなー」


「お褒めにあずかり光栄です!」


 ミュリエルに褒められ、ケイティはデレッとした顔になる。


「そういう話をしに来たの? リンゴ食べたいって話かと思ってたわ」


「私もそうだと思ってたー」


「ケイティさんも人が悪いですね。最初にそうだと言ってくれれば、こちらも真剣に聞いたのに」


 そうシェリルが言うと、


「言う暇なかったじゃないですか!」


 ケイティは怒りだしてしまった。


「皆してチョコレートだのぺろぺろだの……少しはボクの話に耳を傾けてくれたっていいじゃないですか!」


「おお、よしよし。大変じゃったなぁ。アイリスもイクリプスもまだ若い。しかし真の守護神である妾は、お主のことを分かっておるぞ」


「うぅ……ミュリエル様ぁ……」


 ミュリエルが頭をなでると、ケイティはその薄い胸に抱きついた。

 ケイティには、さぞかりミュリエルが理想的な神に映っていることだろう。

 しかしミュリエルが最初から教会にいたら、アイリスたちと一緒になって「妾もリンゴを食べたいのじゃ」なんて言っていたに違いない。


「それで、ミュリエルが力を失った理由って何だっての?」


「ええ、それがですね。先程から言っているとおり、ヒントはリンゴにあったのです! シェリル男爵。二百年前までは、このシルバーライト男爵領の特産品がリンゴだったのをご存じですか!?」


「ええ、まあ。かつては隣のカニングハム子爵領とライバルだったとか?」


「そう、それです! カニングハム子爵領はシルバーライト男爵領ができる前からリンゴを作っていたんです。それがシルバーライト男爵領に押されて人気が落ちたんです。ところが二百年前、突然ミュリエル様が神の力を失い、シルバーライト男爵領から誰もいなくなった。そしてカニングハム子爵領はのリンゴは再び、この国で一番の地位に返り咲いた……怪しくないですか!?」


「……え? それだけ?」


 アイリスは問う。


「それだけ、とは?」


「あなたが怪しいと思っているだけで、証拠がないってことなの?」


「証拠は……これから調べます!」


 ケイティはガッツポーズと共に答えた。

 やる気があるのはいいことだ。

 しかしアイリスのほうは、もう話に興味を失ってしまった。


「頑張って調べてね。おやすみー」


「寝てしまうんですか!? アイリス様もこの土地の守護神でしょう! ミュリエル様の力が消えてしまった理由を突き止めたくないのですか!」


「突き止めたいけど……あなたの言ってること、ちょっと命中率が悪そうだし」


「当たります! ボクはボクを信じています!」


「私は信じられないわ」


「信じるものは救われる!」


「……それってどっちかって言うと、神様側の台詞なんじゃ」


「細かいことは気にしないでください!」


「信じて欲しかったら細かいところもちゃんとしましょうよ」


 アイリスが細かいところを指摘していたら、ケイティは涙目になってしまった。


「アイリスお姉ちゃん。意地悪しちゃ駄目だよー」


「そうですよ。せっかくシルバーライト男爵領のために知恵を絞ってくれたんですから、信じた振りくらいはしてあげましょう。私はちゃんと信じた振りしますよ!」


「信じたふりって、シェリルあなた……」


 本人を目の前にして『信じた振り』と口にするのは、無視するのよりも残酷なのではないか。

 もしかしたら意地悪で言っているのかとアイリスは疑ってしまったが、どうやら単純にアホなだけのようだ。

 自分が不味いことを口にしたと気がついたシェリルは、ハッとした顔になり、そして慌てて言いつくろった。


「振りじゃないですよー。ちゃんと信じてますよー。カニングハム子爵領、怪しいですねぇ」


「お気遣いありがとうございます……ですが、大丈夫です。ボクにはミュリエル様がいますから! ミュリエル様はボクのこと信じてくれますよね!」


「う、うむ……しかし神の力を封じるとなると、普通の人間にはまず無理じゃ。それこそ神の所業と言える。カニングハム子爵領を疑うと言うことは、つまり妾の知り合いの神を疑うことになるので……ううむ」


 ミュリエルは腕を組み、困った声を出す。

 するとケイティも「そんなぁ……」と困った声を出した。


「ねぇねぇ。他の心当たりがないなら、いちおうケイティの言うとおりに調べたらいいんじゃないのー? どうせ冬の間は雪合戦くらいしかやることないんだし」


「ぷにー」


 イクリプスの意見にプニガミも「どうせ皆、暇でしょ」と頷く。


「まあ、暇だけど……暇なことこの上ないけど……私は暇であることを何よりの喜びとしているから……」


「訳わかんないこと言ってないで、ちゃんと調べるのー」


「今日はやけに食い下がるのね、イクリプス。もしかして、甘い物効果が切れかかってる……?」


 イクリプスはご覧の通り、純真無垢な少女だ。

 だが、それは甘い物を食べて心が穏やかになっているときの話。

 甘い物の効果が切れると、魔王の命令を忠実にこなす生物兵器としての特性が表に出てきてしまうのだ。


 かつてイクリプスは魔王の命令に従い、シェリルを人質にして、アイリスをクリフォト大陸に連れ帰ろうとした。


 反抗的になっているということは、きっとチョコレートが足りていないのだ。


「シェリル。チョコレートプリーズ」


「はい、どうぞ」


「イクリプス。これを食べなさい」


「わーい……もぐもぐ。おいしい! それでアイリスお姉ちゃん。ケイティの意見を無視しないであげてー」


「あ、チョコ食べても同じ意見なんだ……うーん、イクリプスがそこまで言うなら」


「よかったねー、ケイティ」


 イクリプスは微笑む。冬なのにひまわりのような微笑みだ。

 これはもう女神。

 近頃、村の人たちの信仰心で本当に神としての性質を得ているらしいので、マジの女神だ。

 アイリスにも神の性質があるらしいが……客観的に見てイクリプスほど女神的ではない。

 いや、しかしアイリスの魔力で森や湖ができたのだから、やはり女神なのだろうか。


「私もイクリプスに負けていないはず!」


「ぷにに」


 プニガミに「無謀だぞ」と言われてしまった。

 やはりそうか、とアイリスはうなだれる。

 しかし自分でも分かっていたことだったので、ショックはさほどでもない。


「まあ、とりあえず。ミュリエルが誰かのせいで力を失ったっていうなら、そういう痕跡があるはずよね。力を封印する術式とか。というわけでミュリエル、こっちきて。あなたの体を調べるわ」


「妾の体を調べる!? ふ、服を脱げばよいのか!?」


「なんでそうなるのよ!」


「だって、そんなベッドで手招きして、体を調べると言われたら、連想してしまうじゃろうが……」


「そ、そうかしら……いや、連想しないわよ!」


 アイリスとミュリエルが互いに赤くなりながら怒鳴り合っていると、イクリプスが首を傾げる。


「ねーねー。何を連想したのー?」


「え、それは……」


「のじゃぁ……説明しにくいのじゃ……」


「教えてよー」


 口ごもっていると、イクリプスはアイリスのパジャマを引っ張ってきた。

 しかし正直に言うわけにはいかない。

 イクリプスにはまだ早いのだ。

 どう誤魔化そうかと悩んでいると、シェリルが助け船を出してくれた。


「イクリプスちゃん。アイリス様とミュリエル様はきっと悪いことを考えていたんです。だから恥ずかしくて言えないんですよ」


「そうなのー? だめだよー悪いこと考えちゃー」


「「はーい」」


 叱られたので、謝っておいた。

 これで問題は解決である。


「それじゃ、調べるわよ」


「のじゃー」


 アイリスはミュリエルの背中に手を添え、意識を集中させる。

 かつてミュリエルが意識だけの存在だったとき、アイリスは教会全体に探知魔術を使って彼女を発見した。

 今度はミュリエルの体にだけ探知魔術を使う。

 範囲が狭い分、精度が上がる。

 もし『何か』あるのなら、見つかるはずだ。


「……あ。マジであった」


「のじゃ!? 随分とあっさりなのじゃー!」


 ミュリエルは、のじゃのじゃ言いながらピョンと跳びはねた。

 何せ彼女にとっては、二百年も前からの問題なのだ。

 それが背中にちょいと手をかざしただけで進展したのだから、飛び跳ねるほど驚くのも仕方ない。


「明らかに封印する感じの術式が……うわ、めっちゃ厳重。解除できそうもないわね」


「ええっ!? アイリス様にもできないことってあるんですか!?」


 今度はシェリルがピョンと跳びはねて驚いた。


「そりゃ色々あるでしょ」


「まあ、初対面の人と話せないのと、朝起きられないのは知っていましたけど」


「……つまり、神の力を封印するような封印を解除できなくても、仕方がないってことよ」


「朝起きられないようなら、結界の解除も無理っぽいですもんね」


 シェリルは「なるほど」という顔で頷いた。

 アイリスの言葉に納得してくれたからこそなのだが、しかしアイリスは釈然としないものを感じた。


「私もやってみるー」


 イクリプスがアイリスの代わりにミュリエルの背中に手をかざした。


「うーん、うーん……無理ぃ。これ酷いよぅ。ミュリエルにこんな意地悪したの誰なのぉ?」


 諦めて手を放してから、イクリプスはむすーっと頬を膨らませた。

 結界に歯が立たなかったことが悔しいのではなく、ミュリエルの力を意図的に封印した者がいるという事実に腹を立てているのだろう。


「誰なのかは分からないけど……術式に魔力が流れ続けているわね。あっちの方角から来てるわ」


 アイリスは指差した。

 全員がそっちを見つめる。

 今のところ教会の壁しか見えないが、しかしそれはカニングハム子爵領がある方角だった。

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