51 これがうどん!
マリオンの上にはアイリス、プニガミ、シェリルが。
ジェシカの上にはイクリプス、ミュリエル、マルカが乗って、洞窟を目指して移動する。
洞窟はすぐそこにあるらしいので、今回は飛んで移動する必要がない。
ドラゴンの前脚でゴロゴロ転がしていけば済む話だ。
「ほら、あれ。あれが洞窟の入り口」
ジェシカの背中から、マルカが前方を指差した。
その指し示す先には、切り立った崖があり、その壁には大きな穴が空いていた。
ドラゴンがそのまま入っていけそうなほど広い。
これなら雪玉を問題なく収納できる。
「マリオン。もうちょっとよ。頑張って」
「うーん……前脚で転がすのって思っていたよりも疲れるわ……」
「じゃあ後ろ脚で転がしてみます?」
「ぷにー」
「それじゃフンコロガシじゃないの!」
マリオンは、ぎゃおーんと怒りの咆哮を上げながら、雪玉を洞窟の中に押し込んだ。
続いてジェシカもやってきた。
そして二匹のドラゴンは洞窟の中で人間形態になり、「ふぅ」と一仕事を終えた安堵の息を吐く。
「外は暑いのに、洞窟の中は本当にひんやりしていますね」
シェリルが感心した様子で言う。
「快適なのじゃー。ここに住みたいくらいなのじゃー」
「え、ミュリエル。シルバーライト男爵領の守護神をやめるの? お疲れ様。あとは私とイクリプスに任せて」
「せっかくお友達になれたのにざんねーん」
「や、やめないのじゃ! 妾がシルバーライト男爵領をお守りするのじゃ!」
ミュリエルは大慌てで否定する。
「ねぇねぇ。雪を少し持ち帰りたいんだけどいい?」
マルカが雪玉の前で呟く。
「少しってどのくらいじゃ?」
「うーん……このくらい!」
マルカは両手を使って自分よりも大きな円を描いた。
雪玉に比べたら〝少し〟だが、持ち運ぶのが大変な大きさだ。
もっともアイリスたちなら楽勝である。
「皆、ちょっと下がって。雪を斬るから……えいっ!」
アイリスは腕に魔力を込め、手刀で雪玉をブロック状に切り裂いた。
それを更に運びやすいように細かく切る。
全部合わせれば、マルカが要求した量になるだろう。
「凄い! ドラゴンだけじゃなく、アイリスも強いんだ!」
「ま、まあね……」
褒められて照れくさいアイリスであった。
そして雪のブロックを皆で村まで運んでいく。
冷たいが、それは腕にギガ・インフェルノ・フレイムをかければ大丈夫だ。
「ところでマルカちゃん。この雪を何に使うんですか?」
シェリルが聞く。
「うどんを茹でるお湯にするの。あなたたちにはお世話になったから、お礼にうどんを食べてもらわなきゃ!」
「うどん、ですか」
どうやら『うどん』というのは食べ物のことらしい。
この村の特産品なのだろうか。
「ただいまー」
村の入り口でマルカは元気よく叫ぶ。
そこでは彼女の両親と村長が待ち構えていた。
「おお、マルカ! ちゃんと道案内はできたか?」
「偉いわマルカ。あなたは自慢の娘よ」
「もう。お父さんもお母さんも大げさなんだから。ちょっとそこまで行ってきただけじゃない」
「うむ。マルカは昔からしっかりした子だ。わしは心配などしていなかったぞ。それにしても……雪を持ってきたのか」
「うん。皆にうどんを食べさせようと思って!」
マルカがうどんと口にした瞬間、心配そうな顔だった父親と母親が笑みを浮かべた。
「なるほど。皆さんはこの村の恩人だ。うどんでおもてなしするのは当然だ」
「村長。今日の夜は、村中でうどんパーティーにしましょう」
「うむ。それがよかろう。というわけで皆さん。どうか今日はこの村に泊まって、うどんを食べてくれませんかな? 雪解け水で茹でるうどんはわしも食べたことがないので、楽しみです」
そう言って村長はヨダレを飲み込んだ。
きっと、うどんという食べ物はよほど美味しいに違いない。
アイリスたちも釣られてヨダレを飲み込んだ。
「分かりました。ではお言葉に甘えて、うどんをご馳走になります」
シェリルは勝手に決めてしまう。が、アイリスを含め、誰も異論を挟まなかった。
もう、頭の中は、うどんを食べることで一杯だ。
どんな食べ物なのか全く想像できないが、マルカたちがこんなに奨めてくるのだ。
不味いわけがない。
※
うどんというのは、小麦粉で作った麺料理のようだ。
パスタの親戚といえるだろう。
村の中心の広場に人々が集まり、とてつもなく巨大な鍋でうどんを茹で始めた。
どうも、うどんパーティーをやり慣れている様子だ。
老若男女がテキパキとうどんを茹でている。
しかし茹でるだけならアイリスたちも驚かない。
だが彼らは茹でたうどんを、冷水で洗い始めた。
そうすると麺にコシが出ると村長が解説してくれた。
そして洗ったうどんを、また湯に通して温め、どんぶりに入れ、熱々のスープをかける。
「……こりゃ水不足にもなるわね」
アイリスはつい呟いてしまった。
「仕方がないよ。うどんを美味しく茹でるには、水をケチっちゃ駄目なんだよ!」
横でマルカがうどんをズルズルすすりながら語った。
アイリスは「そうなんだ……」と気のない返事をしつつ、自分もうどんをすすった。
この『麺をすする』という食べ方に最初は戸惑ったが、やってみたら意外とできるものだ。
箸という道具も、慣れると便利だ。
うどんの美味しさを引き立てているような気がする。
ズルズル……。
美味しい。確かに美味しい。
マルカが自慢するだけあって、うどんの美味しさはアイリスの期待以上だった。
しかし、あの水の使い方は……。
いや、きっとこの村の人たちは、うどんがないと生きていけないのだ。
生命維持に必要なのだ。
だから水不足になるのはやむを得ないことなのだ。
ズルズル……。
「ぷにー」
アイリスの椅子になっていたプニガミが、うどんを食べさせろと騒ぎ出した。
「あ、ごめん。待っててね……ふーふー。はい、プニガミ」
プニガミは熱い食べ物が苦手なので、アイリスは吐息で冷ましてからプニガミの体に、うどんを垂らした。
するとプニガミはうどんを取り込み、体内で溶かしていく。
「ぷにーぷにー!」
うどんはスライムが食べても美味しいらしい。
とても嬉しそうに、ぷにぷに動き始めた。
椅子が動くと座りにくいが、友達が嬉しそうにしているとアイリスも嬉しい。
なので、もっとうどんを食べさせた。
すると、プニガミの水色だった体が、うどんの白色に変わってしまった。
「アイリス。こんなところにいたんだ。相変わらず人見知りね……」
どんぶりを持ったマリオンが歩いてきた。
彼女の言うとおり、アイリスは人混みからちょっと……いや、かなり離れた場所でうどんを食べていた。
なにせ村の皆やシェリルたちが大鍋の周りに固まって、もの凄い人口密度になっている。
そんな状態でワイワイガヤガヤ楽しげに宴会をしているのだから、アイリスが輪に入れるはずがない。
「アイリスが寂しそうにしてたから、見かねて一緒に食べてあげてたの」
マルカが澄まし顔で言った。
「そうなんだ……ありがとうマルカ。アイリスにかまってくれて」
「べ、別に寂しそうにしてないから! プニガミが一緒だから大丈夫だもん!」
「アイリス。スライムしかお友達がいないなんて駄目だと思うの。ちゃんと人間のお友達を作らなきゃ」
マルカは真剣な顔で語る。
「ぷにぷに」
プミガミも「そうだそうだ」と言い出した。
「いやいやいや。プニガミ以外にも友達はいるし。マリオンだって友達よ!」
「マリオンはドラゴンでしょ。モンスターしか友達いないの?」
「……えっと」
アイリスは言葉に詰まった。
確かにマリオンはドラゴンだ。その母親のジェシカもドラゴンだ。
イクリプスは魔族の生物兵器だし、ミュリエルは土地の守護神。
人間の友達は一人しか思い浮かばなかった。
「ほら、シェリルはちゃんと人間よ。私にだって人間の友達くらいいるのよ」
「散々考えて一人だけなんだ」
「……はい」
アイリスは正直に頷いた。
「じゃあ、私がアイリスの友達になってあげる。だからまた皆で遊びに来てね」
「分かった……マルカ、あなた本当にいい子なのね」
「どういたしまして。次に来たときは、もっと色んな人と会話したほうがいいと思うよ」
「……努力するわ」
アイリスは小さな声で答えた。
「いや、そのくらいのこと確約しなさいよ」
「ぷにに」
マリオンとプニガミは、やれやれという声を出す。
だがアイリスにとって、初対面の人と会話するというのは本当に大変なことなのだ。
やたら可愛がってくる者がいる一方、いきなりカツアゲしようとする者もいる。
そのくせ魔族やモンスターと違って弱いから、ちょっとしたことで死んでしまう。
とても気を使うのだ。
なにより『人間怖い』というイメージが固まっている。
一朝一夕にはどうにもならない。
アイリスの人間嫌いは、まあ百年くらいかけて気長に治すしかないのだ。
「アイリス様ぁ、うどん食べてますかぁ? いえーい!」
「うどん美味しいね、アイリスお姉ちゃん。チョコの次くらいに美味しいね!」
「世界は広いのじゃ。いつかシルバーライト男爵領でもうどんを食べられるようにするのじゃ」
「ふふ。私、うどん屋さんを始めちゃおうかしら」
シェリルたちもアイリスのそばにやってきた。
全員、うどんを気に入ったらしい。
「もう。皆、完全にうどんの虜じゃない。でも、確かに美味しいから……月に一回くらい食べに来ちゃってもいいかも?」
うどんを食べに来ると、村人たちと会話することになる。
しかし、それでもうどんは美味しいし、ちょっとずつ人と会話する練習をしておかなきゃなぁ、なんて前向きなことを考えるアイリスだった。
本日より書籍版の流通開始です。
既に店頭に並んでいる書店があるかもしれません。
地域によって入荷日が違うと思いますが、よろしくお願いします。




