50 雪玉の保存場所
マルカの両親と一緒にいた村人は十数人だったが、それ以外にも別の方角に逃げた村人がいた。
その人たちもしばらく待っていると村に戻ってきた。
全員で二百人くらいいるらしい。
「むむ。シルバーライト男爵領よりもずっと規模が大きいですね」
シェリルはライバル意識が出てきたのか、顎に手を当て唸り出す。
「わしがこのワガカ村の村長です。森で迷子になっていたマルカをここまで連れてきてくださったとか。しかし、先程のドラゴンの正体がそちらの赤い髪のお二人……? 事情をお聞かせ願えませんかな?」
村長は、顔がシワシワの割に腰が真っ直ぐしていた。
そしてアイリスたちは村長の家に招待され、そこでこの村に来た事情を説明した。
「なるほど。この村の水不足のため、わざわざ北から雪玉を運んでくださったと……まさかそんな親切な方がいたとは」
村長は感激した様子だった。
「いやぁ……うちの守護神様たちがお優しい神様たちでして。縁があって丁度ドラゴンも住み着いていたので、雪玉を運んじゃおうかなーなんて」
シェリルは照れくさそうに語る。
「うむ。妾は優しい守護神なのじゃ!」
「ちょっとミュリエル。雪玉を運ぶって言ったのは私なのよ?」
「アイリスお姉ちゃん、いつも優しいもんねー。毎日寝るとき私のことぎゅーってしてくれるもん」
イクリプスは夜の話を暴露してしまった。
「ちょ、ちょっとアイリス様。そんな羨ましいことを毎日!? ズルイですよ! 私もイクリプスちゃんをぎゅーっとしたいです。というか混ざりたい! お二人をぎゅーっとしたいです!」
「そういえば、最近はシェリルの家で寝てなかったー。今度遊びに行くねー」
「やったー!」
シェリルは余所の村だというのに、恥も外聞もなく万歳して喜んだ。
「イクリプスがシェリルの家に行くなら……代わりに私がアイリスと一緒に寝ようかしら……いや、別に私がぎゅーってされたいわけじゃなくて……たまにプニガミを枕にして寝たいなぁ、なんて!」
「ぷにに」
プニガミは「お安いご用だよ」と請け合った。
「マリオン。ちゃんと正直にアイリスちゃんと一緒に寝たいって言えばいいのに。アイリスちゃんだって、マリオンと一緒に寝るの嫌じゃないわよね?」
「ま、まあ、嫌じゃないけど……うん、いいけど、別に」
ジェシカの問いに、アイリスは目を泳がせながら答える。
友達同士がお泊まり会をするのは、変なことではない。
だから普通の答えのはずなのだが、妙に恥ずかしかった。
マリオンもドラゴン形態みたいに赤くなり、視線をさまよわせている。
「そ、そう! アイリスがいいって言うなら、問題ないわね! じゃあそのうち、気が向いたら行くわ!」
「うん……いつでもどうぞ……!」
水不足とはまるで関係ない事柄だが、しかし大切な話である。
「ところでここに来たときから気になっとるんじゃが。この辺は暑いじゃろ? 今は雪玉をアイリスとイクリプスの魔力で冷やしているから大丈夫じゃが、妾たちが帰ったら、あっという間に雪玉が融けて、流れてしまうぞ。もっとゆっくり融けないと、役に立たぬのじゃー」
ミュリエルが意外にも真っ当な指摘をしてきた。
その点をアイリスは全く考えていなかった。
雪玉さえ持って行けば何とかなると単純に考えていたのだが、言われてみれば、保存する必要もある。
「おお、それならば雪玉を洞窟に入れておくというのはどうでしょう? あそこは年中涼しいので、雪玉がゆっくり融けるでしょう。我々はそこにたまった水を使わせて頂きます」
村長が地元ならではの知識を生かして提案してきた。
「じゃあ、そこに雪玉を転がしていけばいいのね。マリオン。もう一仕事よ」
「はいはい。まったく、お人好しに付き合っていたら、こっちまでお人好しになりそうだわ」
そんなわけで、一同は再び雪だるまの前に移動し、そしてマリオンとジェシカはドラゴンに変身した。
「あっ! またドラゴンになってる!」
と、そこにマルカが走ってきた。
ドラゴンの正体が分かったせいか、もはや恐怖よりも好奇心が勝っているらしい。
楽しそうに二匹のドラゴンを見上げている。
「こ、こら、マルカ! よしなさい!」
「そうよ、失礼でしょ……どうも、済みません。うちの娘が迷子になっているのを助けてもらったうえ、遊んでもらったみたいで……ほら、マルカ。お家に帰るのよ」
マルカの両親が追いかけてきて、娘を抱き上げ村に帰ろうとする。
「えー、いやよ。私、もうちょっとこの人たちと一緒にいたい! ドラゴンをこんなに近くで見られるなんて、もう一生ないかもしれないし!」
確かに、普通に生きていたらドラゴンと接する機会などないかもしれない。
マルカは好奇心旺盛な子供なので、貴重なチャンスを逃したくないと思うのは、至極当然だ。
しかし同時に、得体の知れない連中と娘を関わらせたくないという親心もまた至極当然。
アイリスはもうマルカに慣れてきたので、その辺をウロウロしてくれても気にならないのだが、強制することでもない。
家族の問題なので、部外者は黙っていよう。
「ちと待て」
アイリスたちがマルカ親子を見守っていると、村長が口を開いた。
「わしはこの人たちと話をしてみたが、善良を絵に描いたような人たちじゃよ。そう警戒しなくとも大丈夫じゃ。なにせ、はるばる遠くから雪玉を持ってきてくれたくらいじゃからな。マルカと遊ばせても問題あるまい。わしが保証する」
「……なるほど。村長がそう言うのでしたら」
「確かに悪人には見えないけど……」
「大丈夫よ! 相手がいい人か悪い人かくらい、私、分かるもの!」
そう言ってマルカは両親の腕から離れ、スタタっと走り、アイリスの腕にしがみついてきた。
「ひゃあっ」
突然のことにアイリスは驚き、短い悲鳴を上げてしまう。
「じゃあ、マルカ。晩ご飯までには帰ってくるんだぞ」
「マルカのこと、よろしくお願いします」
マルカの両親はぺこりと頭を下げた。
アイリスたちも「こちらこそ」と頭を下げる。
「それで、それで? 皆はどこに行こうとしてたの?」
「ぷにー」
「雪玉が融けないよう、洞窟に持って行くのじゃー」
「あそこね。あの洞窟は大きいから、雪玉も入りそう!」
「では案内してもらうのじゃー」
ミュリエルがそう言うと、村長が頷いた。
「うむ。では案内はマルカに任せよう。頼んだぞ、マルカ」
「はい。任せてください」
というわけで、洞窟までの道のりはマルカが教えてくれることになった。
11月13日から書籍版の流通が始まるそうです。
地域によって書店に並ぶ日が変わると思いますが、来週中には全国に行き渡ると思います。
よろしくお願いします。




