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05 草が金貨十枚で売れた

 教会に行く途中、アイリスは空からいくつも人間の町や村を発見していた。

 もちろん、人間と会いたくないので、全て素通りしてきた。


 しかし、今度はそうはいかない。

 この草がお金になるのかどうか、確かめるのだ。


 もしお金になるなら、アイリスは新しいパジャマを買えるし、ご飯だって食べられる。

 魔族であるアイリスは周囲の魔力を吸い取ることで生きていけるが、あの教会がある場所は魔力が薄かった。

 食料で補わないと、そのうち餓死してしまう。


 というわけで、一番近い町に降り立ったアイリスだが……。

 先程から建物の影に隠れ、なかなか大通りに出ることができないでいる。


「うぅ……人が歩いてる……楽しそうに会話してる……あんなところに出たら、きっと私も話しかけられちゃうんだわ……あ、ほら、あの人とかすれ違う人全員に挨拶してるわ! お、恐ろしい……」


 アイリスは大通りに飛び出すタイミングを見計らっている。

 しかし、一向に人がいなくなる気配がない。

 人々が会話する声が途絶えない。

 夜になるまで待てば、きっと全員が家に帰るはずだ。

 誰もいない大通りなら、アイリスも堂々と歩くことができる。

 だが、夜になると店も閉まってしまうので、草を鑑定してもらえない。


「困ったわ……これは難問だわ……」


「ぷに……」


 プニガミはアイリスを乗せた状態で、呆れた声を出した。


「な、何よ! 人間の町に来るの初めてなんだから仕方がないでしょ! それにしても……空から見たときはそんな大きな町だとは思ってなかったけど、こんなに沢山の人がいるなんて……これより大きな町だって沢山あるのよね……やっぱり絶滅させるなんて無理よ。それに死ぬのって痛そうだし……痛いのは嫌よね。可哀想だわ」


「ぷにー」


「プニガミは井戸の底で干からびていたから、死ぬ気持ちが分かるのね? ふむふむ、やっぱり痛いの……うーん……絶滅はなしの方向で決定。うっかり殺さないように、帰りましょう」


「ぷにー!」


 プニガミは「情けないぞ」と怒っていた。


「だって……あ、ほら。あの屋台のおじさんとか、道行く人全員に野菜を売りつけようとしているわ。私、断る自信ない……怖い……知らない人に気軽に話しかけるなんて……人間怖い」


「ぷーにっ!」


「え、プニガミ、何を勝手に動いて、ああ、駄目! そっちに行ったら大通りに出ちゃう、出ちゃうよぉ! だ、駄目ぇっ!」


 アイリスが必死に止めるのも聞かず、プニガミは大通りへと飛び出した。

 その瞬間、道行く人々の視線がアイリスとプニガミに集中する。


「おや、スライムに乗った子がいるぞ?」

「モンスター使いかぁ。珍しいな」

「この町の子じゃないな。あんな小さいのに旅をしているのか?」

「凄く綺麗な銀色の髪だ。どこから来たんだろう?」


 ザワザワと様々な言葉が聞こえてくる。

 アイリスは、この町にいる人の全てが自分を見つめているような気持ちになった。

 いや、実際はこの大通りにいる人間の中にすら、アイリスを気にしていない者もいる。

 チラリと横目で見るだけで立ち去っていく人や、初めから興味を向けない者。

 アイリスとプニガミを話題にしているのは、あくまで一部だ。


 しかし、アイリスにとって、実際の割合など関係ない。

 現に複数の注目を集め、知らない人たちが自分の話をしているのだ。

 恥ずかしい。

 早くこの場を立ち去りたい。

 そうしないと、死にそうだ。

 だというのに――。


「お嬢ちゃん。随分と大きなスライムを仲間にしたんだねぇ。お嬢ちゃんは小さいのに、偉い偉い。ほら、飴っこあげるよ」


 一人のおばちゃんがアイリスに話しかけてきた。

 それも言葉に内容がない。

 これが何か質問されたとか、明確な話題があるなら返しようもある。

 が、完全に意味のないおしゃべり。

 どう返していいのか、分からない。

 アイリスは恐怖した。


「あわわ……飴ありがとうございます、あわわわ」


 アイリスはかろうじて飴に対するお礼を口にした。

 それが限界だった。

 あとは何を口にしてよいのやら。

 そうだ、飴を口にしよう。

 ぺろぺろ。

 美味しい。

 いや、違う。

 飴をなめている場合ではない。

 何か言葉を発しないと。

 思いつかない。

 目が回る。


「ぷーにぷに!」


 プニガミが、草の値段を教えてくれる場所を聞けとアドバイスしてくれた。


「あ、ああ、あのあのあの、ここここ、この辺に薬草などをああああ扱っている店などああああありませんかぁぁ」


 咬みすぎて、もはや自分でも何を言っているのか定かではないが、おばちゃんは驚異的なヒアリング能力でアイリスの言葉を理解し、ニコニコしながら教えてくれた。


「薬草ね。あるわよ。やっぱり旅人なのねぇ。偉い偉い。ほら、案内してあげるから、こっちおいで」


「あ、ああ、ありがとうございます」


 アイリスはおばちゃんの後ろを、プニガミに乗ったまま追いかける。

 そして、とある古ぼけた道具屋の前に連れてこられた。

 店の前に、「買い取りもしています」と書かれた木製の看板がぶら下がっている。

 まさに求めていた店だ。


「ほら、ここよ。薬草の他にも、旅に使いそうな物がそろってるわ」


「あ……案内してくくくれて……ありがとうございます……」


「小さいのにちゃんとお礼を言えて偉いわねぇ。ほら、飴っこあげる」


「あ、ありがとうございます」


「偉いし可愛いわぁ。もう一つあげる」


「ありがとうございましゅ」


 お礼を言うたびに飴をくれるので、そのままループすることになった。

 そしてアイリスの手のひらに飴玉が二十個ほど貯まった頃、ようやくおばちゃんの飴が尽きた。


「あら、ごめんなさい。もう飴っこなくなったわ。本当にごめんなさいねぇ」


「い、いえ、こ、こんなに飴もらっちゃって、あ、ああ、ありがとうございまふ」


「本当に可愛い。飴っこの代わりになでなでしてあげる」


「ひぇぇ……」


 そのあとしばらくアイリスは、おばちゃんの気が済むまで、なでなでされ続けた。

 知らない人と少し会話するだけで心臓が吹き飛びそうなほど緊張するのに、なでられるなど致死量スレスレだ。よく死ななかったなぁ、とアイリスは感心していた。


「と、とにかく、こうして草の値段が分かりそうな店に辿り着いたわ。私のコミュ力も捨てたものじゃないわね」


「ぷにぃ」


 プニガミも「よく頑張った」と褒めてくれた。

 自信をつけたアイリスは、草を改めて握りしめ、気合いを入れて道具屋に入っていく。


「あ、あああああのあのあのあの、ご、ごめんくださささささあいいいいいいい」


「ああ? お嬢ちゃん、何言ってるんだ?」


 店に入った瞬間、ヒゲを生やした店主に不思議そうな顔をされた。

 アイリスの自信は一瞬で砕け散った。


「もう駄目。おうち帰る」


「ぷにぷに!」


 プニガミに怒られたので、かろうじてアイリスは踏みとどまった。

 改めて再チャレンジ。


「こ、この草…………薬草だと思うんですけど、どのくらいの値段に……なるのか調べて欲しくて……その、無理にとは言わないけど…………できれば見て欲しいかなぁ……なんて」


 アイリスはモゴモゴと、しかし一応はちゃんと要件を口にし、もってきた草をカウンターの上に乗せる。


「草ぁ? 薬草か何かか……って、これは!?」


 最初は興味なさげだった店主が、現物を見た瞬間、目の色を変えて草を手に取った。

 どうやらアイリスの予想通り、それなりに高価なものらしい。


 店主が鑑定しているあいだ、アイリスは店を観察することにした。


 広さはさほどでもない。

 ベッド十個分ほどの面積だろうか。

 そんな狭い空間に棚が並び、怪しげなポーションや、変な形の杖、短剣、干し肉、ロープ、ロウソク、羊皮紙、食器、水晶玉、ドクロ、などなど脈絡のない雑貨が陳列されている。

 アイリスの他にも一人だけ客がいた。

 神経質そうな顔をした、細身の男だった。


 細身の男を見たアイリスは、「お客さんがいる、怖いよぅ」と震えた。


「お嬢ちゃん……この薬草……幻のエリキシル(そう)じゃねーか! しかも一体何種類の魔力を吸ってやがるんだ!? 駄目だ、俺の目じゃ鑑定しきれねぇ……」


 店主は驚いたり落ち込んだりと忙しそうだった。

 どうやら、アイリスが思っていたよりも、この草は凄い品物らしい。


「あの、その……エリキシル草って、そんな凄いの……?」


「凄いに決まってるだろ!」


「ひゃあ、ごめんなさい!」


 店主が大声を出したので、アイリスは反射的に謝った。

 それを見た店主は、逆に住まなそうな顔になる。


「ああ、いや、悪い。しかし……こんな代物、どこで手に入れたんだ? 知らないみたいだから教えるが、エリキシル草ってのは、薬草の中でも万能といわれるものだ。食べれば病気に効き、すりつぶして塗れば傷が治り、煎じてお茶にすれば体が丈夫になる……と、そんな感じだ。当然、高価だし、滅多に出回らない。なにせ、魔力を豊富に含んだ土でしか育たないからな。そしてこのエリキシル草は、尋常じゃない魔力を吸って育ったに違いない。俺の目が確かなら、虹色の魔力が見える。そんなエリキシル草が十本も……悪いが、俺の店じゃ値段をつけられない」


 店主はヒゲを撫でながら、残念そうに呟く。

 アイリスも残念だった。

 勇気を振り絞ってここまで来たのに、値段が付かないのは困る。


「あ、あの……相場より安くていいので、買い取ってもらえませんか……? どうしてもこの草をお金にしたいから……今、買い取ってもらえないと私……」


 買い取ってもらえないとアイリスは、また別の店で交渉しないといけないのかと胃が痛くなり、最終的に、死ぬ。


「何か深い事情がありそうだな……しかし、いいのか? 俺の店じゃ、それこそ足下を見るような値段しかつけられないぜ?」


「足下を見せたら買ってくれるの……? だったら見せるわ!」


 アイリスはプニガミに座ったままブーツを脱いで、足を伸ばし、足下を晒した。

 すると店主は、


「可愛いあんよだ……」


 と、何やら頬を赤らめた。


「な、何!? 何なの!? 変態!」


「ち、ちがっ! お前さん、そんな美脚を晒しておきながら、少し見とれたら変態とか理不尽すぎんだろ!」


 店主は抗議してくる。


「そ、そういうもの……?」


 アイリスはいまいち自信がなかったので、プニガミに聞いてみた。


「ぷに……?」


 しかし、プニガミも自信がなさそうだった。

 なにせ、どんなに有能でも、プニガミはスライム。

 人間社会の常識に通じているとは思えない。

 むしろアイリスのほうがまだ詳しいかもしれない。


「わ、分かったわ……こうしましょう……あなたがこの十本のエリキシル草に出せる最大限の金額を言って。私がそれで納得したら売るわ……!」


「よし……俺が出せる金額は、一本金貨一枚。つまり合計、金貨十枚だ……!」


 ヒゲの店主は気合いの入った顔で言った。

 しかしアイリスは困った。

 金貨十枚と言われても、それがどれくらいの価値なのか、知らないのだ。


「金貨十枚って……つつましく一人暮らししたら、どのくらい持つ……? あ、泊まるところはあるから、家賃は計算しなくていいわ」


「うーん……家賃を計算しなくていいなら二ヶ月か三ヶ月……いや、つつましくの程度にもよるが半年はいけるかもな」


 店主は腕を組んで、考えながら語った


「半年! 凄い! あ、でも新しい服とか欲しいし……」


「じゃあ半年は無理だな。まあ、三ヶ月はいけるだろう。それを踏まえた上で言うが……もっと大きな町に持って行けば、この倍以上の値段で買い取ってくれるぞ。それでも俺に売るのか?」


「……売るわ! とりあえずのお金が必要だし!」


 あと、今から他の町に行って交渉するとか、面倒だし、辛いし、怖い。


「分かった! 何か事情がありそうだが、深くは聞かない! ほら、金貨十枚だ! あとで『やっぱりなしで』とか言っても聞かないからな!」


「ええ、望むところよ! エリキシル草、十本、確かに金貨十枚で売ったわ!」


 アイリスは、金貨が入った布袋を受け取った。

 自分の力で交渉をまとめることができて、大満足だった。


「やったぁぁぁ!」


 店主も涙を流して喜んでいた。

 なにせアイリスは、この店ではまともに鑑定することもできないようなエリキシル草を、店主の言い値で売ったのだ。

 それはそれは、店主として嬉しいだろう。

 しかし店主は「ぼったくるぞ」と宣言していたのだから、アイリスから異論はない。

 お互い満足して、素晴らしい取引だ。


「じゃあ、そのうちまたエリキシル草を持ってくるわ! よろしくね!」


「マジか!? よろしくな! へへ、この十本だけでも一儲けできるぜ」


 店主は小躍りしながらエリキシル草を店の奥に持って行く。

 アイリスもプニガミの上で小躍りしながら店をあとにする。

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