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46 水不足をお助け

「マリオン、ジェシカさん、起きて!」


 シルバーライト男爵領の教会に戻ったアイリスは、毛布を剥ぎ取って、眠れるドラゴンたちを叩き起こした。


「うう……寒い……まさかアイリスに起こされる日が来るなんて……屈辱だわ……」


「アイリスちゃんはアイリスちゃんらしく寝ましょうよ……ほら、布団がふかふかよぉ……」


 ジェシカの誘いに、アイリスは一瞬、心が揺れた。

 だが、今はもっとやるべきことがあるのだ。

 アイリスの決意は固いのだ。


「目覚めよドラゴンたち……ギガ・インフェルノ・フレイム!」


 アイリスは全身から虹色の魔力を放ち、マリオンとジェシカに手のひらを向けた。

 すると魔力が熱へと変わり……彼女らの周りが少しポカポカし始める。


「急にやる気が出てきたわ」


 マリオンが起き上がる。


「大変。家のお掃除、全然していないじゃないの」


 ジェシカも主婦としての仕事を思い出したようだ。


「お掃除もいいけど……それよりも、二人を立派なドラゴンと見込んで、運んでもらいたいものがあるのよ」


 立派なドラゴンという言葉が気に入ったのか、マリオンはニヤニヤし始めた。


「しょ、しょうがないわね。あんたがそこまで言うなら、手伝ってあげるわよ」


「あらあら。マリオンったら、アイリスちゃんに褒められたのがよほど嬉しいのね」


「そ、そんなんじゃないし! お母さん、変なこと言わないでよ!」


 マリオンは真っ赤になり、せっかく起き上がったのにまたベッドに転がって、枕に顔を押しつけてしまった。

 そういう反応をされると、アイリスまで恥ずかしくなってしまう。


「そういうわけで! 表で待ってるから、早く来てよね!」


 アイリスはパタパタと外に走って出て行く。

 教会の入り口の前では、イクリプス、シェリル、ミュリエル、プニガミが待ち構えていた。


「ん? あのドラゴンの親子はどうしたのじゃ?」


「た、多分、すぐに来るわよ!」


 実際に、十数秒後にはマリオンとジェシカがやってきた。

 マリオンはなぜか枕を抱きかかえたままだった。

 それでは活動できないので、代わりにプニガミに抱きつかせ、枕は教会に放り投げておく。


「それで、私とお母さんに運んで欲しい物ってなによ?」


「あれよ、あれ」


 アイリスは村の外に置いておいた、二つの雪玉を指差した。

 それを見た途端、ドラゴンの親子は目を見開いた。


「でかっ! え、何あれ?」


「大きな雪だるまを作ろうと思って雪玉を転がしていたら、ああなったのよ」


「ばっかじゃないの!?」


 マリオンは心の底から呆れたという顔をする。

 するとイクリプスが唇をとがらせた。


「ばかじゃないもーん」


「あ、別にイクリプスを馬鹿と言ったわけじゃ……」


「大きな雪だるまを作ると言い出したのはイクリプスなのよ」


 アイリスは事情を知らないマリオンに解説する。


「え、そうなの……いや、でも、その……ごめんね、イクリプス」


「いいよ、許したげるー。その代わり、雪玉を運んでー」


「運ぶって、どこの……? そこで雪だるまにするんじゃないの?」


「違うのー。雪だるまを作る予定だったんだけど、南のほうで水不足らしいから、持って行くんだよー」


 イクリプスは微笑みながら語る。


「こんな大きな雪玉を作るくらい雪だるまに熱心だったのに、それを見ず知らずの人のために持って行くとか……イクリプス、あんた本当にいい子なのね」


「偉いわー、うちの子にしたいわー」


「お母さんの子供は私だけ!」


 なんて言いながら、ドラゴンの親子はイクリプスの頭をなでなでした。

 しかし、南の島に雪玉を持って行くと最初に言い出したのはアイリスだ。


 隣の領地でロシュから話を聞いたとき、すぐにピンと来たのだ。

 あの雪玉、ドラゴンなら飛んで運べる、と。


 だが、マリオンとジェシカは「寒い、寒い」とベッドに潜り込み、普段のアイリスのような状態になっている。

 そこでアイリスは、異端審問官ケイティの得意技、ギガ・インフェルノ・フレイムを雪原で練習した。

 思ったよりも簡単だったので、先程、二人に使用して目覚めさせたというわけだ。


「でも、あれって、絶対に冷たいでしょ? 私とお母さんは、寒いのと冷たいのは苦手よ」


「私とイクリプスでギガ・インフェルノ・フレイムをかけ続けるから大丈夫よ」


「雪玉が融けちゃうんじゃないの?」


「雪玉にはギガ・コキュートス・ブリザードを使うわ」


「それもできるんだ……」


「まだ練習してないけど、ようは逆のことをすればいいんでしょ? 簡単簡単」


「なるほど……温度の問題が大丈夫なら、運べそうね」


 マリオンは雪玉を冷静に観察しながら呟く。

 そこでジェシカが空を見上げながら、時間を気にし始めた。


「もう夕暮れよー。南ってどこまで行くのか知らないけど、今からだと遅すぎるんじゃなーい?」


「出発は明日の朝ということで」


「え? アイリスちゃん、朝に起きられるの……?」


 ジェシカが失礼なことを言ってきた。


「今日だって朝から皆で遊んでました! 一日中寝ていたジェシカさんに言われたくありません!」


「いや、それは……寒いから仕方がなかったのよ……」


 ジェシカはバツが悪そうに目をそらす。


「とりあえず、明日の朝に雪玉を運ぶってことでいいですね? 私、道中で食べるクッキーを焼いておきますね!」


 シェリルはグッと拳を握りしめた。

 お菓子作りに関しては、本当に信用できる。


「わーい、クッキーだー」


「妾は旅の安全を願うのじゃー。守護神の祈りなのじゃー」


「私とイクリプスは魔術の練習しよっか。ギガ・インフェルノ・フレイムとギガ・コキュートス・ブリザードを完全に使いこなせるようにならないと」


「わかったー。でも、そんなに難しいのー?」


「めちゃくちゃ簡単だから、すぐに終わらせて寝るわ」


「そうなんだー。今日は沢山遊んで疲れたから沢山寝るー」


 イクリプスは睡眠欲を口にした。

 アイリスは仲間ができたような気がして、なんとなく嬉しかった。


「じゃあ、私とマリオンも、明日に備えて早めに寝ましょー。あのサイズの雪玉を持って飛ぶのは、ドラゴンといえど体力を使うしー」


「あれ? さっきまでずっと寝てたのに、まだ眠れるの……?」


 アイリスは驚いてしまった。

 一日中寝ていられるスキルは、自分の専売特許だと思っていたのだ。


「まったく眠くないんだけど、ギガ・インフェルノ・フレイムを解除してくれたら、今この場でも眠れるわー」


「……もしかして、レッドドラゴンって冬の間、ずっと冬眠してるの?」


「冬の間中ってわけじゃないけど、一番寒い時期はそうね。今頃、ドラゴンの里では、皆、冬眠しているでしょうねぇ」


 ジェシカはのほほんと言う。


「なんか、種としての本能に逆らわせて、ごめんなさい……」


「ああ、いいの、いいの。モンスターは強い魔族に従うのが喜びなんだから。アイリスちゃんの頼みなら、喜んで聞くわー。ね、マリオン」


「わ、私は別にアイリスに従いたいとか思ってないし……!」


「ふーん……じゃあどうしてアイリスちゃんのことがそんなに好きなのー? モンスターの本能と関係なく好きなのかしらー?」


「好きじゃないし! 普通だし! もうお母さんの意地悪!」


 マリオンは大声で叫んで、一人、丘を駆け下りていった。

 ドラゴン形態のときと同じくらい真っ赤になっていた。


「何だかアイリス様も赤いですねぇ」


「アイリスお姉ちゃん、風邪なのー?」


「暖かくして寝るのじゃぁ」


「風邪じゃないし! 何でもないし! ちょっとこう……ギガ・インフェルノ・フレイムで体が温まって血流がよくなっただけだし!」


「ぷにぃ」


 プニガミに「言い訳の仕方がマリオンに似てきたぞ」と言われてしまった。


「ふふ、アイリスちゃん、これからもマリオンと仲良くしてあげてね。それじゃ、私はマリオンを追いかけるから。あとで適当なところでギガ・インフェルノ・フレイムを解除しておいてね。ばいばーい」


 と、マリオンのことをお願いされた。

 もちろん、それは友達としてということだ。

 深い意味はない、はず。

 はずなのだが、ジェシカの口調が意味深すぎて、アイリスは別のことを想像してしまった。

 これはいかんと思い、早々と眠ることにした。


「あれれ? アイリスお姉ちゃん、魔術の練習はー?」


「あんなのぶっつけ本番でも簡単よ」


「そーなんだー」


「ぷにー」


 気の利くスライムのプニガミは「寝る前にギガ・インフェルノ・フレイムを解除しておけよ」と忠告してくれた。

 おかげでドラゴンの親子を不眠で悩ませずに済んだ。

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