45 アップルパイ
「この町はリンゴが特産品なんだ。もちろん、そのまま食べても美味しいけど、アップルパイなんかにしても格別だぜ。沢山あるから、いくらでも食べてくれ」
教会に招待されたアイリスたちは、応接室でアップルパイと紅茶をご馳走になった。
持ってきてくれたのは、教会のシスターさんだ。
アイリスはまた「人間だぁっ!」と叫びそうになったが、流石に失礼なので、グッとこらえた。
幸いにも無口なシスターさんだったらしく、話しかけられることもなく終わった。
よかったよかった。
「おいしー! チョコと同じくらいおいしー!」
イクリプスは口の中いっぱいにアップルパイを詰め込み、頬を大きく膨らませながらモグモグと食べる。
行儀が悪いと叱りたいところだが、その仕草が可愛いので、叱るに叱れない。
「本当に美味しいですねぇ。私も趣味でお菓子を作りますが、これはちょっと勝てません」
「カニングハム子爵領は昔からリンゴで有名じゃからなぁ。もっとも、シルバーライト男爵領も、二百年前はリンゴの名産地じゃった」
「あ、父から聞いたことがあります。でも、もうリンゴの木は残っていませんね……でも植えたら美味しいリンゴが実りそうです! なにせアイリス様とイクリプス様の魔力が染み込んだ土ですから!」
シェリルは期待たっぷりに語りながら、更にアップルパイを食べる。
「そうそう、その話を聞きたかったんだ。アイリスと、それから妹のイクリプスだっけ? あんたら何者なんだい?」
「えっと……」
この町の守護神ロシュは、微笑みながらも、探るような目を向けてきた。
前に来た異端審問官は上手くごまかせた。
しかし、それは彼女がアホだったからだ。
ロシュからは知性を感じる。
適当なことを言ってはぐらかそうとしても、通用しないだろう。
「アイリスとイクリプスも妾と一緒に守護神をしているのじゃー。妾を復活させてくれたのは、アイリスなのじゃー。感謝なのじゃー」
「へえ、そうなんだ……確かに、二人からは神の気配を感じるな」
ロシュは興味深げに言う。
するとイクリプスは首を傾げ、不思議そうな顔になった。
「神の気配ぃ? 私とアイリスお姉ちゃんからー?」
「そう。きっとシルバーライト男爵領の人たちから、大切に信仰されているんだろうさ」
そう言えば、異端審問官のケイティも、アイリスから神の気配がするとか言っていた。
あのときは聞き流したが……もしかすると、神として祭られているうちに、本当に神としての性質を持ってしまったのかもしれない。
「でも、神の気配とは別に、もっと濃い別のものが感じられるぜ。人間が神になる例は結構あるみたいだが……あんたらのようなのは、かなり珍しいんじゃないか?」
「私たちの正体に気付いたの……?」
「ああ。けど大丈夫だ。言いふらすつもりはないぜ。まあ言いふらしたところで、よほど特殊な連中じゃない限り、気にしないと思うけど。今どき魔族なんてそんなもんだよ」
「ああ、流石は神様……一発でバレるとは……」
アイリスは感心すると同時に、クリフォト大陸の魔族たちが哀れになった。
魔族が隣の領地で守護神をやっていても、ロシュは気にしないとまで言い切っている。
もはや誰も魔族に対して、敵対心も憎悪も抱いていない。
心底どうでもいいのだ。
下手をすれば、クリフォト大陸の魔族が全員こっちに移住しようとしても、割とすんなりいくのではないだろうか。
「神にも色々いるからのぅ。元魔族の神がいてもいいじゃろ。それよりもロシュ。お主、いつの間に守護神になったのじゃ? 二百年前はまだ見習いじゃったろ?」
「ミュリエルが消えてからすぐだ。オヤジが出世して天上世界の神になったから。あたしが後を継いだんだ」
「そうか。ガーシュは天上世界に行ったのか。どちらの土地に美味しいリンゴが実るか、毎年勝負をしていたものじゃ。もう一度会いたいのじゃ」
「何十年かに一度、あたしに会いに来てくれるぜ。そのうちまた来るんじゃないか?」
「それは楽しみじゃ。シェリルよ。シルバーライト男爵領に、リンゴ畑を復活させるのじゃ。今度はロシュと勝負じゃ」
「はい、かしこまりました!」
「いいぜ、負けないよ」
ロシュは気持ちのいい返事をしてきた。
「ぷにーぷにー」
えんがちょ色からアップルパイの色に染まったプニガミが、ぷにぷにしながら声を上げる。
「あ、そっか。そろそろ帰らないと日が暮れちゃうわ。雪だるまも完成させないと」
「ああ、なるほど。あの雪玉は雪だるまのために転がしていたのか。随分とダイナミックなことを思いつくんだなぁ」
ロシュは感心した様子だった。
「私が考えたんだよー」
「そうか。凄い発想力だな」
「えへへー」
褒められたイクリプスはとても嬉しそうだ。
ロシュは幼い姿なのに、とても人間ができている。いや神ができていると言うべきか。
「そう言えば。ずっと南にあるワガカ村ってところで、水不足らしいぜ。この辺の雪を持って行けたら水不足も解消するんだろうけど、流石に難しいよなぁ」
と、ロシュは何気なく呟いた。
そしてアイリスも何気なく考え込む。
あの大きな雪玉を持って行けば、南の人たちは助かるだろう。
しかし南のほうは暑い。
運んでいる最中に融けてしまう。
だがアイリスの魔力は無尽蔵だ。
魔術で何とかなるはず。
「……やってみる価値はありそうね」




