40 嫌疑が晴れた
「では……アイリス様に質問です!」
「あ、私の嫌疑は晴れないんだ」
「第一の質問! アイリス様はどこから来た神様ですか!?」
「どこからと言われても……ずっとあっちのほう」
まさか『クリフォト大陸から来た魔族の生物兵器です』と自己紹介するわけにもいかないので、方角だけ指差した。
一応、嘘ではない。
「あっちでは分かりません」
「……海の向こう側……小さな島よ」
「なるほど。アイリス様はその島に住む人々の願いから生まれた神様ということですね?」
「いやぁ……あの島に人間は一人もいなかったわ」
「え、すると自然に発生した神様ということですか!?」
「さあ……どうなのかしら……?」
人間が一人もいなかったのは本当だ。なにせ魔族の島なのだから。
だがアイリスは自然発生したのではなく、カプセルの中で作られた存在だ。
ケイティが勝手に勘違いしてくれて助かった。
アイリスは嘘をつくのが苦手なので、自分で設定を考えることができないのだ。
「人間の願いと無関係に自然に生まれる神様は、高位の存在だと聞いたことがあります。たとえば創造主様もそうですね。人々の信仰心がなくても、最初から神の力を持っているとか。しかし例が少なすぎて、神意大教団ですらよく分かっていないのです!」
「そうなんだ……でも、私もよく分かっていないわ」
「なるほど、アイリス様には自覚がないのですね……しかし、本当に自然発生した神様なら、大発見ですよ! ぜひとも神意大教団の本部までお越しください。もっと綺麗な聖堂で祭りましょう」
「嫌よ! 私はここから動かないわ! どうしても動かそうとしたら、暴れるわよ!」
この村はとても人口が少ないが、それでも結構、緊張感があるのだ。
神意大教団の本部とやらは、もっともっと沢山の人間がいるのだろう。
緊張で死んでしまう。
「わ、分かりました、暴れないでください! 神意大教団は神様の意思を尊重しますから。ですが、邪神かどうかを調べるための質問は続行させて頂きますよ」
「い、いいわよ……ドンと来なさい!」
「では第二問! 村人たちに怪しいお面をかぶせたり、奇妙な儀式を強要したことはありますか!」
「ないわ!」
「第三問! 人間の生け贄を要求したことはありますか!」
「ないわよ!」
「第四問! 勇者に敗れて封印されたことはありますか!」
「あるわけないでしょ!」
「では最後の質問です! あなたは邪神ですか!?」
「違うに決まってるでしょ!」
アイリスは大魔王の娘だ。
決して邪神ではない。
全ての質問に嘘をつくことなく、正直に答えた。
「おお……全てシロ……どうやらアイリス様は本当に邪神ではないようですね!」
ケイティは満足げに判断を下した。
「疑いが晴れて嬉しいわ……」
「よかったのじゃ。これで守護神三柱体勢は、神意大教団のお墨付きなのじゃ」
「アイリスお姉ちゃん、じゃしんじゃなかったー。わーい」
「私は信じていましたよ、アイリス様!」
「ぷにーぷにー」
プニガミは「楽勝な質問ばかりでよかったね」と言ってきた。
実際、邪神ですかと聞かれて、はいそうですと答える邪神などいるのだろうか?
アイリスは本当に邪神ではないからよかったものの、異端審問官は今まで多くの邪神を見逃しているのではないか、という疑惑が出てくる。
あるいは、このケイティという少女が極端にマヌケなだけなのかもしれない。
「アイリス様とイクリプス様が邪神ではないと、ボクから神意大教団に報告しておきましょう。それで、報告書を完全なものにしたいので、しばらくこの村に滞在したいのですが、よろしいでしょうか?」
ケイティはシェリルに尋ねる。
「大丈夫ですよー。好きなだけ滞在してください」
「ありがとうございます。あと、ミュリエル様のお話をもっと聞きたいのですが。二百年前のことなど」
「うむ。ならば、妾たちと雪合戦をするのじゃー。そうしたら教えてやるぞー」
「雪合戦ですか。望むところです!」
ケイティはやる気満々の顔になる。
雪合戦が好きなのだろうか。
「私も雪合戦やるのー」
「神々と雪合戦できるとは光栄です! アイリス様はやらないのですか?」
ケイティはキラキラした瞳をアイリスに向けてきた。
やはり雪合戦が好きで好きでたまらないようだ。
「……ケイティ。あなた、もしかして暇なの?」
アイリスは純粋な好奇心から質問した。
「ち、違います! ただ、実績がないので、なかなか仕事を回してもらえないだけです!」
「暇なんじゃん」
「ぐぬぅ!」
図星だったらしい。
こんなケイティを派遣してきた辺り、神意大教団はこの村をさほど重要に思っていないようだ。
重要に思われていないということは、干渉されることも少ないということ。
よかったよかった、とアイリスは安心し、布団に潜り込んだ。