39 レッドドラゴンは氷点下が苦手
異端審問官の名前が魔法適性9999のキャラと被っていたのでケイティに変更しました
「ねーねー、アイリスお姉ちゃん。寝てないで遊ぼうよー。また雪積もってるよー?」
「うーん……寒いし面倒だし寝ていたい気分だから、また今度にするわ」
「酷いよぅ……今日はマリオンもジェシカも寝てるしー。なんでー?」
そう。
惰眠をむさぼっているのはアイリスだけではない。
なぜかドラゴンの親子二人が教会のベッドに潜り込み、アイリスに左右からしがみついてブルブル震えていた。
「レッドドラゴンは寒いのが苦手なのよぉ……」
とジェシカが珍しく元気のない声で言う。
「そう……氷点下になると一気に元気がなくなるのよ……前に雪が降ったときはよかったんだけど……今日は駄目。布団から出られない」
マリオンの言葉にアイリスは、なるほどと頷く。
確かに今日は前よりも寒い。
そんな寒い日に、布団に潜り込んでくれるのはありがたい。
アイリスも温まることができる。
だが、ドラゴンの親子がわざわざここで寝る理由が分からない。
「丘の下にはジェシカさんとマリオンの家があるんでしょ? そこで寝てたらよかったんじゃないの?」
「二人より三人のほうが温かいと思って……それにアイリスちゃんと一緒に寝たかったから……」
「もう、お母さんったら変な理由でわざわざ寒い中こんなところまで来て……い、言っておくけど、私はアイリスと一緒に寝たいとか思っていないんだからね!」
「あらー、じゃあマリオンは下に残っていたらよかったじゃなぁい? どうしてお母さんに着いてきたのかしらー?」
「そ、それは……私のお目当てはプニガミよ!」
「ぷに?」
プニガミはさっきから床の上にいて、背中にイクリプスを乗せている。
「マリオン、プニガミと遊びたいのー? じゃあ変わってあげよっか?」
優しいイクリプスは、マリオンの言葉を真に受けた。
「……嬉しいけど、このベッドにはプニガミまでは入らないし、寒くてベッドから出られないから、遠慮しておくわ」
「そっかー。じゃあ今日のプニガミは私の椅子だねー」
「ぷにー」
プニガミは「いえーい」などと言いながら、ぷにぷに動いた。
それにしても、プニガミこそ氷点下で凍り付いて動かなくなりそうだが、そういう気配は全くない。
体に水分が多いからといって寒さに弱いとは限らないのだろう。
まあ、よく考えてみると、アイリスたちだってスライムほどではないが体のほとんどが水分だ。
しかし氷点下になったからといって、すぐに凍るわけではない。
なんだか不思議だなぁとアイリスが布団の中で考えていると、突如、教会の扉がバーンと開かれた。
「神意大教団、異端審問官のケイティ・アストリーです! 調査にご協力ください!」
神意大教団。異端審問官。
聞いたことのある名前だ。
確か、世界中の神々の記録を集めている組織だ。
だが、そんなことよりも何よりも。
「寒いわよ! 扉を閉めなさい!」
アイリスは叫んだ。
「そうよぉ……閉めないと口から炎を吐くわよぉ……」
「お母さんの本気の炎は、村ごと焼き払うわよ……それでもいいの……?」
と、ドラゴン二人も抗議する。
「ねーねー。早く閉めてあげてー。教会の中に雪が入ってくるよー」
「ぷにー」
「あ、はい」
皆から文句を言われ、異端審問官を名乗る少女ケイティは素直に振り返って扉を閉めた。
が、せっかく閉めたのに、そこにシェリルとミュリエルがやってきて、またバーンと開いてしまった。
ケイティは唇をとがらせながら、再度、扉を閉める。
「のじゃ? お主、どうして不機嫌そうなのじゃ?」
「別に……なんでもありません!」
「お、おっかないのじゃぁ……」
ミュリエルはシェリルの後ろに隠れる。
「こら、ケイティさん。ミュリエル様を怯えさせちゃ駄目じゃないですか! ミュリエル様はデリケートな性格なんですよ!」
「あ、ごめんなさい……」
ケイティは申し訳なさそうに頭を下げる。なかなか素直な性格のようだ。
さて、扉が閉まり冷たい風が入ってこなくなったところで、ケイティが何のためにここに来たのか聞こう――とアイリスは思ったのだが、それよりも大切なことに気がついた。
「わっ、知らない人間だ!」
アイリスは叫び、布団を頭まで被り、マリオンに抱きついた。
「え、え? 何が起きたんですか?」
ケイティの驚いた声が聞こえてくる。
「アイリス様は極度の人見知りで、初対面の人には、いつもこんな反応をするんですよ」
「ええ……それなのに守護神として祭られているんですか……?」
「人見知りなのと守護神としての能力には関係ありませんからね。それに人前に姿を見せない神様なんて、いくらでもいるじゃないですか」
「いますけど……布団に潜り込んで隠れる神というのは、ボクの知る限り、神意大教団の記録にもないような……」
「神様もそれぞれなんですよ。そういうのを調査するのもケイティさんの仕事でしょう?」
「はあ……まあ……そうですね……」
ケイティは困惑した声を出している。
きっと、さほど興味のない仕事なのだろう。そういう仕事は無理にやらないほうがいい。
「調査なんかしなくていいわよ。丘の下で一泊して、明日にでも帰るといいわ」
アイリスは布団の中から神のお告げをした。
「いえ、そういうわけにもいかないので」
そしてケイティは毛布を剥ぎ取ってしまった。
アイリスは至近距離からケイティと対峙することになる。
「わー、わー、人間だ、人間が近くにいる、どうしようぅぅぅ!」
パニックになったアイリスは、マリオンにしがみつく力を強くした。
そしてマリオンとジェシカもまた、毛布を剥ぎ取られて寒いらしく、アイリスに強く抱きついてきた。
「うぅ、寒いわ……布団……布団がないからせめてアイリスちゃんのぬくもりを……」
「あ、お母さんズルイ……私にもアイリスを分けてよ……」
「ひぇぇ……二人に抱きしめられてるから逃げられないよぅ……」
本当ならベッドの下に隠れたいのに、ジェシカとマリオンのせいで動けない。
もちろん弾き飛ばそうと思えばできるが、それは可哀想だ。
何かいい方法はないかと考えているうちに、ケイティが顔をズズズと近づけてきた。
「ひゃあ、近いよぅ……誰か助けてぇ……!」
「アイリス様、頑張ってください!」
「何を頑張るのか分からないけど、アイリスお姉ちゃん、がんばれー」
「ぷにー」
と、無責任な声援が聞こえてくる。
「うーむ……ちゃんと神様の気配がしますね……」
「そ、そうなの……? 何でもいいけど、あんまり近づかないでぇ……」
アイリスは緊張で死にそうになっていた。
左右からドラゴンの親子が抱きしめてくれているから、辛うじて耐えているが、一人きりだったら即死していたかもしれない。
「あと毛布を返して欲しいわね……」
「寒い……とにかく寒い……」
ドラゴンの親子はガタガタ震えている。おかげでベッド全体がガタガタ震え始めた。
「そんなに寒いですか……? ではこうしましょう。ギガ・インフェルノ・フレイム!」
ケイティは大仰な叫びを上げ、魔力を練り上げた。
すると、周りがほのかにポカポカしてきた。
「あ、何だか暖かくなってきたわ」
「寒くない。これなら活動できるわ」
ジェシカとマリオンはホッとした様子で、アイリスを抱きしめる力を弱めた。
しかし、弱めただけで離れたわけではない。
これではアイリスがベッドの下に逃げられないではないか。
「す、凄く格好いい名前の呪文の割に、もの凄く謙虚な効果なのね……」
アイリスは観念して、ケイティと会話を試みることにした。
「私、魔力がとても弱いので、このくらい気合いを入れないと、ポカポカさせることができないのです」
「そ、そうなんだ……大変ね……」
「しかし、こういう寒い日には役に立ちます。ちなみに暑い日は、ギガ・コキュートス・ブリザードを使うことで、ひんやりさせることができます!」
「なるほど……便利なのね……」
アイリスは山を吹っ飛ばしたり、地平線の彼方まで凍り付かせることはできるが、適度な温度に暖めたり冷やしたりするのは、練習が必要かもしれない。
その点、全力を振り絞れば丁度いい温度になるというケイティの魔力は、生活の役に立つ。
「凄いわー、冬の間、ずっとこの村にいて欲しいわー」
「ドラゴンブレスだと、どうしても広範囲が燃えちゃうし……貴重な才能ね」
ドラゴンの親子も絶賛だ。
「ふっふっふ。なにせボクは、新人なのに一人で調査を任せられるほど優秀な異端審問官ですから! そして、そんなボクからいくつか質問があります! アイリス様、そしてイクリプス様! ぶっちゃけ、あなた方には邪神ではないかという嫌疑がかかっています!」
「じゃしんってなーにー?」
イクリプスは純真無垢な顔で尋ねる。
それを見たケイティはしばらく悩み、そして頷く。
「イクリプス様への嫌疑はたった今晴れました。こんなに可愛らしいイクリプス様が、邪神であるはずがありません」
「そーなんだー。わーい」
と、邪神が何なのかも分からないまま、イクリプスは喜んだ。




