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36 悪人以外は誰でもウェルカム

「それにしても、ミュリエル様は今はこんなですけど、二百年前まではちゃんとした守護神様だったんですよね?」


 シェリルは何気ない口調で質問する。


「うむ。三百年前に妾は生まれ、それから百年ほど立派にこの土地を守護したのじゃ。ところで、『今はこんな』とか言わないで欲しいのじゃ」


「それがどうして急に神様としての力を失ってしまったんでしょう?」


「全く分からないのじゃ。皆の信仰心はビンビンに感じていたのじゃが……それがどうしてか神の力に変わらなかったのじゃ……守護神として土地を守れず、情けないのじゃぁ……」


 当時を思い出してしまったらしく、ミュリエルはまた涙を流して泣き始めた。

 それをイクリプスが、よしよしとなでる。


「不思議ですねぇ。二百年前にミュリエル様に何が起きたのか、いずれ解明する必要がありそうです。しかしミュリエル様は百年もこの土地を守っていたのですから、胸を張ってください。ほら、お供え物ですよ」


 シェリルはポケットからチョコレートを出し、ミュリエルに渡した。


「もぐもぐ……美味しいのじゃ。シェリルはいい奴じゃなぁ。妾にできることなら、どんな願いでも一つだけ叶えてやるぞ」


「本当ですか? ではお言葉に甘えて……この村の湖、とても綺麗なので水には困らないのですが、魚がいません。お魚が食べたいという要望が多いので、何とかしてください」


「うむむ……その願いは妾の力を超えているのじゃ……」


「もちろん、ミュリエル様の力が復活してからでいいですよー」


「そうか、分かった。では、一刻も早く力を取り戻さねばならんのじゃ。今の妾は無力……こうなったらゴミ拾いでもして村に貢献するしかないのじゃ……」


「いやいや、そんな。神様にそんなことさせられませんよ。ミュリエル様は教会でドンと構えていてください。教会に神様がいるというのが大切なのですから」


「し、しかし、既にアイリスとイクリプスがいるではないか……」


 ミュリエルはしょんぼりした声で言う。

 どうやら自信満々なのは虚勢で、実際はやはり自分の無力さを気にしていたらしい。

 そういうことなら、少し励ましてあげたくなってくる。


「私とイクリプスはどうしてか祭られることになっちゃったけど、本当は魔族だから。やっぱり本物の神様のミュリエルは必要だと思うわ」


「そうだよー。ミュリエルは必要だよー」


「な、なるほど……そうか、妾しか本物の神はいないのじゃな。ぐふふ、自信が湧いてきたのじゃ!」


 ミュリエルはニヤニヤし始める。

 かなり落ち込んでいるように見えたのだが、あっという間に元気になってしまった。

 とても健康的なメンタルで、大変よろしい。


「とりあえず、ミュリエル様を村の人たちに紹介しましょう。さ、さ、こちらへどうぞ」


「分かったのじゃー」


 ミュリエルはシェリルに連れられて、丘を降りていく。

 その後ろをイクリプスも付いていった。

 更にプニガミとマリオンも行こうとした。が、アイリスが教会から動かないので、途中で引き返してくる。


「ちょっと、あんたは来ないの?」


「ぷにー」


「いや、だって。人前に出たくないし……あなたたちだけで行きなさいよ。私は丘の上から見てるから……」


「はあ……本当に残念な性格ね、アイリスは。ミュリエルといい勝負だわ」


「ぷに!」


「ちょ、ちょっと二人とも、それは言いすぎじゃない!?」


「全然言いすぎじゃないし。まあ、あんたの引きこもり体質は今に始まったことじゃないし……一人で残していくのは可哀想だから、私もここに残っていてあげるわ」


「あ、ありがとう、マリオン……あなたが残りたいって言うなら、遠慮しないでそばにいてもらうわ……」


 などと言っているうちに、アイリスは顔が熱くなってくるのを感じた。

 向かい合っているマリオンも、何やら頬を赤くしている。

 妙に照れくさい。


「ぷににぃ?」


 プニガミは「君ら仲良すぎじゃない?」と言ってきた。


「べ、別に仲良すぎじゃないわよ! 普通よ、普通!」


「ぷにー」


 まだ何かを言いたげなプニガミを椅子にして、アイリスとマリオンは丘の下を眺めることにした。


 シェリルが村の人たちを集め、ミュリエルを紹介していた。

 今は力を失っているが、昔々からここにいた神様で、そのうち力を取り戻すかもしれないから、今から崇めておこう……という、身も蓋もない紹介の仕方をしている。


 村人たちもやはり、神様は多いほうが御利益がある、という即物的な考え方のようで、「ありがたや、ありがたや」と拝んでいた。

 百年ぶりに拝まれたミュリエルは大喜び。「わーい、わーい」とその辺を駆け回っていた。


 そんなミュリエルをマリオンの母ジェシカが「あらぁ」なんて言いながら、笑顔で見つめている。


「あ、お母さん、ミュリエルのこと気に入ったみたい」


「ジェシカさん、ミュリエルを娘にするとか言い出したりして」


「お、お母さんの娘は私だけだもん!」


 マリオンは本気にしてしまったらしく、アイリスの肩を掴んで、前後左右にぐわんぐわんと揺すってきた。


「わっ、わっ、そんなドラゴンの腕力で振り回さないでよ。パジャマが破れちゃうじゃないの。冗談に決まってるでしょ」


「そ、そうよね……そうよ! もう、アイリスったら変なこと言わないでよ」


「ごめんごめん」


 と謝りつつ、ジェシカなら本当にミュリエルを娘にするくらいのことは言うかも知れないとアイリスは思った。

 しかしそれを口にすると、またマリオンが暴れるので、黙っているのが吉である。


 そのあともしばらく見ていると、ミュリエルは村の子供たちやイクリプスと一緒に、かくれんぼをしたり鬼ごっこをしたりと、仲良く遊び始めた。

 そこに領主であるシェリル・シルバーライト男爵閣下も混じって、一緒にわいわい騒ぎ始めた。なんとも呑気な貴族だ。


 ひとしきり遊んだあと、ミュリエルは丘の上に帰ってきた。

 その後ろを、イクリプス、シェリル、ジェシカも付いてきた。


「昔と同じで、気のいい人ばかりなのじゃー。楽しかったのじゃー」


「ミュリエル、足早かったー。実体化したばかりのときより元気になったー?」


「うむ、そうかもしれぬ。きっと皆が拝んでくれたおかげじゃな!」


「わーい、ミュリエルが元気になったー。ばんざーい」


「ばんざいなのじゃー」


 ミュリエルとイクリプスはとても仲良しだ。

 そんな二人をシェリルとジェシカが、のほほんと見つめている。


「また可愛い子が増えちゃったわねー。お持ち帰りして、うちの子にしたいわぁ」


「お母さん、何を言い出すの!? そんなのダメに決まってるじゃない!」


「ふふ、冗談よ」


「ほっ……」


 マリオンは胸をなで下ろした。

 しかし、ジェシカの目はいまだに怪しく輝いている。

 ミュリエルを娘にするのを諦めていないのかも知れない。

 というより、ここにいる全員を自分の娘にしようとしているような気配すらする。

 まあ、アイリスはジェシカのことが好きなので、別に娘扱いされても構わないのだが。


 何はともあれ、ミュリエルは問題なく、この村に溶け込めそうだ。

 もともと変人との親和性が高い村だ。

 悪人以外は誰でもウェルカムなのである。

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