34 今って昼過ぎだっけ
「で、勝負って何するのよ?」
「そうじゃな。守護神というからには、やはり村を守れる強さが必要じゃ。というわけで、腕相撲で勝負じゃ!」
「分かったわ」
これで暗算勝負などを申し込まれたら危ないところだったかもしれない。
しかし単純な力なら、アイリスはこの地上の誰にも負ける気がしなかった。
「腕相撲するなら、この机とかちょうどいいんじゃないですか?」
シェリルが教会に放置されていた、小さな机を持ってきた。
アイリスとミュリエルは、その上で拳を握り合い、腕相撲の姿勢を取る。
「それじゃあ、すたーと!」
イクリプスの合図で腕相撲が始まった。
初めは、こんな古ぼけた机が魔族と守護神の腕相撲に耐えられるのか心配だったが――杞憂だった。
ミュリエルはメチャクチャ弱かった。
机が壊れる前に、一瞬で決着が付いてしまった。
「のじゃぁぁ! アイリスは強すぎるのじゃぁ!」
「いや……ミュリエルが弱すぎるのよ。ちょっとシェリルとやってみてよ」
「流石に普通の人間には勝てるのじゃー」
「そうですよ。私はか弱い乙女ですよ?」
「いいから。ちょっとだけ」
と、アイリスは二人に腕相撲をさせてみた。
結果、勝ったのはシェリルだった。
「……私、実は神クラスの腕力が!?」
シェリルは目を見開いて、ミュリエルを倒した己の手を凝視する。
「違う違う。やっぱりミュリエルが弱すぎたんだわ」
「うぅ……さっき実体化したばかりで実力が出ないのじゃぁ……それに、腕相撲の強さと守護神は関係ないのじゃ!」
「そっちが腕相撲って言い出したんじゃないの」
「ちょっと間違えたのじゃ! 強さは大切じゃが……それを決めるのは実戦じゃ! というわけで勝負じゃ!」
教会の壁には、いつもシェリルが掃除するのに使っているホウキが立てかけてある。
ミュリエルはそれを手に取って、剣のように構えた。
仕方がないので、アイリスも同じように、いつもシェリルが使っているモップを構える。
「喰らうのじゃー」
ミュリエルはホウキで襲いかかってきた。
しかしアクビが出るほど遅い。
アイリスはモップでその攻撃を容易く弾き飛ばす。
ホウキが床に落ち、空しく転がっていく。
そしてアイリスは唖然としているミュリエルの頭を、モップで軽く叩く。
「い、痛いのじゃぁ……」
ミュリエルはモップで叩かれたところをさすりながら、涙目になった。
「アイリスお姉ちゃん、弱い者いじめしちゃ、だめだよー」
「そうですよ、アイリス様。ミュリエル様と仲良くしてください」
「いじめたつもりはなかったんだけど……ごめんね。よしよし。痛いの痛いの飛んでけぇ」
そう言いながらアイリスはミュリエルの頭に回復魔術を使った。
するとミュリエルは泣き止んだ。
「おお……痛くないのじゃー」
「もともとそんなに強く叩いてないし。それで、私の勝ちでいいの?」
「むむ……どうやら強さは若干、お主のほうが上のようじゃな」
「若干でも何でもいいけど、私の勝ちなら、私が一番ってことでいいの? プニガミを返してよ」
ミュリエルはさっきからプニガミに座ったままだ。
プニガミのぷにぷにした体は、抱きしめてよし、寝転んでよし、座ってよしと万能だ。ずっと独占したい気持ちも分かる。
しかしだからこそ、アイリスにとってプニガミは大切なのだ。
「いや、まだじゃ! 妾は負けておらん! 守護神の格は強さよりも、どれだけ土地の者を幸せにできたかで決まるのじゃ! というわけで、この土地への貢献度で勝負じゃ!」
なかなか往生際の悪い神様だ。
それにしても、貢献度というのは、どうやって計るのだろうか。
アイリスが不思議に思っていると、そこでにマリオンがやってきた。
「アイリス起きてる? って、起きてる! え、あれ、今って昼過ぎだっけ!?」
マリオンはドラゴンだが、普段は人間の姿に変身して過ごしている。
だが変身魔術が未熟なので、完全な人間の姿にはなれず、頭にはツノが、お尻からは尻尾が生えている。
アイリスが起きていることにうろたえたマリオンは、表情のみならず、スカートから伸びた尻尾をバタバタ揺らして混乱を露わにした。
「朝よ、朝。私が朝から起きてるからって、そんな皆して驚かなくてもいいじゃないの」
「いやいや。普通は驚くから。それで、そのプニガミの上に座ってるのは誰? 人間じゃないっぽいけど」
「おお、お主はドラゴンの少女、マリオンじゃな。妾はこの土地の守護神、ミュリエルじゃ。崇めるのじゃ!」
「会っていきなり崇めろとか言ってきた……今までの面子とは別次元のヤバさを感じるんですけど」
マリオンもやはり引きつった顔になる。
おそらく、十人が十人とも同じ反応をするだろう。
「ねえ、ミュリエル。初対面の人に崇めろとか言うの、やめたほうがいいわよ。絶対に変な奴だって思われちゃうから。まず、自分が神様だって分かってもらわないと」
アイリスはそうアドバイスしつつ、初対面の相手が『自分は神だ』とか言い出したら怪しいなんてものじゃないなぁ、と思った。
しかし、ミュリエルは実際に神様なので、何とか分かってもらうより他にない。
「そ、そうか……? では説明するのじゃ。妾は守護神じゃ!」
「うわぁ……」
マリオンはかわいそうな人を見る目つきになっている。
完全にミュリエルの言葉を信じていない。
当然だ。
脈絡がなさ過ぎる。
ミュリエルには分かってもらおうという努力が足りない。
「その目をやめるのじゃ! ちゃんと順を追って説明するから、聞くのじゃぁ」
そしてミュリエルは三百年前から今までの経緯を解説する。
あともう少しで2万ポイントです٩( 'ω' )و




