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33 安眠のため

 ミュリエルは見ていて飽きないほど賑やかだが、彼女の好きにさせておくと、一向に話が前に進まない。

 そこでアイリスは、とりあえず彼女を拘束して、事態の改善を図ることにした。


「じゃ、イクリプス。タイミングを合わせるのよ。せーの……」


「えーい!」


 と、姉妹で連携し、プニガミの上で恍惚としているミュリエルへ、毛布をバホッとかけてやった。

 すると――。


「わぁぁっ、なんじゃ! 急に真っ暗になってしまったのじゃ!」


 ミュリエルは毛布の下で、ジタバタもがいている。

 その隙にアイリスとイクリプスは毛布をくるくる巻いて、中のミュリエルを動けなくし、更に魔力で紐を作って縛り上げた。そしてベッドの上に放り投げる。


「ぷにに」


 ミュリエルから解放されたプニガミは嬉しそうだ。


「おお!? お主ら、何のつもりじゃ!」


 布団の端から首だけをピョンと出したミュリエルは、自分が縛られていることを知り、イモムシみたいにのたうち回った。


「あなたのほうから押しかけてきたくせに、なかなか本題に入ってくれないから、とりあえず縛ってみたの」


「みたのー」


「なるほど……って、押しかけてきたのはそっちじゃー! 妾は昔からここにいたのじゃー」


 ミュリエルは叫びながら、ますます激しく動く。

 しかし、そんなに激しく動いているのに毛布が破れたりする気配はなかった。

 アイリスやイクリプスなら、毛布など簡単に引き裂いてしまうのだが。

 この土地の守護神を名乗る者にしては、非力すぎる。


「そこら辺の話を詳しく聞かせてよ。あなたが人間じゃないってのは分かるけど、守護神だって言われてもねぇ……」


「アイリスお姉ちゃんが怖がってないってことは、人間じゃないもんねー」


「イ、イクリプス、そんな恥ずかしいこと言わないで!」


「えへへー。アイリスお姉ちゃん可愛い」


「ぷにぷに」


 プニガミは、妹にからかわれるなんて情けない、と呆れた声を出す。


「詳しく聞かせてやるのじゃ! 妾が生まれたのは三百年ほど前のこと。つまり、この土地が開拓され始めた頃のことじゃ――」


 ミュリエルは真面目な口調で語り始めた。

 この土地はかつて、荒野というほどではなかったが、雨が少なく、農作業に向かない場所だったという。

 そしてミュリエルは、そんなシルバーライト男爵領に住む人々の、祈りによって〝発生〟した存在であるらしい。

 ミュリエルは人々の祈りに答え、雨を降らせ、嵐を回避し、土を肥沃にした。


「ところが、ある日突然、妾は神の力を失ってしまったのじゃ……おかげでまた農作物が採れなくなり、人がいなくなってしまったのじゃ……妾も実体化できなくなり、やがて意識すら保てなくなったのじゃ……およよ」


 語りながらミュリエルは、しくしく泣き始めた。

 そんな守護神様の頭を「いい子いい子」とイクリプスが撫でた。

 いい子なのはイクリプスだ。


「ははあ……それで探知魔術を使うまで、私たちはあなたのことが分からなかったのね」


「そうじゃ。しかし! お主らがこの教会に住み着いて、膨大な魔力を垂れ流すようになったおかげで意識を取り戻し、ほんのわずかだが力も湧いてきたのじゃ」


「へぇ……じゃあやっぱり地震を起こしていたのはミュリエルなの?」


「地震? 何のことじゃ。妾は渾身の力を振り絞って、このベッドを揺らしていただけじゃ。地震を起こすほどの力はない! しかし、地震と勘違いするほどビビっておったのじゃな? ふふふ、どうじゃ、怖かったじゃろう。あと一歩でお主らを追い出すことができたかもしれぬのに……惜しいのぅ。捕まってしまったのじゃ」


 なんと。

 アイリスとイクリプスはそろって地震だと思っていたが、たんにベッドが揺れているだけだったのだ。

 丘の下の連中が知らなくて当然だ。


「どうしてベッドを揺らしたりしたのー? いじわるしないでよー」


 イクリプスはそう呟きながら、ミュリエルのほっぺを指先でツンツンする。


「い、いじわるではないのじゃ! この教会は妾のもので、この土地の守護神は妾なのじゃ。なのに意識を取り戻してみれば……このアイリスが守護神として崇められているし、祭壇を撤去して代わりにベッドを置いているし……うぅ……酷いのじゃぁ……」


「ははあ、なるほど。つまり私たちを追い出して、もう一度、守護神として祭られたいのね」


「当たり前じゃ! 妾は信仰されないと、実体化することもできないのじゃー」


「でも私の魔力で実体化してるわよ?」


「お? おお! 確かに! お主、凄いな!」


「どういたしまして。というわけで、別に私たちを追い出さなくてもいいんじゃない?」


「むぅ……しかし、やはり守護神は妾じゃぞ。いくら凄くても……アイリス、お主、魔族ではないか!」


「そうなんだけど……皆が勝手に崇めてくるから……」


「うらやましいのじゃぁ。妾も崇められたいのじゃぁ」


 ミュリエルは哀れな声を出しながら、ベッドの上をゴロゴロ転がった。


「アイリスお姉ちゃん。何とかしてあげようよー。かわいそうだよー」


「そうねぇ……でも皆に崇めてもらうのは私じゃ無理だから、シェリルに相談したほうが……」


 と、アイリスが考えていると、丁度、領主のシェリルが教会にやってきた。


「おっはようございまーす! 朝ですよ起きてくださーい……って、私が起こす前にアイリス様が目覚めている!? 今ってお昼過ぎでしたっけ!?」


 アイリスの顔を見たシェリルは慌てふためき、外に出て空を見上げる。


「ああ、うん。ちゃんと朝よ。ちょっと事情があって朝から起きてるの」


「はあ、そうなんですか……それにしても朝から起きてるというのに、結構、しゃきっとしてますね……」


「シェリル。私は眠いから寝坊してるんじゃないの。寝たいから寝坊しているのよ。だから朝起きても大丈夫なのよ」


「人間である私ごときでは計り知れない価値観です……」


 シェリルは少し引きつった顔で呟いた。

 きっと「この怠け者め」と言いたいのを必死に我慢しているのだろう。

 アイリスとしても自分が怠け者だという自覚はあるので、シェリルがそう思うのも仕方がないと割り切っている。

 だが、誰に何と思われようと、ニートをやめるつもりはないのだ。


「ところで。ベッドの上でぐるぐる巻きにされているそのお方はどちら様ですか?」


 シェリルがベッドの上に目をやると、話題にされたミュリエルは嬉しそうにうねうね動く。


「おお、お主、確か今の領主じゃったな。シルバーライト男爵家が続いていて嬉しいのじゃ。さあ、お主の先祖と同じく、妾を崇めるのじゃ!」


「え……何ですか、この人。会っていきなり崇めろって……」


 シェリルは青ざめた顔になり、後ずさった。

 無理もない。

 ミュリエルの言動は、事情を知らなければ変人そのものだ。

 いや、事情を知っていているアイリスからも変人にしか見えないのだから、シェリルとしては今すぐ逃げ出したい気持ちだろう。


「あのねー。ミュリエルはねー。むかしむかし、ここの守護神だったんだってー」


「むかしむかしの守護神? どういうことなんです?」


「おお、よくぞ聞いてくれたのじゃ。事の発端は三百年前――」


 と、ミュリエルはさっきの説明をもう一度繰り返した。

 それを聞き終えたシェリルは、床に座りこみ、ミュリエルに向かってペコペコし始めた。


「ご先祖様の代からシルバーライト男爵領を見守ってくださった守護神様とはつゆ知らず……とんでもないご無礼をしてしまいました。どうかお許しください」


「うむ。シェリルはなかなか信心深いのぅ。最初から怒っていないから顔を上げるのじゃ。ついでに、妾をぐるぐる巻きにしている毛布を取ってくれると嬉しいのじゃ」


「かしこまりました。えい、えい……取れません!」


「ああ、その毛布、私の魔力で結んであるから、シェリルじゃ無理よ」


「アイリス様、はやくほどいてください! ミュリエル様は、言うなればアイリス様の先輩ですよ!」


「先輩かどうかは知らないけど……まあ、もう縛っておく理由もないし、いいわよ」


 アイリスが魔力の紐をほどくと、ミュリエルはスポーンと毛布巻きから脱出した。

 そしてなぜかプニガミの上に座り込む。


「ぷにに?」


「プニガミの上が気に入ったのじゃ。居心地がいいのじゃー」


「ぷにー」


 居心地がいいと褒められたプニガミはまんざらではないらしく、「それならしばらく座ってていいよ」なんて言い出す。


「それでシェリル。ミュリエルは村の皆に崇めて欲しいみたいなんだけど、何とかしてあげて」


「なるほど。では私から皆さんに紹介しておきましょう! 守護神様が多いとそれだけ御利益があるはず! アイリス様にイクリプスちゃんに加え、ミュリエル様まで加わってくだされば無敵!」


「なんて大雑把な理屈……まあ、神様なんてそんなものかもしれないけど」


「私も守護神だったのー?」


 イクリプスは不思議そうに呟いて首を傾げた。


「そうですよー。アイリス様の妹なのですから当然です。そもそもイクリプスちゃんの可愛さは神クラス。守護神に決まっています!」


「そうなんだー。じゃあ守護神になってあげるからチョコちょうだーい」


「はーい」


 シェリルはスカートのポケットからチョコレートを取り出し、イクリプスに渡した。


「わーい」


 もぐもぐ。

 イクリプスの可愛い顔は、ますます可愛い笑顔になっていく。


「ちょっと待つのじゃ。守護神が三人いるのは、まぁよしとしよう。しかし、その中で誰が一番偉いかを決めておくべきじゃ!」


「えー、そんなのどうでもいいわよー」


「もぐもぐ。私は妹だからアイリスお姉ちゃんのほうが偉いよー。チョコおいしー」


「ならばアイリス。妾と勝負じゃ!」


 ミュリエルはアイリスをビシッと指差してきた。

 面倒だなぁと思いつつ、しかしここでアイリスの強いところを見せておかないと、プニガミを返してもらえないかもしれない。

 アイリスは安眠のため、勝負を受けることにした。

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