03 スライム製ぷにぷにベッドを手に入れた
「……あれ。もう夜?」
アイリスが目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
暗視の魔術で視界を確保してから、教会の外に出る。
すると美しい星空が広がっていた。
「すごい……雲一つない星空って初めて見たわ……」
魔族が住むクリフォト大陸はいつも曇っており、雲の切れ目からのみ星を見ることができた。
なんでも、天界の神々の嫌がらせで曇っているのだとか。
できることなら、ずっとカプセルの中に引きこもっていたかったアイリスだが、この星空を見て、少し考えを改める。
こんなに素敵な景色があるなら、カプセルの外も悪くない。
星空のため、この教会に引きこもることにしよう。
「それにしても喉が渇いたわ……どこかに井戸ないかしら?」
アイリスは教会の周りをウロウロする。
空を飛んでいたときは人間の気配に怯えてビクビクしていたが、この辺には人間の気配がないので、安心してウロウロできるのである。
そして教会の裏に井戸を発見した。
しかし。
「涸れてる……」
無理もない。
教会も村も、明らかに百年以上は放置されている。
そもそも周囲一帯が荒野なのだ。
井戸があるということは、昔はもっとまともな環境だったのだろう。
それが何らかの理由で乾燥し、井戸も涸れ、住民がいなくなった。
悲しい出来事だ。しかし人がいないのはアイリスにとって好都合。
そして井戸は、アイリスの魔力で復活させればよい。
「……地下に水脈の気配なし……空洞しかないわ。じゃあその空洞にエンチャントして、私の魔力で水を発生さえる……と。これでよし」
地下にある空洞で、水がどんどん作られていく。
そしてもの凄い勢いで井戸から水が噴出してきた。
「わ、わ。勢いよすぎ! もうちょっと控えめに……」
術式を調整し、水が作られる速度を遅くする。
すると井戸の水位が下がり、底の方に丁度よく貯まった。
アイリスは桶を使って水をくみ上げ、ゴクゴクと存分に飲んだ。
「ぷはっ……美味しい水ね。それにしてもずぶ濡れ……着替えもないし……」
ひとまず、魔力で乾燥した温風を発生させ、全身を乾かすことにする。
しかし、着替えが全くないというのは、問題があるような気がする。
そもそも今着ているローブは、眠るときゴワゴワして邪魔だ。
何とかして上質なパジャマを手に入れたい。
「こんなことなら、魔王城からパジャマを持ってくればよかった……」
いっそパジャマを取りにクリフォト大陸に戻ろうかとも考えたが、人間を一人も殺していない状態で帰るのは、流石に気が引ける。
「こっちでパジャマを買う……人間のお金持ってない……お金を稼ぐには働かなくちゃいけないのよね……いや……働くとかいや……」
アイリスはクリフォト大陸を出る前に、人間の世界の常識を、ある程度教えられていた。
生活するにはお金が必要であり、お金を稼ぐには働かねばならない。
働くということは人間と関わるということだ。
「働くくらいなら全裸で寝るわ!」
その結論に到ったアイリスは、服を脱ぎ、教会の床に投げ捨て、そして全裸で椅子に横になった。
そして次の日の朝。
「ああ~~よく寝た。やっぱり服を脱いで寝ると気持ちがいいわね。本当はパジャマが欲しいけど……誰か見てるわけじゃないし」
アイリスは清々しい気分で目を覚ました。
昨日、たっぷり昼寝をして、更に夜も寝るという時間の無駄遣いをしてしまったが、アイリスとしてはぐっすり眠ることほど幸せなことはないのだ。
大魔王辺りが見たら泣くかもしれないが、諦めてもらうしかない。
「まずは目覚めの一杯ね」
アイリスは全裸のまま外に出て、井戸に向かう。
しかし、そこには意外な光景があった。
井戸を塞ぐようにして、青く丸い物体が、ぷにぷにとうごめいているではないか。
「スライム……? どうしてこんなところに」
「ぷにー」
青いスライムは井戸から飛び降り、アイリスに向かってぷにぷにと近寄ってきた。
かなり大きい。
アイリスが両腕を使っても抱きかかえられそうにない。
「ぷに! ぷにぷにぷにー」
「何を言ってるのか分からない……今読み取るから待って」
アイリスはスライムの表面に触れる。
ひんやりぷにぷにして、とても触り心地がよかった。
そして、スライムが考えていることを、直接読み取る。
「ふむふむ。あなたはこの井戸の底で干からびていたのね。それで私が井戸を復活させたから、水を吸って元に戻ったと」
「ぷにー」
「それで感謝の印に忠誠を誓いたい? そんな忠誠とか言われても……まあ、触り心地がいいから、近くにいてくれたら助かるけど。あなたくらい大きいと、ベッドにもなりそうだし」
「ぷにー!」
「さっそくベッドにしろって? じゃあ、お言葉に甘えて……」
アイリスは丸いスライムの体に覆い被さり、うつ伏せになった。
全裸なので、ひんやりぷにぷにした心地よい感触が直に伝わってくる。
思っていたよりも凄い。
ずっと椅子に寝ていたから、なおのことスライムの寝心地のよさが際立ってしまう。
「あ、あなた、最高ね! 忠誠とかはいらないけど、私の友達になってちょうだい!」
「ぷにぷにー」
スライムはぷにぷにと全身を使って頷き、アイリスを乗せたまま教会に入っていく。
そしてアイリスは、スライムという至高のベッドの上で、幸せな二度寝を開始した。