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29 新たな敵

 イクリプスが村にやってきてから一ヶ月ほどが経ったある日。

 いつものメンバーでシェリルの家に集まり、ホットケーキを食べていた。


「わーい、ホットケーキっておいしー。すごーい。もっと食べたーい」


 イクリプスは一皿をあっという間にペロリと平らげ、おかわりを要求し始めた。


「はーい。そう言うと思って、イクリプスちゃんの分だけ、特別にもう一枚ありますよー」


「やったー! シェリル大好きー」


 テーブルの上に現れたホットケーキの増援を目にしたイクリプスは、シェリルを褒め称える。


 ちなみにこのホットケーキはシェリルが焼いたものだ。

 とはいえ、小麦粉も卵も砂糖もバターも、王都から取り寄せた。

 この村にも小麦を植えたが、収穫は来年の春だ。

 まだ雪こそ降ってきていないが、今は冬。

 ほとんどの食料は、まだまだ輸入に頼らなければならない。

 それでもジャガイモと豚肉、牛肉、牛乳は村の中だけでまかなえている。村を作ってから半年しか経っていないのに、大したものだ。


「ちょっとシェリル。私の妹を食べ物で釣らないで。何様のつもりよ」


「男爵様ですが!」


 アイリスの抗議にも悪びれず、シェリルは胸を張って「ふんっ」と鼻息を荒くした。

 それは真実だったので、アイリスは「ぐぬぬ」と言いながら、フォークでホットケーキをつつくしかない。

 美味しい。そのことがまた悔しい。


「ぷにぷに」


 プニガミは「大人げないぞ」と言いながら、ホットケーキを体内で消化。体がホットケーキの色になる。


「わー、プニガミ美味しそう!」


 イクリプスがキラキラした目でプニガミを見つめる。その手にあるフォークがキラリと光る。


「ぷにに!?」


 プニガミは怯えて部屋の隅まで逃げていく。


「あはは、冗談だよー。友達を食べたりしないもん」


「ぷにぃ……」


 ホッとした声を出し、プニガミはアイリスの隣に帰ってくる。


「うふふ。あなたたちを見ていると飽きないわねぇ」


「お母さん、何をのほほんとしてるのよ。すっかり人間たちに毒されちゃって……私たちはドラゴンなんだからね!」


「そう言うマリオンだって、ホットケーキを美味しそうに食べてるじゃないの」


「これは……シェリルの卑怯な罠に引っかかったのよ! シェリル、ホットケーキで私の体を惑わせても、心までは惑わせないんだからね!」


「もう完全に惑わされているようにしか見えないんだけど?」


 母親の指摘に、マリオンは肩を震わせる。


「うう……こんなことじゃ……早くアイリスを倒さないと……ドラゴンの誇りが……」


「あ、私を倒すって目標、まだ忘れてなかったんだ」


「当然でしょ! それでお母さんをドラゴンの里に連れて帰るんだから!」


 近頃のマリオンは、冬のために薪を集めたり、豚をソーセージにしたり塩漬けにしたりと、完全に村に溶け込んでいた。

 村人たちとも仲がいいし、正直、角と尻尾さえなければ、彼女がドラゴンであることを忘れてしまいそうだ。


「ねーねー、シェリル。ホットケーキ、もう一枚!」


「あ、もう食べちゃったんですか? イクリプスちゃんは美味しそうに食べてくれるので作りがいがあります。でも、ごめんなさい。これが最後の一枚。そしてこれは私の分です」


「えー、えー」


「だだをこねるイクリプスちゃんも可愛い……! ですが、駄目です!」


「むぅ……仕方ないなー。シェリルも食べないと、お腹へっちゃうもんね」


「はい。イクリプスちゃんはいい子ですね」


「えへへー」


 褒められたイクリプスは、ほっぺを赤くしてニコニコと笑う。

 その可愛らしさが極まっていたので、アイリスのみならず、全員の視線が集中した。

 しかし、イクリプス自信は自分の容姿に自覚がないらしく、笑顔のまま小首をかしげた。


「ああ、可愛い……この子が私の妹ってことが誇らしい……イクリプスを育てたのは私よ!」


「そうでしたっけ?」


 シェリルも小首をかしげた。


「よく分からないけど、アイリスお姉ちゃん大好きー」


「イクリプスちゃん、私はどうです?」


「シェリルも大好きー」


「あらぁ、じゃあ私は?」


「い、一応、私のことをどう思っているのか、聞いてあげるわ……!」


「ジェシカもマリオンも大好きー。みんな好きー」


「ぷーに!」


「もちろんプニガミも大好きだよー」


「ぷにににぃ!」


 本当に、本当に天使のような子だ。

 シルバーライト男爵領の宝だ。

 もし魔族たちがこの子を取り戻そうとやってきても、絶対に渡さない。

 全力で守り抜く――。


 と、アイリスが決意を固めた、そのとき。


 家の外から、ドオオオオオオンッ、とシャレにならない轟音が聞こえてきた。


 ここにいるメンバーは、シェリル以外、自力で今の轟音を出せる。

 が、全員で集まってホットケーキを食べているのだ。

 つまり、犯人は他にいる。


「わぁぁぁ! 何か、草原に大きくて丸い物が落ちてますよ! 何ですかあれ!」


 シェリルが窓から外を見て、悲鳴を上げる。

 なんだ、なんだ、とアイリスたちも窓際に集まる。


 すると、シェリルが言うとおり、草原に不気味な物体があった。


 その大きさは、巨大の一言。

 ジェシカのドラゴン形態よりもずっと大きい。

 そして色は黒。

 光を反射することを拒むように、艶一つない真の黒だった。


「どうして私の領地にあんな不思議物体が!?」


「どうしてか分からないけど……明らかに危ないものね」


 狼狽するシェリルに対して、アイリスは落ち着いて答える。


「どうして落ち着いてるんですかアイリス様!」


「だって……この村には私がいるし。イクリプスもいるし。ジェシカさんとマリオンもいるし。まあ、大丈夫なんじゃないの?」


「あ……ああ、なるほど! 大丈夫っぽそうですね!」


 シェリルは納得した顔で、手のひらをポンと叩く。


 あの卵のような物体の正体は分からないし、中身がなんなのかは、なおのこと不明だが、この村には軽く世界を滅ぼせそうな戦力があるのだ。

 どんな侵略行為も、えいやっと跳ね返せるはずだ。

 特に、それがイクリプスを狙った物なら、アイリスは怒りの鉄拳で迎え撃つ!


「ねーねー。あの黒い卵にヒビが入ったよー?」


 イクリプスの指摘通り、卵の表面に灰色の線が無数に走って行く。

 そして弾ける。

 卵の殻が砕け散って、草原に落ちていく。

 更には民家や畑にも落下してきたが、アイリスは防御結界を張って、全て跳ね返した。


 無論のこと、これは攻撃ではない。

 たんに『産まれた』だけだ。

 卵が消え、中身が草原に立つ。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」


 それは不気味な生物であった。


 首が三本。

 それぞれ、ライオン、オオカミ、ワニの頭がついている。


 脚は四本。更に翼も生えている。

 二本の前脚と翼は、鷲。二本の後脚と胴体は馬のそれ。


 そして長く伸びた尻尾は、蛇そのもの。先端には顔も付いている。


 全体の色は卵と同じく黒を基調とし、大きさも卵に相応しく巨大。

 この村にある建物で一番大きいのは教会だが、それですら比べものにならない。

 というより、脚一本で教会を踏み潰せるだろう。


 でかいから強い。

 見ただけで分かる、単純な話だ。

 しかし、あの生物が大きいのは体だけでなく、まとっている魔力もまた非常識であった。


 そう。

 アイリスから見ても、すさまじい量だった。


 一対一では、とても勝てないだろう。

 この村に来たばかりのアイリスでは――。


「あー、よかった。大きな口を叩いておきながら、手に負えない相手が出てきたら格好悪いもんね。あれなら、私一人で何とかなるわ。ちょっと片付けてくるわ」


 なにせ、アイリスはまだ一歳にもなっていない。

 実は、普通にご飯を食べて寝ているだけで、どんどん強くなっていた。

 あの教会に住み着き始めた頃と比べたら、倍くらいの魔力になっている。


 よって、負ける余地はない。


 アイリスは自信たっぷりに窓から外に出ようとした。

 しかし、イクリプスにローブの裾を引っ張られる。


「アイリスお姉ちゃん、一人でやるなんてズルーい!」


 イクリプスはぷくーっと頬を膨らませて、駄々をこねる。


「ズルいって……じゃあ一緒に行く?」


「行くー! 楽しそー」


「ふふ、それなら私も行くわ」


「お母さんが行くなら私も」


「では私とプニガミ様は留守番しています。いってらっしゃーい」


「ぷににー」


 手を振るシェリルとプニガミに見送られ、アイリスたちは窓から飛び出し、黒い怪物へと向かっていく。

 村の人々は怪物を指さし、大騒ぎをしていた。

 しかし、この手の騒ぎが起きるのは、もはや何度目か分からない。

 ほとんど恒例行事のようなものなので、パニックにはなっていなかった。


「おお、アイリス様たち。よろしくお願いします」


 村人にそんな声までかけられてしまう始末。

 もちろん、アイリスは恥ずかしいので応えない。飛行魔術で高度を上げて逃げていく。

 その後ろをイクリプスが追いかけてきた。

 マリオンとジェシカはドラゴン形態になり、どすんどすんと歩いてくる。

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