27 丘の下怖い
領主シェリルは、村人たち全員を集めた。
そして、さっき空でアイリスと戦っていたのは、はるばる尋ねてきたアイリスの妹であると説明する。
あの激しい戦いはちょっとしたスキンシップのようなもので、イクリプスにはこの村を害する意思はない。ただ、イクリプスは甘い物を食べないと機嫌が悪くなるので、どんどん甘い物を与えて甘えさせるように――と、嘘を交えたことも語る。
このくらいの説明にとどめておいたほうが、混乱が少なくて済むだろう。まるっきりの嘘というわけでもないのだし。
普通の村なら、こんな適当なことで納得してくれないだろう。
しかし以前、マリオンとジェシカの一件があったので、村人たちは騒動に慣れてきた。
シェリルの言葉を聞いて「なんだ、そんなことか」と頷いていた。
「皆さん、お騒がせして、ごめんなさーい」
イクリプスは村人たちの前で、ぺこりと頭を下げた。
アイリスよりも更に幼い少女にそんなことをされては、誰だって許すしかない。
「おてんばもほどほどにしないと駄目ですよー」
シェリルがそう言ってイクリプスの頭を撫でる。
「はーい」
ニコニコと答えるイクリプスを、村人たちもニコニコと見守っていた。
そんな村の様子を、アイリスは丘の上から見守る。
当たり前だが、ヒキニートのアイリスには、下に降りていって一緒に説明する度胸はない。
それは守護神は、遠くからこっそり見守るものだろう。
「ぷにぷに、ぷにー」
妹はあんなに社交性があるのに、どうして姉はこうなんだろう、とプニガミが言い出した。
「知らないわよ。むしろイクリプスが社交性ありすぎるのよ」
「ぷにぃ?」
「そうなのよ!」
アイリスとプニガミが不毛な論争をしていると、イクリプスが丘を駆け上がってきた。
「アイリスお姉ちゃーん!」
その姿を見ただけで、アイリスは心の底から幸せな気持ちになれた。
ヒキニートなのに立ち上がり、自ら走って行ってイクリプスを抱き留める。
「イクリプスおかえり! 皆の前で謝れて、偉いわね!」
「私、お騒がせしちゃったから……でも、皆いい人だねー。許してくれたー」
「うんうん。この村はいい人ばかりなのよ。だからイクリプスもずっと一緒に住もうね」
「住むー」
そう言ってイクリプスはアイリスにぎゅーっと抱きついてくる。
可愛すぎてアイリスは死ぬかと思った。
そこに、シェリル、ジェシカ、マリオンも追いついてきた。
そしてマリオンが、アイリスの幸せに水を差してきた。
「あんた、村人とほとんど交流してないのに、どうしていい人ばかりだって分かるのよ」
「……それは、あれよ。いつも丘の上から見守ってるからよ!」
「ふーん……それだけで分かるなんて、流石は守護神様ね」
マリオンは目を細め、疑わしそうな顔で見つめてくる。
実際、アイリスは適当なことを言っているだけだった。
これ以上この話を続けるとボロが出るので、話題を変えねばならない。
「そ、それでイクリプス。今日は当然、教会に泊るのよね?」
「うーん……アイリスお姉ちゃん、まだチョコ持ってるー?」
「……プニガミ、ある?」
「ぷーに」
「……今はちょっと在庫が……」
「えー……じゃあシェリルの家に泊るー」
イクリプスは無慈悲なことを言い出した。
「はいはい。私の家には、まだまだお菓子がありますよー」
「わーい」
「ちょ、ちょっと待って。確かに今は何もないけど……その辺のエリキシル草を町で売って、お菓子に変えてくるわ!」
「あらあら。アイリスちゃんったら、すっかり妹にメロメロね」
「当然よ! イクリプスのためなら、何だってするわ!」
「いやいや、アイリス様。エリキシル草でお菓子とか、どんだけ買い占めるつもりなんですか。そんな大げさなことしなくても、私の在庫を分けてあげますから。だから今日のところは、イクリプスちゃんを私にくださいな♪」
「やだ!」
「ええ……一日たりとも……うーん、ではこうしましょう。アイリス様も私の家に泊ればいいんです。そうしたら、皆で仲良くできますよ」
シェリルが発想の転換をした。
イクリプスを取り合うのではなく、皆で一緒に過ごそうと言うのだ。
なるほど、それなら喧嘩は起きない。
しかし……。
「シェリルの家、丘の下じゃない。そこに行くとか……怖い」
「……アイリス様。引きこもりにも程がありますよ。別に村人さんたちと交流しろって言ってるんじゃないんですから」
「でも……もしかしたら話しかけられるかもしれないじゃない!」
「はあ……ではイクリプスちゃんは私がもらっていきますね」
「そ、それは……駄目!」
アイリスはブンブンと首を振る。
すると、イクリプスが手を引っ張ってきたではないか。
「大丈夫だよ、アイリスお姉ちゃん。イクリプスが一緒だから怖くないよー」
何て健気な妹だろうか。
慈愛に満ちている。
もうアイリスはイクリプスなしでは生きていけない。
「うん、うん! ありがとうイクリプス。お姉ちゃん、頑張って丘の下に行くわ!」
アイリスは涙を流して妹に抱きついた。
案の定、マリオンに馬鹿にされたが、もはやその程度ではアイリスの幸福感は揺るがなかった。




