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25 妹との戦い

 アイリスは、いつものようにプニガミを抱きしめて、ふかふかの布団で眠っていた。

 何時に起きるかは決まっていない。

 ごく稀に午前中に目を覚ますこともあるが、太陽の光の角度を見て「ああ、まだ早いわね」と二度寝する。

 正午くらいになると、ようやく起きてもいいかなという気分になるが、三度寝して夕方まで時間を潰すこともある。なんだったら、そのまま次の日まで寝続けてもいい。


 こうやって寝ているだけでも、アイリスの魔力で農作物が育ち、村の皆が幸せになるのだから、罪悪感は全くない。

 というより、引きこもって寝ている程度のことで罪悪感を覚えるような者は、最初からニートに向いていないのだ。

 そういった普通の感性の持ち主は、普通に働けばいいのだ。

 ――ニートとは、まさに神の如き強靱な精神の持ち主にしか務まらない、高貴な存在なのである――。


 などということを、アイリスが夢の中でプニガミに演説していると、なにやらやかましい声が聞こえてきた。

 寝ぼけていたアイリスは最初、夢の続きかと思っていたが、どうやら現実の世界で聞こえている声のようだ。


「う、うーん……まだ薄暗いじゃないの……こんな時間から叫んでいるのはどこの誰よ……」


「ぷにぃ……」


 プニガミですら眠そうにしている。

 無視しようかとも思ったが、一応は守護神ということになっているので、ヨロヨロと教会の外に出る。

 すると、村の上空に小さな人影が浮かんでいた。


 銀色の髪に、白い服。

 間違いなく、イクリプスだ。

 だが、昨日見たのとは、まるで雰囲気が違う。

 あの無邪気な笑顔はどこにもなく、氷のように冷たい――殺気すら感じられる表情で教会を見下ろしていた。

 そして何よりも驚くべきは、彼女の腕に、ぐったりとしたシェリルが抱かれているということ。


「聞こえるかアイリス・クライシス! 見ての通り、私はシェリルを人質に取った。無事に返して欲しくば、クリフォト大陸まで来るがいい。来なければ、シェリルの命は保証しないぞ」


 何がどうなっているのか、アイリスには理解できなかった。

 昨日までイクリプスは、チョコレートがあればそれで満足だと言っていた。

 どう見ても嘘をついているようには見えなかった。

 もちろんイクリプスとは出会ったばかりで、実際にどんな性格なのか理解しているとは言いがたい。

 それでも、教会で楽しくチョコレートを食べた時間は、本当に楽しかったのに。


「イクリプス! 冗談はやめなさい!」


「冗談は昨日の私だ! これが本当の私なのだ!」


 返ってきた声は、非情そのもの。

 アイリスの幻想を打ち砕くような鋭さがあった。


 昨日の自分は冗談だった――。

 その言葉にアイリスは愕然としてしまう。

 妹が出来たと喜んでいたのに。

 冗談だった、と。そう言われてしまった。


「アイリスちゃん、アイリスちゃん。どうするのあれ。何だかシャレにならないくらいヤバそうな感じよ?」


 ジェシカが丘の上までやってきて、珍しく焦った声を出す。


「そうよ! どうしてこうなったのか分からないけど、人質がいるんじゃ手を出せないわッ!」


 そして、いつも焦っているマリオンもまた、いつも以上に焦った声を上げた。

 これだけの大騒ぎになっているのに、シェリルはピクリとも動かない。

 一体、イクリプスはシェリルに何をしたのだ。


「許さないわよ、イクリプス!」


 アイリスは、生まれて初めて、『怒り』というものを感じた。

 友人であるシェリルに手を出された。この村の仲間になれると思っていたイクリプスに裏切られた。

 二つの怒りが、同時にこみ上げてくる。


 ゆえにアイリスは、背中から黒い翼を生やし、イクリプスめがけて飛翔する。

 いつもならプニガミを一緒に連れて行くが、今は一人。

 ジェシカとマリオンも置いていく。

 そもそも付いてこようとしても無理な速度を出す。

 そのことに真っ先に驚いたのはイクリプスだった。


「な、速ッ!?」


 彼女はアイリスと同じ、大魔王の遺伝子から作られた生物兵器だ。

 にも関わらず、アイリスの飛行速度は想定外だったらしい。

 ギョッとした顔になって固まっている。

 その隙を突き、シェリルを奪い取る。


「あ!」


 イクリプスは慌ててシェリルに手を伸ばすが、もう遅い。

 アイリスは大きく後ろに下がって距離を取る。


「誰か、シェリルをお願い!」


 そう言ってアイリスは、誰かが反応してくれると信じ、教会に向かってシェリルを放り投げる。

 するとドラゴン形態になったマリオンが、空中でキャッチしてくれた。


「シェリルのことは私に任せなさい! あんたはちゃんと妹の教育しときなさいよ!」


「ありがとうマリオン! さあイクリプス。お姉ちゃんが世間の厳しさを教えてあげるわ!」


「ふざけるな、このニートめ! 与えられた任務もこなさず、食っては寝ての生活をしている奴が世間の厳しさの何を知っている!」


「い、妹のくせに生意気よ!」


 反論の余地がなかったので、アイリスは早速、理屈ではなく感情論で言い返す。

 と、同時に実力行使。

 魔力で百を超える光の槍を形成。すべて身の丈を超える長さだ。それら全てを同時にイクリプスへと発射する。

 妹に言い負かされたから攻撃するというのも、なかなかクズな行いだが、なにせアイリスには「友達を人質にされた」という大義名分がある。

 何をしても大丈夫だ。


「なんて魔力の量……でも、甘い!」


 イクリプスから波動が広がる。

 その瞬間、朝になりかけていた空が、また夜に戻ってしまった。

 そしてアイリスの放った光の槍が全て消えてしまう。


「魔術の無効化……!?」


「ああ、そうだ。これが私の能力。私の領域。私の〝蝕〟の効果範囲では、あらゆる魔力が分解され、私に吸収されるのだ。いかにお前の魔力がすさまじかろうと、私はそれを利用して逆に強くなる!」


 イクリプスは自慢げに言う。

 なるほど、凄い能力だ。

 しかし、今のところアイリスは、魔力を吸われているという実感はない。

 おそらく蝕とやらの効果範囲は大気中だけ。

 つまり外に魔力を放出しない限り、吸収される心配はない。


「一芸で勝てるほど、世の中は甘くないのよ!」


 アイリスは加速し、真正面から距離を詰めていく。

 そして渾身の力を振り絞り、イクリプスの頬へビンタ!

 バチーンではなく、ドガァァァァンッと、大岩が落ちてきたかのような音が鳴り響いた。


「ぶべぇぇぇ!」


 イクリプスからカエルが潰れたような悲鳴が漏れる。

 だが、それだけだ。

 これが人間だったら、今のビンタだけで原型が残らないほど破壊され、赤い霧になってしまう。

 マリオンやジェシカのようなドラゴンでも、首が三回転半くらいしてモゲるだろう。


 なのにイクリプスは、口の端から少し血を流しているだけ。

 墜落することもなく、蝕を解除することもなく、反撃に転じてきた。


 アイリスの首筋へ、素早い手刀が迫る。

 が、それはフェイント。

 本命は胸元。

 イクリプスの指先がアイリスに軽く触れた、その瞬間、急激に魔力が消えていく。

 否、魔力がイクリプスへと流れ込んでいった。


「ちっ!」


 アイリスは舌打ちとともにイクリプスの脇腹を蹴り飛ばし、彼我の距離を取る。

 イクリプスは飛ばされながらも、しっかりとアイリスを正面から見ていた。

 そして彼女の手のひらから、稲妻がほとばしる。

 それに秘められた魔力の量は膨大の一言。直撃を喰らえばアイリスとて無傷では済まない。

 しかし防御結界の構築は間に合った。

 イクリプスの放った電撃は、防御結界と衝突して火花を散らし――そして、あっさりと貫通してきた。


 アイリスは反射的に横に飛んで回避したが、しかしパジャマの裾が焦げてしまった。

 アイリスの防御結界がイクリプスの電撃魔術に負けていたわけではない。

 十二分に防ぎきれるはずだった。

 だが、いまだに周囲は暗い。蝕の効果範囲内なのだ。

 よって防御結界を構築する魔力もまた吸い取られ、イクリプスのものとなってしまう。


 それと、魔力を外に出さず、体内で循環させる類いの使い方でも、イクリプスに直接触れられると吸収させてしまうことが分かった。


 更にやっかいなのは、イクリプス自身は魔力を好きなだけ放出できるということ。

 こちらの魔力はどんどん減るのに、イクリプスは強化され、ペナルティなしで魔力を使用できる。

 完全に反則。

 普通に考えれば勝ち負け以前に、そもそも勝負として成立していまい。


 だが、アイリスは短い攻防で、蝕の弱点を見抜いていた。

 おそらくアイリスでなければ気づかない、単純な上限。

 アイリスが相手でなければ露呈しない、弱点とも言えないようなもの。

 それはすなわち――。


「あなたの蝕、一度に吸える魔力の量に上限があるわね!」


 そう。

 直接触れられて魔力を吸われたのに、アイリスがこうしてまだ空を飛べているのがその証拠。


「だったら、吸いきれないくらいの魔力を使えば、飛び道具だっていけるわ!」


 あまり知的な発想とは言いがたい。

 相手が策を弄しているなら、こちらもまた別の策で破るのが常套手段だろう。

 だが、アイリスはその必要を認めなかった。

 なぜなら、いまだ自分とイクリプスの魔力の差は膨大。

 たんなる力押しでも倒しきれる。

 ライオンがウサギを狩るのに策など使わない。ただ全力を尽くすのみ。


 そもそも。

 アイリスは面倒が嫌いなのだ。

 いちいち複雑なことなど考えたくもない。


 徹頭徹尾のニート気質。

 ゆえに、絡まった紐を強引に引っ張るが如く、イクリプスへと魔力の力押しを敢行する。


「ば、馬鹿じゃないの!? どこからそんな魔力が……私のほうが新型なのに、どうしてあなたのほうが強いのよ!」


 イクリプスは恐怖に染まった顔で、アイリスが作り出した虹色の光球を見つめる。

 直径はアイリスの身長の二倍ほど。

 炎とか雷のような属性を持たない、ただただアイリスの魔力をまとめただけの塊。


 単純な魔術だからこそ、アイリスは魔力を放出することに集中できた。

 そして、発射。


 大気を唸らせ、虹色の光球がイクリプスに迫る。


「ひっ!」


 彼女は悲鳴を上げて回避しようとした。

 しかし無駄。

 光球はアイリスの意思で標的を追尾する。

 アイリスがイクリプスを見失わない限り、回避は不可能。

 そして無論、アイリスは探知魔術で周辺一帯を三次元的に把握し続けていた。

 ゆえに回避行動は全て無駄。


 数十秒の追いかけっこのすえ、光球はイクリプスの背中に直撃を見舞った。


 衝撃で爆音が鳴り響き、突風が村を襲う。

 解き放たれた魔力が、蝕の世界を虹色に染め上げる。


 そして、虹色の光が消えたあとに、闇はなかった。

 当たり前に朝日が昇っている。


 そんな青い空の中を、イクリプスは真っ逆さまに落下していた。

 気を失っている。

 放っておけば、地面と激突してしまう。

 生物兵器であるから、死ぬことはないかもしれない。

 だが防御結界も張らず、受け身も取らずに落ちれば、大ケガは必至。


 それを見たアイリスは、反射的に追いかけ、そして両腕で受け止めた。

 敵だから、助ける必要は本来なかった。

 しかし敵であると同時に、アイリスの妹であるのも事実。

 そして結果として被害はなかった。

 更に付け加えるなら、昨日、一緒にチョコレートを食べた時間が楽しかったのだ。


 シェリルを人質に取るという許しがたいことをされても、アイリスは彼女を完全に憎むことはできなかった。

 だから話をしたい。


 なぜ一夜で豹変してしまったのか。

 昨日のは何だったのか。

 どちらが本当のイクリプスなのか。


 それらを確かめなければならない。

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