23 マリオン、また負ける
「それで、えっと……イクリプスだっけ? あなたも私と同じ生物兵器なの?」
アイリスが尋ねると、イクリプスはチョコレートをモグモグしながら元気よく頷いた。
人間だと十歳程度の見た目であるアイリスより、更に二歳ほど幼く見える。
笑顔も仕草も可愛らしい。
このままずっとチョコレートを食べさせてあげたくなってしまう。
「そーだよー。アイリスが一号で、私が二号なのー。だからアイリスは私のお姉ちゃんになるのかな? えへへ、アイリスお姉ちゃーん」
イクリプスは口の端にチョコレートを付けながら、太陽のような笑顔をアイリスに向けてきた。
「私がお姉ちゃん……そ、そうなんだ」
アイリスの周りには、自分より大きな者しかいなかった。プニガミですら身長はともかく体積では圧倒的に大きい。
しかしイクリプスは自分よりも一回り小さい。
そんな子が、お姉ちゃんと呼んでくれた。
とても照れくさい。しかし嬉しい。
「んー、いまだに私は実感がないのですが、本当にお二人は魔族? それっぽい証拠はないのですか?」
シェリルは納得がいかないという顔で腕を組み、むーっと睨んでくる。
証拠と言われても、ドラゴンのように一目で分かる特徴がないので難しい。だからこそ、シェリルは今までアイリスが魔族だと知らず、女神だと誤解してきたのだ。
「強いて言えば、角? 私の角は小さいけど、一応、ここら辺に生えてるわよ」
「ここら辺ってどこです?」
「ほら、頭の上の方。髪に隠れてるけど、触れば分かるわ」
「では触らせて頂きます。さわさわ……あっ、本当に角っぽい出っ張りがありますね!」
「っぽいんじゃなくて、角よ」
「私にもあるよー、触ってー」
イクリプスもまた、シェリルの腕を取り、自分の頭を撫でさせた。
「イクリプスちゃんにも……なるほど、どうやら本当に魔族なのかもしれません。それにしても、どちらもサラサラの髪ですね! ああ、素晴らしい触り心地!」
などと言いながら、シェリルはアイリスとイクリプスの頭を触り続ける。
すると、マリオンが目を細め、冷ややかな顔になった。
「ちょっとシェリル。あんた触りすぎじゃないの? 魔族だって納得したなら、もう放してあげなさいよ」
「いえ、しかし、お二人とも嫌がっている様子はありませんし。あ、もしかしてマリオンさんも触りたかったんですか? どうぞ、どうぞ。私はもう十分に堪能したので」
「べ、別に触りたくないし!」
マリオンは顔を赤くして怒鳴る。
「あらあら。マリオンったら、素直になったほうがお得なのにねぇ。まあ、それよりも、イクリプスちゃんのことはどうするの? アイリスちゃんを連れて帰るために送り込まれたみたいだけど、本人にやる気はなさそうだしー? この村に置いちゃうー?」
ジェシカはいつものような、のほほんとした声で提案する。
「私は歓迎するわ。同じ境遇の子ってだけでも親近感が湧くし。それに……私のことをお姉ちゃんって呼んでくれるし……!」
アイリスは自分でも顔が熱くなるのを感じながら意思を表明する。
照れ隠しにプニガミを拳でボスボス殴ってみた。
「ぷに、ぷにに!」
照れ隠しはスライム虐待を正当化しないぞ、と怒られてしまった。
「私としても、イクリプスちゃんのように可愛らしい子は歓迎です。領主として、この村に住むことを許可しましょう! ああ、ちなみに私はシェリル・シルバーライト男爵。これでも、この辺一帯の領主なのです! えへん!」
シェリルは胸を張り、澄まし顔で自己紹介した。
アイリスとイクリプスが魔族だというのは、さほど気にしていないようだ。
これはシェリルが特別というより、人間たち全体が、魔族のことを『脅威』として認識していないからだろう。
「領主ぅ? あはは、見えなーい!」
イクリプスにそう言われ、領主シェリルは頭から水をかけられたような表情になり、肩を落とす。
「じゃあ、私も自己紹介するわね。ジェシカって言うの。今は魔術で人間の姿に変身してるけど、本当はドラゴンなのよー」
「ドラゴンしってるー。大きくて羽根が生えてて、ぎゃおーんってするやつー」
「そうそう。ぎゃおーん」
「あははー、迫力なーい」
人間形態のジェシカが吠えても、のほほんとしてしまう。
「ちょっと、お母さん。舐められてるわよ。ドラゴンがそんなことじゃ駄目でしょうが!」
もう一匹のドラゴンであるマリオンが、尻尾をブンブン揺らしながら母に説教をする。
「あなたもドラゴンなのー?」
「ええ、そうよ。私はマリオン。ジェシカの娘よ! そして、あなたにドラゴンの威厳を見せてあげるわ! ぎゃおーんっ!」
マリオンは母に代わって咆哮を上げた。
が、さほど違いが分からない。
むしろ、頑張っている分だけ、より可愛らしく聞こえてしまう。
「クリフォト大陸のドラゴンはもっと凄かったのに、こっちのドラゴンは可愛いー」
「ぐぬっ……私だって変身を解けば凄いし! ちょっと待ってなさい! 今、見せてあげるから!」
マリオンはイクリプスの手を引いて、教会の外に出る。
心配なので、アイリスもプニガミに乗って後を追いかけた。すると、他の者たちもゾロゾロと付いてきた。
教会の庭でマリオンはドラゴン形態になる。
そして「ぐおおおおおおおおんっ!」と叫んで大気を震わせ、更に空に向かって炎を盛大に吐く。
「どうだ! これがドラゴンの勇姿よ!」
マリオンはイクリプスに向かって自慢げに叫ぶ。
「すごいすごーい! でも、私のほうが強いよー。ほらー」
そう言ってイクリプスは地面を蹴り、激しくジャンプ。
マリオンの喉元に電光石火の勢いで頭突きをかました。
「ぐへあっ!」
マリオンは奇妙な悲鳴を上げ、ゴロゴロとのたうち回る。
アイリスは教会が潰されないか、ヒヤヒヤしながら見守っていた。
もしマリオンの巨体が教会に向かって転がってきたら、蹴飛ばしてでも跳ね返さないと行けない。
友達であるマリオンにそんなことはしたくない。したくはないが、住居は守らねばならないのだ!
しかしアイリスの悲痛な決意は、幸いにも無駄に終わった。
マリオンは斜面を下って転がっていき、丘の中腹で人間形態に変身し、ゼーゼー言いながら走って戻ってきたからだ。
「し、死ぬかと思ったわ……」
「マリオンも凄いけど、私はもっと凄いー」
疲れ果てた顔のマリオンの前で、イクリプスは無邪気にはしゃぐ。
「そ、そうね……あなた、凄いわ……」
流石のマリオンも、喉元にもう一度攻撃されるのは嫌だったらしく、大人しく負けを認めた。
イクリプスは言動が幼い分、攻撃に容赦がない。もちろん本気だったら今頃、マリオンの首と胴体が千切れていただろうから、手加減はしているのだ。しかし、その力の抜き方が足りていない。
私のほうが強いと言っておきながら、どのくらい周りと隔絶しているのか、理解し切れていないのだ。
おかげでマリオンはイクリプスを恐れてしまい、事もあろうにアイリスとプニガミの後ろに隠れてしまった。
「そんな隠れなくても、普通にしてればいい子じゃないの」
「ぷにに」
アイリスとプニガミがそう言っても、マリオンは隠れたままだ。
「あの子、何が普通なのか分かってないから怖いんじゃないの。いきなり喉に頭突きとかシャレにならないでしょうが!」
「まあ……そうかもね」
アイリスもかつて三度に渡ってマリオンを痛めつけたが、ちゃんと前振りのある攻撃だった。
決して笑顔で呼吸器官を攻撃したりしなかった。
そう考えると、イクリプスは確かに危うい。
世に解き放つと大変なことになりそうなので、やはりこの村で教育する必要がある。
「よし……私がお姉ちゃんとして責任を持って、あの子を人間界に溶け込めるように育てるわ!」
そう、アイリスが決意すると。
「ぷにぷにー?」
引きこもりのアイリスは言うほど人間界に溶け込んでいるかなぁ? と、プニガミに突っ込まれてしまった。
特に反論の言葉が出てこなかったので、アイリスは聞こえなかったふりをした。
今まで全ての感想に返信していましたが、ちょっと追いつかなくなってきました。
しばらく感想への返信を休ませていただきます。
ご容赦ください。




